バッタの水あそび。

プール(ポケットビリヤード)好きのブログです。古い記事へのコメントも大歓迎!

夢のマイテーブル大作戦!

2009-07-26 07:50:16 | 自宅学習
こんにちは。最近話題のディープインパクトプロシャフト、二段構造の根元部分より、あの薄いフェーラルのほうが気になるのは僕だけですか。





グラスホッパーです。





、、、いえね、もうなくなっちゃった、キューに関するぶっちゃけトーク(悪口も満載だった爆)をする掲示板的なサイトで、



「プレデターBK2のフェーラルが割れたんで、試しにフェーラル外してそのままタップつけたら恐ろしい破壊力だったけど、あっという間にシャフトがササクレてきてシャフトまで壊れた」



という話が載ってたのを思い出して。フェーラルはないほうがブレイク強い、でも壊れる、フェーラルの変わりにショックを吸収するのがあの根元、というのがあのシャフトの設計思想なのかな? とか考えたりして。






さてさて、前置きが長くなりましたが、今日は久々に玉の話。あーでも家族の話が半分はいってるから、完全に「レギュラー放送」に戻ったという感じではありませんが、どうかご容赦を。





では参りましょう、「バッタのたまにっき。」





『夢のマイテーブル大作戦!』



はじまり はじまり~♪





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今月号のキューズ、マイテーブルの話が載ってましたねぇ。



バッタも、ビリヤードをはじめたころから、なんとか自宅にマイテーブルを置けないかと考えておりました。


バッタは田舎の次男坊(つまり長男より先に結婚したとしても、実家にヨメを連れ込んで住むという選択肢はない)、そして祖父母は元専業農家でもう使わない土地がたくさんあるため、バッタが結婚する前からバッタ家では



「バッタは実家の近くの畑に家を建てる」



ということが、規定路線のように決まっているかのようでした。

自分の人生を人に決められるのはあまり気持ちのいいものではないけど、家に関してはまぁそれが一番かなとバッタも考えておりました。



家を建てるなら、台が欲しい! でもね、、、、




しがないサラリーマンには、届かない夢じゃないか。そんな思いもあり。

まあ、届きそうで届かなさそうな夢の一つや二つもってたほうが、仕事にハリが出ていいじゃないか、くらいに考えておりました。つまるところ、ほぼムリだろうと思ってたということです。





ところが、先日。

バッタの祖父を含む、地元の年寄りーズが共同保有していた畑を、誰かがボケたり死んだりする前にちゃんと整理しようということになり(爆)、数区画に区切った住宅地として一度売りに出した。その一角をバッタ家が改めて買い、そこがバッタのマイホーム建設予定地となるわけです。

その土地の図面を見せてもらうと、、、






バッタ「、、、広くね???」




なんでも、バッタ祖父は当初予定していたぶんの広さを見て、「こんな狭いとこに住めるか!」と、となりの区画までぶんどったらしい(爆)。まあ、実家のムダに広い土地にくらべりゃそーかもしれないけど、そこまでがんばってくれなくても、、、、(笑)




、、、でも待てよ。これなら、家たてて、駐車スペースを4台ぶんぐらい確保して、庭つくって、さらに台を置くスペースも十分あるじゃないか!!






夢が夢でなくなってきた、、、、、(☆☆)






台を設置するにあたり、「土地」という大きな問題は解決できた。となると、次の問題は「お金」でありましょう。



バッタの理想はリビングに台を置くことですが、そうなると家の床面積が増える。さらに、床の補強もしておきたい。となると、数百万仕事になる、、、うーむ、さすがにそこまでの道楽はできん(~~;)


じゃあ、もともとコンクリを打つ予定だった裏庭にパンチカーペットでも敷いて台を置き、その周りをプレハブ小屋みたいな壁で囲んでやったらどうか。いろいろ調べたら、これなら台(もちろん中古)込みで100万程度でいけそうだ♪(コンクリ代除く) 、、、夏はムチャクチャ暑そうだが、そこはまぁフィリピン式ということで(爆)






さて、「お金」という問題もなんとか解決できた。最後の砦は「ヨメ」でありましょう(爆)。

ヨメもどっぷりとビリヤード中毒なら問題ではないのだが、妊娠4ヶ月くらいから、お腹に負担がかかりそうだという理由で撞いていない。ジュニアが生まれてからももちろん撞いていない。そう、ビリヤードの魅力を忘れかけているのであります。そんなヨメにとって、家に台を置くなどという行為は、バッタの道楽以外なにものでもない。





