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響けブログ

音楽コドモから「音楽コドナ」へちょっと進化。ドラムとバイオリンと小鼓を弾く、ヒビキの音楽遍歴。

写真家はなぜ記憶を口にするのだろうか?(クラシックイタチの写真論2)

2012-04-15 | コレクション



さて昨日の投稿
写真ゴコロとは何か!?(クラシックイタチの写真論1)
コレクション/2012-04-14
 のつづき。

前回も登場したResearchmapつながるコンテンツのインタビューだが、
このインタビューのお話の途中で、水谷氏がよく何かについて「憶えている」、
たとえば「○○の頃、○○というものがあったのを憶えています」
というふうに語るのを、何度か聞いた。
なんでかなあ、とずっと思っていたんだけれども、
今回の考察で、このことが少し解明されたのでは、という気がする。

さて。
ある対象が何かに見えたり、何かを思ったりすることが、
撮影の第一歩であり、非常に重要な点なんですということを、
前回述べた。。



そのように思って撮影すると、そのことが必ず写真に現れる。
そう見えたんですとか、そういう形にとか書いたわけではないし、
何かわざとそうしなくても、そのように思ったことは写る。
これは間違いない。

とすると、じゃあどんなものに見えるのかというと
前回は「サルの顔に見える」「パンジー」というのを挙げたのですが、
より幅広く当てはまる例としては、
ミレーの絵とか、ダ・ヴィンチの絵みたいに、といったらどうだろうか。
ここには写真に定石の区分
「ポートレート」と「ランドスケープ」もあるわけだが、
そのいずれにしても見たことがあるという感覚、すなわち
──ミレーみたいな農村風景、モナリザのような微笑み──
を、自分は今、目前にしているから、写真を撮りたい!
というわけである。

そうそう、前回はつい「脳科学」などと言ってしまったが(!)
言い換えると「なぜ人は写真を撮るのか?」ということになる。
(人がシャッターを押す「ふんぎり」をつける要件といいますか。)
写真の側から言えば「なぜ写真は撮られるのか?」となり、
この問いが、どうしたことか、最近しごく気になるのであります。
(これは「写真」のところを別のものに置き換えることがいろいろと可能です)



写真は「自然をうつしとる」ことを絵画に真似ていた、
というふうに写真史は説明する(のが一般的なんじゃないかな)。
けれども、写真の手本は自然ではなく、もっと直接に絵画なんだと思う。
風景にシャッターを押すのは、自然を複写しようとしてではなく、
それを描いた絵画(の記憶)を複写しようとしているのだ。

ということはつまり、写真(家)のリソースは記憶なのではないだろうか。
出会ったときに何かを想起できること、言い換えると
今見えているものと重なる「別のイメージ」を抱いて出会うこと、
それが(よい写真となる)撮影の要件ということになるのである。



※関連記事はこちら↓
[ クラシックイタチの写真論 2012 関連記事目次 ]

写真ゴコロとは何か!?(クラシックイタチの写真論1)

2012-04-14 | コレクション



桜の季節には、ふだんはたいして写真を撮らないんだけれど、
ついシャッターを押してしまった、という方も多いのではないだろうか。
思っていたものが撮れなかった、と失望したり、
あるいは、
どうしたらうまく撮れるんだろうと思ってみたり、
いろいろ考える機会にもなるに違いない。

今回、私が写真撮影について書いているのも、
まったくその流れ、なんです。

ただ私が気になっているのは、
アマチュア写真家がどのように写真を撮っていて、
そこにどのような技術があるともっとうまくいくかではなくて、
写真というアートを成立させている人間社会は
どのような価値を写真に見出しているのか、という
いわば「脳科学的」問いであります。

久しぶりに写真論、であります。



しかしながら、これはたいへん迎合的な考えであって、
つまり写真が撮りたければ自由に撮ればよいのに、
写真について人間社会でこのような価値が共有されているから、
それに「合った」写真を撮るにはどうするのか、という話に過ぎない。

