カディスの緑の風

スペイン、アンダルシアのカディス県在住です。

現在は日本の古い映画にはまっています。

9月7日英国首相議会演説を読んで考えたこと

2015-09-09 16:30:28 | 言わせてもらえば



数日前のシリア難民欧州受入れで、ドイツのメルケル首相の

人道的決断や、英国キャメロン首相の難民受け入れ宣言などで

大量の難民がドイツなどに無事到着したニュースは

感動的であったが、その興奮が多少落ち着いてくると、

もやもやと見えてくるものがある。


昨日、英国政府がTwitterに発表した9月7日のキャメロン首相の

下院議会演説のテキストを注意深く読んでみた。


まずキャメロン首相はシリア難民のことにふれ、今年に入ってから

シリアなどから30万人もの難民が地中海を超えて欧州に流れ込んでいるが、

その中にはよりよい生活を求めてくる経済難民もあり、

内乱から逃れてくる難民もあり、その二種類の難民をしっかりと

見極めることが重要である、と明言している。


そして英国は頭と心をもってこの問題の原因と結果に対処すべく、

総括的手段を画策すべきである、とし、英国はGDPの0.7%を

援助として支出する約束をしているし、すでに食糧、飲料水、

子供たちへの教育費などにも多額の支援金を拠出しているが、

さらに10億ポンドの援助金を拠出することを先週決定した、

シリアのみならずトルコ、ヨルダン、レバノンにある、難民キャンプに

欧州でもこれほどの援助をしている国はほかにない、とし、

こうした難民キャンプへの支援をさらに見直し、人道的支援を強化し、

今後5年間で2万人の難民を英国に受け入れることを提言している。

ただ、留意すべきは、今後5年間で、という条件付きであることだ。


その方法は、シリアや周辺国にある難民キャンプから

直接英国へ難民受け入れをする手段をとることによって、

密航船などマフィアなどの搾取や渡航の危険から難民を守る、というのである。

英国はEUの国境検査撤廃を決定したシェンゲン協定署名国ではないので、

自国独自の手段をとれる自由があるからだ。


それでUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の手続きをへて、

キャンプにて難民の選出を行い、認定を受けた難民だけを英国に受け入れ、

英国入国時に5年の人道的保護ビザを給付する。


援助については各自治体や外郭団体から受け入れの意思表明が

出されているので、初年度には国の援助予算から全額補てんし、

自治体、また関連団体の負担を軽減する、という内容のスピーチである。


そのあと、キャメロン首相はテロ対策について説明するのだが、

この日の下院議会演説の主たる目的は実はこのテロ対策だったようだ。


演説は簡単に言うと、次のようなことである。




ISIL(イスラム・ステート)のテロ行為は今年はすでに150件にのぼり、

その中には英国人31人が犠牲になったチュニジアでの悲劇があった。

テロ行為を阻止するためには英国国内のみならず、外国においても

英国国民を危険にさらす行為は止めなければならないというアプローチから

イラクへの空爆、また空中偵察などを行ってきた。しかし諜報機関から

シリアにおいて、英国国籍のISIL戦闘員二名が英国への

テロ活動を画策している、との情報が入った。


これは英国国民殺害計画であり、なんらかの措置を取る必要があった。

国家安全保障対策として、8月21日、シリアのラッカ地域において

車両移動していた容疑者のラヤード・カーンを

RAF(英国空軍)の遠隔操縦航空機による精密照準爆撃により殺害した。

また、そのほかに、ISIL戦闘員二名を殺害したが、その一人は英国国籍である。

民間人の死傷者は一切出ていない…。


イメージ 1


空爆に使われたのと同じ遠隔操作無人航空機、いわゆる「ドローン」

ネットのBBC NEWSから拝借






そしてキャメロン首相は、この行為は英国の自衛権を発動したものであり、

国際法に準拠している、シリアの現在の状況からして、空爆のみが可能かつ

有効な手段であるから、英国個別自衛権として必要、妥当なものであった、

国連安全保障理事会では事後報告を義務付けているので、その準備中である、

と説明し、さらに、昨秋、下院において、英国の国益の危機、および人権侵害の

危険があれば政府はただちに自衛権を行使し、下院議会へは

事後報告すればよい、ということを確認済みである、

法務長官からもこれは合法的な措置である、との

