新・餓狼伝 / 夢枕獏 ⑧
13巻まで刊行されていた餓狼伝の新作がなぜか新・餓狼伝として刊行されていた。この餓狼伝、格闘小説の傑作なのだが、内容を忘れた頃にポツリポツリと刊行されるため、なにやってんだか覚えてねぇぞという物語なのである。
で、どうでもよくなったタイミングで「新・餓狼伝一」としたのは、なかなかウマイ作戦というか、まんまと引っかかってしまったわけである。
もともと餓狼伝っていうのは、新日本プロレスの道場論をベースにした異種格闘技戦の物語である。
新日本プロレスの道場論とは、リングではワークをしているけれど道場ではリアルファイトの研鑽を積んでおり、レスラーは本当は最強なのである、というもの。
そもそもグレーシー出初めまではナンデモアリなら身体がでかいヤツが勝つ→レスラーよりでかいヤツは力士のみ→力士は倒れたら何も出来ない→レスラー最強。
こんな図式が割りと普通に成立していた上に、前田、佐山、高田、藤原らの存在が、そのへんに妙な説得力を与えていた。
しかしながら、現状のプロレス界の醜態とリアルファイトの技術の先鋭化をみるにつけ、この小説のベースが実に説得力のないモノになってしまっており、このへんは作者的にはあまりにもイタイと思われ、書く意欲もそがれようというもの。
読む意欲も削がれそうになるが、そこはさすがにプロレス者・夢枕獏。
試合中のバツグンの心理描写で一気に読ませる。
荒ぶる血 / ジェイムズ・カルロス・ブレイク ⑨
去年の「このミス」上位にランクされていた「荒ぶる血」。
ブルージーなスイドギターが聞こえてきそうな、メキシコ国境付近のアウトロー小説。
そして、主人公ジミー・ヤングブラッドの物語である。
誘拐された恋人を救いに行くことや、ライバル組織のボスをヒットすることなどはメインストーリーでありながら、あくまで主人公を描くための道具立てでしかない。
ストーリーに厚みを持たせるための人物造形ではなく、人物を描くためにストーリーがあるといった感じ。
人物が縦軸でストーリーが横軸。
もちろんスリリングに展開していくストーリーも悪くなく、つまりは、相当にハイレベルな面白さなのである。
往年の船戸与一的というか、血と紫煙が臭い立つハードボイルド。
キングの死 / ジョン・ハート ⑧
新人とは思えない筆致である。
一人称での語り口はかつてのロバート・ゴダードやトマス・H・クックを彷彿とさせる重厚感があり、何か重いものがのしかかっているような雰囲気は非常に読み応えがある。
主人公の行動及び思考に感情移入出来かねる部分も多く、そのへんはイタイところだが、二転三転するストーリーの妙に引き込まれ、思わぬハイペースで完読。
600ページの長編かつこの文体にして、このペースで読みきれるとは!という感じである。
父親殺しのフーダニットであり、父の死をクリアすることによって忌まわしい過去の出来事にも決着をつけて、自分自身を初めて解放するという、冴えない中年男のビルディングストーリーとしても秀逸。
なかでも過去の出来事が、いかに真実とは真逆な方向に一人歩きしていたかというトコロが実にアイロニカルで、絶妙な味わいなのである。
その他
市民ヴィンス / ジェス・ウォルター ⑦
青い虚空 / ジェフリー・ディーバー ⑧
月の扉 / 石持浅海 ⑦