アメージング アマデウス

天才少年ウルフィは成長するにつれ、加速度的に能力を開発させて行きました。死後もなお驚異の進化は続いています。

トウーランドットの謎

2016-12-10 21:42:35 | オペラ
 プッチーニのトゥーランドットには、冷酷な姫が皇子達に投げかける三つの謎の他にも沢山の謎が隠されています。
 伝説時代の中国、北京。という設定ですが、伝説時代には北京という首都は有りませんでした。今の北京辺りには、夷狄と蔑まれた民族が、僅かに邑(集落)を営んでいました。
 現在では、明代後期というのが通説に成っています。万里の長城を愛新覚羅ヌルハチの軍勢に犯され、今にも首都まで攻め込まれようとしていた時です。
 諸説色々有りますが、ここでは珍しい二つの見解に限ってお話を致します。(プッチーニも台本作者には何の意図も無く単なる偶然です)
 
 トゥーランドットの物語には、東アジアの悲恋が隠されています。東アジアの代表的な民族は、卵生伝説を持つ民族(漢)と天孫降臨伝説を民族(満州族。日本を含む扶余族)がおります。東亜の紛争と悲恋物語はこの対立から生まれてきました。日本にも有りますよね、最初の物語とと伝えられている【竹取物語】。中国から伝わった物語に違いありません。かぐや姫は求婚者に三つの宝物の謎を掛けます。ほら、トゥーランドットに少し似てるでしょ。
 かぐや姫のお墓と称する物を見たことがありますか? 殆どが卵の形をしています、私は見た事が有ります、翁の竹林の奥に鎮座していた。結構大きな(半径七メートル位はあったと記憶しています)。どこかって、それは自分で調べて下さい。
 かぐや姫は時の天皇に心を寄せますが、月からの迎えが着て、泣く泣く月に帰ります。
 トウーランドットは、ある意味ではハッピーエンドですよね。でもそれは弟子のアルファーノが補作して完成させた物です。プッチーニは献身的で可憐な奴隷娘リュウの自害の場面を書いた後亡くなりました。だから、私に言わせればとトゥーランドットは悲恋なのです。アルファーノの補作部分はいりませんよね、トスカニーニの初演のように、リュウの死で終わるべきオペラなのです。

 プッチーニの依頼を受けた台本作者は、中東から千一日物語(千一夜物語では有りません)というトゥーランドットの原型を見つけ出しました。【カラフ皇子と中国の王女の物語】です。
 さて、話は変わって、法華教は三蔵法師によって中国に伝えられましたが、中国から日本など東へ伝わる
と共に、西へも形を変えて伝わりました。
 私が関連性を認める法華教の一説、提婆達多品の竜(リュウ)女伝説を紹介します。
『法華経』提婆達多品第十二(岩波文庫『法華経』中)
その時、竜女(畜生で八歳の童女)に、一つの宝珠あり、価値は三千大千世界なり。持って以って 仏にたてまつるに、仏は即ちこれを受けたもう。竜女は、智積菩薩と尊者舎利弗に いいて言わく「われ、宝珠をたてまつるに、世尊は納受したもう。この事、すみやか なるや、いなや」と。答えて言わく「甚だすみやかなり」と。 女の言わく「汝の神力をもって、わが成仏を観よ、またこれよりもすみやかならん」と。 このときの衆会は、皆、竜女の、忽然の間に変じて男子と成り、菩薩の行を具して、 すなわち、南方の無垢世界に往き、宝蓮華に坐して、等正覚を成じ、三十二相・ 八十種好ありて、普く十方の一切衆生のために、妙法を演説するを見たり。
    2016年12月10日   Gorou

あいものがたり Ⅴ

2016-12-10 20:16:08 | 伝奇小説
舞台狭しと、跳ね回る来寝麻呂姉妹、さこひめは思い余って吉野の彼方にまでと羽ばたいてしまった。
 お囃子隊の連弾も弾けまくっている。

 観客は騒然と成っていた。というより、半狂乱になって酩酊状態です。
 新門の若頭も、唯々呆然と眺めるのみ。
「なんじゃこれは。種も仕掛けも分からねえ?!」
 種も仕掛けも有る筈など無いのです。来寝麻呂兄妹は本物の化け狐だし、さこひめは素戔嗚尊の妹で、神様の成れの果てだったのですから。