さて、どうやって攻略しようか、、、まずはストレートに想いを伝えねばなるまい。



バッタ「家に台おきたいなぁ♪」
ヨメ「うーん、、、、(--;)」



、、、フッ、ストレート一発でKOできるななんて、ハナから思っちゃいないさ。次はアッパー! すなわち下から、、、



バッタ「やっすい車乗って、ゴルフもマージャンも釣りもパチンコも競馬も飲み歩きもせんダンナのたった100万の道楽じゃ、それぐらい目ぇつぶってくれよm(;;)m」



、、、、下からいってみた。(爆)




家を建てるにあたり、100万くらい「たかが」であるが、冷静に考えれば「されど」な金額である。まだヨメの表情は冴えない。



よーし、ならば必殺のコンビネーションアタック!







バッタ「家は、いわば主婦の職場や。だから、お前の意見をふんだんに取り入れた作りにすることに依存はない(^^)」

ヨメ「うんうん♪」

バッタ「でもな、、、ぜ~んぶお前の思い通りの家になったら、どうなると思う?」

ヨメ「???」

バッタ「(早口で)お母さんの部屋はあるのにお父さんの部屋はない、タバコ吸いたきゃ外でてけ、、、そうやってどこか居心地悪そうにしとる俺の姿を見て、この子はどう育つんや。『ああ、がんばって働いてお金ためて、一生モノの借金までしてお家建てても、こうやってみーんな女の思い通りにされてしまうのか、、、』となったら、良くてパラサイトシングル、最悪ニートになってしまうぞ。この子がニートになってもええのんか!?」

ヨメ「そ、そりゃ困るけど、、、」←電光石火のコンビネーションに圧倒され気味(笑)

バッタ「この子の将来の為、我が家の未来の為、お家で幸せそうに過ごす姿を見せるのが、親の務めってもんやろ? だから、台は断じて俺の道楽やなくて、この子の教育の為に必要不可欠なものなんや(^^)」




ヨメ「、、、、、なーんか、うまくだまされた気がする、、、(~~;)」






、、、バッタとしては、極めて理路整然と正論を述べているつもりなのでありますが(笑)。

うーむ、やはり1ラウンドKOは難しかったか、、、

ならば、ラウンド2! ファイッ!!!






それは、とある夜のこと。このところ専業主婦となったヨメに、仕事にもってく弁当を作ってほしいとねだるバッタ。



ヨメ「うーん、出勤する時間とこの子の授乳の時間がかぶらなかったらね」



チャンス到来!!


バッタ「(早口で)あー、こうして"主人"であるはずの人が主じゃなく脇においやられ、その寂しさを紛らわす為に『♪~三年目~の浮気くら~い~大目に~見ろよ~♪』なんてことになって、後ろ指さされながら夫婦そろってつら~い老後を過ごすことになるんだ~(;;)」

ヨメ「???(@@;)」←突然の奇襲に困惑気味(笑)

バッタ「(テレビショッピング風に) そんなアナタに朗報! 家に台を置けばアラ不思議、毎日旦那様は上機嫌♪ 運動不足も解消してメタボ撃退、いつまでも若々しくエネルギッシュに! 今ならプレハブ小屋付でなんとたったの100万円!! さあそこのアナタ、いますぐ一生分の幸せを手にしてください( ^^)ノ」




、、、ここまで来るとヨメは呆れ、、、もとい、笑っております。「よくぞ『授乳時間と弁当』というキーワードから『ビリヤード小屋』というところまで話をこじつけにいけたもんだなァ」と。(爆)






まあホラ、なんといいますか。



ホンダの創業者も言ってたじゃないですか。「継続は力なり」と。

ヒトラーも言ってたじゃないですか。「嘘も言い続ければ本当になる」と。(爆)




最近のヨメはバッタの早口に疲れてきたのか、諦めかけております(笑)。無事に台をおけたあかつきには、写真付で記事にアップしますんで、どうか皆様応援をよろしくお願いします!!(笑)






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家の図面の叩き台を書いてくれた一級建築士が、ヨメの親戚のおじさんでしてね。そのおじさんが中々の道楽者、、、もとい、社交的な人物でして、台設置に肯定的でアドバイスくれたりするのが非常に心強い(笑)。



ではまた!

