東大名誉教授の海野和三郎先生から、少し前に頂いたメールをご紹介する。
先生は、自身のご先祖の地、海野宿に、現在は海野姓の家が一軒も無くなっていると、かねがね歎いて居られたのでも分かる通り、海野宿には深い愛着を持っていらっしゃる。
その海野先生の高校の一年先輩で、高校時代に学生寮の総務をした小山正邦氏(全国味噌会社連盟の会長、小諸市)から、先日お手紙を受取って、其処には、驚くような事が書かれていた、という。
海野先生から私へのメールの用件は、その事の連絡であり、その部分を転記すると、次の通りである。
「海野(木曽義仲挙兵の地)にいて、義仲とも京都にのぼり、その後有為転変の生涯を送った(文章博士にもなり、出家もした)海野幸長なる人物が「平家物語」の作者である、
という別の2冊の小冊子を送って頂いたので、思いもよらぬ推理小説じみた祖先??の話に驚いています」。
というのである。 私としても、思いも寄らぬ話で、吃驚である。
荒唐無稽な与太話と受取るか、トロイを発掘したシュリーマンの故事があるではないか、と考えるか、は夫々にお任せするとして、思いも寄らぬ情報なので、事の真偽は別として、、一応此処にご披露する次第である。
私が此処にこの話を書き始めたのは、Alps氏のブログ、cogito,ergo sum に本日公開された記事、
「北国街道、海野宿」
を見て、海野教授のメールを思い起したからである。
が、この記事に「東部町」の名前を見ると、以前に書いた私の記事:
[A-18] :「出逢い」に想う(1)、の話の元となった、
キャズ君の記事:[C-106]海外旅行(3)、 を思い出す。
あの話に紹介されていたMさんも、東部町に縁のある人として、思い起すのである。
こうして海野宿に縁のある実在の人物の胸中を思うと、
Alps氏がこの宿場の風情とか情感を描写するだけでなく、此処に生きた人の生活を想い、歴史的な地名を大切にしたいと願っていることに、
深い共感を覚える。
先生は、自身のご先祖の地、海野宿に、現在は海野姓の家が一軒も無くなっていると、かねがね歎いて居られたのでも分かる通り、海野宿には深い愛着を持っていらっしゃる。
その海野先生の高校の一年先輩で、高校時代に学生寮の総務をした小山正邦氏(全国味噌会社連盟の会長、小諸市)から、先日お手紙を受取って、其処には、驚くような事が書かれていた、という。
海野先生から私へのメールの用件は、その事の連絡であり、その部分を転記すると、次の通りである。
「海野(木曽義仲挙兵の地)にいて、義仲とも京都にのぼり、その後有為転変の生涯を送った(文章博士にもなり、出家もした)海野幸長なる人物が「平家物語」の作者である、
という別の2冊の小冊子を送って頂いたので、思いもよらぬ推理小説じみた祖先??の話に驚いています」。
というのである。 私としても、思いも寄らぬ話で、吃驚である。
荒唐無稽な与太話と受取るか、トロイを発掘したシュリーマンの故事があるではないか、と考えるか、は夫々にお任せするとして、思いも寄らぬ情報なので、事の真偽は別として、、一応此処にご披露する次第である。
私が此処にこの話を書き始めたのは、Alps氏のブログ、cogito,ergo sum に本日公開された記事、
「北国街道、海野宿」
を見て、海野教授のメールを思い起したからである。
が、この記事に「東部町」の名前を見ると、以前に書いた私の記事:
[A-18] :「出逢い」に想う(1)、の話の元となった、
キャズ君の記事:[C-106]海外旅行(3)、 を思い出す。
あの話に紹介されていたMさんも、東部町に縁のある人として、思い起すのである。
こうして海野宿に縁のある実在の人物の胸中を思うと、
Alps氏がこの宿場の風情とか情感を描写するだけでなく、此処に生きた人の生活を想い、歴史的な地名を大切にしたいと願っていることに、
深い共感を覚える。
Mさんの話も併せ、東部町の歴史を見聞するにつけても、母郷の歴史や祭事の伝承と、それに絡む諸施策に就いて、施政者は思いを致すべきではないだろうか。