 狂乱の続く中、緞帳が下りてきました。
 アンコールをせがむ手拍子が沸き上がっています。

 来寝麻呂が客席後方からヒューッとばかりに緞帳の真ん中やや下手に着地。
 やんやの喝采! 
 来寝麻呂は恭しく客席に向かって礼を捧げた後、左側に両手をだしてヒラヒラとさせると、妹がスーッと現れた。
 来寝麻呂姉妹は少し間を開けて、両手を下から上に突き上げてヒラヒラ。
 二人の間に、翼を羽ばたかせたさこひめが優雅に着地して、翼を大きく羽ばたかせて客席に送った。
 満面に笑みを浮かべた三人が手を繋いで反転宙返りすると、その姿はかき消えていた。

 舞台裏では、あの娘が振袖姿に着替えていた。
 お軽が、長い髪を頭の上に束ねて行く。しなやかで儚いまでに美しい項を見せる為です。
 側で小雪が佇んで溜息を付いています。
「若く見えるって良いね、得だよね」

 舞台袖で河太郎が口上む述べています。
「初音の鼓手のは、今の天皇陛下の始祖、桓武天皇の御代に造られたというから、千年以上も前の事になる」
 ゆっくりと上がる緞帳。
「これからお贈りする出し物は、それから更に千年以上が起源のお話。まずは、ご覧成されませーッ!」
 舞台に拡がる吉野の風景。
 今度は哀しいまでに紅に燃える紅葉が連なっていた。
「おや? だーれもいないじゃ無いか」
 二本のスポットライトが上下左右に動き回って主役を捜し回るが、誰も見つける事が出来なかった。
「駄目だねこりぁー。仕方が無い、皆おいらに手を貸しておくれ」
 お軽に小雪、さこひめや鎌鼬まで河太郎の後ろに並んだ。
「さあ、皆一緒に、声を併せて、一ィ、二ィ、三!」
 観客も一体となって、
「あいちゃーん!」
「アーイーッ!」
 舞台中央に現れるあいちゃん、はにかんで俯いています。
 客席の太郎と花子が声を合わせて、
「あいちゃーん!」
 嬉しそうに微笑むあいちゃん、凜として顔を上げ、少し首を伸ばして美しい項を見せながら客席を見回しました。
    2016年12月10日   Gorou

炎の男、火麻呂 能登国風土記 Ⅳ

2016-12-10 01:12:32 | 物語

 雅は良く火麻呂の夢を見た。
「わたしはここにいます、あなたを待っています、あなたを待っています」
 小稚児の姿で火麻呂に語りかける雅。
 おさない頃の姿になっているのか、お腹の子の成長した姿を借りているの
か、良く分からなかった。
 火麻呂の背中めがけて征矢が一直線。
「火麻呂ーッ!」
 叫ぶ雅。

 気を失って深海に沈んでゆく火麻呂。
 白海豚となった雅が頭で突付いて海面へと誘い、悩める魂をこの世に呼び戻
した。

「さて、どうする火麻呂」
 悩む火麻呂を悪魔が唆した。
 水溜りに映る火麻呂の顔が苦渋に満ちて歪んでいる。
 小稚児の雅が背後に忍び寄った。
「さて、どうする火麻呂」
「ウオーッ!」
 傍らの大岩を抱えあげて水溜に向かって投げつける火麻呂。

 夢から覚めた後、必ず激しく後悔した。
 夢とはいえ、あの優しい真刀自の死を願うなど許される事では無い。
 雅は信心深いとは言えないが、幼い頃から霊感が強く、両親も一時は巫女に
しようと思った程だ。

「さて、どうする火麻呂」
 風に乗って雅が火麻呂を唆した。
 豪雨の中で鬼に豹変した火麻呂が太刀を翳して真刀自に迫って行く。
 菩薩のように穏やかな顔をした真刀自が奈落に落ちて行く。
 火麻呂の首を太刀が襲い、飛沫を上げる血潮。