と同時に、これはたいへん実践的な、撮影に役立つ発見であって、
つまり「思った写真」というものがあったとして、
そのイメージに「合った」写真が実際に撮れるためには、
このようなルールをうまく使うと撮れるようになる、というように
背中合わせになっています。

では本論ですが、まず

対象(風景なり人物なり事象なり)に出会った瞬間が大切。

出会って3秒ぐらいの間に「お、これは」とか「その感じが」とか
何か思わなくちゃいけない(笑)

いや、思わないってことは出会ってないということになるんだと思う。
逆に言うと──

出会うというのは、対象に関連して何か気持ちを持つということ。

と言えるんじゃないだろうか。もっとカンタンな例で言うと、それが「何かに見える」ということがたいへん重要だ。

たとえば清涼飲料水の缶の上部が「顔に見える」とか、たとえば私の場合はパンジーの特にしろいやつが「サルの顔」に見えるのだけれども、パンジーを見た途端に、言葉にならなくて一向に構わないので、これは何々(サルの顔)で、(なんかかわいい)(霊長類ってことでお仲間)(気持ちが通じるものがある)といったことを思うこと、これが「出会い」であります。



この出会いは、この先ずーっと付き合うみたいな、長期的なものである必要はありません。写真を撮りおわったらさっさと別れちゃうものだし、どちらかというと同じ出会いでも「出会いがしら」みたいなものに近い。

これがまさに「写真を撮ること」そのものだ、と私が確信するのは、
仮にそうだと考えると、写真についての言説や写真家の発言が、
よりよく、鮮明に理解できるからだ。

「スナップショットこそ写真」というのもそうだし、
写真家が撮り始めるまでにおく間も、今から振り返ると、
ふしぶしに、なるほどと思われる。
(つづく)

※関連記事はこちら↓
[ クラシックイタチの写真論 2012 関連記事目次 ]

夕方、写真を撮りながら歩いた。

2012-04-13 | コレクション





桜の季節ですねえ。もう少し、散り始めているけど。
写真をまじに撮るのはやや久しぶり、でございます。

Researchmapのつながるコンテンツという、
研究者の方にインタビューする記事を書いているのですが、
この写真を撮ってくれているのが、水谷充さん。
撮影に立ち会うだけで、たいへん勉強になります。

私は20年ぐらいカメラを持ち歩いているけれども、
(ってアナログ時代からってことになるわけですが)
水谷さんと取材にいくと、1枚も撮っていないことが多いことに気づき、
最近は、カメラを持たずにインタビューにでかけています。

ただ、立ち会っていながら撮らないことは、
若干ストレスにもなっているよう。

このように写真ゴコロを溜めるというのもひとつの方法で、
桜も今年は少しスルーしていたのですが、
昨日は光もよく、桜もそろそろ後半になってきたので、
写真を撮りながら、川べりを歩いてみることにしました。
同趣旨の方々もちらほら。

ひさしぶりの写真話、つづく、でございます。

※関連記事はこちら↓
[ クラシックイタチの写真論 2012 関連記事目次 ]

「かつ」を食べ、「かつ」、「かつやく」すると。

2012-04-12 | コレクション



とんかつ「岡膳」がお店を閉めてしまったため、
昨今、荻窪でとんかつを食べるのにさまようになってしまった。

もともととんかつが好きだったのは私なのだが、
岡膳のおかげで、ヒビキも夫もとんかつ好きになり、
週に、月に何回かはとんかつを食べるようになってきたところで、
ぷつりとなくなってしまった寂しさは、なんともいいがたい。

ところで「かつ」といえば受験食といいますか、「勝つ」に通ずる
ということになっていたような気がするけれども、
この写真、南阿佐ヶ谷で撮影したものですが、
この「幟(のぼり)」のかつ屋さんは違います。

かつやくですかぁ。

なんか「勝つ」ばかりじゃないよ、ってメッセージにも受け取れて、
今日の天気のようにすがすがしいです。


左利きで、なにかと不便なこと、ありませんか?

