アメージング アマデウス

天才少年ウルフィは成長するにつれ、加速度的に能力を開発させて行きました。死後もなお驚異の進化は続いています。

炎の男火麻呂 、ぶじの御衣 Ⅱ 

2016-12-05 18:49:59 | 物語
 二
 雅が浚われて三月余り後にやっと実家から迎えが来た。
「決して戻りませぬ。私の中に火麻呂の子が宿っております」
 と、嘘をついて拒む雅。
 年が明けて直ぐ、困り果てた両親が止む無く国守の葛麻呂に訴えた。
 例え国守といえども当の雅の意思なくして火麻呂を罰することが出来ず、姦計を巡らして火麻呂を防人へと追いやる事にした。

 防人たちが集う鴨郷の杜にようやく護衛の多摩軍団が到着した。たかだか十人にも満たない
防人の監視に隊正日下部泥麻呂に率いられた五十の兵士が派遣されて来た。
 その上多摩軍団一千の長官、郡司小幡猪足まで同行するという、まるで囚人を護送するような物々しさだ。それほど火麻呂を恐れていたのだ。
 国衙から鴨郷までわざわざ見回りに来た葛麻呂が雅のいる丘に登ってきた。
「早くも喪に服しておるのか」
 雅の藤衣を侮蔑の眼差しで眺め回し、葛麻呂が言った。
「紀の娘とも有ろう姫が、粗末な藤衣など着せられておるのか」
 藤衣はふぢの蔓から織られた粗末な衣であるが、丈夫で美しく、雅にとっては火麻呂が買って呉れた唯一の宝物だった。また、藤の御衣と言って身内の喪服として使われる事が多い。生きて会えぬかも知れない想いでこの朝藤衣を纏ったのだ。
「これで火麻呂も終わりだ」
「防人の任期が三年になったと聞いております」
「確かに、だが火麻呂は駄目だ。太政官にも大宰府にも手を回した、知らぬのか? 太宰の師はわが一族の長旅人じゃ。早くて十年、それもおとなしくしておればじゃ。明日にでも迎えを寄こそう。もはや妻には出来ぬが妾として面倒を見てやろうぞ」
 憎々しく言い放って丘を降りて行く葛麻呂。

 防人の一行が出発した。
 騎馬の猪足を先頭に、武装した軍団が武器を取り上げられた防人の前後をものものしく固め、後尾に食料兵器を積んだ馬車と防人の従者たちが続く。豊かな防人には従者が許されていたのだ。
従者の群れに真刀自がいた。暴れ者の火麻呂が脱走しないように従者として同行を願い出、許されたのだ。
信心深い雅の姑真刀自は経を誦しながら歩いている。
一行が丘の下を横切っていく。
火麻呂が雅を見上げて笑って見せた。
「筑紫になど行くものか。直ぐ戻ってくる」
 火麻呂の前夜の言葉を思い出し、雅の不安が増した。
「脱走などしたら、奴に落とされるか処刑されてしまいます。それに、母刀自をどうなさるお積もり?」
「なあに、ひっ担いで逃げるさ」

 丘の上の雅に気がついた女達が指差しながらざわめいている。
「あの女は誰を見送っているのだろう? 誰の女房なのかしら?」
 などと噂をしているに違いない。
 郷の人々は雅を見たことはなく、火麻呂に略奪された花嫁とは知らないのだ。
 火麻呂を見送りながら浮かんだ歌を今度は口にして詠む雅。
「防人に、行くは誰が背と、問ふ人を、見るが羨しさ、物思いもせず」
 遠ざかる一行に少しでも近付こうと斜面を降りる雅、茨が弾けて襲って来た。雅の心と身体に痛みが走った。
 咲き綻ぶふぢの花の中で立ち止まって火麻呂を見送る雅。
 雅の唇に一筋の血が流れ、その目が深い悲しみに沈んだ時、
 左手が無意識に下腹を軽く押さえ、右の掌が大切なものを護るように左手の上に重ねられて行った。
 最後に雅を見ようと丘を振り返る火麻呂、
 そこでは、光と翳の中で浮かび上がる斜面に藤衣が一斉に花を咲かせていた。
 そこには、ふぢの花房の挟間に哀しみに溢れながらも不思議な優しい微笑を称える雅がいた。

 東国から九州に赴任する防人は東海道を上って難波の津まで行き、難波から船で任地に赴いた。食料や戎具を始め旅費は自弁である。本来戎具などの備品は自己管理であったが、この赴任行では兵団が全て管理した。この一事に葛麻呂の悪巧みが露骨に顕れていた。

