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人生のプロムナード・徒然なる日々を語る。

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今日の一文

2018-06-26 00:44:49 | 思いつくままに書き描く
 私のブログ、ながーい人生の一齣、連日書いてもどうってこと無いように感じるが、実際文章に表すとなると、そう簡単にはいかない。もう超高齢?何事も思いのまま、パソコンのキーを叩けばいいじゃないかと誰かか後ろで囁くのである。然し私には動きがない。朝起きて新聞を看る、一応日経新聞を取り精読を心掛けているのだが、文字も小さくHazuki眼鏡を購入して読んでるが

疲労感はかなり出る。読解力も急落しているのだろう、また根気も失せてきた。ついパソコンや電卓でニュースを見てしまう。
テレビの誘惑は更に芸能番組の拡大でつい引き付けられ虜になってしまう。政治を見れば、与党うのやり放題、野党もばらばらで覇気を感じられない。いっそ野党は米国を見習って、「日本共和党」で統合し視野を世界的に広げ国論を創造して民意を吸い上げてほしい。

 こんな夢あんな夢を見ながら書くブログも限られる高齢者の心の葛藤なのだろうか?だから不満は更にうっぷんする。
日本列島、災害や事故事件が多すぎる。しかも凶悪な事件が頻発、怖ろしい世相に身を震わすのは私一人だろうか?地震国日本また台風による風水害の季節がやってくる。十分気をつけなければならない、、米国の山林火災は他人事ではない、山国日本は更なる用心が肝要だろう。

 私は今宵はなにを書いているのだろう?戦争で大好きだった叔父2人を亡くし73年ビルマ―のインパール(現ミュヤアンマー)悲惨な餓死的戦死・・・その子供は今75歳独り暮らしもう一人の叔父はフッリッピンのパラワン島二人とも石ころ一つで帰還した。今宵はここらでよかろうかい。皆さんオヤスミナサイ

思いのままに書き続ける

2018-06-22 00:59:51 | 思いつくままに書き描く
 自分の胸には「母がある」6歳になる前から浄土真宗のお経をあげていた。ほぼ毎晩のことである。母の後ろに着座し一心に経文をあげていた。家の共同洗い場では夕餉の支度前に鍋や鎌度瀬戸物おっさんたちの交って「男所帯は気ままなものよ」と大声で歌いながらぴかぴかに磨いたものだ。その男たちの中に一匹の小僧がいた。5年生である。何でも良ちゃんが一番上手とみんなに褒められた。

釜土から持ち出す灰は量も質も一番、大人はつい土を使いたがる何でも混ぜれば楽だから、「まだ次の鍋があるとじゃけんやられん」ソげんイワンでんすこしならよかろ?…「良ちゃん灰ば少しくれんね」「セからしか!!」家族を田舎に残し炭鉱マンとして働いている年齢雑多の私から見ればおっさん達である。まして我が家のカーちゃんは、三井三池製作所の勤務するまだ26代になったばかりの未亡人である。

 小学校の5年生が大きな体で「母を守る」5年生と云っても相撲は学年ナンバーワンん体重も65キロあった。足も速く機敏性も十分だった。やせっぽちの田舎でのおっさんたちに負ける気はさらさらなかった。我が家は広かった、おっさんたちの家は仮所帯で雑魚寝自炊が原則であった。夕餉時期になると「良ちゃん味噌しゅる上手ね!1っ杯売って繰れんね!!」「なかッ!カーちゃんと二人分じゃけん!」

 3歳の妹を父方の叔母にい預け(佐賀県伊万里市)た時はもう胸が張り裂けそうになつた。その妹もジフテリアと云う病で急逝した。当時は不治の病とされていたのだ。現代では死を防ぐこと出来るそうな。本当に無念でならない。大牟田と佐賀川そうなことをした。しかし当時はいかんともしがたく、狂ったように私と母は抱き合って泣き崩れたことを覚えている。母は半狂乱だった
今宵はもう夜中の2時休んで又続きは次回に書くとしましょう。私のブログは。構成された文章ではない。乱雑乱文をお許しください。

