28日の日経夕刊の「海老坂武さんに聞く サルトル的発想」に同感する
ところがありました。
「生きる意味は自分でつくらないといけない」
そういうことだと理解はできますが、実際はなかなか難しい。
「人間とは希望である」というのもわかるが、実際は何を希望するのか
何に希望を持つのか、具体的には難しい。
ただ、とにかく、前向きにという姿勢だけはどうにかなりそうです。
「アロン(立場を明らかにせず、物事を観察してその内容だけを示す。
だから間違わない)とともに誤らないことを選ぶのではなく、
サルトルとともに誤ることを選ぶ」
私はこういう生き方が好きです。
そして、誤りを恐れず選択をし続けていくことが進歩、前進、発展で
あると信じています。
ですが、現実にはアロンタイプが多いようです。
「別に自分は賛成投票をしたわけではないのに、どんどん既成事実が
つくられた」
今の日本の状況や菅首相などがそうです。
私たちには、菅氏を総理に選ぶかどうかの選択肢を与えられたことはありません。
なのに総理になり、勝手なことを、思いつきで発表しています。
外国の首脳会談の席でも平気で思いつき、言いたい放題です。
こういう状態をつくったのは、ほかでもない、ものをいわない国民性です。
個人的なことから国民性についてまで、考えさせられました。
ものをいうこと、選択すること(お上任せにしないこと)が、これほど
求められている時代はないと思います。