アメージング アマデウス

天才少年ウルフィは成長するにつれ、加速度的に能力を開発させて行きました。死後もなお驚異の進化は続いています。

記憶の旅 三 悪夢

2018-04-02 17:26:38 | 物語
三 悪夢

 いざ行かん、記憶の旅へ。我に続け。 

 屋上から身を投げた男の名前は知らなかったが、良く見かけた人で、いつもにこやかに人の世話をしていた。風呂番(順番を見守っていて、彼は最後に入った)をしていて、とても自殺などする男には見えなかった。自殺をする人は案外明るく振る舞っているらしい。死ぬ死ぬと叫んでいる人は自殺は決してしない。

 その夜、忌まわしい夢を見た。
 長い長い白い砂浜の長い長いベンチ。僕はそこに座って夜の海と星々を見ていた。
 傍らでは二十歳を過ぎたばかりの若い娘が僕によりかかっていた。かすかな寝息を立てている。その肌は雪のように美しく、氷のように透き通っている。抱きしめると崩れ落ちてしまいそうだ。そっと抱きしめるだけで、夏の熱帯夜では心地よかった。 微かに動く気配に、僕はその娘を見た。
 美しい唇が僕の顔に近づいて来た。
 口吻を迫っているのかと思ったら、僕の口を通り過ぎて耳元に来た。
「わたし、しつているのよ」
 魔女のように不気味な声で囁いた。
「あんたが、あの娘を殺したのよ」
 魔女の声が僕の頭の中で木霊しては帰ってきた。

 そこで目が覚めた。冬だというのにビッショリと寝汗をかいていた。同じ夢を何度も見ていた僕は怯えた。自分が殺人者で、忌まわしい過去を消すために記憶を喪失した。あるいはそのふりをしている。・・・と。
 よく考えて見ると、保護された時に、あんなにペタペタと指紋を採られたのに、犯罪歴が有ればたちまちご用で、保護施設でなくて刑務所のなかだ。
 それでも、疑い怯えた。完全犯罪をなし得たのかも知れない。それほど夢の娘にはリアリティがあった。

 その午後、外科病院に行った。
 何枚もレントゲンを撮られ、今僕は主治医の前に座っていた。「大きな事故、車に弾かれたとか、崖から落ちたとかしたんじゃないの」
 どこか嫌みな女だ。
「あなたの頸椎は著しく損傷しているの。転んだくらいではそうならないわ」
 その女医は僕を見据えた。
「いいえ、そんな記憶は有りません」
「簡単に出来るものじゃないのよ。思い出して」
 無茶なことを言う女だ。
「たとえば、どうされればこうなりますか?」
「そうね。・・・金属バットで思い切り殴られればなるわね」
 その一言で、僕の頭の中でフラッシュがたかれた。

 金属バットを持った怪しい男と仲間とおぼしき数人が僕の方に近づいてくる。一人はよだれを垂らすほど笑い、一人は咆哮していた。
 金属バットで殴られ、身ぐるみを剥がれた。これが僕の記憶になった。警察に駆け込んでから初めての過去の記憶だ。
 僕は警察に駆け込んで、中央区に保護された時。名前も住所も金も身分を証明するものも、とにかく何もかも無くしていた。

「左手が痺れてるんでしょ。みせて」
 僕はやつとのことで左腕をあげたが肩までは無理だった。
「握ってごらん」
 痺れた左手は全く握り拳を作れなかった。
「一応薬はだすけど、リハビリしかないわ。毎日、一日に二回来てもいいのよ。・・・このままじゃ半身不随になるわよ」
 なんて嫌みで大げさな女だ。と思ったが、その日から殆ど毎日通った。指を力任せに握られた時は、死んだ方がましだと思ったほど痛かった。声など出せないほど痛かった。

 僕は人混みに行きたがった。たとえば、新宿とか渋谷、池袋。、浅草などだ。誰か知人に呼び止められるのを期待してだ。
 いつも誰かが着いてきた。ちゃんと帰れるか心配したのだ。 池袋センターの門限は五時。遅れると即座に退寮、ほかの施設に送られるか、路上生活が待っていた。
 僕の記憶障害がばれたのは、何人かが東日本大震災の話をしていた時、僕はなんの話をしているのか分からないので、すこし離れたところで本を読んでいるふりをしていた。
 ちらちらと、ホームレスの達人、丸山さんが僕を見た。

 なんとなくちりぢりにになると、丸山さんが僕の隣に腰掛けた。
「Gさん、それでちゅうおうさんなんだ。あの凄い地震覚えてないんだ」
 僕は黙って本を読み続けた。なんて感のいい男なんだ。
 丸山さんは、たばことか小銭をよく拾う。いつも下を向いて歩いている訳でもないのに、ひょいと屈んだり、駐車場の自販機から箱ごとのたばことか五百円玉を見つけてきた。

 丸山さんは大発見を言いふらしたりはしなかった。それでも仲の良い何人かには話したようだ。
 それからは代わる代わるに監視役として僕の彷徨に着いてきた。

    GOROU
2018年3月17日


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