ちび猫のつぶやき

宇宙人の独断と偏見なのですが、警鐘を鳴らす訳ではなく希望の光を照らす訳でもなく、ただ足下の事を皆で見ていたいだけなのです

59.ちび猫が見付けた『E=mc²』の自由議論(2)

2013-10-06 | 危機管理
第0059号


*****(制作終了)*****


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第0037号【ちび猫が見付けた『オームの法則』の自由議論】参照


第0040号【ちび猫が見付けた『E=mc²』の自由議論(1)】参照





・新テーマ


人類が『E=mc²』から見い出せる『生きた進歩』を提供する。







平成27年度版(1)







*『E=mc²』が普遍的な“一般理論”である意味。【9月8日・火】


『E=mc²』とは、普遍的な“一般理論”でありますから、それを『パンドラの箱』などと{無責任に}言って、「目の前から遠ざければそれで済む」と思い込んでいるのには、タダタダ呆(アキ)れるばかりですが。

『宇宙戦艦ヤマト』に出てくる『波動エネルギー』の{宇宙人から知らされるなどして、特定の条件が“新た”に形成できた時に、技術革新が飛躍する}隠し扉に隠された “特殊理論”と同じ様に認識して、「核エネルギーは『E=mc²』を用いているので、その使い方を誤って“暴走”させてはならない」とか「技術革新で発生した問題に於いてその解決の為に次の技術革新を“待つ”というのは合理的な手段であるので、『E=mc²』を用いた核開発に伴なう放射性廃棄物を濃縮・貯蔵するのは有効な手立てと言える」とか{他力本願に}言って、《『E=mc²』を追究する面倒》から目を逸らし、《核開発に付き纏(マト)う放射能という“ツケ”を後世に背負わせる責任転嫁》を{恥知らずに}正当化しているのも、究極の“背任”としか言いようがなくて、言葉を失います。


『E=mc²』とは普遍的な“一般理論”でありまして、人間が無視や拒絶をしようと、誤用や私的流用をしようとも、勝手な “暴走”など起こしませんし、問題を解決するのに次の技術革新を“待つ”理由にもなりませんから。

{もしかすると}人間とは、それほど必要な存在ではなくて、適当に生きて行く事が求められている生き物であるのかも知れず。人為的に何かをするという事さえしなければ、人類としての生き方が全(マット)う出来ると思うのです。

『E=mc²』が普遍的な“一般理論”であるという事とは、そういう意味でもあったのです。





*『E=mc²』の真実。【8月27日・木】


『E=mc²』とは、物理的事象に対して普遍的に作用している一般理論であり。アニメの宇宙戦艦ヤマトに出てくる『波動エンジン』を動かす為の『波動エネルギー』のような、『核エネルギー』に於いてだけ作用する特殊理論などではありません。

ましてや、「人間の手には余ってしまう大それたモノであり、世界を危機に陥(オトシイ)れる危険なモノであるので、『パンドラの箱』と言わざるを得ない」などと言う方が、どうかしているのでありまして。『E=mc²』とは、【更新する無限大に多様な全体】である〔物理世界〕の真実を、【アインシュタイン】が端的に言い表した公式なのであります。


一般理論である『E=mc²』に対して、『大それたモノ』だとか『危険なモノ』だとかの特殊理論であるかのように{『パンドラの箱』という“シンボル”の『反核運動』での使用や、『波動エネルギー』のような“SF的手法”による問題点の鮮明化などによって}錯覚させる事は、『E=mc²』を一般理論として公表するコトによって【更新する無限大に多様な全体】の隠蔽解除に挑んだ【アインシュタイン】の想いを踏(フ)みにじる蛮行であり。100年以上も権力者に阿(オモネ)って、一般庶民を裏切り続けて来た、許し難い犯罪行為であります。





*陽動目的の反核運動。【6月26日・金】


『核エネルギー』や『原子力発電』についての説明をする時に、よく『E=mc²』が{作意を持って}使われていて、≪核反応によって『E=mc²』の【E】に当たるエネルギーが発生する時に、【m】に当たる質量が『ウラン』などの核物質から消失していて。道端の小石一つの質量【m】で、大きな町の電気エネルギー【E】をまかなう事を可能にしている、最先端の科学技術の結晶である≫などのような『トンチ問答』の形式が{巧妙に}用いられているのです。

そして、≪核エネルギーに限らない全ての『エネルギー事象』に於いて、『E=mc²』の【E】のエネルギー現象には【m】の質量が等しく消失しているのです≫という真理が、既得権益に目の暗(クラ)んだ権力者側の科学者により隠蔽(インペイ)されていて。さらには、その尻馬に乗って反核運動を盛り上げている知識人によって、『E=mc²』が放射能汚染を開放してしまった『パンドラの箱』だとして{陽動目的で}悪者扱いされているのです。


唯一神教徒であり近代生活者である一般市民は、『質量保存の法則』と『エネルギー保存の法則』とで、『神』の創造した世界の普遍性を証明して見せられ。核反応を、『神』が残してくれた【隠し扉】とされ、核エネルギーを、探し出した【隠し扉】からもたらされる『神』の恩恵の一つであるとされて、『原子力発電』は世俗の者の口出しを受け付けないモノと納得させられているのです。