バッタが増えた ~完結編~

2009-07-19 22:33:06 | ビリヤード以外
こんばんは。先日、仕事中にしゃがみこんだら、制服のズボンの尻の部分が20センチほど裂けました。ネタ体質もここまできたら、保険を適用してもらっていいですか。





グラスホッパーです。





、、、昭和のギャグマンガかよ、ホントに(爆)。



さてさて、今宵は玉の話が出てこない長編の最終回でございます。最終回らしく、特大号となっておりますので、腰をすえてお楽しみくださいm(__)m



ではまいりましょう、「バッタのたまにっき。」



『バッタが増えた ~完結編~』



はじまり はじまり~♪


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2009年 5月 6日 午前7時



浅い眠りだった。

はじめての立会い。
前日は十年に一度の大激怒。
体を伸ばせないソファー。


これでゆっくり寝られるはずがない。


ヨメは診断の後、分娩室に移動。ついに最終決戦開始だ。



バッタは当初、出産には立ち会わないつもりだった。これには理由が二つある。






一つは、バッタのメンタルにトラウマを残さない為。というのは、、、

出産とは、実に衝撃的な光景らしい。それに立ち会ってしまったが為に、二人目を作ることに拒否反応を示すようになる旦那さんがいると聞いていたからだ。一人っ子がダメだというつもりはないが、バッタがびびったという理由で一人っ子が決定してしまうとなるとジュニアに申し訳ない。そして、きっとバッタは一生心に負い目を背負って生きていかなければならないだろう。





二つは、ヨメに強くなってほしいから。

今後、バッタが遠くに出張中にジュニアが事故に巻き込まれ、ヨメが一人で大立ち回りを演じなければならない状況もあるかもしれない。そんな時、オロオロすることなく「あの痛みだって一人で乗り越えられたんだから、こんなものっ」と思える強さを、出産を通じて身につけて欲しい。そう考えていた。





だからバッタは分娩室に顔を出し、一言激励して立ち去ろうとした。だが、、、、





バッタの腕をつかんで離さないヨメ。




、、、、もしここで、「あなたがいないと、耐えられない、、、(涙)」的な甘い場面を期待した方がいたのなら申し訳ない。




ヨメ「陣痛の痛みはのたうちまわるくらい凄まじいんじゃ。そんな時、先生や看護婦さんをどつくわけにはいかんが、お前はどつくわけにいくから、お前そこにたっとれや(――メ)」

(↑もちろんこんな口調で言ったわけではなく、これは意訳です(笑))






そんなわけで、バッタはなし崩し的に出産に立ち会わされるハメになった。(爆)








2009年 5月 6日 午前8時



「超早口フレーズの連発」を再開して、はや一時間。静岡から、義母がかけつけてくれた。とりあえずこの場を義母にまかせ、会社に連絡する為に一時退室。

ついでにタバコを吸い、トイレに寄って鏡を見て、、、、




バッタ「これが、、、俺か?」




背筋に悪寒が走るほどに驚いた。



うっすらと伸びたヒゲ。充血した目。たっぷりたまったクマ。張りを失った肌。


それはまるで、疲れ果てた浮浪者のようだった。





、、、まだ戦いははじまったばかりだ。疲れている暇などない。冷水で顔を洗って自分で2・3発ビンタをかまし、分娩室に戻った。







2009年 5月 6日 正午



ヨメの苦しみ方は時間がたつほどにひどくなってくる。その様子は、映画などでま
れに見る虐待シーンなどの比ではない。

ヨメが苦しんでいる姿を見るだけで胃が痛いのに、苦しんでいる原因の半分は自分にあると思うと腸まで痛い。断腸の思いとは、まさにこのことか。


そして、ヨメは昨晩から入院しているので、当然のごとく昼食が運ばれてくるのであるが、、、



看護婦「食べられ、、、ない、ですよね(^^;)」




ったりめぇじゃボケ(爆)



看護婦「よかったらご主人さん、どうですか?」



しかしあいにく、バッタも食べられそうになかった。ただでさえ胃腸が痛いのに、超早口でしゃべり続けた為に喉がかわきまくり、リットル単位で水分をとっていた。とてもではないが、胃が固形物を受け入れられる状況になかった。



もったいないお化けが出そうではあるが、昼食は丁重にお断りした。








2009年 5月 6日 午後2時



ヨメの苦しみようはピークに達していた。陣痛の山がくるたびに、バッタの腕をどつく・つねる・かじると大暴れ。代わってあげたくても代わってあげられないし、代わってあげられたとしても代わってあげたくない(爆)。バッタのメンタルもすでに正常ではなく、