 こんな夢の後、全く夢を見なくなった。
 葛麻呂から火麻呂と真刀自が死んだと聞かされ、諦めてしまったのかも知れ
ない。

 久しぶりに火麻呂の夢を見た。
 洞窟で銅鏡に向かって化粧をしている雅。
 ぼんやりと、酒を飲む火麻呂が映っていた。
 肩から上衣を滑らせて雅が立ち上がった。
 床を転げまわる獣。
 紅蓮の炎の中で不動明王が喜んでいる。
 胡坐をかいて見上げる火麻呂の腰に跨る雅、妖しく微笑みながら火麻呂の口
を啜った。
 火麻呂の手が乳房を掴んだ。
 快楽ではなく、激痛が走った。

 突然目が覚めた。
 葛麻呂のおぞましい手が乳房をまさぐってきたのだ。
「おやめください」
 心とは裏腹に身体が葛麻呂の執拗な愛撫に慣れて来るのが悲しかった。
 その手が次第に下腹部に下りてくる。
「おやめくださいませ、お腹の子に障ります」
 その言葉でようやく愛撫を止める葛麻呂。
 起き上がって素肌に単を纏う雅。

 井戸端に出て、火照る身体を冷まそうと水を被った、何度も何度も被った。

 桜満開の春、雅は観念して葛麻呂の元にあがった。紀氏のためにも、火麻呂
のためにも、お腹の子のためにも一番良いと判断したからだ。
 その時、雅は火麻呂の子を宿している事を確信していた。それを隠して葛麻
呂の元に来たのだ。
 生まれてくる子は大伴氏として養育され、平穏無事な一生を送って欲しい。
強く願う雅、その為には火麻呂の子である事を隠し通さなければならないの
だ。

 夜空を見上げる雅、横たわる天の川が見えた。
 火麻呂と出逢って早くも二年が過ぎたのだ。
 愛が憎悪に変わってしまったのかも知れないが、火麻呂の心の中を、まだこ
の私が支配しているに違いない。
 鎮まっていた雅の情念が燃え上がった。
 必ず来る、奪いに来るのか、それとも殺しに来るのか、この平城の葛麻呂邸
を襲うのか、道中を襲うのか、あるいは大胆にも能登の国衙を襲撃して来るか
も知れない。
 必ず来る、火麻呂は来る。
 火麻呂が心の中に雅を棲まわせている限り、この世にいる間は、必ず守る、
火麻呂と毛虫は我が身に変えても、この身が粉々に砕け散ったとしても、必ず
守る。
 雅の篤い情念が炎のように燃え上がった。
 再び水を被る雅。

 昼間の出来事に衝撃を受けた者があと二人いた。
 雅の妹千代と、能登守一行の護衛隊長熊来鹿人だ。
 千代が安部内親王付きの采女を辞して姉の侍女になったのは、両親の強い願
いからだった。
 両親がヨウと呼ばれる中国古代の言葉を知っていたかどうかは分からない。
 ヨウというのは、貴族や皇帝に輿入れする時、娘が万が一子を宿すことが出
来なかった時の為に、妹や一族の娘を侍女として付ける事を言う。
 葛麻呂が千代を気に入れば全てが丸く収まる。が、雅にべた惚れの葛麻呂に
蕾の中に隠されていた千代の美しさを見つける事が出来なかった。
 千代も雅に負けぬくらいに美しく魅力的だった。長く宮廷の女官をしていた
千代のほうが教養という面から見ればやや雅より優れていた。
 千代の美しさは磨きぬかれていく美しさと言えた。姉との年の差三年を経れ
ば、雅に負けぬ位に輝くに違いない。雅の美しさは素の美しさだ。存在そのも
のが美であり、例えようもない魅力を周囲に発散した。

 熊来鹿人はそんな雅の美しさに魅了された一人だ。こんなに美しい女性がこ
の世に存在している事そのものが奇跡だと思った。雅の美しさに心をときめか
さぬ男などいるものか! とも思った。
 鹿人は想像した。あの賊、雅に鏑矢を射掛けたあの男は、雅が葛麻呂に輿入
れする前の恋人に違いないと。鏑矢が雅ではなく柱を狙ったのは明らかだ、殺
す積もりだったら、鏑矢でなく征矢を使った筈だ。男は正々堂々と宣戦を布告
して来たのだ。もし、男が雅奪還を図るとしたら道中をおいて無いと思い、胸
をときめかした。道中であの男との戦いが待ちうけ、故郷の能登で鹿王が鹿人
を待ち受けている。鹿人は高まる胸の昂揚を抑える事等出来なかった。

