子どもというものは
親が思っている以上に
やさしいものです。
母の言った言葉の中で
こころに引っかかって
覚えている言葉の中に
「おまえって案外やさしいんだね」
という言葉です。
「えっ?」って思ったけれど
その時は、うまく自分の思いを伝えられませんでした。
私は
こんなにいつも母のことを思っているのに
母は、そんなふうには見ていてくれないのだと
悲しかったものです。
そう!
子どもって
親が思うほど
冷たくないですよ!
昨夜の震度4の地震には
ほんとにびっくりしましたが・・・
いつも母のことを思って、すぐにメールをくれる娘は
ほんとにやさしいです。
高校を卒業すると同時に
親元を離れて、都会の大学へ進み
今も、結婚して都会に住む娘ですけれど。
自分たちの生活を楽しみ
愚痴を聴いてほしい時にしか電話をよこさない娘ですけれど。
ほんとは
母のこと
いちばん気にかけてくれている
やさしい娘なんです。
夫の甥の結婚式に
夫婦で出席しました。
遠方にいて、冠婚葬祭でもなければ
ともに過ごすことのない夫の親族と
しばらくぶりの再会でした。
たいへん恥ずかしい話になるのですが
私は、結婚したばかりのころ
夫のきょうだいたちを激しく嫌い
怒りをあらわにいたしました。
長男の嫁としての母の怒りや愚痴、嘆きを
しょっちゅう聞いていた私は
母の気持ちを、我がことのように感じ
母の助けになりたい
母を喜ばせたいと思っていましたから
私は、父親のきょうだいたちが
家にやってくると
幼い子どもとは思えないようなふるまいをして
同い年のいとこに対しても
自分のこどもらしい思いを否定して
自分を卑下したようなご機嫌とりをしておりました。
そのことに気づくことができなかった私は
夫と結婚した時に
自分が育つ家庭で学びとった
親戚づきあいをやったのです。
その根底には
嫁としての私を認めさせたい
褒められたい願望がありました。
ところが
夫の親族には
わざとらしい丁寧さや気遣いは
通用しませんでした。
私の中の認められない寂しさは
夫の親族への怒りとなって
大爆発をいたしました。
その後、夫に怒りをぶつけながらも
私は、少しずつ気づきはじめました。
自分は、すごく良い嫁をやっていると思っていたことが
実は、かたちにとらわれているだけで
こころがないことを知りました。
夫のおかげで
かたちに表さない
やさしさのあることを知りました。
それがわかった時に
私は、夫の姉に宛てて
自分のこころを正直に綴った手紙を書きました。
そして
自分のした失礼なふるまいの数々をお詫びしました。
それから10年以上の歳月が流れ
母が亡くなったり
娘が結婚したりで
再会の機会が増えました。
そんな時
夫の親族がこんな自分のことを受け入れ
赦してくれている大きなやさしさを感じます。
人にやさしくなれるのは
自分が、いかにやさしさのない人間だとわかった時だそうです。
私の求めていたやさしさは・・・
私の知っていたやさしさは・・・
かたちにあらわれた
わざとらしいやさしさでした。
目には見えない
かたちに表れない
みんなにすぐに気づかれない
やさしさがあるのですね。
私は、今、50代の後半です
30年前に
もし仮に・・・
現在の様に、インターネットの世界が発達していて
こころに関する様々な話題が提供され
個人が抱えるこころの苦しみが
病気として、広く、認められる環境にあったならば・・・
私は、きっと、そこにすがっていたと思います
でも、当時、そんな情報はなかったから
抱えている不安や苦しみから逃れるためには
自分の力で何とかするしかありませんでした
ある精神科病棟のセラピストの方は
カウンセリングのシステムができていないからと
特別に無料で1時間、私の話を聴いてくださいました
そして
「あなたは、大切なことをしようとされているのです
その答えを探し続けてください
そしたらきっと素敵な50代を迎えることができますよ
(当時、50代くらいに見えたその方は)
私も、まだ探し続けているところですから
あなたに、答えを教えてあげることはできないけれど
一つだけヒントを差し上げましょう
自分の好きなことをたいせつにしてください」
「新型うつ」などと、あたらしい言葉がありますけれど
あたらしい病気が生まれたわけではないと思うのです
人間である限り
程度の差こそあれ
いつの時代でも
それぞれが成長の過程で
皆が出会う不安や苦しみなのではないでしょうか・・・
そして、今、こころから思うのです
不安で、苦しい時
私は、とりわけ、原因を外に見つけたくなり
誰かを責めたくなり
特別に、誰かにすがりたくなる特徴が強いと思いますので
ああ、現代のように「新型うつ」などという情報がなくて
ほんとによかったと思うのです
当時の私は
自分の苦しさを保障してくれる
大義名分を求めておりました
でも、それがなかったからこそ
私は、自分の力で答えを見つけるしかなかったし
自分の中に深く入り込むことができたのです
そのおかげで
ありのままの自分を見つめること
ありのままの自分を受け入れること
ありのままの自分を好きになること
そんな力を育てられたのだと思います
世の中で
「カウンセラー」と「相談員」の区別が
はっきりとついているわけではないのですが・・・
そう!