 最初の夜は足柄峠目前の坂本で野営した。
 焚火を囲む防人たちは不安に慄いていた。
「難波に着く前に皆殺にされる」
「狙っているのは一人だけだ」
 と防人の一人が火麻呂を睨んだ。
 無言のまま腕組みをして薄笑いを浮かべている火麻呂、その左右だけが空いていた。
「矢張り皆殺しさ、そうすれば証拠が残らない」
「いっそのこと逃げてしまおう」
「武器ひとつなしにか! いったい何処に逃げる、家族はどうなる」
「泣き言なんか止めろ止めろ」
 火麻呂のまるで他人事のような暴言に色めき立つ防人達。
「蛆虫に聞かれたらどうする。ほれ、誰か近づいてくる」
 確かに足音が近づいてくる。
 一斉に聞き耳を立てて黙り込む一同。
 やってきて立ち止まる泥麻呂、
「夜明け前に発つ。早く寝ろ」と言って、火麻呂の顔を意味ありげに見やってほくそ笑んだ。
 あわてて焚火を消す防人達。
 ゆっくりと立ち去る泥麻呂、もったいぶって火麻呂を振り返った後闇に消えた。
 茣蓙を抱えた火麻呂が真っ先にその場を離れると、防人達は火麻呂が遠くに離れるのを確か
めてひそひそと話し始めた。
「奴を消しちまおう」
「ああ、それしか無い」
「だが簡単にくたばる玉じゃ無い」
「皆で寝込みを襲えばなんとかなるさ」

 火麻呂が寝床と定めた岩陰に入ると、そこに泥麻呂が立っていた。
「火麻呂、今度こそ終わりだ」
「幾らで頼まれた」
「殺せとは言われてはおらぬ。何事が起きても見ぬ振りをすればよいそうだ」
「殺すのが怖いのか」
「ふん、俺は好きなようにするさ。強がりを言うな、火麻呂」
 泥麻呂を無視して茣蓙に横たわる火麻呂。
 しゃがみ込んだ泥麻呂が刀子を抜いてその刃を火麻呂の首に当てた。
 ごくりと唾を飲み込んで観念する火麻呂。
「火麻呂、汝がどうなろうと俺は知らぬ。だが他人に殺されるのも我慢が出来ない」
 と言うと、泥麻呂は刀子を鞘に収めて火麻呂に握らせた。
「閻魔の土産にこれをやる。だが人を危めたらお前は本当に終わりだ。いっそ自分で地獄に落ち
てしまえ、火麻呂」
 不気味な笑を浮かべて去って行く泥麻呂。
 刀子を懐に捻じ込む火麻呂、直ぐに寝息をたてて寝込んだ。

 多摩軍団五十を率いる隊正日下部泥麻呂は真刀自の甥で火麻呂の従兄だが、幼いころから
仲が悪く、時には殺し合うほどの大喧嘩をした。
 泥麻呂は努力の人と言える。その努力の目標は二歳年下の従弟火麻呂だった。
 身体まで火麻呂に負けぬ程大きく逞しく、努力で成長させた。
 二十歳になってすぐ、優しい娘と知り合い、妻に迎えた。
 次の年男児が生まれた。母親の乳を求めて離れなかったため、乳麻呂と名付けた。
 その次の年、今度は女児が生まれた。紅葉した楓のように紅くかわいい手をしていたから、
楓、と名付けた。
 泥麻呂は家族の為に懸命に働いた。火麻呂と競う事で費やしていた情熱を田畑を耕すことに
集中させ、数年で鴨郷の青年で一番の田畑を持った。
 三年続きの大飢饉が泥麻呂から全を奪い、子供達を養うには夫婦でに身を落とすしか無
い程まで困窮した。が、泥麻呂は志願して兵士となる道を選んだ、武勲をたてて失った田畑を
取り戻すためにその道を選び、一年もしないうちに十人の長、火長を賜った。
 火長になって直ぐ絶好の好機が泥麻呂に訪れた。陸奥で蝦夷の叛乱が起こり、坂東から大軍
が発せられた。
 征東軍は陸奥の叛乱を平定した後、出羽にまで遠征した。
 泥麻呂は大いに奮戦し、数々の手柄をたて、今度は五十人の隊長、隊正に大抜擢されて武蔵
に凱旋した。
 我が家の前に立った泥麻呂は呆然として立ち尽くした。懐かしい小屋が跡形も無く消えてい
たのだ。その傍らに小さな墓石が三つ、仲良く並んでいた。
 降り続く氷雨が左右の墓石の銘を浮かび上がらせた、乳麻呂、楓、だが妻の墓石の銘は読み
取ることが出来なかった。
 火麻呂が防人に徴用される二年ほど前の出来事である。

