MRは、出席簿ではぼくの一つ前だ。定時制の席順も出席簿順に並んでいたことが多い。四年生の修学旅行で毎晩酒盛りやってから、MRとは急速に親しくなっていった。
修学旅行の後、学校の正門の前の店で立ち話をしていた時、ぼくが麻雀のパイを一組持っていると話したら、MRがそれを貸してくれという。ああいいよと話した。今日はこれから授業があるから別の日だろうと思っていたら、これから取りに行こうという。
これからか?。というぼくを丁度正門の所に止めてあった車に乗せて、方向転換するために正門の方に向かった。ぼくにすればゆっくり向かうはずだと思っていたら、急発進しやがった。危ない。正門にぶつかる。手足を踏ん張って衝撃に備えたら、MRは急ブレーキを踏んで正門の半歩手前で止まった。
この野郎、急発進する必要のない所でわざと急発進して、急ブレーキを踏みやがった。びっくりしているぼくの顔をにやにやして見ている。こういうやつの車には乗りたくないと思ったが、そのまま店まで連れて行かれて麻雀のパイを持ってきて貸してやった。
確か定時制四年の秋に、店で芸能人を呼んだ。一部、二部とステージを分け、一部では芸能人に歌を歌ってもらい、二部では応募していただいたお客様にステージにあがってもらって、生バンドとプロのオーケストラで歌って貰った。
MRは、店で買い物をしてその企画に応募してきた。一応建前としては厳正に抽選の結果ということになっているが、応募してきたお客様を見て面白そうなメンバーになるように選んでいたようだ。ぼくは全然知らなかったのだが、MRが彼女と一緒に応募してきて、老若男女すべてに面白くという選考基準の若者代表に選ばれた。
この他に幼稚園をやっているお寺の和尚さんが、幼稚園児と一緒にという組みもあった。審査員も店のお客様の中からお願いして、店のお客様に楽しんでいただこうという企画で、芸能人呼んだ中では一番面白い企画だった。
ステージ当日、ぼくは、楽屋であっちへいったり、こっちへいったりで、MRの舞台での姿は見ていない。MRが出るということも知らなかった。ステージが終わって後かたづけをして店に帰って初めて、審査の結果MRが何か賞を貰ったというのを知った。まあ裏方というのはそんなもんだ。
そのMRが結婚するから結婚式に出てくれという。えー。おめー。まだ高校生だぞ。と、言っても両方とも法律上は結婚が許されている年齢だ。弱ったな日曜日は店が忙しくて休めないのだが、と、思いながら店に帰って支配人に相談して式の時間だけなんとか休ませてもらった。
時間はなんとかなったのだが、問題は、お祝いにいくら包むかだ。何せ結婚式に呼ばれるなんていうのは生まれて初めての経験だ。まだそんなに一杯包む余裕が無かった。定時制からは何人か呼ばれていたので相談して決めた。そんなに一杯包まなかったと思う。だってお金無いもん。
ぼくは、奥手だから結婚というのがどういうものなのかというのが全然分かっていなかった。ただ、結婚式に出てご馳走食べて、終わって店に帰ってから仕事をした。酒飲んだ後に仕事するのはちと辛いものがある。そして、一ヶ月位してMRの家に遊びに行くことになった。
当日の夜。定時制の何人かでMRの家に行った。遊びに行ったと言っても酒飲むだけなんだが、MRの奥さんがMRの横の座って、いろいろこまめに世話をしている。奥さんがコタツに手を入れていた時、げっ!。という顔をした。HSだ。この野郎またやりやがった。
先生の所に一升瓶ぶら下げて行って、何も知らずに向かい側に座った先生の奥さんの手をコタツの中で握るのは、HSがよくやることだ。今日は先生の奥さんよりもっと若い美人だ。新妻の手を握る常習犯は、いつやるかとタイミングを窺っていたようだ。おれを残して先に死んだ。母親に早く死なれると子供に影響が出る。おかしなところで巻き添え食う方は大変だ。
ぼくは十五歳の時から一人でなんでもするもんだで育ってきている。MRの奥さんのかいがいしさを見て、それくらいMRが自分でやらなければ駄目だろう、と思って見ていた。夫婦というのはそういうもんだというのを知らないから、同年代のMR夫婦の仕草は、動物園で何か物珍しいものを見たという感じだった。
MRとは、卒業後もいろいろと付き合いが続く、得難い友の一人となったが今では音信不通になっている。かなかなかなー。