バッタ「俺の指の2・3本食いちぎって楽になるんやったら、どうぞ食うてくれぇ(><;)」




と本気で思った。出産に立ち会うと、アンパンマンの気持ちが分かるね(ォィ)。そして、ヨメが怪力でなくて本当に良かったと思った。事実、出産が終わったら旦那の腕は血と青あざでボロボロというケースもあるそうだ。





2時半ごろ、先生が来てくれた。モニターの状況から、そろそろ誕生のときが近いと判断されたのだ。

それまで、割と自由に分娩室を動き回っていたバッタと義母は、邪魔になるからかヨメの頭側に回るように指示された。





呼吸を整え、いきむヨメ。後で聞いたことだが、この数時間前からヨメは意識が断片的にしかなかったそうだ。何度も何度もいきみ、ついに、、、、、








ジュニア「ギャーーーーーー、オギャーーーーーー!!!!!!!」







午後2時40分。その場にいた全ての人が「元気だなぁ」と口を揃えるほどの絶叫と共に、ジュニア誕生。




バッタ「ようがんばったなー! ( ><)ノシ」←ヨメの肩をバシバシ




何度も繰り返すようだが、ヨメは小さくジュニアはデカイ。だから、へその緒が首に巻きつくなどの問題が何もなくても、ただサイズオーバーという理由だけで帝王切開になるかもしれないと事前にいわれ、そうなっても文句言うなという内容の誓約書にハンコをつかされていたが、無事、通常分娩できた。良かった良かった。




さて、、、、、、、





いくつかのテストの結果によると、バッタの脳みそは、「極めて男性的」であるらしい。そんな男性的な脳の特徴の一つに、大事が済んだら途端にスイッチが切れ、「日常モード」に切り替わるというのがあるそうだ。

ついさっきまで極度の興奮状態にあったバッタは、ジュニア誕生と共に一気にノーマルモードへ。

ジュニアを一瞥し、、、




大爆笑。



というのは、、、、



使わなくてもいい場合もあるらしいが、ジュニアは誕生の際に吸引機なる装置を使った。これは、トイレが詰まった時にバコバコやるゴムキャップを小さくしたものに掃除機をつけたような、極めて原始的な装置である。これを脳天に吸い付かせ、引きずり出したのである。そして、赤ん坊の頭蓋骨はまだ形が固まってない。となると、、、


ジュニアの頭は、まるで鏡餅のごとき立派な二段構造になっている、という寸法である(笑)。
赤ん坊の頭蓋骨は固まってないということを知らない人が見たら、きっと仰天するだろう。







それにしても、、、、、(註・・・血とかが苦手な方、およびお食事中の方は、覚悟してお読みください)







噂に違わぬ、壮絶な光景だ。



頭が変形した、紫色の肌をした血まみれのジュニア。

ジュニアの数分後に摘出した、血管のような紫色の筋がびっしりと表面に浮いた巨大スライムのような胎盤。

ヨメの下におかれたトレーには、日常生活では絶対に見ることのない量の血に加え、血と羊水が混じったと思われる、鮮血色のナメクジのような物体が茶碗一杯分くらい渦巻いている。






、、、なるほど、血が苦手な人はひとたまりもあるまい。事実、真っ青になってマンガのようにブッ倒れる旦那さんもいるそうだ。





しかしバッタは、そんな繊細な心とは縁がないネタ体質であります。


血みどろのジュニアを見て、「この写メに”痛いよ・・・”ってメッセージつけて夜中にメールしたらホラー映画やのぅ」とネタをこしらえ(爆)。


巨大スライムのような胎盤を見て「おおっ、エイリアンの大群でも生まれてきそうでカッコえ~」と感心し(爆)。


鮮血色のナメクジを見て「レバ刺しみたいでうまそ☆ よーし、今夜の祝杯は焼肉屋であげよう♪」と舌なめずりし、その晩ホントに焼肉屋に行く男である(爆)。






、、、、どうやら、二人目誕生を阻害するトラウマの心配はないようである(笑)。








2009年 5月 6日 午後6時



ヨメとひとしきり話をした後、帰宅するバッタ。

とにかく眠かった。そして、それ以上に、、、、




酒が飲みたい(><)




この連休中、いつヨメに陣痛がくるかもしれないという理由で、ほぼ一年中飲んでるバッタは一滴も飲んでいなかった。その為、毎日毎日浅い眠り。ヨメの寝息の調子が変わるだけで飛び起きていたバッタである。昼食を抜いた胃よりも、睡眠を求める脳よりも、アルコールを求める肝臓が暴れていた。(アル中です爆)