そして、知識人の策謀により、一般市民の不安や恐怖の捌(ハ)け口として、『E=mc²』が生贄(イケニエ)に仕立て上げられていて、ガス抜きとしての反核運動(お祈りをすれば嵐が静まり戦争がなくなると信じてしまい、お祈り以外の学習や行動を否定し拒絶するのと同じ行動)が盛大に繰り広げられているのです。

これが、人類へ戻る手立てを見失った{唯一神教徒であり近代生活者である人間を代表する}権力者の、悪あがきであり。性懲(ショウコ)りもない知識人による、悪モノに仕立て上げられただけの『E=mc²』への、{お門違いな}憎悪の暴走であります。





*『核反応』を『E=mc²』の唯一の“依り代”とするアニミズム。【4月15日・水】


アニミズムの原型は、「単独で{バラバラに}動くモノと、先行するモノを追いかけて動くモノとでは、『認識反応』がまったく違う事」であり。「特定のモノを大切に思い大事にしていると、そのモノから『嬉しい』などの[感情]や、『痛いとか』などの[五感]を感じて取ってしまう事」が出来る事によって、その意識が巨大化し、『神様』や『精霊』や『仏様』や『妖怪』や『悪魔』が想像されて、様々な『宗教』が誕生してきたのですが。その究極の形の一つと言えるのが、『神』の“依り代”を『唯一神』に限定してしまう『唯一神教』であります。

そして『唯一神教』から、その“不変”の世界観を現実化する為の、『リセットの原則』を厳守する『近代科学』が立ち上げられていて。『近代科学』を畏敬する科学者たちは、『進化論』から【更新する多様な全体】を削ぎ落として、「人間が一人勝ちを目指す事は正当な進化である」と確定してしまい(第0063号第A0001号参照)。さらには、『E=mc²』から「万物の物理現象の根幹をなす」という意義を削ぎ落とし、『核反応』に限定して利用している姿を、『パラダイム論』の流用によって「正当な進歩の歩みである」と確定してしまったのです(第0068号第A0002号参照)。


{一般物理学への普及は考えず}『E=mc²』の“依り代”を『核反応』に限定する{アニミズムな}姿勢は、『神』の“依り代”を『唯一神』に限定してしまう『唯一神教』から生じたものであり、『近代科学』が創立した{“不変”の世界観を現実化する}目的を踏襲(トウシュウ)するモノでもあるので。そんな科学者たちにとって、その姿勢を変える事は、{自己投影している}科学が積み上げて来た[知識]・[業績]や[名誉]・[地位]や[経済性]・[汎用性]などを放棄する事であり、{そのような自己否定的な事は}到底受け入れられないのです。

また、『“不変”の世界観を現実化する』という目的を忠実に遂行している『反核運動』の知識人たちが、科学者たちと交わらない別動隊を形成していて。『放射能汚染』の危機を高めている『核開発』の元凶を『E=mc²』に仕立て上げ、「『E=mc²』が万物の物理現象の根幹をなす」という意義を拒絶して、{宗教への抗議活動(オウム教団への反対活動)や平和運動(護憲運動など)と同じく、攻撃性の捌(ハ)け口として機能する}市民運動を煽動(センドウ)しているのです。





*『核との共存』と『世界の共有による人間の共存』【2月14日・土】


『核との共存』に必要な《『E=mc²』という普遍的原則》には、『生きた世界観』が欠かせず。その『生きた世界観』からは、各方面での『生きた進歩』が沸き起こり、〔この世界〕が【多様な全体】として【共有】され、多様な人間たちが〔更新されて行く世界〕の【更新機能】の一翼を担う一員として【共存】するのです。

『核との共存』を目指すという事は、『世界の共有による人間の共存』を目指す事であり。『世界の共有による人間の共存』が無くては、『核との共存』もありえないのです。





*新テーマについて(2)【2月13日・金】


現状での科学とは、{『既存の物理学』であろうと『核物理学』であろうと}盗賊団や盗掘団による盗品の争奪戦や鑑定であり。

〔活性している世界〕を利用し有効活用して、《新たに〔科学世界〕を創造していく》という発想に欠けていまして。

様々な分野で、{『正義感』や『義務感』の名目のままでの、《リセットとしての処罰》が断行されて、『STAP細胞』が否定さただけでなく、〔この世界〕から消去されてしまったような}停滞や{『パラダイム変換』が進歩の理想とされ、閉塞状態が必然的なモノとされて、異常事態の放置状態が何時までも続くような}歪みが起こっているのでありますから。


〔物理学の世界〕に於いても、〔活性した物理世界〕を活用する発想の根幹となるハズの《『E=mc²』という普遍的原則》が{表舞台に於いて}隠蔽(インペイ)されていて。

〔核世界〕そのモノを敵視して{『臭い物には蓋を』のままでの}排斥を訴える『反核運動』が『正義感』や『義務感』の名目のまま引き継がれて、{見思量な人たちの間で}拡散してしまい。

その『お墨付き』により、〔核世界〕から『核エネルギー』という戦利品を奪い取るような『核開発』が行われてしまって、『放射能汚染』の脅威が高まり続けているというのは、避けられない事実であります。


しかしだからと言って、「あれはダメ、これもダメ」と言ってしまっては、『正義感』や『義務感』の名目での《リセットとしての処罰》の縛りと同じでありますから。

「【多様な全体】の【更新】により〔活性した世界〕を有効活用する」という発想を持ち、「《『E=mc²』という普遍的原則》により〔物理世界〕が絶えず更新を続けている」という事を認識して。

