つれづれなるままに弁護士(ネクスト法律事務所)

それは、普段なかなか聞けない、弁護士の本音の独り言

まちづくり条例に基づく意見書(全文)

2020-12-26 19:29:57 | としまえん問題

株式会社イム都市設計 御中(原本)

練馬区都市整備部開発調整課 御中(写し)

 

ワーナーブラザース スタジオツアー東京―メイキング・オブ・ハリー・ポッター(以下「スタジオツアー東京」)の建設に係る私の意見は以下のとおりです。

 

1.本年8月31日、94年の長きにわたって近隣住民のみならず多くの都民に愛されてきた「遊園地としまえん」(以下「としまえん」)が閉園し、その跡地の一部(誤解を恐れずに言えばとしまえん跡地のほぼ北半分)にスタジオツアー東京が建設されようとしている。

当初はとしまえんの閉園を惜しむ声こそあれ、スタジオツアー東京の建設それ自体に対する反対の声はそれほど大きくはなかった。ところが、「としまえんを中心とした一帯を練馬城址公園として整備・開発する」という都市計画公園指定以来の経緯が徐々に明らかになるにつれ、としまえんの閉園を惜しむ声は東京都や練馬区、ひいては西武鉄道株式会社(以下「西武」)や伊藤忠商事株式会社(以下「伊藤忠」)、ワーナーブラザース ジャパン合同会社(以下「ワーナー」)に対する不信と怒りと怨嗟の声に変ってしまった。何故か。それを述べる前に簡単にとしまえんと練馬城址公園整備・開発計画の経緯を簡単に整理しておきたい。

2.としまえんを中心とした一帯が練馬城址公園として整備・開発されることが決まったのは1957(昭和32)年。今から63年前である。

しかるに、その後も整備・開発計画が進展する様子はなく、その間もとしまえんは23区内に存在する「緑と水に恵まれた広大な敷地を持つ稀有な遊園地」として練馬区民・東京都民から愛され続けてきた。このことは本件に係る練馬区議会議長や東京都議会議長宛ての各陳情書、東京都知事宛の意見書に短期間で多くの賛同署名が集まったことからも明らかである。「としまえんのプールだけでも存続して欲しい」という署名活動に対しては実に10,000名を超える署名が集まっている。

ところで、わが国は2011(平成23)年、東日本大震災に見舞われた。震災関連死を含めれば12都道府県で実に22,000名を超える死者を出した未曽有の大災害である。この年の12月、東京都は「都市計画公園・緑地の整備方針」を策定し、2020(令和2)年までに事業認可を目指す優先整備区域として「としまえんを中心とした一帯」を指定した。

その後、東京都は、2016(平成28)年度に整備計画案検討のための基本計画案の取りまとめを目的とする委託調査を、2017(平成29)年度には同年5月の東京都公園審議会の答申を踏まえた「防災機能の強化等の検証」と前年度の委託調査の修正を目的とする委託調査を実施するなど、練馬城址公園の整備・開発に向けた作業を着々と進めてきた。2016(平成28)年度の委託調査に基づく報告書と、翌2017(平成29)年度の委託調査に基づく報告書ではその内容に著しい変化、すなわち、練馬城址公園の整備・開発区域内において民間事業者が参入しやすい対象エリアが一気に広げられるという不可思議な変化が見て取れるものの、ここでは詳しくは言及しない。それでも「東日本大震災の教訓を踏まえて練馬城址公園を広域防災拠点に」という東京都の基本理念は維持されていた。

ところが今年2月。「としまえんは閉園し、跡地にハリーポッターの施設が作られる」と一斉にマスコミが報じた。この時点では「スタジオツアー東京」の正確な規模、運営方法、それに伴う従前の練馬城址公園の整備・開発計画の修正は一切、報じられていなかった。

更に今年6月12日。東京都、練馬区、西武、伊藤忠及びワーナーの5者によって「都市計画練馬城址公園の整備にかかる覚書」が締結された(しかしながら、この覚書に添付されている別紙においてすら、スタジオツアー東京の正確な全容は明らかにされていない)。

