風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

冷や汗

2016年10月06日 | 詩吟
今朝、突然思いだした。

出してない!

長年携わっているKANGIN TOKYO NEWSを必ず毎月1日に投函するという仕事。

なぜか、「処理済み」のインプットがなされ、うかうかと5日が過ぎていました。
なぜ、忘れたのか、なぜ投函したと誤解したままだったのか、なぜ、なぜといくら問うてみてもわからない。

これを、ボケの始まりと言うのだろうか。

毎月1日に投函して、消印は1日であることを必ず守って、続けてきたことなのに。

自分にがっかり。

慌てている上に、プリンターの紙送りがにっちもさっちもいかなくて、挨拶状が1枚足りなくなった。


それは、カラーコピーするとして、冷や汗と大汗をかきかき、20通分の作成を終える。

単純な作業だけれど、はじめたころは、家に缶詰め状態で、何日もかけて、何度も確認作業をしたり、印刷もなれなくて、やり直したり、封筒のあて名と封入の挨拶状との名前を取り違えないようにと考えます。そして、やっと、投函できた時は、疲れ果てるというありさまだったのが、いつのまにか、すべての作業を1時間ほどで、完了できるようになり、出かける前にでもちょいと作業ができるようになっていました。

それを、自覚したのが、ここ1年あまりまえのこと。
それで、気が緩むきっかけとなったのでしょうねぇ。ャJをやってしまいました。

5日も遅れたら、届かないですと、差出人の東京芦孝会会長の野田 芦孝先生に連絡をなさった先生がいらっしゃったかもしれません。

そんな時、決して、咎めること無く、怒ることなく、黙って処理してくださる先生ですから、現時点では、私には届いてない情報です。

もしそうであったら、本当に申し訳ありません。


次回は、秋の錬成会という大事な日に、お目にかかることになっています。
はたして、問い合わせがあった場合、先生は、担当者にどのように、何をおっしゃるのだろう、それともおっしゃらないのだろうか。

こんな時だけでなく、何があっても、とがめだてをなさらない先生です。
いっそ、叱ってくださればと思うのです。どっこいそうはいかない。
自分で気が付いて、自分で気持ちに区切りをつけて、自分で考え、自分なりの結論を出しなさいというお考えなのだなぁと言うことを、はた!と気が付いたのが、最近のこと。

最上級のやさしさなのか、厳しさなのか、あるいは、無関心なのか、凡庸な私にとってわからないことです。

大きすぎるものは、無いに等しいことでもあります。
自分をしっかりとらえてないと、卑下する気持ちが、増幅しすぎて、取るに足らない私なのだと、負い目を感じてしまうことでしょう。

幸い、私は、まだ、卑下するところには至ってなくて、「やさしさ」か「厳しさか」かと考えている段階です。

ただ、「しまった!」とむやみに落ち込んだりしないのは、最近学び始めた『菜根譚』「論語」のおかげかと思っています。

良き師に巡り合えたことは、自分のあるがままを見つめ。そういう足りないだらけの自分でも認められるようになったかなぁと思います。

幸せになる、才能を持ち合わせて、それを磨いているような気分。



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