第6部(7) 佐賀県議会、「水に落ちた九電」叩きいつまで 大飯再稼働にも「反対」!?
「原子力は危険で汚いエネルギーなので、すぐになくすべきです。現状での玄海原発再稼働は暴挙だといえ、即時ゼロが最も安全な対策だと思います」
12月13日、佐賀県議会の原子力安全対策等特別委員会に招かれた東大名誉教授の井野博満(金属材料学)はこう言い切った。
九州電力玄海原発3、4号機については「地震・津波評価を見直し、十分な余裕を持つ地震対策や防潮堤を設置すべきです。水蒸気爆発や水素爆発への対応も不十分。こうした対策をできないならば、廃炉にするほかない」と断言した。
質疑応答で、県議の岡口重文(自民)が「玄海原発の立地条件は、地震や巨大津波の発生が少ないとされ、他の原発より有利ではないか」と異議を唱えたが、井野は「東京電力柏崎刈羽原発も新潟県中越沖地震という想定を超えた地震に見舞われた。玄海原発でも今の基準が十分かどうか大いに疑問です」と一蹴。最後は「自民党を脱原発に向かう党に変えていくよう佐賀県議会も頑張ってほしい」と奇妙なエールを送った。議会の傍聴席は反原発派が陣取り、拍手を送った。
井野は、平成23年~24年に老朽原発の劣化を検証する経済産業省原子力安全・保安院の意見聴取会の委員を務めたその道の権威である。その一方で、脱原発を求める市民団体「原子力市民委員会」委員を務めるなど脱原発活動家としての顔も持つ。
玄海原発の立地自治体でもある佐賀県議会は36人中28人を自民党が占める。そんな保守的な県議会が、なぜここまで“色”が付いた専門家を特別委に呼んだのか。理解に苦しむ。
佐賀県議会が「保守」らしからぬ迷走を始めたきっかけは、玄海原発再稼働をめぐる「やらせメール」問題だった。
平成23年7月2日付の共産党機関紙「しんぶん赤旗」が「九電が“やらせ”メール 玄海原発再稼働求める投稿 関係者に依頼」と報じたことに端を発する。これを受け、朝日新聞などは激しい九電バッシングを半年余りも続け、代表取締役会長の松尾新吾と代表取締役社長の真部利応は退任に追い込まれた。
だが、それほど集中砲火を浴びねばならぬほどの大問題だったのか。
集会、結社、表現の自由は憲法21条で保障された国民の権利だ。九電社員が反原発の声を封じ込めたり、再稼働に賛成するよう強要したならともかく、再稼働への賛同者を募っても何ら問題はない。社内メールを使うなど稚拙な面はあったにしても、会長、社長がそろって退任せねばならないほどの不祥事とはいえない。
そもそもメールやネットで賛同者を募ることは反原発団体も多用している。電力会社や原発推進派議員などへの一斉抗議メールは「やらせ」ではないのか。原発を「汚い」などと罵(ののし)るるのは、原発で働く人や原発周辺住民への差別であり、ヘイトスピーチと言っても過言ではない。
にもかかわらず、県議会は、原子力安全対策等特別委員会で、県知事の古川康ら県執行部と九電の“関係”を追及し続けた。
当時の民主党政権は、東京電力福島第1原発事故の対応への批判をそらす狙いもあり、九電をスケープゴートに仕立てようと躍起だったのは確かだが、自民党が多数を占める県議会が、一緒になって目くじらを立てる必然性はない。
ある自民党県議の重鎮は「自民県議団に玄海再稼働反対はいないが、バックには県民の声がある。九電への県民の不信感が積み重なったから厳しい姿勢を見せなければならなかった」と説明した。
だが、反原発派が仕掛けた九電バッシングに県議会が同調することを本当に県民が求めていたのか。果たして県議会の対応は地元の利益につながったのか。
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佐賀県議会の迷走はその後も続いた。
平成24年4月には関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の早期再稼働に反対する意見書を可決。政府を「根拠あるデータを示さないまま、今夏の電力需給の逼迫(ひっぱく)を強調し、安全性の議論が稚拙なままに大飯3、4号機の早期再稼働の姿勢を明らかにしている」と批判した。
それでも、民主党の野田佳彦首相(当時)は大飯3、4号機の再稼働を決断した。24、25両年の猛暑を、電力不足による大規模停電「ブラックアウト」もなく乗り切れたのは、大飯原発が稼働したおかげだといえる。
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佐賀県議会は、なおも九電バッシングに躍起になっている。
今年6月11日、県会議長の木原奉文は、すでに九州電力相談役に退いている松尾新吾を呼び出し、抗議文を読み上げた。
「松尾相談役の発言は配慮を欠くものであり、原発に対して抱く県民の感情をあまりに軽視したものであり誠に遺憾である」
