二人のピアニストに思う

gooニュース、注目のトピックスで「フジ子ヘミングがNHK斬り」を見て自分でもブログを作り、発言したくなった。

海老ジョンイルだけでないNHKの体質

2005-03-17 15:49:25 | 独り言
gooニュース、注目のトピックスで「フジ子ヘミングがNHK斬り」を見て

11日のNHK BS2の「戦後60年”青春”映像を紹介」という番組予告を見て、私が大騒ぎして友人達に見ることを勧めたのが、本当に恥ずかしいというか、悔しいです。
毎度NHK人種の程度の悪さ、に文句を言っているのに、内容の一部を予告編で見て、つい、それを忘れていた。

あのTV画面で取材者と一緒に松本まで行っている旧制高校出身者の同級生にも、 高校在学中に学生徴兵延期が切れて入営した人も居た筈です。
送別会を開いて送る時には、口には出さぬが腹の中では、恐らくこれが今生の別れだろうと考えていたでしょう。
あの取材協力者自身が、そうであったかも知れません。

現在の人は知らないでしょうが、当時は高校入学時の浪人年数が長かった他に、留年者も非常に多くて、 年齢的に厳しい人が多かったので、
高校生の多くは、間も無く兵役に付く事を覚悟していた筈です。 
放映画面では同級生の遺児との会話が入っていますが、 その同級生も或いは学業半ばで徴兵されたのかも知れません。
当然、あのTV画面での3人でお茶を飲みながらの会話の中にも、その辺の話題があったと思います。


紹介された8ミリ画面、終戦直後に撮影されたあの画面の、僅か半年前にはその様な思いで高校生活を送っていた学生達が、
戦争が終わったお陰で食料に不自由しながらもインターハイを楽しんだり出来るようになった。

その劇的な変化に触れる一言が有ってしかるべきだった。

幾ら「戦後の”青春”」がテーマでも、
その言及が無いのは要するにアナウンサーの見識というか、
人間的な感度の問題で、実に不勉強なバカ

、としか評しようがありません。


私の勧めであの番組を見た戦中派仲間のA君のメールの
 「 ・ ・ 、しかし私自身にとっては価値在る青春だったと振り返った」。
B君の「当時の学生は選ばれた誇りを持っていたし、世間もそのような目で見ていた」
我々の間では注釈無しで理解出来るこの感慨が、 現在の世相では中々理解され難い。

番組の予告編を見て、珍しくもこの度のNHKの番組では、その辺の話がもっとキチンと盛り込まれるのだろう、と速断した。
昔の学校教育の姿がどの様なものであったかの紹介が有る、と独り合点してものだから、見てくれと友人達に連絡したのでした。
所が、実際の番組内容が、かなり視点がズレていて、友人達に申訳ないことをしたと思っています。

所詮、バカは死ななきゃ直らないのであって、 NHKに見識を期待した私が、それ以上に、ドアホ であった、ということでした。




東部鉄道の遮断機を揚げた為の踏切事故。
一番の問題点は、あのような踏切を立体交差化する努力もせず、 放置してきた行政の責任だと思う。

遮断機を揚げる行為が不注意だったとか、違法だったとかの報道ばかりが多いが、ここでも、
  問題の本質に迫らぬ日本のマスコミ、
のレベルが現れている。

北海道に熊のための道路を作る代りに、
 一時間も開かない踏切を放置してきた政治や行政

を問題にすべきであろう。



寧ろ、通行者の便宜を思って規則には融通を利かせて対処し、30分に一度位は遮断機を開けてくれる現場マンの方が人間的に誠実である。

責任を問われないように安全地帯に逃げ込んでいて、そのための仮令一時間に一度も踏切が開かなくても「規則だから」で済ませる管理者の人間が多くなったのが日本の戦後だと思う。
その方向付けをしたのがNHKなど日本のマスコミであった。

中国では仮令毛沢東が狂って紅衛兵猛威を揮っても、その後から4人組裁判が来るが、
日本では、毛沢東万歳をやった連中は、現在も無傷に陽のあたる場所に、収まっている。

「戦後60年”青春”映像を紹介」したNHK人種も、その種の仲間だと感じられた。


人権屋がつまらぬ言葉狩りなどに生き甲斐を見出している間に、
その付けとして、日本のドラマは空虚になり、 韓国ドラマとは比較すべくもなくなった。

紛争で大学の理系教育は破壊されて、
 経済は中国・韓国に移り、
 ソフト開発はインドに移り、
 日本にあるのは財政赤字と過去の名声だけ
という事になりつつある。


フジ子ヘミングでなくとも、夫々の畑で誠実に生きてきた人間は、
 この様なNHKを許し難く思うだろう。


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