3.以上がとしまえんと練馬城址公園整備・開発計画の簡単な経緯であるが、スタジオツアー東京の具体的な建設計画やその後の運営計画が明らかになるにつれて、「練馬城址公園を広域防災拠点に」という10年前の東京都の計画は大きく後退、もっとはっきり言えば事実上形骸化されてしまったことがわかってきた。

スタジオツアー東京はその外構部分や来場者のための駐車場スペースなどを合わせると、としまえん跡地の半分(としまえんのほぼ中心を東西に流れている石神井川の北側ほぼ全域)を占めている。練馬城址公園として当面整備できるのはプールのあったとしまえん跡地の南半分に過ぎない。しかも、このとしまえん跡地の南半分は台地であり、多くの斜面が存在しているエリアである。このような場所にヘリポートや食料・水その他の災害物資の備蓄基地、全国から災害派遣されてくる自衛隊や消防隊員、ボランティアのための受け入れ施設、震災時にも機能する通信その他のインフラを整備することはおよそ不可能であろう。

東京都も(付け足しのようで恐縮だが練馬区も)かかる異常事態を自覚したからなのか、上記5者覚書において、

「西武、ワーナー及び伊藤忠は、開発事業区域において、この覚書の締結以降、他の関係者と誠実に協力して前項に定める取り組みを行う際、第4条に定める機能の実現の一翼を担うことに配慮する。」(第6条第2項)

という何とも曖昧で、どうとでも解釈可能な一条項を盛り込ませている。

敢えて「盛り込ませている」と書いた。おそらくこれが、「2020(令和2)年までに広域防災拠点機能を有する練馬城址公園の事業認可を目指す」という目的を踏みにじられる形となった東京都と練馬区の精一杯の抵抗であったことは想像に難くないからである。

4.本意見書は株式会社イム都市設計及び練馬区のみならず、西武、伊藤忠及びワーナーにも内容を共有させるものであると聞き及んでいる。

そこで敢えて、西武に問う。

2020年までに「としまえんを中心とした一帯を練馬城址公園として整備・開発する」という都市計画公園指定の事業認可を目指すという東京都の方針、そのために一帯を優先整備区域として指定したという経緯を西武は知っていたはずである。それにもかかわらず、何故、その期限である2020年に30年を超える事業用定期借地契約によって練馬城址公園の整備・開発予定地のほぼ半分を伊藤忠及びワーナーに提供してしまったのか。これはそれまで手続を進めてきた東京都に対する重大な背信行為ではないのか。

なるほど、としまえん跡地は西武の所有地である。私有財産の保護は憲法上の保障でもある(憲法第29条第1項)。しかしながら、私有財産であれば何をしてもいいというものではない。憲法も「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように」定めるものとし(憲法第29条第2項)、さらには私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる」(同条第3項)と定めている。

としまえん跡地を、大震災時に多くの練馬区民・東京都民の命を救うために必要不可欠な広域防災拠点として整備すること以上の「公共性」を私は寡聞にして知らない。

ワーナーにも問いたい。

東日本大震災のとき、貴社が本拠を置くアメリカ合衆国はそれこそ無償で、何一つ見返りを求めることもなく、私たちの同胞のために瓦礫を撤去し、行方不明者を探し続け、援助物資を運び続けてくれた。その姿を見て、「アメリカという偉大な国家と同盟国でよかった」と改めてアメリカという国を大好きになった人間は私一人ではない。数えきれないほどの日本人がアメリカに感謝し、親愛の情を抱いた。復興支援のために駐留していたアメリカ軍が東北の地を去るにあたって、機内の窓から見下ろした地に「ARIGATO」の文字が書かれていた、というエピソードはまさに我々がアメリカという国を真の友人だと感じたからこそである。その同じアメリカ合衆国の企業が、「ロンドンでハリーポッター・スタジオツアーが盛況である。アジア地域にも同じ施設を作りたい」というただそれだけの理由で、22,000名を超える命が遺してくれた教訓から我々が子孫のために整備しようとしていた広域防災拠点の地にスタジオツアー東京を作るという。それも30年間という長きにわたって。

これは真の友人のすることではない。公共性からも遥かに遠い。

スタジオツアー東京を作るなというのではない。「何故、広域防災拠点となる予定の練馬城址公園の整備区域内でなければならないのか」ということが問題なのだ。

我々は明らかになったスタジオツアー東京の計画の全貌に驚愕し、絶望し、この問いを数えきれないほどの練馬区議会議員、東京都議会議員、そして東京都知事、イム都市設計に投げ続けてきた。それに対する回答は、「としまえんの地がハリーポッターのイメージにぴったりだったから」という、およそ理解も納得も同意もできないワーナーの説明だけである。

今一度、ワーナーに問う。

あなたの会社で働く社員が長年愛してきた公園。震災などの緊急時に逃げ込める貴重な避難場所。大災害時には広域防災拠点にもなる場所。そこにスタジオツアー東京と同じものを作るのか?