 数日の間、何事も無く過ぎた。
 葛麻呂は火麻呂が生きている事も、あの日館で起きた出来事にも気が付いて
いない。
 雅と鹿人が口止めしたからだ。葛麻呂邸では、能登の兵士は鹿人を信頼し、
大伴の衛士も家人も雅を慕っており、葛麻呂など、ただえばり腐って踏ん反り
返っているだけの木偶の棒同然だったのだ。
 皇太子の重体で延び延びにしていた能登行きが決まった。

 まだ夜の開けきらぬうちに出発した。
 平城を離れる前に三条二坊の高梓邸に寄る葛麻呂、出廷する前の梓に毛虫を
見せ、約束事の確認をする為だ。
「これが毛虫で御座る」
 主殿の玄関で雅に抱かれた毛虫を梓夫妻に誇らしげに披露する葛麻呂。
「なんとも頼もしき面構え」
「美しき御子で御座いますこと」
「この子が十になったら、必ず上京させます故、少将殿の手元で文武を学ばせ
て下さい」
 葛麻呂は、毛虫がまだ生まれる前からしかるべき師を求めて奔走していた。
当時、文武両道に優れていると言えば、一に遣唐留学生として長安に追いやら
れていた吉備真備、その真備と双璧と賞されていたのが一介の新羅訳語だった
高梓だ。
 非役の梓を家人として雇おうとして断られた葛麻呂、執拗に交渉を重ね、毛
虫が成人した暁には教師となる約束を取り付けたのだ。
 一月前の八月、突然中衛府が新設され、梓が少将に任命された。中衛府の大
将は藤原朝臣房前だったが、実質上の指揮官は少将の高梓である。
 葛麻呂は己の慧眼に小躍りして喜んだ。美しく聡明で強い雅の血を受け継い
だ毛虫が、日の本一の将軍高梓の指導を受ければ、内乃兵大伴に相応しい大将
軍として華麗に羽ばたくに違いない。
 葛麻呂は己が果たす事が出来ようも無い夢を毛虫に託していた。
「この御子なら立派な御大将に成られましょう。その時が楽しみで御座いま
す」
 我が事のように喜ぶ梓。

「ところで、能登守殿」
 門前まで見送りに出た梓が声を潜めて言った。
「能登は難しい所と聞き及びます。短慮を起こしてはなりませぬぞ」
 言葉を選びながら葛麻呂に助言しようとする梓。
 本当はこう言いたかったのだ。
「藤原氏を見くびってはいけません。侮って罠にはまらぬように用心して下さ
い」
 藤原氏に引き立てられて中衛府の少将という異例の昇進を果たした以上、あ
からさまにこう言う訳にはいかなかったのだ。
「心得ています。先日はお見苦しい所をお見せして恐縮しております」
 尊大な葛麻呂が、梓の前では妙に素直になっていた。
 鹿人が恭しく梓に礼をした。
「左衛門府から能登軍団に所属変えになりました」
「聞いておりました。御父君、能登臣龍麻呂様にもよしなにお伝え下さい」
 葛麻呂は鹿人が能登臣の子であると初めて知った。養子として熊来氏を継い
でいたのだ。
 晴れやかな笑顔で葛麻呂を見る梓。
「鹿人殿のような良き将官に恵まれた能登守殿が羨ましい。御子が五歳程にな
ったら、鹿人殿に弓馬を習わせると良いでしょう」
「五歳で?」
「鹿人殿の弓と馬術は相当のものです。特に、水軍の指揮では、我が国で右に
出る者はおりません」
 この梓の言葉で、葛麻呂と雅は熊来鹿人に絶大な信頼を寄せた。

