だっふぁ~姫の呟き☆彡

おーびー・バンカー・あるがままw

弥生人の声が聞こえる公園

2010年07月10日 | お出掛け&写真

このところ週末には必ずの降る日が続き

σ州- -*州の退屈病もそろそろ限界になってきた今日

どうやら雨は夜まで心配なさそうだとの天気予報を信じて出掛けてきましたw


今日訪れたのはお隣の佐賀県にある 吉野ヶ里歴史公園 です

吉野ヶ里遺跡では、約700年続く弥生時代(紀元前5世紀~紀元3世紀)における

日本最大規模の環壕集落遺跡で、この時代すべての遺構・遺物が発見されました


計画総面積は約117ヘクタールです。

映像施設やレストランがある歴史公園センターを中心とした「入口ゾーン」

階層の高い人たちが暮らしていたといわれる南内郭や

「クニ」のまつりごとをつかさどった所といわれる北内郭からなる「環壕集落ゾーン」

さまざまなレクリエーションが楽しめる「古代の原ゾーン」の3つのエリアからできています。

また、公園北側の「古代の森ゾーン」は、現在整備中ですが、緑を保存しながら、弥生時代の森を再現し

さまざまな学習や生活体験などが楽しめるゾーンとして計画されています。


まずは やぐら門 ↓をくぐって 「南内郭」へ・・・



ここは吉野ヶ里の支配者層が生活をしていた場所と考えられています

物見櫓4棟、竪穴住居11棟の他、集会の館や煮炊き屋など、合わせて20棟の建物が復元されています

竪穴住居は、半地下式になっているので、夏は涼しく冬は暖かい・・とのことですが

今日みたいに蒸し暑いと・・・中で過ごすのは、ちょっと大変でしたw



↓は 王の家と思われる住居の中

他の住居と違うのは、寝る場所が一段高くなっていることと

住居自体が環壕や柵で囲まれていること・・・かな



真ん中にあるのは南内郭にある 集会の館 ↓

奥に見えているのは「まつりごと」が行われていた北内郭



次に向かったのは 北内郭

当時のまつりごとに大きく関わる人がいたとされる巨大な祭殿など9棟の建物が復元されています

驚いたのは入口で、まっすぐに入って来れないように鍵形に折れ曲がった構造になっていました!

写真・・・撮り忘れたけど・・・(ノ_ _)ノ コケッ


主祭殿 ↓ 

ここの2階では重要な事柄を決める会議が行われていたそうです



また、主祭殿の3階では、祖先の霊のお告げを聞く祈りが行われていたらしく ↓

結果は従者によって2階で会議を行っている王たちに伝えられたとのこと^^



ベランダ付きwの正方形に近い特殊な形の 高床住居 ↓

主祭殿の近くにあることから、

普段は人前に姿を見せなかったと言われる 最高司祭者の住まいと考えられています



やはり・・・偉い人の住居は他とは中の様子も違いますね ↓



北内郭を後にして向かった先は 北墳丘墓 ↓

手前に見える長い柱は 立柱 と呼ばれています

祖先の霊が宿る柱と考えられており、シンボル的な役割を果たしていたようです



北墳丘墓は、歴代の王が埋葬されている特別なお墓と考えられています

違う種類の土を何層にも積み重ねた人工的に造られた丘になっています

中からは14基の甕棺やガラス管玉などが見つかったとのこと



実際に出土した甕棺なんだって ↓



この時代の埋葬方法 ↓

素焼きの土器に亡くなった人の手足を折り曲げて入れて埋葬していたとのこと



次に目指したのは 倉と市 ですが・・・

↓ この辺りに来た頃についに・・・・が・・・

"(ノ_・、)"シクシク

ここまでで「環壕集落ゾーン」の半分くらいしか見てないんだけど・・・

傘もないし・・・仕方ないので引き返す事になりました



全部を見て回ることが出来なかったのが残念ではありますが・・・

参考までに南内郭の物見櫓から見た 倉と市 の風景 ↓



同じく 物見櫓から遠くに見える 南の村 の風景 ↓

吉野ヶ里遺跡の最大の特徴とされるのが、集落の防御に関連して作られたた環壕集落の遺構

V字型に深く掘られた総延長約2.5Kmの外壕が囲んでいる範囲は40㌶にもなるそうです



次にこっち方面に来た時には 「古代の原ゾーン」にも行ってみたいと思います

弥生の大野(約6㌶の芝生広場)や、遊びの原があり

グラウンドゴルフやディスクゴルフも楽しめるそうです

ディスクゴルフ・・・面白そうww