ぶち(メス)の20歳近いころの写真ですが、まだ元気なころは、いつもと違う甲高い声で鳴くので、なんだろうと外へ出るとネズミを捕まえてきては、玄関前に置いてくれたものでした。思わず「ヒェーー」といった気持になり、後片付けが大変でした。人にネズミを捕まえたことを自慢したいのか、お土産として持ってきてくれたのかわかりませんでしたが。
この2匹は同じ時期に外で餌をあげていた猫ですが、家の中に入れるときには、ワクチンの注射と去勢手術と不妊手術を行い「不幸な猫が増えないようにしていました」。我が家の猫16匹全員はみんなワクチンの注射と去勢手術と不妊手術を行い、毎週2匹づつ動物病院へ連れて行き大変でしたが、今となっては良き思い出です。
のらちび(オス)は3,4か月の野良の子猫だったとき、毎朝、我が家のダイニングキッチンの窓の網戸によじ登り、家の中に入りたいとアピールしていました。当時は家の中に16匹の猫がいて、家の中は楽しいと思ったらしいです。子猫の時は小さかったので「のらちび」と名付けましたが、その後、どんどん大きくなって名前が似合わなくなってきました。
みけ(メス)は2,3か月の子猫のころ、どこから来たのかわかりませんが、ある日我が家の門柱の上で、死にそうな感じで横たわっていました。急いで動物病院へ連れて行き治療の結果、容体が回復して事なきを得ました。我が家に入れてからは、死にそうだった、かわいそうな猫との思いで、何をしても怒らないでいたら、とてもわがままな猫に成長してしまいました。やはり子猫の時からのしつけは必要ですね。
みけ(メス)は鼻づまりの傾向があって、息ができなくなることが良くあり、いつも大変でしたが、毎朝毎晩捕まえては、ためしに買った楽天の「鼻とーる」を鼻の穴に入れたところ、鼻の奥のつまりがくしゃみと共に出ていまは快調です。人間のように鼻をかめないので、助かっています。
くろこ(メス)は1階で生活していましたが、2階の猫が下りてくるとお追い掛け回して、2階に追い払っていました。縄張り意識が強いというか、心が狭いというか、1階の他の多数の猫たちは無関心でいて、まさに、性格は十人十色といった感じでした。
ちみ(メス)は最初外にいた時は、人に対して愛想が良くすり寄ってきましたが、家の中に入れたら愛想をふりまかなくても、餌と寝床が確保されていると感じたらしく、人に冷たくなってきました。
ぶち(メス)が我が家の外で生んだ子猫を育てているときです。母猫は警戒していますが、子猫たちは無邪気に遊んでいます。母猫は本能でしょうが必死に子育てをしていて、人間の子供虐待、育児放棄する親たちは、猫に学んだほうが良いと思います。
かぶ(オス)はよく甘えてきた猫で、人の膝に載ろうとよくすり寄ってきました。若いころは体重も重く膝に載られると苦痛でした。でも、なくなった後では楽しい思い出だけです。
しっぽ(オス)は若いころ家の外を自由に出ていましたが、ある時、尻尾の付け根を誰かに何か棒のようなもので強く叩かれたようで、神経が切れてしまい、いつも尻尾が上がった状態で、自力排尿ができなくなり毎朝毎晩と圧迫排尿をさせて大変でした。排便は自然と出てきてしまい、いつも消毒と掃除に明け暮れてこれも大変でした。今では良き思い出です。
ふく(オス)は気に入らない猫には、無言でどんどんと近づいて行って突然襲い掛かっていました。それも、オス猫にだけで、メス猫には一切しませんでした。他のオス猫たちは不気味に感じていたらしく、「ふく」が近づくと警戒していました。
ちょっこり(メス)は他の猫たちと仲良くできない、人間で言う人見知りな猫でした。一部屋を与えていつもゆったりと過ごしていました。若い猫のころは鳴き声が出ずに、なんておとなしい猫だろうと思っていましたが、年を取ってきてからのおばさん猫になってからは、大声で鳴くようになりびっくりしました。
びゃあ(メス)がコタツの上からじーっと人を見つめて、撫でて、かまってとアピールしているときでした。新聞を読んでいるときでしたので、面倒なので知らんぷりをして、かまってあげませんでしたが、なくなってしまった後に、もっとかまってあげればよかったと後悔をしています。
みけ(メス)はテーブルの上に乗り、お尻をペンペンと叩きなさいと甘えてきます。何度叩いてあげてもきりがなく、人のほうは疲れてしまいます。でも元気なうちが花と思いやってあげています。
ちゃた(オス)手前の茶色い色の猫が若いころ、外に出て遊びに行ったときに、誰かに尻尾の付け根を叩かれて、尻尾が垂れ下がり動物病院でレ-ザー治療に何度も通い治ったのを思い出しました。コタツの中の写真は2階に住んでいた猫たちが、珍しくコタツの中に集まってぬくぬくしていた時の写真ですが、今はだれもいなくなってしまい寂しい限りです。