核問題の放置状態の異常に気付き、『核との共存』が《【多様な全体】が【更新】していって物事が進歩していく》という原理原則の通りに達成されるべく、「〔物理世界〕を更新させていく」という事が、今後の物理学の指針となるべきモノだと思うのです。





*新テーマについて(1)【2月12日・木】


「あれはダメ・これもダメ」という《リセットとしての処罰》の縛りが、『正義感』や『義務感』の名目のまま、引き継がれてしまい、そんな『反核運動』が、民主主義的な『お墨付き』となってしまっていて。

〔既存の物理学世界〕から枷(カセ)を交換した〔核物質世界〕に於(オ)いて、〔この世界〕の{【多様な全体】としての}安定を切り崩して『核エネルギー』を取り出す、{【部分解禁】でしかない}『核開発』が推進されて行く異常事態が、野放しになっているのだが。

様々な人からどの様に〔世界〕が見えようとも、〔この世界〕は《活性した【多様な全体】》として構築された一つのモノなので、《【多様な全体】が【更新】していって物事が進歩していく》という原理原則が普遍であり、『E=mc²』が物理学の普遍的原則でありますから、〔この世界〕と人類とは共存するものなのです。







平成26年度版(!)







*放射能汚染を拡大させる現代人【9月24日・水】


今までに何度も言ってきた事ではあるのですが、

物理学に於ける『E=mc²』を基にしての≪一定のエネルギー量に於いて、質量の[『平方根』分の1]に比例して速度が増減し、その速度の『四乗倍』に比例して放射量が増減するので、質量の[『二乗』分の1]に比例して放射量が増減するという結論が導き出されるとする、【放射エネルギー】と質量の関係≫や、

≪【既存エネルギー量】の範囲内で、【質量消失の連鎖】が繰り返される、〔物理世界〕の安定機能の事実≫から、

多様で巨大質量を持った【物質群】による【質量消失の連鎖】の安定機能によって、{『放射線』などの}【放射エネルギー】を出す放射性物質の{『核エネルギー』などの}【過剰エネルギー】が【既存エネルギー量】に吸収され、巨大な質量を抱える〔物理世界〕の【質量消失の連鎖】の中で{《単体》であった為に飛びぬけて速かった}放射性物質の速度が他の物質と同じに均一化されて、放射性物質が放射する『放射線』を激減させる事が可能になるのですが、

『多様性』の名の下に多種多様であった物質を個別に“分解”して、個々の物質の特性を引き出す事を延々と繰り返し続けて現代の繁栄を築いてきた成功体験の呪縛に縛られて、現代人の誰もが【リセットの繰り返しによるデータ集積】の手法という近代科学の原則を厳守するあまりに、『E=mc²』の【部分解禁】である核エネルギー利用には、放射能汚染という『悪』が{神話のように}どうしても付きまとってしまうのです。


そんな世にあって、〔物質世界〕が一つの大きな全体として世界形成(安定機能の発揮)がなされていて、個々の物質はその【部分】でしかないという事を認識し、近代科学の範疇(ハンチュウ)を逸脱(イツダツ)する『E=mc²』の【全面解禁】をするであれば、【過剰エネルギー】を【既存エネルギー量】に吸収させる事によって【放射エネルギー】を激減させられるので、人類は放射能汚染から開放されるとする事の実践に、怯(ヒル)むコトなく取り組める“君子”に、【ちび猫】は賛同するモノであります。





*『放射性廃棄物』の自然回復【8月19日・火】


【過剰エネルギー】である『核エネルギー』が既存の〔物理世界〕の【質量消失の連鎖】の中に簡単には入れないために、既存の〔物理世界〕を構築している【既存エネルギー量】とは別のエネルギーとして『核エネルギー』が存在してしまい、少ない総質量で大量のエネルギーを発生させる核反応を起こす為に『核物質』のスピードが高まっていて、その速度の四乗倍で『放射線』などの【放射エネルギー】が増加していくものだから、『核エネルギー利用』を行うコトによって《【質量消失の連鎖】に基づいて『ドミノ倒し』で『放射線』を出し続ける『放射性廃棄物』》が後に残ってしまうのですが、

問題なのは、人間が『放射性廃棄物』をドンドン高濃度に圧縮し、それを地下施設などにひたすら貯蔵するコトを最善策と考えている事であり、この発想で『原子力発電』を建設し運営するものだから、有害な『高レベル放射性廃棄物』がドンドン増え、『チェルノブイリ』や『福島第一発電所』の原発事故への対処が《閉鎖的な行為》となってしまって、何時までも問題が先送りされ続けてしまうのです。


『原子力発電』などの『核エネルギー利用』での最大の問題点は、≪『核エネルギー』が【既存エネルギー量】とは別の【過剰エネルギー】であるために、既存の〔物理世界〕の【質量消失の連鎖】の中に簡単には入れない≫という事を、【完成した世界】の世界観に於ける【マスゲーム的な時間論理】の時間認識に合致した“決定的”な原則としてしまい、{〔生物世界〕に於いて【微生物群】の全体としての【更新機能】が無視・否定され、《【微生物群】全体の更新》の部分でしかない【特定微生物】の『突然変異』や『遺伝子操作』に研究の焦点が集り、『殺菌・消毒』の問題に誰も気が付かないのと同じで}〔物理世界〕に於ける全体としての【既存エネルギー量】の許容が無視・否定され、《【E=mc²】を基軸とする物理学》の部分でしかない『放射性物質』の『放射線』や『核反応』に研究の焦点が集り、『高レベル放射性廃棄物』を作るコトにより既存の【質量消失の連鎖】との隔たりが拡大してしまう問題に誰も気が付かない{振りをしている}事でありますして、