 熊来鹿人は節義の人である。能登臣龍麻呂の三人の息子の中で跳びぬけて優
秀なこの次男が能登臣の後継者に選ばれると、誰もが思っていたが、龍麻呂は
一番凡庸な長子壱智麻呂を後継者に指名した。揺るぎない地盤が築かれた能登
臣の領地よりも、熊来川の上流を荒木郷に取られてしまった熊来郷を立て直す
ために、男子のいなかった熊来へ養子として鹿人を与えたのだ。
 養子に行った鹿人は自分の役目を良く心得ていた。能登臣の次男としての自
分よりも熊来を継ぐ己を上に置いた。
 鹿人は密かに誓っている事が有った。熊来の幼い姫を妻に迎えるのは、仇と
言えば言えた、鹿王をこの手で倒してからだと思っていた。熊来の養父は鹿王
との戦いで負った傷が元で亡くなったのだ。

 葛麻呂一行は三条大路を西に向かった。
 家人とを含めて五十人の葛麻呂一行の護衛に、鹿人は能登軍団選り抜き
の騎兵二十を呼び寄せていたが、大事を取って大伴の衛士を三十人加えた。
 身重の雅は毛虫を抱いて牛車に揺られていた、本来幼児は乳母が世話をする
のが慣わしだったが、雅はこの道中、片時も毛虫を放さぬ積もりでいた。特に
葛麻呂の傍には決して近づけぬよう気を付けていた。
 梓邸を発った時から、一匹の美しい狐が後を付けて来た。
「火麻呂は狐まで手下にしているのかしら、それともあれが来寝麻呂なのかし
ら」
 雅は本気でそう考えてみた。
 辻の柳の陰で、築地塀の穴から、用心深く様子を伺う狐。
「食べ物を狙っているだけかも」
 緊張の余り頭が少し変になっているのだ。

 雅は恐ろしく正確に般若党の情報を掴んでいた。事件の翌日から、妹千代と
信頼できる侍女を走らせて調べたのだ。
 火麻呂の率いる般若党は総数五十人程で、恐ろしいのは、噂に聞く容貌から
あの時の乞食者と見当を付けていた残虐な鬼の三兄弟。そして、狐の腹から生
まれ、よく狐に化けると言われている悪賢い狐塚来寝麻呂。火麻呂と共に逃げ
ていったあのピョンピョンと跳ねていた男だと思った。
 般若党の隠れ家が生駒仙坊と呼ばれる行基の布施屋だという事まで知ってい
た。
 鹿人と十人程の騎兵が雅の牛車の左右を固めている。口にこそ出さなかった
が、鹿人はあの鏑矢が雅母子を狙っていたと思い、特に雅の牛車を警護の対象
としていた。
 毛虫を抱きしめ御簾から街道に目を走らせる雅、少しでも妖しい人影を見つ
けると、般若党では? と疑った。

 京師を抜けて暗越街道に入る一行。遠くに生駒山嶺が見えてきた。
 十人ほどの沙弥が京師に向かって行脚して来た。
「法華経を、我が得しことは、薪こり菜つみ、水汲み、仕えてぞ得し、仕えて
ぞ得し」
 近頃流行っている賛嘆を歌いながらすれ違う沙弥たち。行基教団の沙弥に違
いない。
 信心深い者たちが手を合わせたり、沙弥の椀に飯や銭を入れたりしている。
 背の高い沙弥が牛車を見た。
 蛇火裟麻呂だろうか? それにしては善良で優しい顔をしている。
 もし、火麻呂が襲ってきたら? 雅は自分でもその時どうするか分からなか
った。
 葛麻呂と共に逃げるのか、毛虫を置いて火麻呂に走るのか、毛虫を抱いて火
麻呂に従うのか、どうするのだろう? 逃げる事も従う事も出来ず、真っ先に
殺されてしまうのかも知れない。
 冷静に考えると、烏合の衆たる寄せ集めの盗賊が、鹿人に指揮された正規軍
に勝てるとはとうてい思えなかった。迂闊に襲えば火麻呂も雅も破滅するだけ
だ。あの賢い火麻呂が簡単に襲ってくるとはとても思えなかった。だが、獲物
を狙う狼のように隙を窺っているにに違いない。
 雅の牛車に近付き、馬上から屈むようにして千代に話しかける鹿人。
「先日の賊の事をご存知でしたら、話して頂けませんか」
 さっと頬を赤らめてうろたえる千代。それでも懸命に平静を装って答えた。
「いいえ、私は何も知りません」
 矢張り何か知っているのだ。千代の緊張からそれを聞き出すのは無理だと判
断した鹿人は、当の本人、雅に聞くことにした。
 馬から下りた鹿人が雅の傍にやって来た。
「もし賊が襲って来たら。私はどのようにすれば良いのか迷っております」
 首を傾げて暫く鹿人の真意を測っている雅、やさしく微笑みながら口を開い
た。
「確かに道中を襲って来ると思われます。私を殺しに来るのか? 奪いに来る
のかは分かりませんが、これはこの雅と火麻呂との問題です。鹿人様はご自分
のお役目を尽くしてくださいませ」
 毅然とした雅の言葉に恥じ入る鹿人、「火麻呂? 確か般若党の首領」、男
が近頃平城を騒がしている盗賊の首領と知り、改めて気持ちを引き締めた。
   2016年12月10日   Gorou