私は、やっぱり、「カウンセラー」なのです
自分の立ち位置が見えなくなっておりました
こころに重荷を感じ、暗い中におられる方は
病気になった時に、薬を飲んで治るみたいに
「明快な回答」を求めておられます
でも、カウンセラーは、回答者ではないのです
相談事にお応えする相談員ではないのです
よりよい相談員を求めるのであれば
医学的な知識も、法律的な知識も、心理学的な知識も
すべてにおいて、たくさん持っている方が
よりお役に立てる相談員になれるでしょう
ところが
それらの知識が、十分にあったとしても
それでも自由にならないのが
ひとのこころ、感情ではないでしょうか
そんなこころに
寄り添わせていただくのが
カウンセラーではないでしょうか
ありのままの私の気持ちをしっかり見つめ
ありのままの私を受け入れているからこそ
ありのままのあなたの気持ちをしっかり見つめ
ありのままのあなたを受け入れることができるのです
私は、ありのままの自分を見つめる強さと
ありのままの自分を許す優しさを
求めます
そして
すべてをお与えくださる方を信じます
すべてのことに感謝します
変えられないものと
変えられるものがあります。
これまでの私は
変えられないものを
なんとかして変えようと
執着し
こだわっていたと
気づきました。
変えられないものは
ありのままに受け入れましょう。
良いとか悪いとかの
判断も手放すことにします。
良いとか悪いとかも
絶対的なものではないのですから。
こだわりを離れたら
変えられるものを変える元気が出てきました。
画面とハードが一体化したPCを使っているのですが
画面が全く見えなくなってしまいました。
購入後1年以内に同じ症状になって
メーカー保障で治していただきました。
今回は、メーカー保障の3年は過ぎたけれど
お店の5年保障が残っているので
先ほど、お店に修理をお願いして来ました。
今は、ふだん使っていないノートパソコンを持ち出して来て
ブログの更新が出来るようになりました。
インターネットが使えないのは
ほんとにさびしいことですが・・・
これも私にとっては
執着を捨てる訓練かもしれません。
「断捨離」
楽しみながら
少しずつ
ゆっくり進めております。
いつもこころに、ひっかかりながら
何かの、誰かのせいにしては、
逃げていることがあります。
祖父母の代の家と両親の代の家
2軒の家のかたつけの問題です。
私も、60代が、そう遠くの話ではなくなりました。
このままずっと放置しておくわけにはまいりません。
なんとかしなければと、気持ちは、あせるのですが、
なかなかはかどりません。
自分の物欲、執着の強さにあきれます。
いつか使う時があるかもと、残して置いても
結局一度も使うことなく、空間が占領されています。
そうかと思えば、あの時、捨てていなければと
悔しく、思い出すものもあったりして・・・
まだまだ過去の恨みから解放されていない私と
向き合うことが
いまの私に必要なことなのだと受け止めます。
誰かのせいにしないで
自分のこととして受け取れますように。
自分ひとりで抱え込もうとしたり
悲観的にならずに
毎日、楽しく、少しずつ進めていくことができますように。
昨日の朝
NHKの連続ドラマを観終わって
ベランダへ洗濯物を干しに出ると同時に
震度5強の地震に襲われました。
それ以後、怖くて、情報が欲しくて
テレビをしょっちゅう観ているのですが。
具体的な被害状況は
中央の放送局では、ほとんど伝えられておりません。
3月の大震災の前でしたら、きっと大きなニュースになったと思うのですが・・・。
屋根瓦が落ちたり、箪笥が倒れたり、ブロック塀が倒れたりの程度。
震度5強クラスの地震では、大きく取り上げられなくなってしまいました。
震源は、浅く、狭い地域の地震です。
詳しい被害状況は、地元のケーブルテレビがいちばん頼りになりました。
我が家の周辺では、大きな被害は出ていませんが
数キロの違いで、限られた地域に、被害が集中しているようです。
地盤の強さの違いでしょうか・・・。
ふだんは、忘れているだけで
日本列島
地球のどこでも
地震の危険はあるのかもしれませんが。
あらためて
日々をどう過ごすか
大きな戒めをいただきました。
朝、夫の弁当を作る時
自分の分も、詰めておいたので
気持ちは、とても動揺しておりましたが