 泥麻呂は火麻呂と分かれたその足で今度は伯母真刀自を尋ねた。
「母刀自」
 家族が死に絶えた泥麻呂は伯母を母のように慕いこう呼んでいた。
「難波で船に乗ればもう大丈夫。火麻呂から目を離さぬ方が良い」
「筑紫に着けば安心出来るかのう」
「殺されることは無い」
「新羅や唐が攻めてきたら」
「大勢死ぬほどの大戦など聞いたことが無い」
「三年勤めれば鴨郷に帰れるのだろう?」
 首を横に振る泥麻呂。
「望のかけらもないのかい?」
「火麻呂が白髪になるまで郷に帰れぬ」
「とても婆は生きておらぬのう」
「ああ。皮肉な事に、母刀自が死ねば火麻呂は郷に帰れる」
「婆が死ねば帰れるのか」
 顔を輝かせて泥麻呂を見詰める真刀自。
「親が死ねば喪が与えられる。一年だけだ」
 その夜以来、真刀自は寝る前、目覚めの時、そして行軍の間中仏に祈り続けた。火麻呂の髪が白くならないうちに、一日も早く安らかな死が訪れるように、と。
 当時の仏教というのは個人の現世利益を謳わない。ただ善行をつみかさねれば、その善の分だけ極楽浄土で安楽に暮らせるだけだ。信心深い母真刀自に比べて息子の火麻呂に仏への信仰心は皆無と言ってよいほど無かった。その代わり神は密かに恐れていた。ただ、この漢に神と仏の区別が果たしてついていたかどうか、分からない。


 箱根を越えた駿河で真刀自が病を得た。
 遠江、三河と、東海道を歩き続ける真刀自。乱暴者で罪深い火麻呂の分まで祈り続けて仏の加護に縋った。
 真刀自の祈りが通じたのか、この間火麻呂に変事は起きなかった。
 三年前までの飢饉で火麻呂の兄夫婦と孫を亡くしてから、真刀自の身寄りは息子の火麻呂と甥の泥麻呂だけになった。この世に思い残すことは何も無い。いや、一つだけあった。雅が火麻呂の子を生んで呉れればどんなに嬉しいか分からない、せめて今一度孫をこの手で抱きたかった。
伯母の異変に気付いた泥麻呂が尾張でよぼよぼの牛と荷車を買ってきて真刀自を乗せた。
菩薩のような微笑を浮かべて泥麻呂に手を合わせる真刀自。
「掲帝掲帝、波羅掲帝、波羅僧掲帝、菩堤、僧莎訶、般若波羅蜜多心経」
般若心経を誦した後、泥麻呂に囁いた。
「有難う。筑紫に着くまでは決して死なぬ」
無知で素朴なこの老婆は、筑紫についた後で自分が死ねば、息子に一年の自由が与えられると信じて疑わない。

十日ほどで三関の一つ鈴鹿に着いた。この先は朝廷の本拠畿内である。ここまでの国々と違い多数の兵士が関を固め、通行を詮議している。現に一行が柵の外で待たされてから一刻も経っている。たかが防人を送るのに五十もの兵士が護衛しているのをかえって疑われたのかも知れない。
馬上で不安にかられる郡司の猪足、忌々しげに火麻呂を睨んで、始末しなかった事を後悔した。葛麻呂から隙を見て殺すように命じられていたが、己が手を汚したくは無かった。そこで、初日の行軍中泥麻呂に悪巧みを仄めかした。「火麻呂は道中殺害されるかも知れない」と、更に「憎みあっていても従兄弟同士、逃がしてやれ」と唆かした。
「武器なしに逃げるものか。あれでも火麻呂は案外賢く用心深い」と言う泥麻呂。
「刀子くらいなら渡しても良い。かわいそうだから逃がしてやれ」
 そんなわけで、猪足は火麻呂が刀子を隠し持っているのを知っていた。だから決して火麻呂の側に近づかなかった。悪賢くも火麻呂が誰かを傷つけて逃亡するのを待ち構えていたのだ。

「七位大領小幡猪足様」
 衛士の呼ぶ声に我に返る猪足。
「どうか御通り下さい。ご入用の物が有れば用意せよと命じられました」
「水と糒を少々、それだけで良い」
馬上で踏ん反り返って威張る猪足。
「これより出発―ッ!」
 従七位外多摩郡司大領小幡猪足はこの時得意の絶頂にいた。

 十年程前の霊亀二年(西暦七百十六年)、葛麻呂が武蔵国守として赴任すると直ぐ猪足は多摩
郡司に任命された。勿論賄賂が効いたのだ。
 郡司となった猪足は、醜く太ったその腹にも負けぬ程悪行の限りを尽くして巨財を為した。猪足の枡は貸す時が七割で取立ては二割増しだったし、専売の酒には水を足し、朝廷からの
穀物の支給や税の免除などを貪ぼるように私物化した。
 養老三年(西暦七百十九年)から飢饉が三年続き、猪足の圧制の為に多くの民が飢死し、流
民となって流離った。
 火麻呂の兄家族も、泥麻呂の妻子もその飢饉が原因で死んだ。為に二人とも猪足を怨んでいた。
いや、多摩の庶民で猪足を憎まぬ者など誰もいなかった。
2016年12月5日   Gorou

