日々の寝言~Daily Nonsense~

日々の出来事への感想、雑感、思いつき、ぶつぶつ・・・

殺さないゲーム

2007-10-31 02:58:42 | 今日のひとこと
株式会社フォトンのCompany Concept.

戦わない、殺さないゲーム
戦わない、殺さない地球
戦わない、殺さない宇宙を... 

子供を競争、戦いから遠ざける、
というと過保護な感じもするが、
バーチャルな世界は、現実ではないのだから、
殺伐としていないほうがよい、と思う。

子供が荒れるのはゲームがいけないんだよなー、
などと言っているだけでなく、
もっと良いゲームを自分たちで作ろう、
というのが素晴らしい。

なんだか「みどりのゆび」という
懐かしいお話を思い出した。

みどりのゆびを持つチトの話。
とっても泣ける。

岩波少年少女文庫でまだ読めるようだ。

吉本ばななにも「みどりのゆび」という
短編?があるらしい。
いつか図書館で借りて読んでみたいリストに追加。

そういえば、ファンタスマゴリアというゲーム?もあった。

ゲームというか、CD-ROMブック。
(って、最近の人は知らないだろうなぁ)

たむらしげる氏のイメージによる惑星を
ふらふらと旅するだけなのだが、
リアルな時間とゲームの中の時間がリンクしていて、
季節や時刻に応じたイベントが起こるのが
とてもとてもとても楽しく、癒されるものだった。

これも稀代の傑作だったと思う。

だいぶ遊んだが、
まだ観れていないイベントがきっとあるはず。

アマゾンでは出てこないが、
愛があれば大丈夫ではまだ売っているようだ。

でも、
「WindowsXPでは動作に問題がある場合があります」
って、なんとも不親切な・・・
そうなんですか。残念です。
死にかけているWindows2000ノートは
まだまだ捨てられないなぁ。

Mac 版もClassic 環境でしか動かないので、
Leopard では使えなくなるとか。

手使海ユトロさんによるBGMのCDは、
アマゾンのマーケットプレイスで9500円!?
上のサイトではいちおう2,940円で売ってるみたいなんですが・・・

なんにせよ、もったいない。
もったいなすぎる・・・
もう一度復刻して世に出してほしい。
Webアプリケーションとして作り直せば絶対^3ヒットするはず。

同じ系統の作品がその後出ていないのも不思議。
「動物の森」というのがそうなのか?
でも時間がリンクしているのかなぁ?

ぜひ、フォトンの皆様に作って欲しい。
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いくら言ってもきかないのは・・・

2007-10-29 20:04:46 | 今日のひとこと
子供は親の言うとおりにはしない。
親のするとおりにする。

どこで読んだか、忘れてしまった。
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好きなことと嫌いなこと

2007-10-28 19:54:18 | 生きるヒント
好きなこと、得意なことは自分でも学べる。
学校や職場はむしろ、嫌いなこと、苦手なことを学ぶための場と
考えたほうがよいのかもしれない。

そうして、苦手なことが人並みにできるようになると、
好きなことで仕事ができる可能性が増える。
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会社は人が成長するための場

2007-10-28 19:52:13 | 生きるヒント
「会社は人が成長するための場」、
という言葉はとても素敵だと思う。

しかし、その一方で、
「コーチング」とか「上手なマネジメント術」とか言われると、
逆に、人をうまくおだててその気にさせて
たっぷり搾取する技術か?などと思ってしまう自分もいる。

「会社と一緒に成長してください」などと言われると、
そんなこと言って、きつい仕事を
押し付けようとしているんじゃないの?
とお尻がむずむずしてくる。

自分は何もしないで「がんばれ」と言うだけの社長は最悪だが、
「一緒にがんばりましょう」と言う社長も、
どこかで信じられない部分がある。

本人がそういうつもり(搾取するつもり)でなくても、
結果としてはそうなってしまうこともあって、
そういう場合のほうがむしろ悪質とも言える。

実態としてはそうなっていないのに、
「ぼくは君のためを思ってこうしてるんだ」
などと本気で言われてしまうと、ほんとうに困る。

それでも、創業者の場合は、
私財を賭けているのだから、
納得できる部分はあるのだが、
中間管理職が主導するプロジェクトの場合、
こけても自分の懐が痛むわけではない。
自分の出世にかかわるだけだ。

こういう考え方は、
マルクス主義の悪しき残滓なのだろうか?