炎の男、火麻呂 能登国風土記 Ⅲ

2016-12-10 01:07:39 | 物語
 三
 憤怒の形相も凄まじく怪異なる不動明王が火炎の中で浮世を睨んでいた。
「ノウマク、サンマダー、バサラダン、ウン」
 不動明王の真言を唱え、出雲の歩き巫女、鼎が護摩壇の前で祈祷している。
「ノウマク、サンマダー、バサラダン、ウン」
 岩窟の窪みに怒りを内に秘めて鎮座する不動明王、その前に供えられた髑
髏、眼孔に人形木簡。
 護摩壇に炎が上がり、木簡の文字を浮き上がらせた、基、病に倒れた、首天
皇と藤三娘藤原夫人光明子の間に生まれた皇太子の名だ。
「ノウマク、サンマダー、バサラダン、ウン」
 一人の薄汚れた娘が洞窟の隅でうずくまっていた。娘の名も鼎、歩き巫女の
娘なのか、拾った子なのか、盗んだ子なのか、誰も知らない。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」
 醜いまでの太り四肢を持った鼎が呪文を唱えながら、虚空で縦横交互に線を
描き、九字を切った。
 鼎の後ろで酒を飲みながらぼんやりと呪詛を眺めている火麻呂。
 怒りを燃え上がらせた不動明王に合掌する鼎。
「兵に臨んで闘う者は皆列をのべて前に在り」
 御神刀を抜いて立ち上がる鼎、右回りに一転しながら、
「ボロンキュウキュウ如律令」
 と唱え、
「渇!」
 とばかりに斜めに御神刀を降り下ろした。
 炎に揺らめく不動明王が歓こんでいる。
 恍惚に酔い痴れながら己に憑いた不動明王を降ろす鼎、肩で激しく息を切ら
せ、力尽きて座り込んだ。
 火麻呂から酒椀を取り上げて一気に飲み干す鼎、炉で焼かれていた鳩の丸焼
きを掴んで貪り付いた。
 這いつくばって鼎ににじり寄る娘が鳩を強請った。
 娘を突き飛ばす鼎、獣のような眼で娘を睨んだ。
 再び酒を飲み始める火麻呂、昼間見た光景に未だに心を奪われていた。
 今の火麻呂にとって皇太子の呪詛などどうでも良かった。
 貪り尽くして骨だけになった鳩を娘の前に放り投げる鼎。
 鳩の骨に飛びつく娘、懐に捩じ込んで洞窟の外に走り出た。
 入れ違いに入って来た来寝麻呂が火麻呂の向かいに腰を下ろした。
 脂でギトギトになった手で来寝麻呂の腕を掴んでしな垂れかかる鼎。
「キツネマロ、汝はいつみてもいい男じゃのう。晒し首になったら、さぞかし
京師の女供が嘆くであろうな。晒首になる前にわしと逃げぬか」
 身を捩って鼎から逃げる来寝麻呂、涼しげな顔で火麻呂に報告した。
「南火血麻呂が法会で武智麻呂の息子たちと茶番を演じ、中臣東人の屋敷に消
えました」
「藤原邸ではないのか?」
「中臣は藤原の一族です」
「何を企んでいるのか?」
「茶番の演者に雇われただけでしょう。鬼等は早く始末するか、般若党から追
い払った方が良いかと」
 詰まらなさそうに酒を飲み始める鼎。
「俺の命を狙っているのは分かっているが、まだ利用価値が有る。ところで、
あの宝刀が売れたぞ、道君という越前若狭の長者が買ってくれた。その金で宇
佐の鍛冶師に汝が発案してくれた武具を注文して来た」
「本当に道中を襲うつもりなのですか?」
「いっその事能登国衙を襲撃してやろうと思っている」
「誰もついて行きませんよ」
「なに、欲で釣れば良い、今のうちに能登正倉には財宝が山のように唸ってい
ると、吹き込んでおけ」
 火麻呂は本気で能登の襲撃を考えていた。資金が武具の注文で枯渇してしま
った為、皇太子呪詛の依頼主、橘唐からせしめるか、いっその事、橘の総師葛
城王に再び交渉するか、どちらかに一つだ。
「鼎、皇太子の命は後どのくらいだ」
「十日も持つまい」
 基皇太子が死んでくれれば商売繁盛、資金はなんとかなる。