Kozue(胡都江)~Twins of Formosa 十Ⅳ

2016-12-05 18:42:02 | 物語
十四 フォルモサの娘

 三月十九日、木曜日。
 ミズエとコズエが舞台で早変わりを演じている。まあまあの出来だ、瓜二つの姉妹が演じるのだから、当たり前といえば当たり前だ。
 お染のミズエがコズエの久松に、一瞬のうちに変わった。鮮やかな手並みだ、誰にも仕掛けが分からないだろう。と一人悦に入っていると、なんと私の傍らにミズエが立っているではないか。
 姉妹で演じていると思っていたが、コズエが一人で早変わっていたのだ。天弘にヒントを得て、自分で工夫したに違いない。
 思わぬ所で私はコズエに教えられた。早変わりの芸は一人で演じるのが本当だ、一卵性の姉妹にやらせるなど、タネのばれた手品のようで、誰がそんなものを喜ぶモノか、と大いに反省をした。
 明日からは交代でやらせる事にした。仕掛けを完璧にする為に、早変わりの横に、姉妹の片一方を立たせて置こう、そう決意し、それを実行した。

 その夜更け。
 アパートのドアをドンドンと叩く音がしたので、出てみると、コズエがミズエを抱きかかえるようにして立っていた。
 また吉之輔に悪さをされたに違いない。
 吉之輔の執拗で陰湿な毒牙からミズエを守るにはどうしたら良いのだろうか。もう私が何時も側にいてあげるしか無い。それよりいっその事、ミズエを奪って吉之輔から離す方が良い、それしかないとも思えた。
「今夜はミズエをお願い」
 と言って、いつもなら自分がいち早く上がり込むというのに、珍しくもコズエは帰っていった。
「とにかくお入り」
 震えているミズエを部屋に招き入れた。
 ミズエは六畳間の端で佇んだまま、いきなり二人きりになったことで戸惑っている。
 私はなお困っている。
 本当は優しく抱きしめて上げたかったのだが、義理とはいえ、父親に陵辱され続けた娘に、迂闊な事は出来ない。男というものに嫌悪感を覚えているのに違いないのだ。
 現に、肩にそっと手を置いただけで、ミズエはピクリと震えて怯えた。
 一つしかない布団をひいた。
「もう二時を過ぎている。寝た方が良い」
 と、ミズエにパジャマを渡してキッチンにいった。蛇口から直に水を飲んで、暫く待った。
「着替えたかい?」
「ええ」
 私は窓際の壁に寄りかかるように座り込んだ。
「朝まで僕が見ていてあげるからお休み。布団にお入り」
 ミズエは素直に従ったが、目を閉じずに私をじっと見続けた。
「寒くない?」
「少しね。でも大丈夫」
 と言って電気を消した。
 長い沈黙の後、暗がりからミズエのか細い声が聞こえてきた。
「私大丈夫だから、平気だから、・・・四郎さんも布団に入って。でなきゃ、私、眠ることなんか出来ないわ」
 静かに、そっと、ミズエの横に身体を横たえた。ミズエが身体を硬直させたのが良く分かった。少なくとも紳士を演じきらなければならない。今夜の私の役目はミズエの父親なのだ。
 突然ミズエが泣き出した。可哀想な娘は、義理の父親の許し難き行為の全てを思い出し、嗚咽を堪えきれずに泣きじゃくっているのだ。
 私はミズエの顔を優しく抱きしめ、溢れる涙を私の頬で拭った。
「フォルモサの娘は泣いてはいけない。麗しい娘に涙なんか似合わない」
 私の言葉の意味がミズエに分かったかは知らない。私の心は充分に伝わったようだ。
 やがて泣きやんで、すやすやと、安らかな寝息を立てて、ようやく眠りについた。
 私の方は、夜が明けるまで一睡も出来なかった。
 イラ・フォルモサ! 十五世紀、マカオから台湾を望んだポルトガル人が、余りの美しさにそう叫んだという。以来台湾は、美麗島とも麗島とも言われて来た。
 あの時、私にはミズエが狂おしいまでに麗しく、哀しいまでに愛おしく思えた。
 私にとって、あの夜のミズエはまさしくフォルモサの娘だったのだ。


 三月二十日、金曜日。
 この夜も、二時頃ドアを叩く音がした。眠い目を擦りながらドアを開けると。
 ダブダブのトレンチコートを羽織ったミズエが一人で佇んでいた。
「コズエが行けってきかないの。先生が大事にしているからきっとお父さんのだろうって」
 と、トレンチを脱ぐミズエ。トレンチの下に浴衣を着ていた。
 私は蒲団に入って、
「おいで」
 素直に蒲団に入るミズエ。