2012-03-28 | コレクション
先日のこの投稿↓
耐熱&直火にかけられるポットを探して。
おいしい話/2012-03-24


で、土瓶について書いたのだけれども、この土瓶というのは「両利き」というか左利き・右利きについてはユニバーサルデザインというか、なんですね。これとよく似た「急須」は90度の角度がついていて、残念ながら左利きにはかなりの難関。缶切り、自動改札とならんで、「左利きの受難」系のアイテムです(笑)。

というわけで、私、左利きです。

そのようなことが、世の中にはいろいろとあって、左利きだとすごい不便ってことでもないんだけれども、右利きの、つまりマジョリティの方は知らないだろうなあということがいっぱいあるので(といって別に損ばかりというわけじゃないんですよ、スポーツ選手に左利きが多いというのも有名な話ですし……)、そのへん、もし聞かれれば、もしかしたら役に立つかも知れない情報を持ってるかもしれない。──そんな機会は滅多にないんだけれども、たまたまそんな機会に遭遇しまして。Facebook内なのですが↓



ミトン、ミルクパン、レードル、かさ、おさいふ、じょうぎ、バターナイフ、ピーラー、ワインオープナー、カッター、カメラ、かんきり、きゅうす、けいたい、コップ、スパチュラ、スライサー、すりばち、せんす、でんたく、はさみ、パソコン、バッグ、ほうちょう、ボールペン、マウス、まゆ用カットはさみ、リモコン、れいぞうこ

というたくさんのアイテムについて、無印の方が意見を募っています。もちろん、商品化を検討中とのこと。……というわけで、私ことクラシックイタチ(FacebookのアカウントはRueIkeya)もどしどし申し上げております。

左利きツールの今後を占うオープン企画。左の方、ちょっとのぞいてみては?

魚骨(なこつ)ゲット。コード巻き取り器です。

2012-01-25 | コレクション




もらいました。
私はあまりコードをぐちゃぐちゃにしないタイプですが、
なんかほら、犬の散歩のリードみたいにするすると出てくるといいなあ
とはずっと思っていました。
魚骨はそーゆーハイテクな製品じゃないですが、
かえって家のリアルデスクトップなどで便利だったりします。

イヤホンコード巻き取り収納ホルダー 魚骨 ホワイト
目玉としっぽのところが巻きやすいです
キングモバイル


不明を恥じる食卓のはなし。

2012-01-20 | コレクション


料理というのは、とても文化的に奥深い。
ということがあるから、いつまでも魅せられるのだ。
と、自分の「食い気」について言いつくろってきたのだけれども。



料理と、音楽と、テキスト(文章ですね)。
この3点セットほど、最強なものってあるかしらん。
などとも思って、
そんなふうなことが書いてある本はないだろうか。
と長年思ってきたのですが。

たとえばミシェランガイドを書いていた人の本(原書はフランス語)
の日本語訳を読んだり、本でなくとも
シェフにお話しを聞いたりとか、
いろいろな機会にめぐり逢ってもきたのだけれども、

ゆきあたらないところをみると、さては
つまり、私の「食い気」「食い意地」が悪いだけなのだ、
とうっかり諦めるところだった。

ところが。

なんと本家本元(ってどういう意味やねん)
レヴィ・ストロースにこんな著作があったんだ。ということを、
さきおととい、とある方に、教えていただきました。
ありがとうございます。

生のものと火を通したもの (神話論理 1)
クロード レヴィ=ストロース
みすず書房


食卓作法の起源 (神話論理 3)
クロード レヴィ=ストロース
みすず書房

激安&メガ盛り&送料無料ってどうかなあ。

2011-12-15 | コレクション
私は楽天をよく利用する。
買い物するたびに
「メルマガは送らないでほしい」
というところにチェックを入れるのだが、
やっぱり、お得な情報が載ったメールが送られてくる。

そのようなメールは、「迷惑メール」ボックスへ
放り込むように設定してあって、
めでたく毎回「迷惑メール」に入っているのだが、
どうしたことか、私はわざわざ、それをオープンして、
わざわざ、その「イメージを読み込む」ボタンをクリックして
やっぱり読んでしまうのである。

