アメージング アマデウス

天才少年ウルフィは成長するにつれ、加速度的に能力を開発させて行きました。死後もなお驚異の進化は続いています。

三界の夢 そのⅩⅢ 夢と栄華と酒

2017-02-19 19:57:50 | 物語
そのⅩⅢ 夢と栄華と酒

 天正5年(1577年)12月18日、謙信は春日山城に帰還し、12月23日に上洛の
大動員令を発した。翌3月15日に遠征を開始する予定だった。
 しかし3月9日、遠征の準備中に春日山城内で倒れ、3月13日の未の刻(午後2
時)に急死した。享年49。
 遺骸は甲冑に太刀を帯び、甕の中へ納めて漆で密封された。

 三姉妹が春日山に入城したのは三月十三日の夕刻だった。
 城内が戦支度でごった返している中、家老直江景綱が大手門で出迎えた。
 騎馬から飛び降りた三姉妹は、よろける身体に鞭打って景綱に傅いた。
「お屋形様のご容体は?」
 城内の斯様な戦支度、もしかしたらご回復になったのかと思う三姉妹。
「一刻遅かった。謙信公は身罷れた」
 風は聞き間違いかと願い、重ねて尋ねた。
「お屋形様は?」
「くどい! お亡くなりになった」
 驚愕の事実を突き付けられ、三人とも地べたにへたり込んだ。
「苦労であった。見ての通り城は困窮を極めておる。そなた達を構うている余
裕が無い。あれ成る小屋で疲れを取るが良かろう」
 三姉妹が景綱の視線の先を見ると、粗末な見張り櫓が有った。
「御葬儀はいずれにて?」
「城内の不識院に埋葬されると決した」
 景綱は林の問にも素っ気なく応えた。埋葬は決したが、葬儀の予定はたって
いないという事だ。
 大地を渾身の力で踏みしめている景綱、顔面蒼白なれど、両の眼は不退転の
決意でランとして輝いていた。
「そなた達は、休息を取った後、明日の夜までには城を出るのだ。明日以降は
越後に二度と踏み入れては成らぬ」
 上杉家と三人姉妹との決別宣言だった。
 踵を返して悠然と歩く景綱の袂からひとひらの和紙が零れ、春の風に舞うよ
うにして風の足下に落ちた。
 景綱が膝を落として蹲り、右手の拳を大地に叩きつけた。眼からは止めども無く涙が溢れ出てき
た。これから始まる内乱、上杉景勝と上杉景虎の跡目争いを纏める自信が無かったのだ。

 和紙を拾い上げる風。

 極楽も 地獄も先は 有明の 月の心に 懸かる雲なし
 四十九年 一睡の夢 一期の栄華  一盃の酒 嗚呼 柳緑 花紅

 その紙には謙信の辞世の句が書いてあった。謙信直筆とは思えないほど無骨
な筆跡だった。

 その夜の内に、三姉妹は春日山城を出た。
 春日山城は夜通し篝火が焚かれており、読経とも鬨の声とも分からぬ雄叫び
が続いていた。將も兵卒も異常な興奮状態に違いない。

 三姉妹は、夜明けまで闇に浮かぶ春日山城を見ていた。
 今は忍び衣装に着替えていた。
 丹波屋の匠達が極めた技で織り上げ、魂魄の限りを尽くした金色の鎖帷子は
幾重もの漆が塗ら
れていた。
 蒼、萌葱、紅の領巾がそれぞれの首から、棚引く雲となって揺らめいてい
た。
「風よ、我らは向後をいかに生きれば良い?」
 街外れの古刹、その大木の枝に立って、林が風に聞いた。
「林よ、あなたは忍びには向かぬ。法師殿の眼となって供に平穏な人生を歩む
が良い」
「いやじゃ。わたくしは姉上と共に生きる覚悟」
 枝に止まる大鷲が如く、毘ける(たすける)の一文字を染め抜いた謙信の旗
印が三姉妹の背中ではためいていた。
「風よ、わしはどう生きれば良い?」
「火よ、お前は忍びの為に生まれた娘じゃ、わたしと共に来るが良い」
「ウオーッ!」
 火と林が、雄叫びを上げて風に応えた。
 風だけが嘆き悲しみ、頬を涙が伝っていた。
 今当に夜が開けんとする暁の中、春日山城の上空に龍が如き雲が飛翔してい
た。
「おおーッ! あれは龍ではないか」と、火。
「謙信公の御霊が龍になった」と、林。
 風は慈しみの顔を雲に捧げて、こう言った。
「お屋形様は、三界から解脱なされたのだ」

 極楽も 地獄も先は 有明の 月の心に 懸かる雲なし
 四十九年 一睡の夢 一期の栄華  一盃の酒 嗚呼 柳緑 花紅

    2017年2月19日    Gorou


2 コメント

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はじめまして\(^_^)/ (ryo)
2017-02-20 23:12:08
拙いブログに読者登録いただき
ありがとうございました。

書くことは下手ですが、歴史ものの小説が
大好きで、若いころは読みふけりました。

今はテレビでのみ楽しんで居ります。
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有り難う御座います (Gorou)
2017-02-23 08:35:30
わたしの方こそ、風変わりな歴史小説を読んで頂き、有り難う御座います。他の章も覗いて下さい。辛口のコメントを頂けると嬉しいむです。
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