昼には、落ち着いて食事をすることができました。
まだ時々
憂うつに
そして、無気力になるものの
だいぶ生きることが楽になりました
さびしさとの付き合い方も
上手になってきました
子どものころ私は
誰かを恨んだり
不満を感じて、根に思ったり
要求の強い子どもでした
母に、よく指摘され
自分は、特別に
執念深い人間に生まれたせいと
業のように感じていたところがあります
だからこそ
私の人生の目標は
人を恨んだり、ねたんだり、憎んだりすることのない
立派な人格の大人になることでした
ところがいくらがんばってもがんばってもなれません
とうとう
無気力
憂うつな気分に襲われるように・・・
そして
ようやく
少しずつわかって来たこと
私は
ありのままの私を大切にしていなかったのです
これから
もっともっと
ありのままの私を大切にしたいのです
こちらでもブログしています
先日
新婚1か月の娘が
結婚式の写真を持って帰郷しました。
翌日は、私も娘といっしょに
相手のご両親の家をはじめて訪ね
あちらのお母様が丹精込めて育てているバラを見せていただいたり
お昼までごちそうになって帰って来ました。
その後
娘が頭痛など体の不調を訴えたものですから
てっきり、緊張からの自律神経の失調などと
自己診断をしておりましたら
なんと!風疹を発症しておりました。
子どもの頃に受けた予防接種の免疫が切れていたのですね。
思いがけず娘は、2週間も実家に滞在して、一昨日上京しました。
その間
私は、様々なことを感じて過ごしました。
娘とは、別のことです。
私自身が、過去に消化しきれていなかった問題です。
無意識に押し込めていたこころを感じることができました。
いまの私は
自分の中にある、「ある感情」に気づいても
ありのままに受け入れることが、だいぶ上手にできるようになっています。
娘のことは
そのよいきっかけを与えてくれることになりました。
私がもっと自由になるために
もっと解放されるために
この感情を認めることが必要だったのだと思われます。
気づけたのだから
きっともっと楽になれると思います。
1月以来の上京でした。
午後8時過ぎの東京は、真っ暗。
駅から徒歩2分のホテルも見つけられず
通りすがりの方に、お訊ねしては、ようやくたどり着きました。
先月に結婚した娘の新居をはじめて訪ね
娘と一緒に、久々のショッピングも楽しみたかったので
荷物は、最小限にして、リュックサックに詰め込み、大正解!
あちこちの駅で、エスカレーターが止まっていたので
乗り継ぎの駅では、身軽に、すいすい進むことができました。
そして、上京のいちばんの目的は、
人生の危機の場面において、寄り添わせていただく
「危機支援カウンセラー」としての学びをするためです。
所属している認定カウンセラーの学会でも
今回の被災地の支援に行っているので
そのお話をうかがいました。
これから私も何らかの形で
参加させていただけたらと思っておりますが。
ありのままの私が認められてこそ
お相手を認めることができ
ありのままの私を許すことができ
お相手を許すことができ
ありのままの私を信じることができ
お相手を信じることができるのでしょうね。
だから
まず、自分のケアを学ぶことがいちばんの勉強です。
そして、お役に立つことができますように。
相談をお受けしていると
お話からは
とてもよくがんばっておられて
よくやっておられるなぁと感じられる方が
どうしてこんなにも自己評価が低いのだろう。
ご自分を嫌っておられるお気持ちが
すごく伝わってまいります。
私の感じたままをお伝えすると
ほとんどの方が
親御さんからそのような言葉をかけられていたのだとおっしゃいます。
もっとご自分に自信を持つように
ご自分を大切にするように
と、お伝えしても。
「どのようにしたらよいかわからない」とおっしゃいます。
私は、加藤諦三さんの本をたくさん読んでいます。
加藤諦三さんの本で、最初に出合ったのは、
「愛されなかった時どう生きるか」という本です。
まずは
自分の中にある
無意識の領域へ押し込まれている
「怒り」や「恨み」の感情に気づくこと。
「怒り」や「恨み」が意識化できると
気持ちがかなり楽になります。
私もはじめは、わかりませんでした。
本を何べんも何べんも読んで
少しずつ少しずつ実感できるようになりました。