 手を握りしめ、肩を優しく抱き寄せた。今夜のミズエにもう怯えは見えない。ミズエなりに何事かを決意してここに来たのだ。
 髪を愛撫しながら耳元で私の決意を囁いた。
「千秋楽の夜、一緒に何処かに逃げよう」
 聞き取れなかったのか、ミズエが私を見てクビを傾げた。
「駆け落ちするしか仕方が無い。・・・良いだろう? ミズエ」
 少し声を張り上げ、ハッキリと言った。
「そんな事出来るかしら?」
「大丈夫、心配なんかいらない。僕に任せて置けばきっと駆け落ちは成功する。いいかい、三月三十一日の夜、十一時、熱海の待合室で待っているからね。二人で幸福になろう。いいね、きっと来るのだよ」
 ミズエは良いとも嫌とも言わずに目を瞑った。頭の中で想い、心でその意味を確認しているに違いない。しなやかな指に黒髪が絡み付いている。妖しいまでに美しい光景だ。そしてミズエはようやく何かを悟ったのか嬉しそうに微笑んだ。
「誰にも言ってはいけないよ、特にコズエには、いいかい」
 こんどはハッキリと頷いた。
 その夜、私とミズエは結ばれた。意外にミズエは処女では無かった。その事はある程度予期していたから驚かなかった。義理の父親から凌辱され続けていたからには想定内。残念ながらそう言わざるを得ない。それに、旅から旅へと流離っている間、こんな美しい娘が言い寄られない分けが無い。現に熱海ではコズエは健一とできていた。ある程度は覚悟しなくてはいけない。二人の愛がおぞましい吉之輔の呪いをうち破ったのだから。

 それからの十日ばかりの日々を私は出来る限りおとなしく、目立たぬようにして過ごした。
 ミズエは毎晩のように私のアパートに泊まったが、座長の胡蝶も義父の吉之輔も気付かぬ振りをしていた。どうせ四月からは離ればなれになるのだからと、多寡を括って、諦めて妥協をしていたのだ。
 アパートの脇の公園、その桜の蕾が、一つまた一つと綻んで行く。
 桜が三分から五分へと開花するにつれて、ミズエが少しづつ明るくなって行った。
 そして、驚くほど平穏に日が過ぎて行った。

 コズエはもう夜明けの桟橋で呪いの儀式をしなくなっていた。その必要が無くなったのを悟っていたのだ。
 私が一番怖れたのはコズエの眼だった。
 コズエは何かを嗅ぎ取っているに違いない。妙にはしゃいでいたかと思うと、時には悲しそうに、ある時は恨めしそうに私を睨むのだ。コズエが二人の駆落ちについて来ないかと、本気で心配したりもした。
 
 駆け落ち決行の三日ほど前。小さな出来事が起こった。
 夕方、舞台上でコズエを中心にして若者達が、例によってコックリさんで遊んでいた時の事だ。
「キャーツ!」
 けたたましい嬌声が上がった。
 嬌声の方を見ると、燃え上がる炎の前で、コズエが目をカッと見開いて瞬きも忘れ、まるで腰を抜かしたかの如く座り込んでいた。
 若者達はみんな、コックリの環から怯えて逃げて行く。髪の毛が逆立ち、誰もが鳥肌をたてて怯えていた。
 コズエが呪いの詞を吐いた途端に炎が吹き上げたというのだ。
 コズエが起こした火は、駆けつけたスタッフの手であっけなく消され、小火にもならなかったが、若者達はコズエの超能力に畏敬の念を抱いた。なによりも驚いていたのは当のコズエだった。
 コズエ曰く。突然言い知れぬ怒りがこみ上げ、
「みんな燃えてしまえ!」
 と、呪った瞬間に炎が走ったのだという。
 勿論大人たちは誰も信じなかったが、私だけは密かに有り得る事だと思った。
     2016年12月5日   Gorou

炎の男火麻呂、ふぢの御衣 Ⅰ

2016-12-05 01:19:18 | 物語
 むかし、火麻呂と呼ばれる防人がいた。
 防人十人の隊長、火長だったからそう呼ばれたのか、炎のような心を持って
いたからなのかはわからない。
 火麻呂は悪行の限りを尽くした。犯し、奪い、殺し、その上生みの母をも殺
そうとした為、日本最古の説話集、日本霊異記にその名を残した。

第一章 ふぢの御衣

 防人に 行くは誰が背と 問ふ人を 見るが羨しさ 物思いもせず

 武蔵国多摩郡鴨郷の外れの杜に防人に召集された壮丁とその家族が群れてい
た。
 雅は少し離れた小高い丘から吉志火麻呂を見送っていた。雑踏の中にどうし
ても入る気になれなかったのだ。
 逞しいはずの火麻呂がやけに寂しく小さく見えた。
 火麻呂の視線が藤衣の雅を片時も離さない。
 ようやく愛情が芽生えつつあったのに。三年もの間待つ事など出来るだろう
か。火麻呂が防人に行けば実家に連れ戻されるに違いない。
 同じキシでも一介の兵卒としていく難波吉志の火麻呂に比べ、雅は公卿の末
席に連なる紀氏の娘であった。