でもってやっぱりクリックして
楽天のサイトへ商品を見に行ってしまうのである。

でもってやっぱり「よろしければ」
OKボタンを押して、購入してしまったりさえするのである。

やれやれ。

これってループしちゃうんじゃないだろうか?
と、自分でもいくばくか恐れていたのだけれども
やおらそんなこともない雲行きになってきたのは、
ひとつにはいくらなんでもそう必要なものなどない、
という抜本的な問題に加えて、
楽天の提案というのが、毎度
激安&メガ盛り&送料無料
といったつまり「お得感満載」という
同じ話だから、なんだろうと思う。

いい買い物って何だろう?
クリックする前に、
ちょっと考えてみたいと思います。

¥1,448→¥724【今得★限定SALE】50%OFF 森川縞吉窯 かいらぎ姫小丼
クリエーター情報なし
SARA-CERA

↑最近買ったもののひとつ。これはアマゾンですが。

手帳とは、本体とカバーである。

2011-12-13 | コレクション
前回のつづき。

ほぼ日手帳 2012 WEEKS(タータンチェック・レッド)
クリエーター情報なし
東京糸井重里事務所

「不思議大好き」は糸井重里氏の西武百貨店の広告でした。
そろそろ手帳のことを考えよう……なんて思ったら、
手帳の商戦って、今や夏から始まってるのね。知りませんでした。
おめあてが売り切れてたおかげで、目が覚めました。
手帳はカスタムメードの時代だぜ……ん? 何脱線してんだか。
このWeekly、ちょっと興味持ってます。
っていう、それが出遅れか?

着ぐるみってなんてすばらしいんだろ。

2011-08-20 | コレクション
シェラトンふくろう君、案内係の女性につきそわれて、ロビーに進んでいきます。
あとはもう、画像をご覧くださいませ。



見つけたこどもたちが大騒ぎ!!!



かなり動きが不自由で、脚がさばきにくい構造なり。



瞳がキラキラです。カウボーイハットの「S」の下の部分が窓になっています。



※関連記事はこちら↓
[ 家族で北海道2011 関連記事目次 ]

もっとでかい動物、シェラトンふくろうを発見!

2011-08-19 | コレクション
改めて申し上げますと、私ことクラシックイタチは「着ぐるみファン」であります。ぜんそくなんでなかなか実現しないんですけれども、たぶん、私の「天職」は着ぐるみ要員だと思ってます。「パペット使い」でもいいんですが。

あ、ついでにそういえば、この本をお薦めしておきます↓

The Invention of Hugo Cabret: A Novel in Words and Pictures
クリエーター情報なし
Scholastic


いろんなバージョンがありますがあえて、このハードカバー版をお勧めします。(しかも安いです)

最初っから話が逸れましたが。

そういうわけで「着ぐるみには目がない」私がこんな人影を、見逃すはずはありません。



ホテル内で買い物をしたついでに聞いてみると……夜の7時からロビーに出ますとのこと。そういうわけで7時、いまかいまか、と待っていました!



どどーん!

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ウチ猫は浜松でくたばっているようだ。。

2011-07-17 | コレクション


現在、浜松のババが面倒をみてくれている、ウチ猫ミュー。すっかりくつろいでいるところだが……実は今日、ババは楽しいお出かけで、朝から忙しいのだ。

えっ、外行くの? きーてなーい。ふんっ。じゃ、玄関におしっこしちゃおっと……。ということにもなりかねないのでね、ぜひその、お出かけ前には

「みゅーこさま、今日はちょっとね、ちょっとでかけてくるから、待っていてくださいね、おうちを頼みますよ」とかなんとか、ぜひ。

雷雨。

2011-07-06 | コレクション


昨日、一昨日と、突然の雷雨。
昨日はちょうどバスを降りたときにどどーっと。それでなくとも、夕日は金色だし、空はまっくろだし、これはもうたれかある(誰かいますか?)という雰囲気だったので、ま、街のみなさんも粛々とうけいれていた雷雨でありました。