アメージング アマデウス

天才少年ウルフィは成長するにつれ、加速度的に能力を開発させて行きました。死後もなお驚異の進化は続いています。

記憶の旅 八 消えた魔女

2018-04-02 17:39:55 | 物語
八 消えた魔女

 いざ行かん、記憶の旅へ。我に続け。

 あれほど僕を悩ましていた、ユキコとマリアが現れなくなった。多分、丸山
さんと小早川さんが池袋センターから卒業して社会復帰をしたからだ。
 小早川さんがセンターを出る前日、僕に二人の話をしてくれた。二人とも衝
撃的で風変わりな人生を歩んでいた。

 僕がホームレスの達人と呼ぶ丸山さんの話を、出来るだけ主観とか既成概念
を交えずにしよう。が、余り自信が無いのも事実だ。なにしろ僕は精神を病ん
でいたからだ。

 1999年3月28日夜十時頃、丸山さんはカッターナイフで脅してマリアを襲っ
た。魔がさした訳では無い。丸山さんは絶望の絶頂にあった。
 その十日ほど前、アパートで何時ものように娘・桃子(五才)を風呂に入れて
いた。
 娘の幼い身体を隅から隅まで洗っている時、丸山さんの脳裏に悩ましいマリ
アの肢体が浮かんだ。毎日ののように勤務先のコンビニに現れる彼女に魅せら
れていた彼は、不覚にも性欲をもよおした。幼い娘が、いつもと違う父親の様
子と性器を見て怯えていた。
 その時、母親が浴室に飛び込んできた。
「あんた! 何してんのよ!」
 彼女は娘を丸山さんから引ったくって浴室を飛び出していった。
 丸山さんの女房はその夜の内に実家に帰ってしまったのだ。 溺愛していた
娘をもしかしたら永遠に失ったのかも知れない。十日の間、勤務を休まなかっ
たものの、やけくそになっていたのだ。
 マリアを襲ったが、軽くあしらわれた丸山さんは失意の内にアパートに帰っ
た。待っていたのは女房だった。鬼のような形相で彼の前に離婚届を置いて、
絶縁を迫った。
「あんたのような人でなしになんか、桃子を一生逢わせない」 丸山さんは返
す言葉も無いまま、寝室に籠もった。
 翌朝目が覚めてリビングに行くと、まだ彼女がそこにいた。観念した丸山さ
んは離婚届にサインをした。
 マリアを襲った日から十日ほど後で事件を知り、容疑者にされるのを恐れて
放浪の旅に出た。
 一年経った頃、ネパール人が逮捕されて無期懲役になった事を知ったが。な
おも慎重にホームレスを続けながら、土地勘の有る渋谷に来た。
 約五年間ホームレスをしていたが、身体を壊した事もあって、保護を願い出
て渋谷区の生活支援を受け、池袋センターに入寮した。

 小早川さんの話はもっと複雑だった。事件当時、小早川さんは先輩刑事の石
井さんとチームを組んで捜査に当たっていた。 どうやら真犯人らしき人物を
探り当てた時、突然二人は署長に呼ばれた。
 署長室から出てきた石井さんは苦渋の表情で、「俺は博多だそうだ。次はお
前を呼んでる」

 署長のデスクの前に立つ小早川(小助川)さん。
「分からないものだな? お前ら二人は馬があっていると思っていたが。石井
には小早川を連れて行って良いと言ったが、断られた。何かあったのか?」
 首を傾げて見せたが、小早川さんは思い当たる節があった。
 石井さんの細君と不倫関係に有り、その娘・陽子(五才)も小早川さんが父親
だったのだ。何よりも恐れたのは石井さんに気づかれる事だった。
「お前には函館に行って貰う」
「いやだと言ったら?」
「刑事でいられなくなるだけさ」
「俺は刑事が天職だと思ってます。何処にでも飛ばしてください」
 こうして、二人のコンビは解消された。
 小早川さんはそれでも刑事でいられたが、石井さんは麻薬組織の潜入捜査を
命じられて地獄の業火に投げ込まれた。
 函館にいても休暇には必ず東京に出てきて、真犯人捜しをしていた小早川さ
んに、五年ぶりに石井さんから連絡が有った。「ようやく尻尾を捕まえた。お
前は休暇を取って直ぐ博多に来て手伝ってくれ」
 小早川さんは嫌な予感がした。なぜ休暇をとって行かなくてはいけないのか
納得がいかなかった。
 それでも、何らかの形で決着を付けなくてはいけない。未だに石井さんの細
君・聡子と娘の陽子とは会っていた。聡子さんは離婚を決意していたのだ。
 