公卿の娘としての養育を受けた雅は親の期待に違わぬ教養と美貌を身に着
けていた。そんな雅に武蔵国守葛麻呂が懸想し、婚姻を迫った。
雅はどうしても貧弱で野卑な葛麻呂を好きになれなかったが、定めと思い
諦めていた。
そんな七月のある日の夕方、森はずれで一団の若者とすれ違った。
その一人、顔中髭だらけの逞しい男が雅に見とれて目を離さない。
「ああ嫌だ、まるで獣のよう」
 と思った。だけでなく侍女にそう囁いていた。
 言葉とは裏腹に雅は別のことを深層で考えていた。
「夫にするならあんな男が良いわ。契るなら、そよ風からも守ってくれそうも
無い葛麻呂より、せめて彼の男の胸に抱かれたい」
 突風が巻き上がり、砂煙が男の視線から雅を隠し、妄想を吹き飛ばした。

 その夜、激しい嵐が武蔵を襲った。
 そして雅の妄想が現実となった。昼間の男、吉志火麻呂が夜這ってきたの
だ。
 まるで餓鬼のようにして激しく雅を抱きすくめる火麻呂。激痛が走り、やが
て痺れるような快感に覆われ、恍惚の中に身も心も侵されていった。

 恍惚から醒めると森の中だった。
 嵐の中で火麻呂が全裸の雅を担いで走っていた。
「フオー! フオー! フオー!」
 走りながら歓喜の奇声を上げていた。
 この男は夜這って来ただけでは物足りず、まるで子供が荘園から柿でも盗む
ようにして雅を略奪してきたのだ。
 風と雨が雅の幸せだったとは言えない過去を洗い流して呉れるような気がし
た。何よりも嬉しいのがあの葛麻呂から逃げられるかも知れない事だ。

 住居に走りこんだ火麻呂は、敷き詰めた藁の上の敷物にそっと雅を下ろす
と、白い衣で濡れきった身体をまるで勾玉でも磨くように拭って行く。
 火麻呂を睨む雅。
 照れくさそうにして雅に衣を掛ける火麻呂。
 衣で乳房を隠しながら雅が尋ねた。
「誰だか知っているの?」
「知らぬ」
 名前を知らないことに初めて気がついたように呟く火麻呂。
「みやび」
「みやびと言うのか、姫御子は」
「貴方は?」
「火麻呂」
 眩しそうに雅を見詰める火麻呂がぶっきらぼうに答えた。
「氏は? 姓は?」
「難波の吉志じゃ、祖父様の代、大伴の大臣に連れられて武蔵に来た」
「私がその大伴氏と結婚すること、知っていました?」
驚いたようにして首を振る火麻呂。
「大伴の誰じゃ」
「葛麻呂の君」
「葛麻呂?! あんな奴やめたほうが良い」

 あくる夕方、火麻呂の母日下部真刀自が火種を持ってやって来た。
 竈に火種を仕込んで火を起こす真刀自、その上に水が入った土師器を乗せた
後、白米を入れた竹篭を雅に差し出した。
 無言で受け取る雅、篭を持って表に出た。
 近くの小川で篭を流れに浸す雅、米を洗おうとして途方にくれた。米を洗っ
たことが無いのだ。
篭の中が白く濁って行く。このまま置いておけばいいのだろうか? 石と石の
間でそっと手を離すと、石に挟まれた篭が固定され、篭から白濁の汁が出てく
る。
 恐る恐る右手を篭に入れる雅。今度はパシャパシャと米を掻き回してみた。
面白いように研ぎ汁が出てくる。「こうすれば早く出来るわ」、と一人で頷い
てみる。なんだか少し楽しかった。
 篭が影に隠れたので見上げると、火麻呂が立っていた。きれいに髭をそった
その顔は案外可愛げがある、雅はそう思った。
火麻呂は藁で数珠繋ぎにした鮎と自然薯を雅に渡して腰を屈めた。
けがれたものでも持つようにして鮎と自然薯を両手に下げて立ち上がる
雅。
無造作に手と顔を洗う火麻呂、小川の水をゴクリと咽喉に送り込んだ後、
竹篭の米を荒々しい手で掴んで、優しく丹念に、揉むようにして研ぎ始めた。
新鮮な空気を胸一杯に吸い込む雅、住居の方を何気なく見ると、藁葺きの
屋根が地上すれすれまでせり出していた。彼女が育った桧皮葺の館と違って竪
穴式住居だったのだ。
 米を研ぎ終えた火麻呂は、その篭を雅に渡し、代わりに鮎と自然薯を受け取
って住居に入っていった。
 このまま逃げてしまおうかと思う雅、だが、なんとなく火麻呂に続いてしま
った。