〔生物世界〕に於ける【微生物群】である『生きた水』や、その全体としての【更新機能】である【薬品耐性水】を、既得権益に目の暗(クラ)んだ科学者たちの『オモチャ』や権力者たちの『商売道具』にしてしまわず、広く庶民に広まる事が出来れば、衛生面での『人の営み』が『殺菌・消毒』に依存したモノから{【微生物群】の全体としての【更新機能】を活かしての}自然回復を目指したモノへと劇的に変わり、『パンデミック』のリスクも大きく減るように、

近代科学の『枠組み』に縛(シバ)られない【未完成な世界】の世界観や【ロール紙的な時間論理】の時間認識や、『E=mc²』を基軸にした既存の物理学の再構築による【放射エネルギー】や【質量消失の連鎖】・【既存エネルギー量】などの考え方を、既得権益に目の暗(クラ)んだ科学者たちの『オモチャ』や権力者たちの『商売道具』にしてしまわず、広く庶民に広まる事が出来れば、『核エネルギー利用』に於ける『放射性廃棄物』への対処が『高レベル放射性廃棄物』の濃縮・貯蓄に依存したモノから{【放射エネルギー】や【質量消失の連鎖】・【既存エネルギー量】などの認識を活かしての}自然回復を目指したモノへと劇的に変わり、『放射能汚染』のリスクも大きく減るのですが、

理屈では解っていても、なかなかそうならないのが、『人の世』なのであります。


そんな世にあって、誰とも違う【未完成な世界】の世界観や、【ロール紙的な時間論理】の時間認識を怯(ヒル)むコトなく持ち、『放射性廃棄物』の自然回復を考えられる“君子”に、【ちび猫】は賛同するモノであります。





*既存エネルギー量の“安定維持”機能【8月17日・日】


用語解説の【過剰エネルギー】・【質量消失の連鎖】・【既存エネルギー量】や【ロール紙的な時間論理】・【マスゲーム的な時間論理】や『観念論』・『唯物論』の項目でも少し触れたが、

核物質という特定のモノの核反応に限定して行われる《核エネルギーの利用》という【マスゲーム的な時間論理】の範疇(ハンチュウ)で【部分解禁】されたモノは、科学者達によって広められ、知識人も{是非(ゼヒ)は別にして}とりあえずは認識するコトが出来ても、

全てのエネルギー現象に於(オ)いてそのつど【質量の消失】が“連鎖”して起こっていると定義される、【ロール紙的な時間論理】を受け入れるコトによって【全面解禁】された『E=mc²』を基軸とした物理学の再構築とは、近代科学の大前提である『完成した世界』という世界観や、「時間は前から後ろへと流れる」とする【マスゲーム的な時間論理】の時間認識を揺(ユ)るがすモノなので、知識人は絶対拒否ですし、科学者達も〔物理世界〕のエネルギー現象に於ける【質量消失の連鎖】の事を隠蔽(インペイ)して憚(ハバカ)らないのです。


ただし、『E=mc²』を基軸に物理学の再構築をしても、〔物理世界〕に於ける【質量消失の連鎖】の概念や【既存エネルギー量】・【過剰エネルギー】の観念に到達できるというだけで、『放射能除去』や『新エネルギー』の技術開発に結び付くという訳ではないので、拒否されたり隠蔽されたりしていても特に問題となっているようには見えないのですが、

『人の営み』に於ける核エネルギー事情での問題は深刻であり、『核エネルギー』という【過剰エネルギー】により【既存エネルギー量】が上昇し【質量消失の連鎖】が拡大して、物の【潜在スピード】が高まる事で放射エネルギーが速度の四乗倍で増加していく、核エネルギー利用に伴(トモナ)う『放射能汚染』という一面的な事態の悪化に過敏になりすぎて、

『放射性物質』の拡散による通常空間への【質量消失の連鎖】の拡大を無理に抑えようとして、核エネルギー利用に伴う【既存エネルギー量】の上昇分を放射性廃棄物に凝縮してしまい、≪【既存エネルギー量】の“安定維持”をしている〔物理世界〕の【更新機能】の事を無視して≫高濃度放射性廃棄物を加速度的に増やしていく【マスゲーム的な時間論理】の近代科学に基づいた手法に“制限”してしまって事態の悪化を招いているというのに、

科学者達は「核エネルギー利用に歯止めを掛ける“制限”をさらに掛けるコトで解決できるハズだ」とする『観念論』を『言い訳』として論じ、知識人に至っては「人間による“制限”が無くては利用できない『核エネルギー』は非科学的だ」とする『唯物論』を掲(カカ)げる『反核運動』に“馬鹿の一つ覚え”で狂奔(キョウホン)しているあり様なのです。


そんな世にあって、誰とも違う≪【既存エネルギー量】の“安定維持”をしている〔物理世界〕の【更新機能】≫という【未完成な世界】を認識し、【ロール紙的な時間論理】を怯(ヒル)むコトなく考えられる“君子”に、【ちび猫】は賛同するモノであります。