県議会が問題視したのは、5月29日の九州国際重粒子線がん治療センター(サガハイマット)開設式典での松尾の発言だった。
松尾は、九電が約束した39億7千万円の寄付が遅れていることについて「原発を止められて1日十数億円の赤字を出している。考えようによっては4日早く運転すればなんていうことはない」と語ったことが「けしからん」というわけだ。
九電は、原発停止により24年度に3324億円の最終赤字を計上した。25年度も大幅赤字の見通しとなり、まさに存亡の瀬戸際に追い込まれている。「なんてことはない」という言い方が不遜に映ったかもしれないが、松尾の言葉には何の偽りもない。
それを共産党や市民リベラルの会の勢いに押されるまま県議会は抗議決議を全会一致で可決した。
結局、松尾は「佐賀県民、県議会の皆様に不快の念を持たせたのは誠に申し訳ない。発言を取り消し、謝罪したい」と頭を下げた。「水に落ちた犬を叩(たた)く」のは隣国の伝統であり、日本人の美徳ではないはずだが…。
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同じ原発立地自治体である福井県議会はどうか。
福島第1原発事故から1年後の平成24年3月、福井県議会は「原子力発電所の立地地域に対する経済・雇用対策を求める意見書」を可決した。「今後のエネルギー政策において果たすべき原子力発電の位置づけを明確にするよう強く求める」と早期の原発再稼働を求めた。
原子力規制委員会にも牙をむく。今年7月8日の原発の新しい規制基準施行に合わせ「規制委には科学的・技術的見地から十分な客観的データを集め慎重に審議するよう求めているが、一向に立地地域の声に耳を傾けようとする姿勢が見えない」と規制委の姿勢を非難する意見書を可決した。
日本原子力発電・敦賀原発2号機(福井県敦賀市)の敷地内断層をめぐる調査についても「専門分野の偏りや調査不足について有識者委員の過半数が指摘する中、結論を急ぐ理由が不明である」と批判した。
福井県知事、西川一誠も鼻息が荒い。今年7月3日の県議会予算特別委員会では「規制委には、国民の信頼を得ながら有効にこれ(原発)を利用するという安全規制の姿勢が十分に見受けられない」と強い口調で規制委をとがめた。
11月の定例記者会見では、規制委が敦賀2号機の敷地内断層に関する調査で判断を先送りしたことについて「もっと速やかに審査すべきだ。スケジュールをはっきりしたうえでないと事業者はいつ何をしたらいいか分からない」と憤りをぶちまけた。
西川がこれほど強気なのは、県議会の後押しがあるからだと言ってよい。
これに比べて、佐賀県知事の古川は、やらせメールでつるし上げを食らい、すっかり牙を抜かれてしまった。古川は平成23年4月の知事選で「原発を止めるのは現実的でない。国が玄海再稼働に責任を持たないと夏場は乗り越えられない」と訴え、圧勝した。自民、公明両党、そして民主党県連は古川を推薦し、全面支援したことを忘れてはならない。
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玄海原発の長期停止により佐賀県の財政は悪化した。
県は、原子炉に搬入された核燃料価格に応じて核燃料税を徴収しており、平成21年度~25年度の5年間で143億円の税収を見込んでいた。ところが、原発停止により23年度~25年度はゼロとなったため、税収は半分以下の計60億円。県は、税収減を資産売却や基金取り崩しなどで補ったが、今後も原発停止が続けば税収は大きく減る。
そこで県議会は今月17日の12月議会で原発の運転停止中にも課税する新たな核燃料税条例を可決した。苦しまぎれに制度の趣旨をねじ曲げた条例といえなくもない。
一方、原発などの立地自治体に交付される電源立地地域対策交付金は県全体で総額38億円(平成25年度)に上る。脱原発派が唱えるように玄海原発を廃炉にすれば、当然これも入らなくなる。
昨年暮れに民主党政権から自民党政権に代わった。
安倍晋三首相は「規制委が基準が合うと判断した原発は地元の同意を得る努力をしながら再稼働していきたい」(7月9日、TBS番組)と断言した。「現段階で原発ゼロを約束するのは無責任だ。エネルギーの安全供給、経済活動にとって(原発は)極めて重要だ」(10月24日、テレビ朝日番組)とも述べた。
逆に言えば「地元の同意がなければ再稼働は困難だ」ということになる。
自民党総裁の発言を受け、自民党佐賀県議団もようやく重い腰を上げ始めた。県議団会長の留守茂幸はこう打ち明けた。
「九電と一線を引き不信感をもたれないようにした上で、再稼働に向けた議論を前進させたい。年明けの議会で早期再稼働を求める決議を考えています」
県議団が再稼働容認に動けば、反原発団体や一部メディアから容赦ない批判を受けるに違いない。それでも原発立地自治体の首長や議会には、地元の利益だけでなく、国益を守る気概が求められている。(敬称略)