 竃の前で待ち構えていた真刀自、雅から篭を受け取ってジロジロと眺め回し
て確かめた後、濛々と湯煙を上げている土師器の上に甑を置いて、研いだ米を
その中にあけた。
「母刀自」
 真刀自に声を掛ける雅。
「こちらでは、いつもお米を食べておられるのですか?」
「まさか」と首を振る真刀自。
「獲れた米は十に二つと残らぬ、食べたのは二年前」
 串刺しにした鮎を竃の中に刺しながら火麻呂が言った。
 恐ろしく無愛想なこの母子は、略奪してきた貴族の娘を嫁にしようとしてい
るらしい、今夜は婚礼の祝なのだ。と雅は思ったが、よく理解できなかった。

当時の庶民の風習では、男女間の恋愛、というよりは性的な関係と言った
方が近い、その関係がかなり自由奔放であったが、子が生まれて初めて夫婦と
して新居を構えるのだ。
孕んだ子の父親を断定できない女性がいた筈だ。そんな時、女性は自分が
子の父親に一番ふさわしいと思った男を指差すだけで事が足りた。指名された
男の方も、露ほども疑わずに夫となり父親となった。

「八雲立つ、出雲八重垣」
張りのある美声で真刀自が歌い出した。
火麻呂は飲み干したばかりの椀にまた酒を注いで雅に渡した。
恐る恐る椀に口をつける雅、まるで酢のような味がしたので、無言のまま
椀を火麻呂に返した。
その酒を美味そうに飲む火麻呂。
「妻籠みに、八重垣作る、その八重垣を」
 母も息子も顔を真っ赤にして祝っている。無邪気に喜んでいる。
「これは、・・・」
 満面笑を浮かべて二人が雅を見た。
「これは、婚礼なのですね。・・・私と貴方の」
「そんなものだ」
 真顔に戻った火麻呂がぶっきらぼうに言い放った。
「めでたい、めでたい」
顔をクシャクシャにして真刀自がはしゃいでいる。
「紀でも大伴でも今頃大騒ぎになっています。直に大勢の兵士が私を連れ戻し
にやって来ます。
どうするの?」
「ここは見つからぬ」
「ここは人里離れた山中、安心おし、決して見つからぬ」
「安心? 私が望んだわけでは有りません。喜んでいるとでも思っておられる
のですか?」
「そうかのう?」
「見つからなくても、隙を見て私が逃げたら?」
「姫御子が望むなら仕方が無い。逃げる必要なんか無い。ただ出て行けばす
む」
「それでいいの? 構わないの?」
「ああ」
 と言いつつも、火麻呂の声が寂しそうに掠んでいる。
「糞虫屑麻呂の慰み者になりたいなら戻ればいい。俺なら姫御子を大事にす
る。鬼からだって守
って見せる」
 突然雅に激情が走り怒りが込み上げて来た。
「鬼など怖くは有りません。糞虫とか、屑麻呂とか呼捨てにしていますが、あ
の方は恐れ多くも
天皇から正五位を賜った歴とした公卿なのですよ」
雅の言葉が激しくなるにつれて火麻呂が萎れて行くのがよく分かった。
「それに引き換え貴方は、みすぼらしく貧しいただの粗夷」
 火麻呂のキシも雅のキシも遠い祖先は同じかも知れない。共に大伴氏を盟主
として仰いでいたが、同国近隣の人と言われた紀氏に比べて、吉志は隷属して
いたに過ぎない。
 悄然として酒を飲み続ける火麻呂が少しかわいそうになる雅。それでも意を
決して表に出た。

 満天に星々が煌いていた。
 だが地上は真っ暗だった。
 雅はどの方角に行けば良いのか途方に呉れて立ち竦んだ。
 少しすると目がなれて辺りの様子がぼんやりと見えてきた。
 そうだ、小川に沿って下って行けば里に出る筈だ。と思いついたその時、火
麻呂が出てきて雅の傍らで片膝をつき、大きく広い背中を向けた。
 背負って館まで送るつもりなのだろう、存外細やかな心の持ち主らしい、と
雅は思った。
 火麻呂の横にしゃがむ雅、そっと火麻呂の右手に自分の手を添えた。
 雅を見る火麻呂。
「あれは何?」
 と、天空の星々を指差す雅。
 星空を見上げる火麻呂。
「天の川」
「そう、天の川、今夜は七夕でしたわね。・・・私、貴方が私の彦星なのか、
確かめてみたくなりました。わかるまでここにいます」
 真意がわからず戸惑っている火麻呂、優雅な雅の微笑を見てようやく無邪気
に笑った。
「その代わり、二つだけ約束してください。姫御子などと呼ばれるのは嫌、雅
と呼んでくださいまし。もう一つ、雅以外の女子を見詰めてはなりませぬ、私
だけを想うて下さい。誓えますか?」
「ああ、誓う」
「本当に?」
「俺は嘘をつかぬ。だが、一つだけ聞いてよいか、み、みやび」
 頷く雅。
「もし、誓いを破ったらどうする」
「知れた事。主を刺して私も死にます」
 火麻呂を睨む雅。
 こうして、浚った筈の火麻呂が雅の虜になり、永遠の愛を誓わせられた。
 2016年12月5日   Gorou

母を殺そうとして地獄に落ちた火麻呂は実在していたか?