*文化人とエリートの不毛な争い【4月6日・日】


特殊環境や放射性物質に於いて放射される《電磁波の放射線現象(:放射エネルギー)》についての研究・発見が、19世紀末に【ヴィルヘルム・コンラート・レントゲン】や【アントワーヌ・アンリ・ベクレル】や【キュリー夫妻】たちによって相次いでなされていたモノが、

1905年の【アインシュタイン】による一連の論文と『E=mc²』という物理公式によって、≪『核エネルギー』の概念≫が誕生し、核兵器が発想・研究され、1945年7月16日には原爆が製造・実験され、同年8月6日・8月9日には実戦使用されてしまい、

その後の冷戦構造下の核競争に於(オ)いて、核開発が国家権力によって強引に行われる中で、核爆弾の製造過程で放出されるエネルギーを利用した『原子力発電所』の製造・運転が核廃棄物の大量発生を伴(トモナ)いながらも盛んに行われてきて、

現代に於いても、核爆弾の廃絶が叫ばれながら、核爆弾の原料と大量の核廃棄物を発生させる『原子力発電所』の研究・運転が、国家の安全保障戦略の名の下に継続されていて、

『チェルノブイリ原発事故』や『福島第一原発事故』を起こしながらも、『原子力発電所』の研究・製造への補助政策が止まることはなかったのです。


しかし、国家から厚い保護を受けながら、『核開発』が一部のエリートによって、国家機密的に隠されて行われてきた為に、集められるデータの母体が如何(ドウ)しても偏(カタヨ)ったモノになってしまって、

そのために、現代の一般な学校教育や一般常識のレベルでは、『質量保存の法則』と『エネルギー保存の法則』を基にした『既存の物理学』が教えられ、

さらには、『E=mc²』を説明するのに、「石ころ一つの質量には、大きな町の電力がまかなえるだけのエネルギーが秘められている」と言う頓知問答(トンチモンドウ)や、

「γ(ガンマ)係数≪ローレンツ因子:速度と時間を直角三角形で表した計算式である【〔(1秒)×(光速C)〕²+〔(γ秒)×(速度V)〕²=〔(γ秒)×(光速C)〕²】を変形させた計算式の【『γ』=1/√〔1-(速度V)²/(光速C)²〕】で、「物の速度は光速より早くなる事はなく、物の速度が光速に近づくほど、その物の内在時間の経過が必然的に外部に比べて遅くなるモノであるから。その事を基に、動いているその物の内在時間の経過の割合を、静止している外部の時間から対比して計算される係数が『γ係数』である」という事を表したモノ≫を用いて、『E=mc²』や『mc²』を“質量とエネルギーに於ける一つの枠組”として《記号化》し、『E=mc²』の論理証明を巧妙にして見せ、『既存の物理学』と『E=mc²』を別々に存在する事に仕立て上げて、『E=mc²』に『核エネルギー』特有のモノという《制限》が設(モウ)けられても疑問に思わなくなるようにしてしまう」といった数式による幻覚工作がご丁寧に用意され、

『核開発』の研究・開発を名目に、国家的補助が欠かせない厄介(ヤッカイ)な『原子力発電所』の製造・運転が目指されてしまい、

『E=mc²』を展開させて≪『放射エネルギー量』=(1/2)×(物体重量)×『速度の4乗』÷(光速)²≫を導き出して〔物理世界〕の基軸とする“活性”した世界観の物理学が、《電磁波の放射線現象(:放射エネルギー)》と〔この世界のエネルギー現象〕と『放射能(:放射エネルギーの物質や生物への影響)』の関係を解き明かす事が見過ごされ、


『核エネルギー』と『E=mc²』を『パンドラの箱』と決め付けて恥(ハジ)ない安直(アンチョク)な文化人と、『原子力発電所』は国家の安全保障に於いて必要なのだと言い張って譲らない視野狭窄(シヤキョウサク)に陥った国家エリートの不毛なやり取りが続いてきたのです。


そして、それだからこそ、より多くの一般社会生活者がより早く、安直に《『核エネルギー』と『E=mc²』の『パンドラの箱』説》を口にしてしまうズボラさや、盲目的に《『原子力発電所』を国家の安全保障上の問題とする》と言ってしまう事の国家主義さに気付き、

『E=mc²』が〔物理世界〕の基軸となっている事を前提にして、『質量』と『エネルギー』が絶えず変換され続けて〔物理世界〕は“活性”していると認識し、≪『放射エネルギー量』=(1/2)×(物体重量)×『速度の4乗』÷(光速)²≫から『質量』の異なる粒子ごとの『放射エネルギー』の性質を割り出すコトで、

『E=mc²』の限定化と≪『放射線(:放射エネルギー)』の概念≫の矮小化(ワイショウカ)により見失って来た『放射能(:放射エネルギーの物質や生物への影響)』の理解が、“活性”した『物理世界観』の形成により、可能であり効果的だという事にみんなが気付けば、

