たびのメモ

ちょっとした外出や旅行等々の記録(最近は神社仏閣ばかりですが…)

H25.8.18 西宮神社

2013-10-28 23:42:41 | 神社
前回の続き。

廣田神社を参拝後、続いて西宮神社へ。

西宮神社
兵庫県西宮市社家町1番17号
<主祭神> えびす大神(蛭児大神)
<社格等> 旧県社・別表神社


全国にあるえびす神社の総本社。
年の始め(1/9~11)に行われる「十日えびす」、特に1/10の「開門神事福男選び」で有名な神社です。
「開門神事福男選び」とは、宵えびすの1/9の深夜12時に神社の全ての門を閉じて忌籠を行い、10日午前4時の十日えびす大祭を厳修した後、午前6時の大太鼓を合図に表大門が開かれ、待ち構えた参拝者が本殿への走り参りを行い、到着順に一番福から三番までが福男として認定されるといったもの。
毎年ニュース等で見かけますが、大勢の人が物凄い勢いで一斉に駆けていく様はなかなかの迫力。
当然、転倒する人も結構いるようで、軽い気持ちでに参加すると怪我しそうですが、一度は参加してみたい気も・・・。(-ω-;)

南門。

車の場合はこちらから中へ。駐車場は奥へ進んで左手に在ります。
尚、東側には赤門と呼ばれる表大門があり、そちらが表参道の入口のようですが、この時はあまり気にせずスルーしてしまいました・・・。/(´ω`;)\
門の左右に連なる大練塀(おおねりべい)と共に、重要文化財に指定されているそうです。

南門を入ってすぐ左手に境内社の沖恵美酒神社。

御祭神は沖恵美酒神。通称「あらえびすさん」と崇められ、えびす様の荒御魂が祀られている。

その奥に隣接して鎮座する南宮神社。

西宮神社の境内にありますが、廣田神社の摂社らしい。

南宮神社向かい合うように本殿へ参道が続く。

こちらでも鳥居ではなく注連縄を掛けた柱が。

しばらく進むと今度は鳥居が登場。

左手の建物は祈祷殿。平成23年に建築されたまだ新しい建物。

参道途中の右手にある庭津火神社。奥にあるのは祓所。

庭津火神社は社殿が無く、塚形の封土を拝する形で。

そして参道突き当りを左手へ向かうと社殿が見えてきます。

赤(朱)が綺麗な立派な拝殿。

横へ廻って。本殿(の屋根)が微かに見える。

本殿は三連春日造(さんれんかすがづくり)と云う珍しい構造で、西宮神社でしか見られない事から「西宮造」とも言われる形式。
向かって一番右が第一殿でえびす大神(蛭児大神)、中央の第二殿に天照大御神及び大国主大神、一番左の第三殿に須佐之男大神がそれぞれ祀らてれる。

社殿左奥にはいくつかの境内社が祀られています。

中央にあるのが百太夫神社(御祭神:百太夫神)で、その右側にあるのは火産霊神社(御祭神:火皇産霊神)。
反対の左側にある小さな社が六甲山神社(御祭神:菊理姫命)で、一番左奥にあるのが大國主西神社(御祭神:大己貴命・少彦名命)。

↑のエリアから南側へ行った所には神明神社(御祭神:豊受比女命)や松尾神社(大山咋命・猿田彦命・住吉大神)が。

右側が神明神社ですが、どうみてもお稲荷さん…。どうやら稲荷社も合祀されている模様。

拝殿向かいには神池も造られています。

大きな島が三つある三島一連の形で、蓬莱山水の様式というそうです。

拝殿正面にはその神池向かって「瑞寶橋」が架かる。いわゆる太鼓橋。

残念ながら通行禁止なようで、すぐ隣に通ってもよい別の橋が掛けられています。

神池の中心辺りにある伊勢神宮遥拝所。

神池には他にも市杵島神社や宇賀魂神社も祀られています。

最後に御朱印を頂きに社務所へ。

建物左側に授与所がありますが、御朱印は社務所入口付近にある別の窓口で。

御朱印をお願いすると「中でお待ち下さい」と言われたので中へ。

えびす信仰資料展示室というスペースがあり、えびす様をかたどった人形やお面、土鈴等が展示されていました。

御朱印。


こちらも阪神淡路大震災で被害を受けた為か、色々な所が新しく造り直されている感じ。
廣田神社に比べて参拝者が多く、少々賑やかだった印象です。
とりあえず、盆休みの旅行についてはこれでようやく終了。もっとリアルタイムな事もたまには書かねば…。