確認を受けている、と説明している。


さらに、この8月の空爆によるISIL戦闘員殺害行為は、

完全に英国の個別的自衛権行使であるが、

今後、イラクのみならず、シリアにおけるISIL をターゲットとする

集団的空爆に英国が参加する可能性が強まっていることを強調している。



この議会演説をよく読んでみると、なぜキャメロン首相が難民受け入れを

表明したのかも見えてくる。

今まで英国はイラク空爆を行ってきたが、最近急速に広がるISILの

テロ行為の予防対策として、

シリアにおいてもアメリカ主導の有志連合のシリア空爆に参加する代償として

シリア難民対策を一歩踏み出して打ち出した、ともいえるのだ。


こうした首相の強硬手段に対して、野党からは批判の声もあがっている、という。


議会演説の最後で、キャメロン首相はこのように言っている。


『首相としての私の一番の使命は英国国民の安全を守ることである。

それを私は常に行う覚悟である。我々の市街でテロリストによる殺害が

行われた、それを止めるにはほかの手段はない。

政府は一瞬たりとも、こうした決定をおざなりにしてはならない。しかし

私はテロリストの襲撃が起きた後で、あの時予防策をとれたのに

なぜとらなかったのかを、議会で説明するようなことは自らが許さない。

それゆえに、われわれが取った措置は正しかった、と信ずるものである』







シリア難民の悲惨な写真をみると心が痛む、しかし、難民の中には

ISILの工作員も潜んでいる可能性がある、という指摘もある。

そしてどれほどが、実際に家を焼かれ、生命の危険にさらされて

シリアから逃れてきた人たちであろうか。


あの浜辺に打ち上げられた幼児の写真は衝撃的であったが、

その後のニュースで生き残った父親がシリアの故郷にもどり、

「子どもたちに将来の希望を与えたかった」と述懐したが、

考えてみると、彼らも絶望的な惨状から逃れるための

難民ではなかった、一種の経済難民であった、と言える。


またある日本人ジャーナリストのブログで、30代の独身シリア男性が

家族親戚からお金を借りてシリア脱出し、辛苦をなめながら

数か月でドイツへ到着したルポルタージュを読んだが、

こうした若い独身男性が難民の中に多くみられるのは

シリアのアサド政権の徴兵から逃れるため、という見方もある。


英国がシリアや周辺諸国の難民キャンプにて自国に受け入れる難民の

審査をするのは、難民をよそおったISILの工作員や、単なる経済難民を

よりわけ、本当に援助が必要な子供たちや家族に限定する目的がある。

工作員の疑惑のある難民はただちに拘束することになるだろう。





メルケル首相の英断は人道主義の最たるものとして感動的であるが、

今後のドイツ国内でのさまざまな意見調整や苦情、またドイツが

EU諸国に課する難民割当制に対しての不満など、彼女に

課せられたツケは大きいだろう。


オーストラリア政府も難民一万二千人受け入れを表明しているが、

米国主導の有志連合によるISIL拠点の空爆参加を発表している。

オーストラリア軍の空爆参加は今後一週間以内に始まるとのことだ。


だんだんきな臭さが増すシリア問題、そして難民が急速に増加する

ドイツ、フランス、そしてスペインも、治安などの脅威が高まるかもしれない。






そんな中で、一つホッとする話題があった。

ネットのSANKEI EXPRESSによると

エジプトの大富豪ナギブ・サウィリスという61歳の男性が、地中海の無人島を

買い取ってインフラを整え、難民をそこへ移住させる『難民国構想』という

アイデアを打ち出した、という。

ギリシャやイタリア沖の一島あたり、約120億円で購入できる、ということだが、

インフラ整備に巨額の投資が必要だろう。

夢物語に近いが、世界には日本の孫正義さんみたいな人が

いるものだな、と少しばかり安心した。









注釈

英国のISIL戦闘員殺害が自衛のためである、という正当性は

国連憲章第51条によって保障されている。



国際連合憲章51条は次のように定める。
第五十一条 この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持または回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。







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