 深夜の博多埠頭で、小早川さんは石井さんと対決をした。
「久しぶりだな。元気そうじゃないか」
 そう言う石井さんは変わり果てていた。覚醒剤に犯されているに違いない。
「凄いヤマだ。三十億にはなる」
「確かに凄い。だけど幾らになろうと俺たちには関係無い」
「関係有るさ。山分けだ」
「二人で?」
「いや」と言って拳銃を構える石井さん。
「三人だ」
 小早川さんは背後から忍び寄る影に気がついていた。「殺される。石井さん
は復讐の為に俺を呼んだのだ」と、覚悟を決めたが、懐の拳銃を握りしめた。
 石井さんと背後の男の拳銃が同時に火を吹いた。
 転がって難を逃れた小早川さんは背後にいた男を撃った。その弾は見事に男
の頭を打ち抜いたが、彼もまた足を撃たれていた。
 足を押さえて立ち上がろうとすると、石井さんが直ぐ側で拳銃を構えてい
た。
「悪いな、これで俺一人のモノになった。家族で、愛する妻と娘と三人で海外
で優雅に過ごさせて貰う」
 二人の拳銃が同時に火を噴き、小早川さんは肩を打ち抜かれて気を失った。

 気がつくと、救急ヘリの中だった。
 傍らに同期で警視庁のキャリア組の吉溝がいた。
「やっと気がついたか。もうダメだと思った。医者もこれだけの重傷者をヘリ
で運ぶのは無茶だと言ってた」
「どうしてだ。それより石井さんは?」
「即死さ。まずいな、正当防衛とは言え現職の刑事をお前は殺してしまったん
だ」
「俺はどうなる? どうされるんだ?」
「東京の病院で治療を受ける。言っておくが、お前の名前は小早川だ」
 この時から小助川さんは小早川という名前に変えられた。
「なぜ?」
「博多の組織が躍起になって小助川という刑事を追っているからさ」
「だったら。石井さんの家族の方がよっぽど危ない」
「ああ、分かってるさ。二人の名前も小早川に変えて保護している。二人が拉
致されると、かみさんは拷問、娘は薬漬けにされて売り飛ばされる」
「大丈夫なのか?」
「日本の警察組織を見くびるな。組織には指一本触れさせない」
「どこにいるか教えくれ。国外に逃がしたのか?」
「教える事は出来ない、今はね。お前は体を治した後にミッションが待ってい
る」
「ミッション?」
「ゴビンダのいる横浜刑務所にお前を殺人犯として送る。奴の白黒を確かめて
ほしい」
「白でも黒でも関係ないんだろう?」
「まあな。・・・もう一つ、重要参考人の丸山が生保を受けて池袋にいるから
それも調べるんだ。二つともこなしたら、お前は新しい女房と娘と共に新しい
人生を送れる。刑事には戻れないが、仕事は見付けてある」
 
 小早川さんは横浜刑務所でゴビンダと仲良くなって色々聞き出して報告し
た。
 ゴビンダは白だが、限りなく黒に近い灰色だった。紗智子を殺してはいない
が、強姦して金を盗んだ。

 ゴビンダは冤罪裁判に勝訴してネパールに帰国した。

「小早川さんは真犯人を見付けたの?」
 僕は一番気にしている事をズバリと聞いた。
「ああ、100パーとは言えないけれどね」
「どうするの?」
「どうにも。・・・誰も望んでいないし、迷宮入りとして完結してるからね。
それに刑事でも無い俺には手の届かない相手なのさ」
 正直ほっとした。僕だったら、直ぐ手が届くじやないか。

 それからだ、ユキコとマリアが現れなくなった。
 よくよく考えてみれば、ユキコは僕の記憶の中に住み着いた亡霊のような存
在だったし。マリアに至っては顔から何から、全く思い出せないのだから、妄
想の産物に違いない。

 僕は一年くらい池袋センターにいて、その後他の施設に移された。就籍裁判
に備える為だった。
 就籍というのは、籍に就くという意味で、名前も本籍も分からなくなった者
の救済制度で、地検が担当する裁判だ。警察で身元が明かせなかった者も、大
抵は探し当てたと言う。
 結局僕の身元は分からなかった。半年くらいの裁判で僕は新しい名前とアパ
ートが与えられた。これで、仕事に就く事が可能になった訳だ。

 世の中は常かくのみと思へども 
 いざ行かん、記憶の旅へ、真を求め。

  GOROU
2018年3月28日


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