それは真の友人、理解しあった国の国民がすることではない。ましてや練馬城址公園の広域防災拠点化はあの東日本大震災の教訓を経たものである。22,000名が命を賭して教えてくれた教訓である。その命の散り際にアメリカ合衆国の軍人や多くの民間ボランティアも立ち会っていたのではなかったか?私だけではない。数えきれないほどのとしまえんを愛していた人々。練馬城址公園の広域防災拠点化を夢見ていた人々。彼らの怨嗟の声を乗り越えて作るスタジオツアー東京とはワーナーにとって何なのか。多くの(おそらくはアジア圏の)来場者と彼らからの収入は見込めるだろう。しかし、それは友人の命を守る場所を犠牲にしてまで得るべきものか?今一度、再考を願う。

5.スタジオツアー東京には疑問点も多い。

疑問その1。

スタジオツアー東京が作られるとしまえん跡地は第2種住居地域に指定されている。第2種住居地域には娯楽施設などは作れない。ところが、スタジオツアー東京の建物の目的は「博物館その他これに類するもの」である。

しかしながら、ロンドンにあるハリーポッター・スタジオツアーを見る限り、これと同様のスタジオツアー東京が「博物館」であるとはおよそ思えない。博物館法第2条第1項に定義される博物館の要件を備えていないことは明白である(博物館法に定める要件をスタジオツアー東京は充足している、というのであればその旨をご回答願いたい)。なによりワーナーの会長ご自身がスタジオツアー東京に関して、「東京にテーマパークを作る」と発言されている。

建築基準法における第2種住居地域における建築物の制限は同法別表第二(用途地域等内の建築物の制限)という形で定められている。この別表第二(へ)では第2種住居地域に「建築してはならない建築物」が定められている。つまり、この別表第二(へ)に挙げられていない建築物であれば第2種住居地域における建築は可能なのであるが、別表第二には「博物館その他これに類するもの」という文言は存在しない。

実務上、昭和46年8月10日付東大阪市長宛市街地建築課長回答(以下「昭和46年通達」)以来、「博物館」は、別表第二(い)第4号の「学校(大学、高等専門学校、専修学校及び各種学校を除く。)、図書館その他これらに類するもの」の「その他これらに類するもの」に含まれるとして扱われてきている。この別表第二(い)第4号の建築物は第2種住居地域においても建築可能であるから(別表第二(へ))、結果、第2種住居地域に指定されているとしまえん跡地においても、「スタジオツアー東京が博物館その他これに類するものであれば建築可能」というのが西武、ワーナー及び伊藤忠の理解ではないかと推測される。

但し、別表第二(い)の第1種低層住居専用地域内においては、たとえ博物館法第2条第1項に言うところの「博物館」に該当するとしても、①住居専用地域内の良好な環境を害するおそれがなく、また、②通常時において、当該地区外から一時に多数の人又は車が集散するおそれのない、③教育的な目的をもつ建築物でなければならない、とされている(昭和46年通達」)。

第1種低層住居専用地域とは「低層住宅に係る良好な住居の環境を保護するため定める地域」であり(都市計画法第9条第1項)、第2種住居地域とは「主として住居の環境を保護するために定める地域」である(同条第6項)。いずれも「住居の環境を保護する」ことが目的の地域であることには変わりがない。

スタジオツアー東京は上記昭和46年通達の「博物館その他これに類するもの」の要件をすべて充足しているのか?1日5,000名ないし10,000名の、おそらくは主として国外からの来場者を見込んでいるはずなのに?(ちなみに閉園前5年間のとしまえんの1日当たりの平均来場者数は3,000名強である。)