、、、毎日飲んでたオーストラリア産のデカ瓶テーブルワインをマグカップに山盛り注ぐ。

その味は、ヨメとの始めてのクリスマスデートで訪れたフレンチレストランで飲んだ99(ブドウ畑の大当たり年である1999年産)のボルドーより美味しかった。








2009年 5月 6日 午後11時

目覚ましを午後9時にセットしたはずなのだが、起きたらこの時間だった(爆)。

この時間に腹いっぱい焼肉食うたら胃ぃもたれるなぁ、などと思いつつ、ワインの余韻にひたりながら歩いて一分のところにある行きつけの焼肉屋に向かう。




バッタ「とりあえず生中!!」




このところ、ワインやビールの変わりにキリンフリーを飲んでたアル中バッタにとって、第三のビールでなく、発泡酒でなく、缶ビールでなく、ジュニア誕生の喜びというエッセンスを加えた生ビールは、まさに夢のような味だった。




バッタ「かぁーっ、うまい! よーし、ヨメの分も飲んでやろう♪ おかわり!!」




こうして、しこたま生ビールと焼肉を腹につめこんだバッタは、上機嫌で帰路についた。







2009年 5月 6日 午後11時40分



明日の仕事に備え、風呂に入るバッタ。

このシリーズの冒頭でも書いたが、バッタはひねくれた成人男子の割には、オカルトなことを信じるほうである。


そんなバッタの脳裏に、小さな疑問が浮かんだ。



ジュニアはなぜ、このタイミングで生まれたんだろう、と。



少しでも早く生まれないとわが身が危ない! と願うヨメの思い通り、もし連休の頭に生まれていたら、ヨメは好きなものを一つも食えずに授乳生活が始まっていたことだろう。そしてバッタは祝い酒と称して、毎日浴びるように酒を飲んだに違いない。これはヨメの精神衛生上、そしてバッタの内臓的にも、悪いことこの上ない。



バッタの会社の連休最終日である5月5日は、バッタと同じ誕生日であるがゆえに、面白すぎるからやめろと命じていた(爆)。



バッタの業務が始まる5月6日に生まれれば、ヨメは一週間の食道楽期間を満喫でき、バッタの休みが一日増え、かつバッタの肝臓を傷めなくてすむ。





、、、、なんと親孝行な息子であろうか!(親バカ爆)




ほろよいバッタは酒にまどろみつつ、一週間ぶりに熟睡できたのでありました。めでたしめでたしm(__)m





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あれから二ヶ月たつジュニアですが、極めて順調に育っております。



最初の一ヶ月で1キロ大きくなればいいところを2キロ大きくなり、医者に「こりゃ奥さん大変でしょう、関節炎になっちゃいますよ」といわれたその週にヨメの肩がブレイクし、整形外科の世話になったりといった小さな問題はありますけども(爆)




いつか家族でジャパンを撞くぞ! と心に近い、マイホーム計画を立てるバッタなのでありました。




では、次回から玉の話に戻ります。皆様、今後ともどうかよろしくお願いいたしますm(__)m




ではまた!!

バッタが増えた ~君の名は~

2009-07-13 19:35:50 | ビリヤード以外
こんばんは。最近の若手芸人のネタに自虐系が多いのは、やはり不況のせいですか。



グラスホッパーです。



、、、気のせいかな、なんかホント自虐系の人が多くありません?? まあ、昔から「アホのサカタ」とか、肩書きからして自虐系の人とかいましたけど、、、(笑)



そんなことはさておいて、こちらはあいもかわらず玉の話が出てこないシリーズものでございます。


では参りましょう、「バッタのたまにっき。」




『バッタが増えた ~君の名は~』




はじまり はじまり~♪




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少し時間が前後するが、先にジュニアの名前についての話を完結させたいと思う。

前回の記事に書いた通り、バッタはおかんからの電話に激怒した。そこで、考えていた名前がどれくらい読めるのかリサーチを開始。旧友へのメール、会社での聞きまわり等で情報を収集。



バッタ的には、「大半の人が普通に読めるに決まってるだろ」という予想だったのだが、、、、




30歳以下の正解率は80%以上。

バッタの同期(31)の正解率は50%(バッタ除く)。

32~40になると、正解率は40%を切る。

41歳以上は、特別な事情でその字のことを知っている一人を除いて全滅という結果であった(@@;)




