カディスの緑の風

スペイン、アンダルシアのカディス県在住です。

現在は日本の古い映画にはまっています。

"Je suis Charlie"

2015-01-11 12:17:11 | 言わせてもらえば






1月7日にパリで起きた、Charlie Hebdo 襲撃事件は

世界中を震撼させ、パリで、ロンドンで、そして世界の

他の都市でも、100万人以上の人たちが集まって

抗議と追悼の集会を行っているという。


わたしはスペインに住んでいるから、フランスとは

時差がなく、同じ時間帯なので、

7日の夕方からツイッターにぞくぞくと上がってくる

パリ発の写真を見ながら、事件のおぞましさとは別に、

欧州の人たちの連帯の力というものを

まざまざと見せつけられた気がして、

一種の感動を覚えた。


というのも、老若男女、一般の人たちが、

ペンを高くかかげ、あるいはプラカードを掲げて

テロ行為に抗議している。


そのプラカードに書かれた言葉は

Je suis Charlie!

私はシャルリー、という意味である。

(私は、というより、私が、という助詞にしたほうが

しっくりくるかもしれない。)



何より驚いたのは、事件が起きてわずか数時間後に

このようなスローガンを一斉に掲げて集合する人たちの

静かな連帯感であった。


しかしなぜこの言葉?と不思議に思ったのだが、

それは、スタンリー・キューブリック監督の映画

『スパルタカス』(1960年)に

由来する、という。

カーク・ダグラス主演の

あの壮大なスペクタクル映画のクライマックスで、

奴隷たちの反乱を鎮圧したローマの閥族の大物であるクラッサスが、

スパルタカスを差し出せば命を助ける、と言ったが、

奴隷たちはみな『私がスパルタカスだ』と言い張って、結局

全員アッピア街道沿いに磔となった、というエピソードである。


この『私がスパルタカスだ』という言葉は、

アメリカの赤狩りの時代、共産党のシンパではないかと疑惑を

かけられた人たちが、他の人たちを告発するのを

拒否して、自分たちもブラックリストに載せられた、その連帯を

象徴するものであった、という。


その後、映画やテレビ番組で、この言葉がパロディー化されて

繰り返し人々の耳に入っていたからこそ、

今回の事件のとき、人々の記憶に浮かんだのが

『私はシャルリー』という言葉であったのだ。



ところで、Je suis Charlie! には厳密に言うと二重の意味合いがある。

Je というのは、英語の I にあたるのであるが、フランス語の動詞の

一人称の活用で be動詞の

être  

と、 英語の follow にあたる動詞

suivre

は同じ suis となる。

だから、『私はシャルリー』という意味と、

『私はシャルリーに従う』という意味にもとれるわけだ。



ただし、『私たちはシャルリー』となると、

動詞活用形は sommes 、であるから

Nous sommes Charlie.

である。







AFP通信のサイトから



ところで、一般大衆が抗議しているのは

「言論の自由、表現の自由」ということである。

シャルリー・エブドの風刺漫画のみを見る限り、

品のない、差別的な揶揄に見えるのであるが、

実際には何を揶揄っているのか、理解していないと

行き過ぎた宗教批判、人種差別、としか思えないそうである。


シャルリー・エブドが風刺してきたのは、

イスラム教そのものではなく、

イスラム原理主義者たちやテロリストたちである、という。


日本の反応を見ると、テロはいけないけれど、

シャルリーの風刺漫画はやりすぎで、

イスラム教徒の移民たちを怒らせるのは当然、という

醒めた見方をする風潮があるように思う。


ペンの力だ、と言って、過激なことを言うのは

一種の暴力ではないか、というのである。


たしかにそう思うのも自然であるが、

今回の事件は単に『表現・言論の自由』という主張を

越えた、文化、人間性の奥深いところにその端を発したのでは

ないか、とわたしは思う。


イスラム教はもともと平和を愛するコーランの教えをもつ

宗教であり、『アラー・アクバル!』と叫んで人の命を奪う行為を

するテロリストたちとは分けて考えなくてはならない。


ただし風刺のしかた、それには風刺された側も思わずうなってしまうような

知性と品性が必要だ、とわたしは思う。


そしてそういう風刺に対抗するには、その風刺と同等、あるいは

それ以上の知性と品性をもって行うべきではないか、と考える。


しかし、一度こじらせてしまった感情は暴走の一途をたどるばかりである。



シャルリー・エブド襲撃事件、またそのあとのパリの

ユダヤ人経営食糧店におけるたてこもり事件で

犠牲になった方々、その遺族の方々に

心から哀悼の意を表します。







The New Yorker のサイトから

イリュミネーションを消して、追悼の意を表したエッフェル塔




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