アメージング アマデウス

天才少年ウルフィは成長するにつれ、加速度的に能力を開発させて行きました。死後もなお驚異の進化は続いています。

丘の上のマリア Ⅴ 小早川真②

2016-12-27 14:20:44 | 物語

 小早川真は本来剛毅な男だったが、石井とコンビを組んでからは、慎重で入
念な習性を身に付けていた。
 函館から大阪までは本名を使い、石井の指示通りにある暴力団でパスポート
等の身分証明書一式と拳銃を手に入れた。
 パスポートを一瞥した真は苦笑を禁じ得なかった。小川真一郎と言う名だっ
たからだ。
「その名前、気に入ら無えんですか?」
「いや、名などどうでも良い」
「そいつは本物です、最低でも一ヶ月は何の心配ねえ」
「どう言う意味だ?」
 男はニタニタ笑いながら、倉庫の外に流れる河、いや、その先の大阪湾を見
やった。多分、小川真一郎は海の底に沈んでいるのだ。
「拳銃、試して良いか?」
 無言のまま、男は倉庫の鉄扉を閉め、真から十メートル程離れたドラム缶の
上に空き缶を並べた。
 試射をする真、感触は良好だ。癖の少ない拳銃だった。
 真はアトランタの五十メートルピストルの強化選手に選ばれた程の腕を持っ
ていた。石井が彼を選んだのもその腕を買ったからだろうと思ったが、それは
二人にとって危険な賭だ。

 真は拳銃は宅急便で博多のホテルに送り、自分の携帯も持ち歩く分けにいか
ないと思い、地下街のロッカーに預けようと決めたが、一応メッセージを確認
した。
「吉溝だ、十日も休暇をとって何するつもりだ」
「公安も躍起になってお前を捜してるぞ」
 メッセージは全て吉溝からだった。
「今、大阪にいるのは分かってる。兎に角連絡を呉れ」
 電波が届かぬのを確認し、電源をオフにして、真は携帯をロッカーに放り込
んだ。
 大阪からソウル、ソウルから福岡、そして博多に入った。
 その間、神経質なまでに尾行に気配りをした。公安のマークよりも、石井の
手先を警戒していたからだ。
 尾行は無かった。しかし、指定されたホテルの前に怪しげな車が停車してい
た。尾行では無く、待ち伏せていたのだ。

 丸二日経っても連絡は無かった。
 真は内心焦り、イライラとしていた。ホテルの冷房が真夏だというのに効か
なかったからかも知れない。
 夕方、我慢の限界を感じ、窓を開け放った。涼しい風が心地よかった。
 カーテンに隠れて怪しい車を捜したが、今は居なかった。
 その時、携帯が鳴った。
 真は頭の中で、ゆっくりと五つ数えてから携帯に出た。
「久し振りだな」
 石井とは思えぬほど掠れた声だ。
「尾行はまいたようだな」
 相変わらず慎重な男だ。二日の間、様子を伺っていたのだ。
「そんなヘマはしません。石井さん」
「言い忘れたが,今は新井と名乗っている。覚えといて呉れ」
「新井ですか?」と惚けた。
「俺だって小川にされてます」
「本物の身分証の為だ。お前の持っているのは全部正真正銘の免許書とパスポ
ートだ。今夜一時に須崎埠頭の西側の海側に向かって歩いて来るんだ。拳銃忘
れるなよ」
「必要になるんですか?」
「さあな、お前次第だ」
 一時までには大分時間がある。真はギシギシと軋むベッドに横たわって思案
を巡らせた。足首から先がはみ出していた。
 拳銃が必要になる? どういう事だろう? 石井さんは何を企んで居るの
だ。それにしても変わり果てた声音だった。余程辛苦を味わったのだろう。心
が痛んだ。半分は俺が原因を創った。
 石井さんは、やはり陽子の事を気づいていた。雅子の父親が俺だとも気付い
ていた。
   2016年12月27日 Gorou

丘の上のマリア Ⅴ 小早川真①

2016-12-27 14:14:48 | 物語
小早川真


 T電力OL殺人事件はネスタの無期懲役で解決したと、誰もが思っていまし
たが、一人だけ真犯人の究明を諦めない男がいた。初動捜査から外されて函館
に左遷された小早川真である。
 二三か月で渋谷署に復帰させると署長が約束していたに関わらず、真は函館
で勤務し続けた。
 事件から十年後、2009年、未だに真は函館に居た。