これには驚いた。年寄りほど読める字など掃いてすてるほどありそうなものだが、その全く逆の傾向だとは。この結果から、バッタはこう考えた、、、、



現在出世中の、勢いのある良い字じゃないか、と(^^)




バッタはこの事実と、(前回の記事の繰り返しになるが)この字は中学生レベルの常用漢字であり、ヤフーたたけば同じ名前なんざいくらでもでてくる、決してヘンな字ではないということを伝え、この名前で行くと両親に通告した。




(ハイ、では本編に戻りますm(__)m)

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2009年 5月 5日 午前七時

仏頂面のバッタがソファーに腰掛けていると、ヨメが起きてきた。ヨメは、バッタがブチギレている所を昨晩見ていたのだが、、、



ヨメ「はあっ!? まさか一睡もしてないの!?!?」



さすがに一睡もしてないとは思ってなかったらしい。



ヨメ「今日くるかもしれないんだから、休んどいてよ」



バッタはヨメのうながすまま、入れ替わりで寝室に入った。








2009年 5月 5日 午前11時


疲れていたのか、ぐっすりと4時間眠れた。疲れはほとんどない。

それにしても、不思議な夢を見た、、、、



ジュニアがバッタの腕の中にいる。全く泣きも笑いもしていない。
あやせば笑うし、うっかり強く触りすぎたら泣くのだが、名前を呼ぶとスッと表情が消える。笑っていても泣いていても、名前を呼ぶと途端に表情が消えるのだ。



あれはいったい、なんだったのだろうか、、、、その答えは、今日現在でも見つかっていない。









2009年 5月 5日 午後5時半

ヨメが体調の変化を訴えた。

陣痛の大きな特徴として、痛みが数分感覚で定期的に訪れるというのがある。時計とにらめっこするヨメ。もしこのままお産が始まれば夕食を食べ損ねてしまうので、かねてからヨメが食べたいと言っていたピザを注文。

ピザを待つ間も、食べる間も、時計のチェックを欠かさないヨメ。



ヨメ「うーん、、、陣痛って確信は出来ないけど、なんか違和感があるのは確かなんだよねぇ、、、、」



陣痛でなかったとしても、このままでは安心して寝れそうにないというので、夕食後に病院に行ってみることにした。








2009年 5月 5日 午後7時

診断の結果、陣痛だと分かった。今夜から明日にかけて、戦いが始まる。

前回の記事で予告してあった「事件」、それは、、、



退院から一週間で、ヨメが2キロ太ってしまったということであった(爆)。同じ一週間で、バッタは全く太っていない。

ヨメは決してドカ食いしていたわけではない。しかし、一ヶ月間塩分控えめの病院食だったのが、ここ一週間は外食中心の塩分たっぷり生活。その為、ヨメの体が大量の水分を要求し、一気に水ぶくれしてしまったのだ。


これは笑い事ではない。

ただでさえ、ヨメの体は小さく、ジュニアの体はでかい(エコー測定の結果、平均より一ヶ月先行、、、つまり、既に生まれて半月くらいのサイズ)。そこへ、一週間で2キロ分も、体のスペースが狭くなってしまった。となると、、、、


赤ん坊は、逆子でなければ脚をたたんで頭を下にした状態で入っている。そのスペースが狭いということは、、、、


陣痛に伴ってジュニアが動くたびに、ジュニアの膝がヨメの内臓を直撃し、骨に押し付けることになる。いかに赤ん坊の力が弱いとはいえ、内臓の内側から膝蹴りされたら痛いに決まっている。事実、陣痛の初期は腰のほうより肝臓あたりのほうが痛かったようだ。


もし、「痛みの強さ×痛みの時間」で求められる「総痛み量」という数値があるのなら、ヨメは一般的な妊婦さんより大きかったと思う。しかしこのことは、婦長さんに言わせれば「自業自得」らしい(笑)。








2009年 5月 5日 午後七時半

ヨメの体にモニターがセットされた。これはジュニアの心拍数の表示と、ヨメの痛みの強さの折れ線グラフを表示していってくれる機械だ。これにより、陣痛の間隔が素人でも用意に目視確認できる。