 二十日程前の八月中旬、火麻呂は般若四天王を従えて葛城王に褒美を強請り
に行った。
 けたたましい羽音と鳴き声を上げた鳥たちが叢から大空に飛翔し、ザザザザ
ーッ! ドドドド―ッとばかりに数匹の大猪が草原に雪崩れ込んできた。
 続いて狩衣の葛城王が暗越街道から草原へと踊り込み、獲物を追った。
 葛城王の左右を人が並んで走っていた。左側を跳ねるようにして走っている
のは来寝麻呂、右側を走っているのは青鬼が如き南火血麻呂だった。二人は馬
に遅れることなく余裕を持って併走しているのだ。
 葛城王は馬の背に一鞭二鞭といれて速力を上げた。が、二人は平然と走り続
けている。
 手綱を離して弓に矢を番える葛城王。
 一の矢が南火血麻呂に、二の矢が来寝麻呂を襲った。
 虚しく叢に消える二つの矢。
 更に弓を引き絞る葛城王。
 その行く手に赤鬼蛇火裟麻呂と黒鬼鎚麻呂が立ち塞がった。
 二人の巨漢に怯えた馬が大きく嘶き、竦んで立止まった。
 落馬を免れた葛城王が声高に叫んだ。
「無礼者! 葛城王と知っての狼藉であるか!」
 四人の曲者を見廻す葛城王。
「鬼より怖い般若党参上!」と、背後から大声が聞こえてきた。
 葛城王が声の主を振り返ると、般若党の首領、火麻呂が立っていた。
「鬼と蔑まされる我等とて約定は違わぬ。・・・ようやく七日前から呪詛を初
めたので知らせに参った」
「呪詛? 誰を呪うというのじゃ?」
「それは王ご自身が知っておる筈」
「なに!?」
 火麻呂をじっと見詰める葛城王。暫くしてようやく火麻呂との密約を思い出
した。それとて戯れに交わした戯言に過ぎなかった。
「般若四天王は地獄耳じゃ!」
 南火血麻呂の真っ赤な口が叫んだ。
「この世の事で我等が知らぬ事等何も無い!」
 憤怒の形相で蛇火裟麻呂が吠えた。ドスンドスンと鎚麻呂が四股を踏み、そ
の度に地が震えた。
 来寝麻呂だけが涼しげに葛城王を見詰めている。
「呪詛の霊験は灼である。一人が倒れ、一人が生まれた」
 声高に言葉を投げつける火麻呂。
 葛城王の顔に微かに影が走った。思い当たる節があったのだ。
 恐しや般若党。葛城王の背筋に悪寒が走った。滅ぼさねばならぬとも思っ
た。
 数日前に藤原夫人の子基皇太子が病に倒れ、まるで命を入れ替えるかの如く
に橘夫人が皇子を生んだのだ。この二つの出来事は高位の皇族以外誰も知らぬ
秘密であった。
「王が望めば、我等が一人を呪い殺す。・・・残った一人を王が操れば目出度
し」
「ほざくな下郎。・・・考えても見よ、皇太子の生母は我が妹である。なぜ死
を望まねばならぬ」
 父親こそ皇族美怒王、そして藤原不比等と違っていたが葛城王と光明子の母
は県犬飼橘美千代である。
「基は天皇家の皇太子に有らず、藤原氏の皇太子である。この期を失えば藤原
氏を倒す事等夢のまた夢」
 葛城王は藤原夫人光明子の兄ではあるが、同時に橘夫人広刀自の生んだ皇子
・安積親王は紛れも無く橘氏としての同族であった。
「しょうし! 下司の勘ぐりである」
 毅然と般若党を見廻した後、葛城王は火麻呂の足元に腰の太刀を投げた。
「売れば小さな郷ぐらいは買えるであろう。般若の輩ども、目障りである、消
えよ、この平城から立ち去るのじゃ」
 馬をゆっくりと歩ませる葛城王は火麻呂の傍らで馬の歩みを止めた。
「良いか火麻呂。般若とは鬼の事に非ず、智慧である、慈悲である。あくまで
鬼と言い張るならば必ず成敗してくれん」
 そう言い終わると、葛城王は馬の腹を蹴って早駆けた。
 葛城王が残した金銀と宝玉が散りばめられた螺鈿鞘の太刀を鬼の三兄弟が争
うようにして確かめている。
 目を丸くして蛇火裟麻呂が火麻呂に言った。
「こ、これを売れば、郷どころか、ワシ等皆、一生公卿のように暮らせるぞ」
 火麻呂は蛇火裟麻呂から太刀を取り上げてすらりと抜いた。
 恨めしげに火麻呂を睨む蛇火裟麻呂。
 太刀を夕陽に翳す火麻呂、
「オーッ!」と叫び、満面に笑みを浮かべて辺りを睥睨した。
 苦虫を噛み潰したような顔で火麻呂を睨んでいる鬼の三兄弟が額を寄せ合っ
てひそひそと言葉を交わしている。
「兄じゃ、あの太刀も独り占めする気じゃ」
「いまに思い知らせてくれるぞ」
「シーツ」 と、更に声をひそめる南火血麻呂。
「キツネが聞き耳をたてておる」
 憎々しげに来寝麻呂を睨む蛇火裟麻呂。
「奴も道連れじゃ」
 鬼のひそひそ話しが聞こえているのかどうか、来寝麻呂の顔が暗く雲って行
く。