全世界の『核エネルギー』政策の革新的転換も、可能となるのです。





*〔物理学世界〕のナゾ解きの方針【2月21日・金】


何時(イツ)から如何(ドウ)して人間が、『神様』の“活性”による【自然更新】の祝福を忘れてしまったのかを、〔物理学世界〕に関して言うと、

核物理学や量子力学の技術革進が、核物質が『E=mc²』で放出する核エネルギーを{安全に安定して}人類が利用できるようにする事や、『E=mc²』が示す〔物理世界〕を{質量とエネルギーが絶えず変換しながら世界を動かしていて、物理学も流動化してしまう〔物理世界〕を想起せずに}既存の物理学の延長線上で{ヒッグス粒子理論の証明などによって}説明できるようにする事のために、{リセットを繰り返しながらの試行実験による}核物質に限定した核物理学や量子世界に限定した量子力学という末端世界でのデータ集積をしたり、そのデータをツギハギする事で、核エネルギー施設での《臨界(リンカイ)のリスク》や《放射性廃棄物が大量に出るリスク》を導き出したり宇宙の終焉を導き出したりして、警鐘を鳴らして、それによって[進歩]と[理性]の調和が取れたとして【自己完結】するようになったりしたのは、何時の時代からで、

物理学が流動化する事で【市民陶芸展状態】を形成させる『E=mc²』を〔物理学世界〕の基軸として、{常時【自然更新】を続ける〔物理世界〕に対応するための}物理学の普遍化作業を{注入継続的に}継続する事の持続を怠り、科学革新を放棄してしまったのは、何故なのかがナゾなので、

今後はそのナゾ解きをしていこうと考えています。







平成25年度版(2)







*《普遍性の真実》の実態『物理世界編2』【10月6日・日】


「物理世界に於(オ)いては、『E=mc²』は内在しているというだけで、人間が核兵器や原発などで人為的に『重質量核反応』を起こしたりした時だけ、『E=mc²』が発動するのである」などと言うエリートにそそのかされて、その気になってしまうものだから、

庶民(一般市民)は、『E=mc²』の【部分解禁】である『重質量核反応』の時に{非自然的な現象と信じられて}発生する《放射能汚染の拡大リスク》が、《人間の営み》である《人為的行為》への{非自然的な事象として起こる}【反動】であると認識してしまっているが、

『E=mc²』が内在すると言う事は、「《全ての物》の《総てのエネルギー現象》に於いて、微量であるにしろ【相応の質量】が《その物》から消失して、《その物理的事象》が起こっている」と言うモノが真実であり、さらには、「自然に発生するモノとか人為的に発生したモノとかに関係なく、『放射線』とは、《エネルギー現象》を起こす【質量の消失】に伴(トモナ)って発生する{ロウソクの光などの}【光の一種】であり、『電気による発光』に近い事象によるモノである」と言うコトが真理なのです。



電気で発生する《エネルギー現象》に近い事を低コストで大規模に行おうとして、【重質量物質】であ『放射性物質』に中性子を当ててエネルギーを取り出しているのが、{エリートの誘いに乗せられて、容易に発動する《重質量核反応》に限定してしまった}今の『核エネルギー』開発であり、その時に発生する【光の一種】が有害なモノである事から、『放射線』とワザワザ呼んで、庶民(一般市民)は怖がっているのですが、

核エネルギーの発生事象とは、電気エネルギーの発生事象に近いモノであり、{何度も言うが}『放射線』とは、『電気の光』に近い【光の一種】であるのです。



自然の状態ではあまり起こっていない事象を人為的に起こして、エネルギーを発生させ、【光の一種】を放射させているのは、『電気エネルギー』も『核エネルギー』と同じであり、『電気の光』も『放射線』に近い【光の一種】であるというのに、【反動】と呼べるような大きな『リスク』にはなってはいませんし、

人為的に何かをすると、【反動】が起こり、リスクが発生すると言うのは、「火を使っていると、誤って火傷をしてしまう事があるが、そんなコトにまで、【反動】が起こり、リスクが発生した」と、殊更(コトサラ)に言うようなモノであり、

『放射線』を無闇(ムヤミ)に恐れるのは、『ケモノ』が火を怖がるのと同じであります。



しかし、火を侮(アナド)っていると、後で必ず火事を起こし、何もかも消失させてしまい、さらには多くの人命をも失う結果を招くように、

『放射線』を侮って安易に『核開発』を進めていれば、何時か必ず、甚大な『原子力災害』や、突発的な『核兵戦争』を惹き起こし、地表を《放射能汚染の拡大》した荒野と化してしまい、何億、何十億もの人命を失う事態を招くものなのですから、

最新の科学技術が『核開発』に投入さて、庶民(一般市民)が「これで安全」だと侮るのは、{何故か悪霊の代弁者であるかのような}エリートである科学者や権力者の『思う壺』であり、

そこには、人類滅亡の筋書きしか、残されていないのです。



人間に出来る事とは、自然の範疇(ハンチュウ)の限られたコトであり、人間のしている事とはその内のさらに【部分解禁】であるのに、その利得な『特殊性』に目が眩(クラ)んだ庶民(一般市民)は、エリートの誘惑に乗って安易に愚鈍を決め込んでしまい、

《ロウソクの熱エネルギー》も《電気エネルギー》も《核エネルギー》も、同じ『E=mc²』に基づいた《エネルギー現象》であるコトや、

『ロウソクの光』も『電気の光』も『放射線』も、《エネルギー現象》を起こす【質量の消失】に伴(トモナ)って発生する【光の一種】であるコトや、

さらには、自然を想定していた人の制御や予測や対策を超えて自然が発動した時に、火は【火事】を起こし、放電は【落雷】を起こし、臨界は【放射能汚染】を拡大させるのも、自然の人類の《人間の営み》や《人為的行為》への反動などではなくて、【恐ろしい事象】というだけの、単なる物理現象の一つにすぎないと言うコトを、解かろうともしないままで、