折れ線グラフが上がってくると、、、、



ヨメ「イタイイタイイタイイタイ、イタイイタイイタイイタイ(><;)」


バッタは、看護婦さんらに聞いた付け焼刃のアドバイスをヨメにかけながら、手を握り締める。



バッタ「(モニターとヨメの顔を交互に見ながら)よーしかんばれがんばれ、もうすぐピークやぞ、、、、うんうん、今痛いな、痛いな、今がピークやから、これ以上痛くならんからガンバレ ガンバレ(><)。はーいゆっくり息して、息とめやんとな、そうそう上手い上手い、よーしよーし、ほら痛み引いてくるぞー、そうそう深呼吸深呼吸、この子にいーっぱい酸素送ってあげてな、そうそうそうそう(^^)」←超早口(笑)



、、、戦いは、まだ始まったばかりだ。







2009年 5月 6日 午前二時半

数分ごとに、上の「超早口フレーズ」を発し続け、気がついたらこの時間だった。

婦長さんがやってきて、長期戦になるから一度休みなさいと指示。

陣痛は横向きに寝ている時にはピタリと止まるものらしく、ヨメが横になったらほんとに全くモニターが反応しなくなった。


再戦の予定は午前七時。ヨメはそのままベッドで、バッタは同室のソファーで眠ることにした。






つづく。





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さてさてさて、玉の話がでてこない「バッタが増えた」シリーズ、次回で完結の予定でございます。




では、待て次号!

バッタが増えた ~眠れない誕生日~

2009-07-03 16:52:00 | ビリヤード以外
こんばんは。このところジュニアが便秘で「明日くらいには病院に連れてかなあかんな、、、」などとヨメと話していたら、一気におむつ4枚分ぐらい放出しやがりました。ジュニアはどんなに病院が嫌いですか。




グラスホッパーです。




、、、マンガかよ、ホントに(笑)。まあ、あんまり病院のお世話にならずに済めば、それに越したことはないんだけど。





さてさて、今日も前回の続きであります。


では参りましょう、やはり玉の話は出てこない「バッタのたまにっき。」



『バッタが増えた ~眠れない誕生日~』




はじまり はじまり~♪





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2009年 4月 30日(木)



バッタの”死月”がようやく終わりを告げた。

ジュニアの誕生予定日は5月19日。医者には、



医者「もともと早産のケがあったし、奥さんの体は小さく、赤ちゃんの体が大きいから、予定日までもたないとは思います」



とは言われていたが、予定日の三週間前であれば通常分娩とみなされるらしい。

通常分娩とみなされるということは、保険を適用して入院しているというわけにはいかない。だから、ここで一時退院ということになるのである。とりあえず、早産は回避できた。ジュニアには、

「よくぞここまで耐えてくれた、ありがとう」

である。



バッタの会社の休みは5月5日まで。なんとかそれまでに生まれてほしい。そんな願いとともに、ゴールデンウィークがスタートした。



ヨメ「あー、やっと病院食から開放されるー(><)」



はたから見てる分には、病院食はバランスもよさそうだし、それなりにおいしそうに見えたのだが、ヨメいわく「味だけじゃなくてダシまで薄いから、ほとんど素材の味しかしない」。焼き魚等ならそれでもおいしく頂けるのだが、野菜全般が苦手なヨメにとって、素材の味しかしない野菜炒めや八宝菜などは拷問であろう(笑)。

ジュニアが生まれて授乳が始まれば、ヨメの大好きな激辛マーボー豆腐やカレーなど、味の方向性がはっきりとした食事はできなくなる。母乳の味に影響し、子供が嫌う恐れがあるためだ。もっとも、カレー味のほうがよく飲む子供もいるらしく(笑)、やってみないと分からないのだが、無用のリスクは避けたいところ。


となると、退院したこの瞬間から、ジュニア生まれるまでが、貴重な「食道楽期間」となるわけだ。




バッタ「食いたいものがあったら何でも言えよ!」




、、、ヨメが「じゃあ高級料亭のしゃぶしゃぶ」などと言い出さないコであるから、バッタはこんな男前なセリフを吐けるのである(笑)。


休み中、いろんなものを食べに行ったり作って食べたりした。

手打ち蕎麦、カレー、ラーメン、ハンバーガー、スパゲティ、マーボー豆腐、ピザ、、、

ヨメはどれも一人前しか食べなかったにも関わらず、ちょっとした事件がおきる。その詳細は次回紹介します。上記の料理の共通点を想像しつつ、次回をお楽しみにm(__)m






2009年 5月 4日(月)