それとも、子供の頃に、
暗黙の命令をたくさんされたのが
トラウマになっているのかもしれない。

そういえば、選挙でクラス委員に選ばれたときに、
いじめだと思って拒否したことが思い出される。
なんでいつもめんどうな仕事を押し付けるんだ、と。

自分の成長の機会、などとは全く考えなかった。
ほとんどの「仕事」は面倒なだけのルーチンワークだと思っていたし、
実際そういう感じだったと思う。

しかし、こんなことを思っていると、
組織で活動することがうまくゆかないのは自然だ。

組織で動く以上、ほとんどの場合なんらかの分業になる。
結果として、楽な仕事、きつい仕事が生じて、
きつい仕事はどうしても「できる人」に割り振られることが多い。

ある領域だけが特異的にできる人もいるが、
多くの場合、できる人はなんでもできる(効率がよい)が、
できない人はどれもできない(効率が悪い)。
分け前があまり変わらないと、できる人は
かなり損をした気分になる。

そういうときに、本気で自分の成長のため、
と思えればよいのかもしれないし、
あるいは、本気で「利他的」に行動できればよいのかもしれないが、
新しい仕事だって、何通りかやればだいたい慣れてきてしまうし、
自分の成長も頭打ちになることが多い
(実は、このあたりが問題なのかもしれない)。

そのたびに転職、というわけにもゆかないから、
だんだんルーチンワーク的な部分が増えてゆき、
結局、きついという事実だけが残る、
ということは現実としてはよく起こるのではないか?

だから、自分は、ほとんど一人でできることを仕事にしてきたわけだが、
やはり一人でできることは多寡が知れているし、
年をとれば、だんだんとやってゆけなくなる。

つい組織に頼りたくなる自分が情けない。

「組織というのは年寄りが楽をするためのものだ」、
という考え方は、事実として間違っていたのだろうか?
もちろん例外はあるとしても、多くの村社会や年功序列の会社は、
実態としてそうなっていると思うのだが・・・

結局は「経営者の人柄、人格」がすべてなのかもしれない。
みかけだけの掛け声なのか、それとも、
一緒に頑張りたいと心から思える人なのか。

後者であることは、「コーチング」などといった技術の問題ではなく、
その人の生き方のレベルの問題なので、とても難しいのだと思う。

人生において重要なことは、
良い師を持つことと、
良いマネージャを持つこと(自分がマネージャにならないとすれば)
この二つに尽きるのかもしれない。

そして、ほとんどの場合、
いつかはマネージャにならないといけないときが来る、
(自分だけをマネージすることも含めて)
ということも忘れないほうがいい。
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自分を表現すること

2007-10-28 19:42:25 | 今日のひとこと
小説を書き始めた20代の頃は、自分をわかって欲しい
という気持ちもありましたが、20年を経て
自分を表現することには百%興味がなくなりました。

