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日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

(続) 山と河にて 4

2023年12月03日 04時20分29秒 | Weblog

 中秋の飯豊山麓の街は、秋雨がシトシトと降っていて少し肌寒い日であった。
 土曜日の昼頃。 美代子と三郎の二人が、約束通り山崎商店の入り口脇の軒先で、一つの傘の中で身を寄せる様にして話し合うこともなく、なにか怯えるようにして佇んで寅太の車が現れるのを待っていた。 
 すると、山崎社長が突然店から出てきて二人を見つけ
 「いやぁ、二人揃って珍しいねぇ、店の中に入ればいいさ。何か特別の買い物かね?」
と声をかけたので、三郎は正直に
 「これから新潟に行くので、寅太の車に乗せて行ってもらうんだ」
と返事をしているところに、寅太が空のダンボール箱を抱えて出てきてワゴン車に積み込んだ。
 彼は社長に平然とした顔つきで
 「大学に定期配達に行ってきます」
と作業予定を話すと、社長は美代子達の顔をキョロキョロ見ながら、寅太に
 「診療所のお嬢さんを乗せ、お喋りしていて事故を起こさない様に気をつけろよ」
と一言注意し、首をすくねて怪訝な顔をし店に入ってしまった。

 山崎社長は、前日の晩、老医師からの電話で、美代子の恋人が新大にいるらしいことを知らされ、若し本当に大助が新大にいたならば連れて来て欲しいと頼まれ、この日の寅太達三人の行動を承知していたが、老医師から堅く口外することを禁じられていたので、持ち前のひょうきんな性格から、彼等には恍けて声を掛けていたが、反面、寅太の話が違っていた場合、寅太の軽はずみなお喋りが、老医師や美代子を騒がせて商売に災いすることを内心では心配していた。 
 美代子も、寅太から思いがけないことを知らされてから思考が乱れ、昨晩の落ち着きのない態度から老医師とキャサリンに咎められて隠しとおせず、思いきって話したところ、意外にも老医師も晩酌のさかずきを宅上に落とすはど驚いて彼女以上に興奮し、キャサリンに対し、寅太の話が事実であった場合、自宅に呼び寄せることを一方的に決め付けて、粗相のない様に気配りすることを言いつけていた。
 キャサリンも突然のことに半信半疑ながらも、イギリスから帰国後の美代子の覇気のない生活態度を見ていて、もしも、自宅で二人が同棲することになったときのことを思うと、少なからず不安を覚えたが、確たる自信もないまま老医師の指示に素直に返事をしていた。
 美代子もお爺さんの話しに勇気ずけれたが、彼等には口外しないことを約束した手前努めて平静を装っていた。

 寅太は、朝出勤すると、社長が何時もと違って、何やら緊張した面持ちであることを見抜いて、老医師に話がバレタと直感し、今更、彼女に文句を言っても仕様がないと観念して、美代子の強気な性格から大助がいれば、強引に大助を説得して、彼の居室を整理して彼もろとも荷物を運んで来る様になると、想像たくましく考え、その時の用意にとダンボール箱を用意していた。

 寅太は新潟に向かう車中。 美代子も三郎も、これから起きることをあれこれ想像して黙っていたので、彼等の気持ちをほごすために
 「社長は関西出身で、腰が低く如才ないが、あれでいて結構計算が細かく五月蝿くてかなわんわ」
 「大学の売店も、美代ちゃんのお父さん、正雄先生に調子よく頼んで紹介してもらったんだ」
と愚痴をこぼすと、三郎が
 「アノ センコウ(先生)愛嬌のある関西弁訛りで憎めないが、あれでいて中々気が許せないんだよな」
 「中学3年の英語の期末試験で、問題が全然わからず、仕方ないのでローマ字で名前だけ書いて、余白にお世辞たらたらと 
 「山崎先生は優しくて大好きだ!」
 「今度、ヤマメを採ったら一番先に奥様にお届けします」
と書いて答案を提出したら、数日後、廊下に呼びだされ
 「オイッ!、試験は良く出来ていたぞ」
と、俺の肩を抱えて褒めてくれたが、修了式後、成績表を見たら、体育を除き全て<可>で
 「親父に、無駄飯を食いやがって、このざまはなんてゆうことだ。と、こってりと油を絞られたよ」
 「勿論、ヤマメは届けなかったが、それでも、いまの職場に補助員として推薦してくれたので、親父もセンコウに感謝し、喜んでいたわ」
と、社長の感想を想い出して話すと、三人は愉快そうに笑った。