【重質量核反応】に特化した『核エネルギー』を、人為的なモノとして特別視するのは、『火』を自然発生したモノと人為的なモノとで差別化するようなモノであり、

『放射線』を無闇(ムヤミ)に恐れるのは、{何度でも繰り返すが}『ケモノ』が火を怖がるのと同じであります。



{さらなる繰り返しになるが}【重質量核反応】に特化した『核エネルギー』の利用が安易に出来るからといって手を出すのは、子供の火遊びと一緒でありますから、大惨事になり多くの人命が失われるような事態になる前に、早く止めなくてはならないのは当たり前の事ですし、

「『E=mc²』の範疇(ハンチュウ)で《全ての物》の《総てのエネルギー現象》が生じている」というのが、{人の思惑とは無関係な}物理世界での自然の『限界』であり、

いったん拡大した【火事】は人の手ではなかなか消せなかったり、いったん発生した【異常気象】は人の手ではそう簡単に修復できなかったり、ひとたび始まった【臨界】は人の手では用意に止められなかったりするのが、物理世界での自然の『破滅』の片鱗(ヘンリン)でありますから、

『破滅』的な自然の反動が、《人間の営み》や《人為的行為》に対して起こっていると庶民(一般市民)が胆略的に思ってしまうのは、{エリートによって惹(ヒ)き起こされた}『E=mc²』についての『想像力』と『思察』の欠如(ケツジョ)だと言わざるを得ませんし、

「人間の進歩とは自然を相手にした『積み木崩し』であるために、人間が進歩を遂(ト)げるほど、『破滅』の程度が高まり、人類滅亡の『破滅』が近づくのだ」と、《放射能汚染の拡大》による人類滅亡の危機を予言して、聖人ぶって右往左往するのは、

知能の低い『ケモノ』が火の事を理解出来ず、火に立ち向かう事も出来ずに「火が拡大して火事となれば大惨事となれば、自分たちも死んでしまう」とヒステリックになって、恐れおののき怯(オビ)えて、タダ無闇(ムヤミ)に逃げ惑うのと同じであります。



俺が《極悪人》になればいいんだろ、《極悪人》に(!)。・・・クソ、俺は必ず死んでやる、フン(!)。







平成25年度版(1)より(参考用に抜粋)







*《普遍性の真実》の実態『物理世界編1』【10月6日・日】


物理世界に於(オ)ける『絶対の普遍性』である『E=mc²』は、自然に存在する全ての物、総てのエネルギー現象に於いて、普遍的に事象の『限界』として内在していて。それは、自然界に於ける物理的事象の真実であるのです。

なので、「人類だけが『E=mc²』を重質量核反応などに於いて【部分解禁】する事ができ、{必然的に}人為的に利用する事でその特殊性の利得を引き出す事ができて、{結果的に}人間だけがその特殊な利得の独占と同時に{放射能汚染}というリスクを発生させてしまっている」というコトではないのです。

しかし、{悪霊が憑依したかのような}エリートたちに騙(ダマ)された庶民(一般市民)に於(オ)いては、《普遍性の真実》に対しての『想像力』は閉鎖され、『E=mc²』に対しての『自由な思察』も遮断(シャダン)されてしまっているものだから、

誰も{自然現象としての}放射能汚染拡大が《人間の営み》に及ぼす影響の本当の意味が理解できず、人為的な範疇(ハンチュウ)の事だけに執着(シュウチャク)していて、惨禍の拡大に《手をこまねいてしまう》ばかりか、「人類は凄(スゴ)い」と煽(オダ)てられてその気になってしまい、{悪霊の言われるがままのような}エリートによる反人類的な謀略を【人間の進歩】と呼んで賛美してしまうものだから、【人間の進歩】と【リスクの高まりの加速】が比例して進行してしまうのです。

そして、放射能汚染という惨禍(サンカ)の拡大を{実際に}目(マ)の当たりにした庶民(一般市民)が、{火を恐れるケモノのように}硬直してヒステリックに『反核』を叫び、人間同士で物理世界に於ける{《普遍性の真実》に対しての}互(タガ)いの『想像力』や『自由な思察』を{魔女狩りのように}攻撃しあうばかりで、エリートの謀略を見抜けずに{既存の物理学を書き換える普遍化作業に着手する糸口も掴(ツカ)めないまま}人類がモタモタしている内に、【人間の進歩】が【リスクの高まりの加速】に拍車を掛けたままで{自然現象としての放射能汚染拡大からの}自然回復が可能な機を逃してしまうと、{悪霊の代弁者であるかのような}エリートが目指すように、人類にはもはや『破滅』しか待っていないのです。





*『絶対の普遍性』の2面性《物理世界編》【10月3日・木】


物理世界に於(オ)ける『絶対の普遍性』の根幹と言える真実は、【E=mc²】であるのだが、そのコトに庶民(一般市民)を気付かせないようにするために、エリートたちによっていくつかの封印が施(ホドコ)されていて、

その一つが、{パーツ分けしてしまうように}真実を【部分解禁】して導き出された、{核兵器開発から原発(核エネルギー産業)の原理に流用された}【重質量核反応】や、{既存の物理学を放置したままで仮説を先行させている}【量子力学諸説】などには、既存のモノとは違う【革新の特殊性】が必然的に発生して付随(フズイ)するものなのだと{人の、未来に対しての夢や想像力や向上心を擽(クスグ)り}巧みに認識させながら、庶民(一般市民)の心を過度に舞い上がらせてしまう封印であり、