 器の酒を一気に飲み干した来寝麻呂がスッと立ち上がった、頬がほんのりと
赤くなっている。
「なんだ、もう行くのか?」
「用事が有りますので」
「恋をしているそうじゃな、来寝麻呂」
 銅鏡に映る己の醜い顔を覗き込みながら鼎が言った。
 鼎を無視して洞窟を出て行く来寝麻呂。
 香を炊く鼎。
 大きな盥を持って入ってくる娘、鼎の横に置いた後、隅にうずくまった。
 化粧を始める鼎。
「雌狐と乳繰り合っているとの噂じゃ、女狐の腹から生まれた来寝麻呂が雌狐
と戯れているとか、洒落にならぬのう」
 暗闇でギラギラと輝く二つの眼、真っ赤な口をあけ、声を立てずに娘が喜ん
でいる。
 酒を飲む火麻呂の脳裏に雅の姿が蘇った。
 葛麻呂の子を抱きしめ、頬刷りする雅。
 芳しき雅の香りが漂ってきた。
 憎悪に燃える火麻呂、おのれ葛麻呂、地獄に送ってくれる。
 水に浸した布で赤ら顔を拭く鼎、匂うが如き白き肌が現れた。
 どす黒い口を拭うと、艶めかしき深紅の唇が現れた。
 褐色に薄汚れた髪に櫛を入れれば、濡れるが如き黒髪が風に揺れた。
 歓喜に悶えて転げまわる娘。
 立ち上がる鼎の肩から上衣が滑り落ち、麗しくも艶めかしき柔肌が煌めいて
いた。
「火麻呂」
 ゆっくりと声の方を見る火麻呂、我が眼を疑った。
「みやび!」
 そこには狂おしいまでに愛しい雅が佇んでいたのだ。
 胡坐をかいて見上げる火麻呂の腰に跨る雅、妖しく微笑みながら火麻呂の口
を啜った。
    平成28年12月10日(土)   Gorou