
この烏帽子形山の山懐は、もともと“葉梨”荘といい、古い歴史を持っている。中世には、今川氏がこの地に居館と山城を築いている。しかし、今川氏の勢力は、末期には甲斐の武田信玄に滅ぼされてしまった。
このあたりは、その今川氏の時代にほぼ現形のように出来上がっていたようである。
今川氏は、当地に入ってきたときに烏帽子形山の麓に館を構え、当地を華蔵と称し、館を華蔵館と称した。
もともと初代の今川範国は、鎌倉建長寺で修行しており、仏教への帰依心は篤いものがあった。
当地の山相を見て、きっと感ずるところがあったんだろうな、と思わせるような館の位置と命名である。
素直にこの山塊を眺めると、八葉蓮華の台座のようで美しい。
華蔵館とは別に、いざというときのための山城があった。その城跡が城山である。
このあたりの歴史や伝統は、この今川氏との関係抜きには語れない。
そうした歴史もおいおい見ながら、また地域との関わりを確認しつつ、エコロジカルな生活を求めてみたいと思っている。