続きはまた次回に・・・とお約束し今日は終了させていただきます。おやすみなさいませ。

生きる糧

2018-06-20 01:37:35 | 思いつくままに書き描く
 生涯を通じ、生きる糧を得る時間は少ない。生まれて親にお世話になる時間はとてつもなく多い、まして理由はともれ、片親になればその負担は限りなくおおくなる。6歳で父を亡くした私は母の稼働の激しさを身を以って体験しており、頭の上がることはなかった。90歳で亡くなるまでの働きは習性の様にみえつづけた。その点年金で生活できる身分は糧の有難さが薄らいでしまう

もとより現役の時の昼夜の働きは、子らたちと夕餉を共にしたことは本当に稀であったと記憶している。それくらいに糧を得るために働いたのだ。しかし生涯に得る糧は大したものではない。平均寿命まで命を永らえば御釣りはたっぷり帰ってくる。だからこそ健康に留意し長寿を全うしたいものである。然し日本列島は災害国家どこで何起るか予想だに出来ない。震災はもとより、雨や暴風とどまるを知らない。

その度々の大臣談話は聞くたびに虚しさが響き渡る、対策も過去の彼方えと次々と薄れさり、忘れられてしまう定めになるようで本当に悲しい。原発被害で帰省困難解除となっても、帰省者は1割とか、その心情知る我々国民がどのくらいいるのだろう?その人々の真の生活実体はだーれも知らない。人の心は悲しいほど冷たい。「我過去を想えば涙がほとばしる」それでも83歳しっかり生涯糧の恩恵受けている。心から感謝しなければと心から思っている。合掌・・・・・皆さんおやすみなさい。

心の痛み

2018-06-15 22:07:08 | 思いつくままに書き描く
 生きるには常に心の痛みを抱えて行かねばならない。先人の想いをひしひしと感じる今日この頃だ、80を超えて3年寝室を飾る先祖の御真影は静かな頬笑みで見つめている。その顔がおがくっきりとしてきたのは吾高齢の所為ばかりではなさそうだ。肉体の衰えは、日々何かと感じられ、胸の痛みや頭のふらつきの頻度にも「おやっ!」と思うことが多くなってきた。

こうして書くブログもいつ途絶えるやも知れない。そろそろ自身の生涯をもう一度、見詰め直す時期かもしれない、過去に書いた「良の生涯」も尻切れトンボとなっているのでしっかりと書き直す時かもしれない。今宵は寒い、季節外れの寒波かな?今日は楽しい買い物と張り切って出かけたのに、欲しい物を何に一つ買わずに帰ってきてしまった。サー10時35分水でも飲んで寝るとしましょうか、皆さんおやすみなさい。

心は二つ身は一つ

2018-06-14 22:36:20 | 思いつくままに書き描く
何時まだ経っても人間変わることはない。あれもしたいこれもしたいと心は二つのことを望む、しかし身は一つ身体も思う様にならないのに遣りたいことばかりは多くなる。まー然し意欲を失へば生きる力も意味も無くすのだからまだ欲あるうちが花だと仕様かい。

六月も明日は一五日、歳月の流れは本当に早い米朝の歴的会談が、まだかまだかと待たれたのにあっとゆうまに終わってしまった期待した結果はとまれ、時期を待たねばなるまいが、平和への進展につながる会談でであったことは喜ばしいことだ。拉致を含む我が国の今後の課題は全く不鮮明で先は見えないが、日朝への会談へつながることを願うしかない。安倍さんの手腕に期待するしかない。

夜も更けるとしーんとゆう音ばかりで何の音もしない、寂しい限りである。川崎の最上流多摩川も直ぐ近く支流の二荷領川の音とも小さな滝音がかすかに聞こえるく位で静かである。明日は久しぶりに家内とドライブでも仕様かな?心の二の願を全うしたいもの・・・・願いが叶いますように合掌!!今日のテレビは楽しかった¡面白かった!!何を書いたのやら、では皆さん御休みなさい。