今はカミオカンデそのものになって
世界を感じる方が楽しいですね。

作家の小川洋子さん。
朝日新聞書評欄より。

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会社は潰れてもいい。そこで人が成長できれば。

2007-10-28 09:15:31 | 今日のひとこと
パーク・コーポレーション社長の井上英明氏。

NHKの経済羅針盤に出演していた。

自分も、なんで花屋の花はあんなに高いんだろう?
とは思っていたのだが、その疑問から出発して
自分で商売を興してしまうというのが素晴らしい。

古い業界の常識を破り、
商品を日常化、コモディティ化する。
しかも、大量生産品ではなくておしゃれな形で。

それって、たとえば古くは PC がやったことだし、
iPodやiTunes がやったことも同じことだ。

「特別なもの」だったものを
「身近なもの」にする。

製造業、建設業だったものを
サービス業にする。

「内需拡大」の実際とは、
お金持ちへの高級品の販売だけでなくて、
たとえばこういうことでもあってほしい。

ご本人もデザイナーみたいで、
なかなかかっこよかったです。

年に一ヶ月は出社せずに
遠くから会社を眺めてアイデアを練る。

本来、右脳系なのに、外国で会計士の勉強をした、
というところがポイントか。

こういう人がどんどん増えるといいと思う。
未開拓の分野はまだあるはずだ。
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沖縄戦集団自決-事実を検証することの難しさ

2007-10-27 17:44:49 | 雑感
沖縄戦における集団自決(非戦闘民の玉砕)が、
いろいろなところで取り上げられている。

これまで特に疑問もなく、
軍の命令で自決させられた、と思っていたのだが、
ネット上の議論をあれこれ読んでみると、
どうもそう単純な話ではないらしい。

軍からの直接的な命令があったことの証拠は、
口頭にせよ書面にせよ、
信頼できるものは存在しないらしい。

逆に、自決した人の遺族が補償を受け取れるように、
命令を出したように偽った、という証言もあるようだ。

集団自決があったのは事実だし、
そこで軍の手榴弾が使われたのも事実のようだが、
それ以上の詳しいことを知ろうとすると、
事実を検証することの難しさを感じる。

たとえば、命令を出したとされる隊長が悪人なのか、
それとも、自ら汚名を着た英雄なのか、
両方なのか、はたまた、どちらでもないのか、
それすら簡単にはわからない。

証言があっても、嘘とはいわないまでも、
記憶には誤りが起こりえる。
特にこうしたものすごく悲惨なできごとについては、
直接の関係者の記憶が歪んでいる可能性は高いだろう。

だから、単独では信憑性が評価できないし、
たとえ集団であっても、偏っている場合がある。

さらに、証言が聞き書きの場合には、
聴き取って記録した人の主観で、
編集されている場合もあるだろう。

一次資料を出す場合は、録音やその書き起こしなど、
完全に生のデータもとっておくべきだろう。

そして、重要な点については、
できるだけいろいろな立場からの複数の証言を
つき合わせて検証する必要がある。

しかし、実際にそんなことをするのはとても手間がかかるし、
時間がたってしまうと困難だ。
(それをするのが「歴史学者」の仕事なのだろうが。)

さらに、こうした事件を、自らの政治的主張の
宣伝のために利用する人たちも多い。
こういう人たちは、都合のよい部分だけを
取り上げて書き立て、対立する人を攻撃する。
妄信のレベルになってしまっていることも多い。

確実なのは、
戦争ではとても悲惨なことがたくさん起こる、
ということだけか・・・
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プロフェッショナル 仕事の流儀

2007-10-25 21:06:14 | 雑感
プロフェッショナル 仕事の流儀は、
「プロの仕事術」の特集だった。

しかし、さすがにネタ切れ感は否めない。
なんで茂木さんがハヤシライス作らないといけないのか???

通常番組は、まだおもしろいので、
特集はしばらくやめたほうがいいのでは?

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ボールを迎えに行くか呼び込むか

2007-10-24 22:18:52 | テニス
テニススクールに行ってきた。

最近の疑問は、ボールを呼び込むのか、
ボールを迎えに行くのか?