ゴールデンウィークも終わりが近づいてきた。5月5日はバッタの誕生日である。以前から、バッタはジュニアに


バッタ「同じ日はネタ的におもしろすぎるからやめろ」


と命じていた(笑)。となると、この日のうちに出てきてくれないと困るのだが、陣痛がはじまる気配はない。



するとその夜。バッタのおかんから、思わぬ電話が入った。



バッタ「もしもしー、なんやったー?」



それは、ジュニアの名前についてであった。

説明を分かりやすくするためには実名を出したほうがいいのだろうが、なにぶん個人情報である為、ジュニア本人の意思確認をしたところ、あいにく合意が得られなかった(というかしゃべれません(爆))為、分かりにくい説明になりますがどうかご容赦を。


ゴールデンウィーク中、おかんは一度バッタ夫妻のアパートに来ており、その時に名前を伝えていた。それは、バッタ夫妻の自信作。



ひとつ、画数がベストであること。

ふたつ、妊娠したのも大きくなるのも早かった、そして生まれてくるのも予定日よりはやそうなので、「はやい」ということが連想する字を使いたい。

みっつ、誰が見ても聞いても男だと分かる、強そうでカッコイイ字であること。

よっつ、できれば長男だということが連想できる字ヅラであること。

いつつ、できれば「ほぼ左右対称」の字であること。

むっつ、親のエゴ的な、無理がある当て字や非常用漢字、やたら画数の多い漢字などは使わないこと。




それを全て満たす名前がやっと決まった。それだけの思いが詰まったその名前を、バッタのオヤジは


オヤジ「読めへん。そんなヘンな字はあかんやろ」


と、おかんに伝えてきたというのだ。




おかん「どうしてもその名前をつけたいのー? ほかになんかないのー?」




、、、バッタはブチギレた。そりゃ、どれだけの思いが詰まった名前であるかということは、バッタの両親はその時は知らなかったかもしれない。だが、、、

まず、読めないというのが理解できない。中学生レベルの漢和辞典に載っている常用漢字であるし、(やや時間が前後するが)役場のパソコンにも人名用常用漢字として登録されている字である。その名前でヤフーを叩けば有名人の名前が何人も出てくるし、名づけ相談掲示板的なところでもたびたびでてくる名前である。

そんな字がなぜ読めないといわれ、しかもヘンな字だといわれなければならないのか。

そんなもん、そっちの勉強不足だろうが!!!!!!!!




おかん「それに、実家付近は昔は名字の種類が少なかったから、同じ名前は避けるという暗黙の了解があるみたいなんさ、、、」




なんでも、近所の0歳だか1歳だかの子が、「○○ちゃん(バッタ命名の当初案を略して呼ぶと、同じ響きになる)」と呼ばれているらしい。その子の本名はなんだと聞いたら、そこまでは分からんという。

、、、、、バッタは再びブチギレた。

本名が分かっており、それが全く同じ名前であるというのなら、考慮の余地もあろう。だが、それすら分かってないのに変えろと言って来たことにキレた。




オヤジ「それでも、○○ちゃんって呼ぶやろが!」



女の子ならいざしらず、男が「○○ちゃん」と呼ばれるのなど、たかが数年ではないか。全くもってお話にならない。しかも、、、





バッタ「そんな変えて欲しいんやったら、なんで前に来た時に言わんだんや!」
おかん「いや、産む前に心配させたらあかんと思ってさ、、、」



なら、なぜ生まれる前であるこのタイミングで言ってきたのか!!!

なにからなにまでトンチンカンな両親の発言に、バッタは三度ブチギレた。



電話を切った後のバッタは、すでに正常な精神状態ではなかった。とりあえず床を5・6発どついて手を腫れさせ、ソファーを10発程度蹴ってスネに青あざをつくってピークをやり過ごした。



バッタ「勉強不足なジジババの自分勝手かつ筋違いなイチャモンで、お前の名前を変えさせはせん!!! 見てやがれ!!!!!」




、、、この時のバッタは、両親に己の無知っぷりを思い知らせ、反省させて謝らせることしか頭になかった。ネットでいっぱい証拠を印刷し、友人や同僚に聞きまわって、「普通の字」であるという証拠を山のようにとってやると決意した。



5月4日も終わりが近づき、5月5日がやってきた。



その晩、バッタは怒りに震え、一睡もできなかった。
紛れも無く、人生最悪の誕生日だった。





~つづく~



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やれやれ、”死月”が終わったら”誤月”だってさ(苦笑)。

一人が二人に、いや二人が三人になるってのは大変なことですなぁ。ま、こんなムダな労力つかってる夫婦は多くないとも思うけども。




次回、ついにジュニア誕生!?



ではまた~