 何年ぶりだろうか? 石井陽子から電話があった。
「真さん、最近石井と連絡取っている?」
「いや、全くご無沙汰です」
「何とか石井と連絡取れないかしら。生活費はキチンと送って呉れていたのの
だけれど。・・・今月は三百万もの大金が入金されていたの。私何だか心配だ
わ。悪いことに首でも突っ込まなければ、こんなお金、刑事には出来ないわよ
ね」
「分かりました。実は俺も石井さんの電話知らないんです。何とか捜して見ま
す」
 真は、雅子がどうしているか? 聞きたかったが、口に出せなかった。今で
は、あの娘の父親は自分だと思っていた。石井さんも気付いている。だから妻
の陽子からも真からも身を隠しているに違いない。

 陽子の電話で不安に駆られる真は、直ぐに東京の吉溝に連絡した。
「俺も連絡先は知らん。公安だったら知ってるだろう」
 公安と聞いて不安が走る真。
「石井さんは危険な任務に就いているんですか?」
「ああ、麻薬組織の潜入捜査だ」

 石井は左遷先の博多に直接行かず、京都でホームレスの一団に紛れた。博多
の麻薬組織の本部がここにあったからだ。名前も新井と変えた。
 石井は強盗や恐喝など、悪事を働きながらチャンスを待った。
 石井が組織に潜り込むのに四年かかり、目的の博多に配置されるまで二年か

った。その頃、彼はすっかり麻薬に犯されていた。組織を信用させる為だ。

 一週間後、真は帰宅途中で何者かに尾行されていた。
 ビルの影で男を待ち伏せした。
 尾行相手が消えたのに慌てて、男は小走りで近づいて来る。
 男が路地にさしかかると、すかさず後ろから首に腕を巻き付けた。
「何故、つける」
 男は足をばたつかせて真の腕を叩いた、腕の力を緩めろと言っているのだ。
 やや腕の力を真が緩めると。ようやく声を出した。
「新井さんに頼まれました」
「新井? 知らんな。どんな男だ」
「中肉中背、年は六十代半ば、髪は金色に染めている」
「そんな男は知らない」
 石井が新井と偽名を使っていることは吉溝から聞かされていたが、特徴は明
らかに他の男の物だ。石井はかなり太っていたし、まだ五十三だ。
「まあいい。詳しい話を聞こうか」

 真は男を空き事務所に連れ込んで跪かせた。
「俺は遠藤と言います」
 立ったままで男を見下ろした真が言った。
「名前なんかどうでもいい。新井との関係は」
「京都で命を助けられました。博多でも世話になってます」
「新井の子分なのか?」
 首を振る男。
「組織の鉄砲玉か?」
「とんでもない。これでも堅気です」
「堅気のお前が何故新井の使者になった」
「これでも、義理堅いんです。恩義を決して忘れない」
「ふざけるな」
「本当はこれです」
 男は札束の入った封筒を取り出した。かなり厚みがあった。
「それから、これはあんたへの手紙と金だ。新井さんは大仕事の為の資金だと
言っていました」
 手紙と札束を受け取る真、束を数えると三つ有った。この男が本当の事を言
ってたしたら、石井さんは,最低一千万もの金を手に入れていた事になる。
 手紙の封を切った真が男を睨み付けた。
「読んだのか?」
「とんでも有りません」
 更に鋭く睨み付けると、男は下を向いた。
 手紙に目を通す真。
 手紙には、こんな事が書いて有った。
 決定的な証拠を掴んだから二人で協力して解決しよう。公安にも警察にも報
告するな。まず一週間の休暇を取って、横浜の暴力団から出所が分からない拳
銃と偽造パスポートと携帯を手に入れ、大阪からソウルに渡り、ソウルから博
多に入って連絡を待て。
 真は迷った。吉溝に報告するのが正しい判断だと分かっていたが、石井さん
が何を企んでいるのか、自分で確かめるべきだとも思った。二人で手柄をたて
て復権する気なのか、組織の鼻を明かしてブツを横取りする気なのか。あるい
は、妻と娘を奪った男に復讐する気なのか。どうしても自分で確かめたいと思
ったのだ。

 真は十日間休暇を取った。石井の指は一週間だったが、帰りに名古屋に寄っ
て、紗智子殺しの真犯人と目星をつけていたある男のアリバイを調べる為だ。

 真は新井の指示に従い、横浜から大阪、大阪からソウル、そして
ソウルから博多に入り、ホテルで待機した。ホテルとは名ばかりで薄汚れた
安ホテルだった。
   2016年12月27日   Gorou