別の一つは、『放射能』を{人の、【見えないモノ】に対しての潜在的恐怖心や嫌悪感や不安を掻(カ)き立てながら}『負の思念』を開放する『キーワード』に上手く仕立て上げ、それがどんなに有用で、どれほど安全であると知らされようとも、「人間が完全に制御する事が出来るモノだとは言い切れない」という似非(エセ)真理を盾(タテ)にして「『放射能』を発生させるモノ(その可能性のあるモノ)は、決して容認してはならないのだ」と考え着いてしまう『負の思念』を《超常の意志》により必然的に起こっているモノだと意識させて、庶民(一般市民)の精神を自主的に縛(シバ)ってしまう封印であります。


そしてそれらのために、

【E=mc²】について学んで行けば、核兵器容認と原発推進(核エネルギー産業の促進)に考え方が染まってしまい、【放射能汚染】を拡大させる禍根(カコン)を必ず残してしまうハズなので、

核兵器や原発(核エネルギー産業)が存続し続ける限りは、絶対に『反核』を貫き通し、「【E=mc²】の容認拒否」を継続しなくてはならず、

さらには、{仮説の域を出ない}最先端の【量子力学諸説】の研究は、放射能を大量放出すような産業化に至る可能性は低く、放射能除去の開発に結びつく可能性が有るのだから、その進歩を怠ってはならなくて、

結局、人間のそういった《否定の継続》や《科学の進歩》だけが、人類の救済の希望になるという結論に、何時も最後は至ってしまうものなのです。


そして何時まで経(タ)っても、

【部分解禁】による【革新の特殊性】である【重質量核反応】や【量子力学諸説】の進歩による、{核兵器や原発(核エネルギー産業)で【放射能汚染】を頻発(ヒンパツ)させてしまう}リスクの発生を無くせなくて、

人間は、「『反核』や、【E=mc²】の容認拒否」や、「【重質量核反応】に拘(コダワ)り続ける核産業や、最先端の【量子力学諸説】の進歩」が、何時までも止められないのです。


そしてさらには、

物理世界に於(オ)ける『絶対普遍』の根幹である【E=mc²】の【部分解禁】である事により【革新の特殊性】が発生して付随してしまう【重質量核反応】や【量子力学諸説】の進歩が、結果的に【部分解禁】という出し惜しみをした《物理学の研究》の進歩であるために、結局それが{【部分解禁】のトドの詰まりの}最先端の研究である《ヒッグス粒子論》にまでリスクとして付き纏(マト)う《否定的存在としての放射能》が、肯定的に論理構成されていない事の最大の要因となってしまっているのだが、

その事をエリートが隠しているために、

《物理学の研究》の最先端の研究にまで付き纏(マト)って来る《否定的存在としての放射能》による【放射能汚染】というリスクを恐れる庶民(一般市民)が、『負の思念』に突き動かされて、《『絶対の普遍性』の問題》や《【部分解禁】の問題》などの核心部分を拒絶したまま認識せずに、「『反核』や、【E=mc²】の容認拒否」と、「【重質量核反応】に拘(コダワ)り続ける核産業や、最先端の【量子力学諸説】の進歩」の、《矛盾した両立》を無自覚でしてしまい、表面的には核心の問題点が見えなくなってしまっていて、

何時まで経(タ)っても《物理学の研究》の進歩と比例するように高まっていく【放射能汚染】のリスクが、{人類に悪意があるかのように}【人間の営み】に付き纏(マト)って来るように見えてしまうので、

{有効な手立てが見つからないまま}人間が《物理学の研究》の進歩で、自然を相手に『積み木崩し』をしていると考えてしまい、

何時か自然が大崩壊を起こして、人類滅亡の危機がやって来てしまうのではないかと、恐怖しながら、リスクを減らすための《物理学の研究》の新しい方向を延々(エンエン)と模索(モサク)していて、

そういった『物理学』に基づいた【人間の営み】や、《物理学の研究》の『進歩』の閉塞した状態の中で、何も知らないまま庶民(一般市民)だけが、今まで右往左往させられて来たのです。


そして結論としては、

物理世界に於(オ)ける『絶対の普遍性』の根幹が【E=mc²】であると言う事は、「自然の物理世界で生きる人類は、【E=mc²】の範疇(ハンチュウ)に存在している世界で生きているモノであるのだから、人間が何を求めても、自然からは《自然以上のモノ》を引き出す事は出来ないのだ」という『限界』の存在が有る事を意味しているのですが、

しかしそれは同時に、「自然の物理世界を人間が壊しすぎてしまい、その状況から人類が生き残るための手立てが《自然以上のモノ》になってしまった場合には、人間が何をいくらやっても自然はそれに応(コタ)えてくれなくなる」という『破滅』の存在が有る事も意味していて、

庶民(一般市民)も、そんな自然の『限界』と『破滅』の“2面性”の事を踏(フ)まえながら、エリートに任せ切りにする事なく、《『絶対の普遍性』の問題》や《【部分解禁】の問題》を直視し、考え直して行かなくてはならない時代の分岐点が、ついに来たのではないかと思われるのです。



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