 三郎は調子に乗り
 「寅太。お前が余計な話をしたばっかりに、俺も巻き添えで犠牲になって殴られるのか?」
 「大助君も防衛大学にいたので体力があり、顎の骨が粉々になるくらい殴られ、痛てぇだろうな」
と言って、頬をさすっていた。
 美代子は、それまで神経が張りつめていたが、三郎の気楽な話に誘いこまれて、思わずフフッと声を出して笑ったあと
 「そんな乱暴はさせないから心配しないで」
と言うと、寅太が
 「美代ちゃん、男の世界はそんなに甘くないんだよ」
と、元ならず者の番長らしく厳しい顔で答えていた。

 寅太は、売店に荷を運んだあと
 「さて、度胸を決めて行くか」
と、自分に言い聞かせる様に一人語を呟いて、助手席で待っていた美代子に対し
 「お爺さんには、本当に言ってないだろうな」
と念を押して確かめると、美代子は
 「寅太君、御免なさい。わたし、自分の気持ちを、どうしても抑えることが出来ず、お爺さんとママに話しちゃったわ」
 「お爺さんは、唸って目ばかりギョロギョロさせて、怒っているのか喜んでいるのか、なにも言わなかったが、ママは、人違いかも知れないが、美代子は自分で確かめなければ納得しないでしょう」
 「母さんは、人違いと思うけれども・・」
 「あとで、社長さんにお礼をしておくわ」
と、昨晩の家庭内の様子を話した。
 三郎は後部の席で緊張気味な声で
 「俺も、そんなことだろうと思っていたわ」
 「昼に店前で、センコウ(社長)の顔を見たとき、なにかあったなぁと、すぐに判ったわ」
 「寅太。今頃、そんなことをボヤイテも仕様がないさ」
 「お前は、若い女の子にやけに甘すぎるよ」「女心はそんな単純でないと思うよ」
 「それより、俺は主犯でないんだから、大助君にお手柔らかにして欲しい。と、言ってくれよな」
と、これから起きるであろう大助の制裁に備え、自己防衛の弁解に余念がなかった。

 配達を終えた寅太は車を大学の校庭脇に止めて辺りを見廻したが、夕暮れ時で、生憎小雨模様で校庭も霞んでいて見透しも悪く、チョコット見て誰もいないことを確かめてから、美代子に堰かされて一目算に走って海岸通りを通り過ぎ、市内とはいえ家もまばらな漁村風の部落に入り、古びた二階建ての木造アパートの前で車をとめた。
 寅太は、二人が下車する前に車中で
 「いいか、どんなことがあっても、美代ちゃんは喚いたり、大声で泣いたりしないこと」
 「三郎は車の中で、おれが合図するまで待機していること」
 「何しろ、板壁一枚で隣室と仕切られ、流しやトイレは共同使用で階下にあり、俺が調べたところ学生2名と派遣社員5名位で、若い人ばかりで時間的に皆部屋にいると思うので、声が漏れると不審がられて、大助君に迷惑をかけるので、充分気をつけてくれよ」
と、慎重に注意をして、先になりアパートの入り口に向かった。

 美代子は、彼の話を聞いているうちに、アパートの古い木造建物と併せて、自分の想像を遥かに超えた現実を目の前に、大助君の生活が惨めであることに胸を痛め、精一杯堪えていた涙が頬を伝い流れ落ちるのを懸命にハンカチで拭い、それでも、久し振りに逢える胸のときめきと、訳の判らない不安が交差して心がチリジリに乱れ、なんでこんなことになってしまったのか。と、答えが見つからないまま、寅太の後ろについて行った。

 美代子は、出掛けるときスカートを履いていたが、老医師に「ジーパンに運動靴を履いて行け」。と、忠告され封書に入った現金を渡された。 キャサリンからは大助君や寅太達の前で取り乱さないようにと、きつく注意されていた。

 美代子は、お爺さんの指示に素直に従がって支度を整えて来ており、忍び足で一歩足を運ぶ度にミシミシッと音を立てる木造の階段を上がって、表札もない大助君の部屋の前まで恐る恐る辿りついた。 