野球などでは、迎えに行くな、呼び込め、と言われる。
迎えに行くと、打つ前に体重が移動してしまうことが多いからだろう。

しかし、単に待ちの姿勢で呼び込んでも、
こんどは打点が遅れるからうまく打てない。

気持ちとしては早く準備して迎えにゆく感じで、
しかし、体の動きとしては呼び込む、しっかりためを作って待つ、
というのが難しい・・・

経験的には、たとえばボレーは、軸足を前に踏み出して、
そこからさらに体重を移動させて打てると最高だ。
これは、かなり迎えにゆく感じに近い。

つまり、迎えに行くときに、
軸足で迎えることが重要で、
逆足で迎えてしまうと、それ以上どうしようもない。

ストロークの場合は、
なかなか軸足で迎えに行くのが難しい。

軸足を決めるまでは迎えに行く気持ちで。
決めた後は、しっかりためて待つ気持ちで、ということか。
それは、早めに打点を想定して軸足を決める、
ということにつながる。
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日の名残り

2007-10-23 17:32:18 | 
英国在住(5才から?)の日本人作家である、
カズオ・イシグロの小説。
ブッカー賞という英国の文学賞を受賞。

映画レビューサイトで、原作と映画が違う、
というコメントがあったので、原作も読んでみた。
中公文庫の古書がアマゾンで128円だった。
(今はハヤカワから文庫で出ているようだ。)

翻訳はとても読みやすく、一気に読めた。
確かに、原作は映画とはかなり違う。
ラストもかなり違っていた。

小説は、全編がスティーブンスのモノローグになっていて、
旅をしながら昔を回顧する、というスタイルで、
さまざまな「日の名残り」が重層的に描かれる。

英国貴族の時代の名残り、
スティーブンスの人生の名残り、
ミス・ケントンとの恋の名残り、
六日間の旅の名残り、
そして、ある一日の夕暮れ。

映画はロマンスの部分に重みをつけていたが、
原作では全体が淡々と描かれる。
その結果、悔恨という印象も薄くなり、
さまざまな「名残り」が織り成す風景を
離れたところから見ているような感じだ。

どちらも良かったが、順番としては、
映画を観てから原作を読んでよかったと思う。

原作がとても丁寧にスティーブンスの心理を描いているので、
逆の順番だと、映画の説明の粗さや、やや強引な読み、
が目についてしまったかもしれない。

とても上手な作家だと思う。
他の作品も読んでみたくなった。
コメント

佐藤可士和さん(アートディレクター)

2007-10-22 23:31:25 | 今日のひとこと
誤解を恐れずにいうと、ほとんどの問題は、
コミュニケーション障害だといっても過言じゃない。

僕にできるのは、デザインの力を使って
それらを修復することなんです。

僕は、コミュニケーション・コンサルタントだと思っています。

アイデアが枯渇することは無い。
僕の仕事は、相手から答えを引き出すことだから。

朝日新聞 beフロントランナー 2007年3月31日付け紙面から
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温暖化問題と貧困問題

2007-10-21 10:19:10 | 雑感
池田信夫さんのブログを久しぶりに読んだ。
当然ながら、ゴア副大統領のノーベル賞受賞についての
エントリーがあり、コメント欄では議論が繰り返されている。

池田さんは、ロンボルグなどを引きながら、
温暖化は確かに問題ではあるが、
優先度、費用対効果としては、
たとえば貧困問題のほうがずっと高い、と主張する。

それに対する主な反論は、
温暖化は、ひとたびカタストロフィーが起こると
大変なことになる、というものだ。

目の前のはっきりとした課題、と
漠然とした将来の恐怖の対置。

これもまた、ひとつには割引率の問題ではあるのだが、
それに加えて、後者のほうが大々的に取り上げられ、
前者のほうが無視されやすい理由として、
問題を見つめることのコスト、や、
ミラクルへの期待、がありそうだ。

技術的には解決可能な目の前のはっきりした課題、
は、それを見ている人に、解決できないことによる
無力感を与えると思う。
つまり、それは、意識しているだけで負担になる。

