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ペットシッターの紹介する本や映画あれこれ by ペットシッター・ジェントリー

ペットシッターを営む著者が、日常業務を交えつつ、ペット関連の本や映画を紹介します

映画『過去のない男』

2019年06月21日 23時15分00秒 | 犬の映画

シッティングの依頼をもらって、実際にワンちゃんと対面する前に、「ウチの子は~だから」と特徴を伝えていただくことは多いのですが、聞いていた内容と実際に会ってみた時の反応が違うことが結構あります。優しい性格だから、と聞いていたら思い切り吠えて近寄らせてくれなかったり、人に懐かないと聞いていたのに、会ってみたら尻尾を振って甘えてくれたり。人間でも、親への態度と初対面の人への態度は相当に違いますが、犬もやはり、飼い主さんに見せる態度と初めて会う人に見せる態度とは違います。違って当然です。ですので、思わぬトラブルを避けるためにも、(申し訳ないですが)飼い主さんの言葉を鵜呑みにはせず、犬と会う時にはなるべく先入観を持たないようにしています。

飼い主の言葉と実際との違い、ということでいうと、映画『過去のない男』に出てくる犬も印象的でした。フィンランドの巨匠アキ・カウリスマキ監督の作品です。
 主人公の〈男〉は、地方都市からヘルシンキにやってきて早々、暴漢に襲われ、記憶をなくしてしまいます。行き倒れているところを貧しいニーミネン一家に助けられ、次第に元気を取り戻していきますが、自分の名前もわからず金もないため、職に就くことすらできません。ニーミネンは僅かな給料が入ると〈男〉にビールをおごり、「人生は後ろには進まない。進んだら大変だ」と語ります。こうして様々な人と出会い、交流を続けていくなかで、〈男〉は生きていく術を探っていきます。

〈男〉が出会う人々の中で、ひときわ特徴的なのが、悪徳警官のアンティラ。〈男〉にぼろぼろのコンテナをあてがって家賃を請求したり、車を貸しつけてレンタル料を請求したりなど、金にがめつい警官です。アンティラは自分の飼い犬を〈男〉の住処に連れてくると、「家賃を払わなければ、この犬がお前を噛み殺すぞ」と脅します。犬の名はハンニバル。『羊たちの沈黙』に出てくるレクター博士、別名「人食いハンニバル(ハンニバル・カンニバル)」から付けられています。ところがこのハンニバル君、警官が「さあ、こいつに飛びかかれ」と命令しても、尻尾を振って甘えるばかり。警官が言うほど、ぜんぜん怖くも強くもない犬なのです。

この警官と犬のエピソードは、映画全体のトーンをよく表しています。つまりこの警官は、欲深い要求をしたり脅したりはするけれど、根っからの悪党ではないのです。〈男〉から金をせびりながら、同時に家をあてがってくれるのも彼だし、支払いを待ってくれと言われれば待ちます。ハンニバルのことも、本当はおとなしく善良な犬なのを知ったうえで〈男〉にけしかけ、襲いかかるはずもないのを見て、「今日はこのくらいにしといてやるか」と吉本新喜劇のギャグのように引き下がる。この世の中は冷たくて生き辛いように見えるけれど、決して捨てたものではない、そんなメッセージがこういったシーンの中にほのかに浮かんできます。

僕はこの映画が大好きで、何度もくりかえし見ています。フィンランドの映画というとあまり馴染みがないかもしれませんが、カウリスマキ監督は大の日本びいきで、映画の中で寿司を食べるシーンがあったり、クレイジーケンバンドの曲が使われたりしています。そして映画の作風は小津安二郎に強く影響を受けています。一見、淡々としているようで、実は展開はスピーディですし、ドラマの起伏に乏しいように見えてけっこう派手な事件も起こったりして、見ていて飽きることがありません。そして、見終わる頃には必ず、胸に温かいものがあふれているはずです。

ちなみに本作は、カンヌ国際映画祭で最高の栄誉であるパルム・ドールを逃し、グランプリ止まりだったのですが、ハンニバルを演じたタハティ君が見事、最も優秀な演技を披露した犬に贈られるパルム・ドッグ賞を獲得しました!


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