 寅太が板張りの入り口戸の隙間から小さい声で
 「寅太だ。居たか?」
と声をかけると中から
 「寅太君かぁ。あぁ~いたよ」
と、まぎれもなく大助の声で返事がしたので、寅太は
 「定期便で大学の売店にきたので、ついでに覗いてみた」「入ってもいいか」
と言うと、大助の低音で特徴のある「あぁ~」と言う声が返ってきたので、美代子は、懐かしい声に一瞬ホット安堵し、彼に手を引かれて緊張した顔つきで、彼のあとに続いて部屋に足を踏み入れた。

 大助は、昼間でも薄暗いので机上のスタンドをつけて、鉢巻姿で参考書やノートが周囲にうず高く積まれた中に埋もれる様に座り勉強中であった。
 彼は、寅太の背後に美代子がいたので驚いて
 「アッ!美代ちゃん、どうしたんだ!!」
と言って、しばし絶句したあと、寅太に
 「こんな姿を見せたくないので、あんなに堅く約束したのに・・」
と言って、寅太に弁解するかの様に、美代子を鋭い目つきで睨んで文句を言ったあと
 「まぁ~ 連れて来てしまった以上、今更、怒っても仕様がないわ」
 「ポカンとつっ立つていないで、空いている所に適当に座れよ」
と機嫌の良くない声で言った。

 大助は、頬髭の手入れこそ春先に別れた時の様に綺麗に整えていたが、顔や腕などは日焼けして精悍な体格をしていたが、長袖のシャツにジーパンを履き、彼等を見ても笑顔をみせず、胡坐をかいて腕組みし、言葉を捜している様に無言でいた。
 美代子は、そんな大助君に、話かける言葉も見つからないまま、彼に飛びつきたい衝動に駆られたが、8畳間に布団は敷かれたままで、質素な整理ダンスと小さな中古冷蔵庫、それに多くの図書が雑然と部屋を占めており、彼の前に寅太が座っていては、近寄る隙間がなく、寅太が正座して頭を畳みにつけて
 「俺が、美代子に同情して勝手に連れて来てしまったので、全て俺の責任であり、どんな制裁でも受けるから、彼女を攻めないでくれ」
と、平謝りしていた。
 彼女は、入り口近くにペタンと腰を降ろし、呆然として部屋の周囲を見回すと、建物が古く歪んでいるためか、ガラス窓の脇をベニヤ板で隙間を塞いであり、衣類籠や図書が雑然と置かれて、テレビ脇の食器籠にお茶碗が入れてあるのを見て、荒れた部屋模様に愕然として体中から力が抜けて、涙が零れ落ちて心が崩れ落ちそうになった。

 大助は、寅太の謝罪の言葉を聴いたあと、沈んだ声で
 「君を攻める気持ちは毛頭ないよ」
 「全ては、僕が倹約第一をモットウーに我儘勝手にしていることで、それこそ家族にも内緒で適当に言っており、僕に近ずけない様にしているんだ」
 「でも、こんな生活が何時までも続くとは思っておらず、何時かはバレルと覚悟はしていたよ」
と言って、やっと、軽く笑って話しだし、続けて
 「まさか、寅太君に、この鉄壁な陣地を先陣を切って攻撃され突破されるとは思わなかったなぁ~」
 「僕の完全な敗北だよ」
と、防衛大に在学していた頃の奇妙な表現で話したが、その顔が美代子には不気味に見えた。

 寅太は、予想に反した言葉をかけられ、面食らって
 「イヤイヤ、そんな言って貰うと返す言葉もなく、約束を破った自分が恥ずかしく勘弁してくれや」
と、何遍も頭を丁寧に下げていた。
 大助と寅太が、苦笑いしながら話していると、車の中で待機していた筈の三郎が入り口に顔を覗かせて
 「あんまり遅いのでどうしたかと心配になって見にきたが・・」
と言って、寅太の顔を覗きこんで
 「寅っ。ノックアウトされていたかと思ったが、大丈夫のようだな。安心したよ」
と言うや、顔にハンカチを当てて泣き崩れている美代子を見て
 「美代ちゃん、泣きに来たんではないだろう」「このあと、俺達はどうすればいいんだい」
と、忌々しげに声をかけると、彼女は三郎の首に巻いてあるタオルを取って顔を覆い泣き止むことがなかった.

 秋の夕暮れは早く、窓の外にはポツントと電柱に吊るされた街灯が小雨の夕闇に寂しく灯っていた。

 

 

 

 

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