第1種低層住居専用地域と第2種住居地域とでは建築可能な「博物館その他これに類するもの」の要件も異なる、というのであれば、それはどのような法令あるいは通達ないし国土交通省の公式見解に基づくものか?その根拠法令(あるいは通達、公式見解)によれば、第2種住居地域に建築可能な「博物館その他これに類するもの」とはどのようなものなのか?具体的に回答願いたい。

疑問その2。

スタジオツアー東京の開業によってインバウンド収入が見込めるという。雇用の促進にもつながるという。

しかしながら、スタジオツアー東京にやってくる海外の客の殆どはアジア圏の方たちであろう(欧米圏のハリーポッターファンは、その立地的・距離的・費用的・時間的観点からも、またロンドンのスタジオツアーの本家性からも、わざわざ極東のスタジオツアー東京に来るとは考え難い)。そのほとんどは団体ツアー客であり、観光バスでの来場であろう。観光バスでスタジオツアー東京にやって来て、観光バスで去っていく彼らが練馬区にどのようなインバウンド収入をもたらすというのか?仮にその半分程度が公共交通機関で来場すると仮定しよう(そもそもそのような割合率の維持自体がなんの担保もない机上の空論に過ぎないのであるが、ここではその点は措く)。アジア圏の観光客の興味をそそるような土産物店、飲食店の類が練馬区にどの程度あるのか?それは実際に具体的な数値を踏まえて検証されたものなのか?そうであればその検証結果を開示して頂きたい。

雇用の促進についても、9月に行われた説明会では600名程度を地元在住の人間から雇用するということであった。それはとしまえんにおいて就労していた正社員及びアルバイトの数と比較してどうなのか?多いのか少ないのか?そもそも地元在住者で600名もの就労希望者が存在するのか?

具体的な金額、具体的な数値、具体的な来場者の(利用交通機関等の)コントロール方法。これらの情報は前出5者覚書の当事者でもある練馬区の、あるいは東京都の利益に直結するものでもある。速やかな開示を求めたい。

疑問その3。

上記疑問その1及び疑問その2にも関係するが、スタジオツアー東京への来場者の多くがアジア系の国民であろうことは想像に難くない。

5,000名ないし10,000名の彼らがコンスタントにスタジオツアー東京及びその周辺に集散するとして、スタジオツアー東京周辺の住環境の保護はどのように図られるのか?伊藤忠あるいはワーナーは何らかの具体策をお持ちなのか?お持ちであれば直ちに周辺住環境の保護策を開示して頂きたい。「としまえんのプールにも大勢の日本人が来ていました」ということとは事案の性質が全く異なっているのである。

6.以上を踏まえた最終意見としては、スタジオツアー東京の建設を直ちに中止して頂きたい。建設予定地を本来のあるべき姿、広域防災拠点としての練馬城址公園に返して頂きたい。

それが不可能だというのであれば、前出の5者覚書第6条第2項に基づき、スタジオツアー東京に最低限でも以下の機能を具備して頂きたい。

① 建物の耐震強度を震度7クラスの直下型地震にも耐えうるものにすること(今後30年間に震度7クラスの地震が東京都で発生するとされている確率を再度、確認されたい)。

② 上記①を前提として、スタジオツアー東京の建物屋上部分を災害緊急時のヘリポートとして活用できるようにすること。

③ 上記①を前提として、大震災時にはスタジオツアー東京全体(建物内部を含む)を全国から災害派遣されてくる自衛隊や消防隊員、ボランティアのための受け入れ施設として活用できるように設計すること。

④ 上記①を前提として、スタジオツアー東京(建物)内に食料・水その他の災害物資の備蓄スペースを確保すること。

⑤ 上記①を前提として、大震災時にはスタジオツアー東京全体(建物内部を含む)の通信その他のインフラ施設を広域防災拠点のために提供すること。

⑥ スタジオツアー東京の工事期間中は、工事の進捗状況に合わせて、災害時に近隣の避難民(東京都がとしまえんを避難場所として指定していた住民の数は64,000名に上っている)を受け入れられる安全なスペースをホームページ等で常時公開すること。

 

以上

2020年12月27日

住所:(略)

氏名:平 岩 利 文 (印)