さらに、技術的には解決可能なので、
やるべきことは複雑な政治的折衝、などになる。
そこには、絶望的に地道な努力しかなく、
ミラクルはありそうにない。

それに対して、将来の漠然とした恐怖は、
自分で解決できなくても心の負担はもちろん無いし、
それに向けてやっていることが、
目に見える効果を出していなくても、
とりあえずやっただけで満足感を得ることができる。

さらに、何か新しい技術が、
その脅威を減らすかもしれない、という
ミラクルへの期待感もある。

「見つづけることの心理的コスト」や
「ミラクルへの期待感」は、
直接的な利害以上に重要なのかもしれない。

個人的には、今の温暖化問題の取り上げられ方は、
過剰な「ブーム」になってしまっていると思う。
そこに費やされる巨額の費用が、
いわゆる温暖化利権な人々に吸い取られるだろう、
というのも、実際どうかは知らないが気持ちが悪い。

しかし、ブログでも触れられているように、
石油資源枯渇の問題もあるから、
省エネルギー技術はどっちにしても重要だ。

貧困問題は、インターネットの力でかなり緩和される
のかもしれないが・・・

と歯切れが極めて悪い。
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日の名残り

2007-10-20 00:29:55 | 映画・ドラマ・テレビ
カズオ・イシグロの小説が原作。
アンソニー・ホプキンス、エマ・トンプソン主演。

第一次世界大戦から第二次世界大戦後にかけての
英国の執事の物語。

かたくなに、品格と秩序を守り、
自分の「ビジネス」だけを考えて生きる。
その人生の、誇りと悔恨。

なんとも切ない、良い映画だった。

スティーブンスの誇りはどこにあるのか?
もちろん、主人のいいつけをきいて、
屋敷を完璧に維持することにある。
日々の、多岐にわたる仕事を、一つ一つ完璧にこなすことにある。
その点において、彼は理想的な執事だ。

それでは、彼の悔恨はどこにあるのか?
仕事とだけ向き合い、日常の、目の前にある仕事に「逃避」し、
「自分の人生」と向き合うことをしなかったこと。

老いてゆく父のプライドを傷つけ、その死を見とれず、
自分を愛してくれた人に報うことができず、
自分もその中にある世界の情勢に目をつぶった結果として、
主人にも(ある意味)裏切られる。

執事の家に生まれた人間が、
執事として職務に忠実に生きて、何が悪いのか?
桜の木は、何があっても桜の木として生きているのに。

ここに人間として生きることの困難さ、哀しみがある。

映画は、ある時代の一人の執事に着目することで、
そうした普遍的な哀しみを
重層的に描き出すことに成功した。

その視線は、たとえば、ナチスにおいてユダヤ人を虐殺した人々もまた、
(スティーブンスのように)職務に忠実な人たちだった、
というところにまで達しているように思う。

そして、そこに抒情的なイメージが加わる。

限りなく美しく切ない、桟橋のシーン・・・
あそこに行って、あのベンチに座ってみたい。
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愛は敗れても、サービスは勝つ

2007-10-16 21:36:52 | 今日のひとこと
カート・ヴォネガットの
「ジェイルバード」の中の
「愛は敗れても、親切は勝つ」については書いたが、

最近思うのは、
「愛は敗れても、サービスは勝つ」のかなぁ、
ということ。

愛とサービスとは、どう違うのだろう?

サービスは対価を求めるが、
愛は無償である?

なら、無償のサービスは愛なのか?

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疑う技術と信じる技術

2007-10-16 21:34:39 | 生きるヒント
不信のコストについて書いたが、
そういうことを考えると、やっぱり
西洋的な科学というのはたいしたものだ、と思う。

人間が長年かけて積み上げてきた、
疑う技術であり、同時に、
信じる技術でもある。

これだけ疑っても大丈夫だったんだから
信じよう、という態度。

対象が複雑になると、
うまくゆかないのが問題なのだが・・・
コメント