2016-12-05 01:12:20 | 日本古代史
愛妻恋しさ故に実の母親をも殺害しようとして地獄に落ちた、吉志火麻呂は実在したのだろうか?

 火麻呂はその悪行故に、日本最古の説話集『日本霊異記』と『今昔物語』にその名を残した。

 霊異記では火麻呂の吉志は大伴の大臣に連れられて武蔵に移住して着たと伝えています。南河内に本拠を置いていた大伴氏の誰かが(大伴赤麻呂という説があります?)傭兵、或いは隷属民として連れてきたのでしよう。武蔵国鴨郷は現在の五日市の辺りで、いまでも来野(漢字表記は自信が有りません、誰か教えて下さい)性が遺っているそうです。

 大伴氏と縁の深い豪族としては‚同国近隣(おなじきくにちかきとなり)の人と言われている紀氏がいます。紀氏は蘇我氏から分かれてきたという伝承を持っていますが。元々はみ百済の木氏や朴氏等の木偏を持つ氏族の末裔だと思われます。

 

 私は、この紀氏と火麻呂の吉志は元は同族だと推測しています。

 吉志、喜志、貴志、紀氏、いずれも音はキシで、皆大伴氏に従属していました。紀氏は貴族になり喜志や吉志ぱ隷属民、或いは庶民になったのでしよう。南河内の喜志は難波の喜志という名で総称され、富田林市に喜志という町名、近鉄南大阪線に喜志駅が有ります。

この辺り一帯が難波の喜志の本拠地だったのでしよう。

 火麻呂の吉志は武蔵の国守に赴任する大伴某かに従って武蔵に移住してきた喜志の孫かひ孫ではないでしようか? 私は火麻呂は実在していたと思えてならないのです。根拠は、

『日本霊異記』では全くのフィクションを殆ど扱っていません、特に登場人物は可成りの確率で実在の人物を扱っているのです。


 名前は本当に吉志火麻呂? それは少し怪しいと思います。

 防人の軍政は十人を最小としてその隊長を火長、五十人隊長を隊正という呼び方をしていたようです。火麻呂は防人の十人隊長,火だったのではないでしょうか、或いは炎のような心の持ち主だったから火麻呂という呼び名で伝えられたと思われます。この時代の庶民の名前は殆ど伝えられていません。正倉院に戸籍が遺っていますが、それともいい加減で、男は動物の名前だったり、麻呂がついていたりします。女はたいていは刀自がついています。因みに麻呂は坊やという意味で、刀自は奥さんとか婆さんという意味だと考えれば間違いが少ないと思います。

 女性の名前に子をつけるようになったのはこの時代からですが、藤原氏が始めたようです、隋唐文明の影響を受けた開明的な大郷族藤原氏ならではという気がします。子というのは中国では男子の尊称ですね、老子、壮士、孔子などのようにです。


 百済救済に派兵した白村江の戦いで壊滅的な打撃を受けた大和朝廷は、唐・新羅の連合軍が襲来すると思われる北九州に山城や水城を築き、筑紫の太宰府を中心に北九州一帯を要塞化して、東国から防人を徴収して守らせました。当時、西国の兵士は弱く、東国(現関東)の兵は屈強だと信じられていたのと、白村江の戦いで西国兵は壊滅状態に陥っていたからです。

 当初、防人に徴用されると死ぬか老いるかしなければ帰郷できませんでした。逃亡が相次いだ為に、たぶん西暦七百二十年前後に期間は三年と定められ、親の葬儀の為に一年の休暇が与えられるようにまなりました。火麻呂の説話は聖武天皇の御代と明記されていますから、丁度この頃、720年代の後半と考えられます。

 任期を終えたり、親の喪に服するために帰郷する防人の大半が故郷に辿り着けませんでした。防人には給金が支給されましたが、貨幣経済が浸透していなかった当時では、銭で食料などを売ってくれる人は殆どいなかったのです。東国に帰郷しようとした防人の大半が野盗の餌食になるか、仲間たちと徒党を組んで、野盗そのものになって生き抜いたのです。万葉集に収集された防人の歌には秀歌が多く、防人の悲哀と哀愁に満ちています。


 吉志火麻呂は愛妻恋しさの余り、生みの母日下部真刀自を殺そうとして果たせませんでした。霊異記と今昔物語では大罪故に地獄に堕ちるのですが、実在の火麻呂は防人を抜けて放浪したのではないでしようか? そして野盗の群れに投じたか、野盗の頭となってこの世の地獄を流離ったのです。


 というわけで、吉志火麻呂、或いは火麻呂のような男がいたと私は考えております。
   2016年12月5日   Gorou&Sakon