H25.8.18 廣田神社

2013-10-24 22:59:57 | 神社
10月もあとわずかにも関わらず、ブログは未だに8月の事をだらだらとUPしてますが、もう少しで終わりますので・・・。m(_ _;)m

淡路島で伊弉諾神宮を訪れた後、明石海峡大橋を渡って本州へ。
兵庫でも2ヶ所程寄り道しましたが、1ヶ所所目はこちら。

廣田神社
兵庫県西宮市大社町7番7号
<主祭神> 天照大御神荒御魂
<社格等> 式内社(名神大社)・二十二社・旧官幣大社・別表神社


道が少々分かりづらく(自分だけか?)、付近をぐるぐる廻って何とか到着。

社号標や鳥居、燈籠など、参道全体がまだ新しい感じ。阪神淡路大震災での被害から修復されたものなんでしょうか?
尚、駐車場(無料)はこの鳥居の右側付近に在りました。

続いて二之鳥居・・・ではなく、注連縄が張られた標柱。

大阪以西はこのタイプが多いんでしょうか?今回の旅行中よく見かけました。

注連縄を越え、参道右側に参集殿を望みつつ先へ進むと、


またまた注連縄が張られた標柱が。

こちらは古い感じで昔からのものっぽい。

更に先へ進み、突き当りを右に向くと拝殿が見えます。


拝殿への参道右側には摂社の齋殿神社。

御祭神は葉山媛命。

神明造の立派な拝殿。左右には翼殿と呼ばれる小さな拝所が設けられています。

拝殿奥には御本殿の他、本殿右側には第一・第二脇殿、左側には第三・第四脇殿が並ぶ。
御祭神は、御本殿の天照大御神荒御魂をはじめ、第一脇殿:住吉三前大神、第二脇殿:八幡三所大神、第三脇殿:諏訪健御名方富大神、第四脇殿:高皇産霊大神となっています。

拝殿左手にも摂末社。

右から伊和志豆神社、五末社(八坂神社・子安神社・春日神社・地神社・稲荷神社)、松尾神社。

最後に御朱印。拝殿向かって右側にある授与所で頂きました。

神社だと“○○神社”が多いですが、こちらは御祭神名が墨書きされています。

全体的にさっぱりとした雰囲気で、ごちゃごちゃしていない感じが良かったです。

H25.8.18 伊弉諾神宮

2013-10-06 23:40:00 | 神社
前回に引き続き、盆休み最終日の事。
往路はフェリーを利用して和歌山からショートカットしましたが、帰路は淡路島経由。
せっかくなのでと言うべきか当然と言うべきか、こちらへも寄り道。

伊弉諾神宮
兵庫県淡路市多賀740
<主祭神> 伊弉諾尊・伊弉冉尊
<社格等> 式内社(名神大社)・淡路国一宮・旧官幣中社・別表神社


県道沿いに立つ一の鳥居。大きな石造りの神明鳥居。

この鳥居は平成7年1月の阪神淡路大震災で倒壊し、同年11月に再建されたもの。
どうりでまだ綺麗だとは思いましたが、それにしても震災からもうそんなに経ったんですね。
尚、駐車場はこの鳥居右側の道を奥へ行った所に在りました。

一の鳥居を抜け先へ進むと、燈籠が綺麗に建ち並ぶ参道が二の鳥居まで続く。


二の鳥居の先には池があり、池に掛かった神橋を越え、神門に到る。


又、二の鳥居を越えたすぐ左側には『陽の道しるべ』という名の日時計が。

近くの石碑に書かれていた説明によると、「伊弉諾神宮から見た、夏至、冬至、春分・秋分の日の出・日没の方角に御神縁の深い神社が鎮座している」といった感じの事が書かれていました。
例えば、春分・秋分の日の出・日没は真東と真西という事で、東には伊勢神宮、西には対馬の海神神社などといた具合。
レイライン?やらと同じようなものでしょうか?なるほどー・・・と思いつつも、捻くれ者の自分には偶然やこじつけでは?などと感じてしまったり…。まぁ、否定はしませんが。

この反対側には売店。

この建物の向こう側が駐車場で、駐車場側からも入れます。

池放生の神池。何かの工事の為か、水が抜かれてました・・・。


神門の手前左側に手水舎。

豊臣秀吉が大阪城築城にあたって瀬戸内地方から大量の石材を調達したそうですが、その石材を運搬中に誤って海に落としてしまったものを氏子の漁師が引き揚げて手水鉢に刻んで奉納したものらしい。

表神門。

元は随神門だったらしいのですが、明治16年に現状に改められたとの事。

拝殿。


右側(東側)に廻って本殿を。

樹木でよく見えない・・・。

左側(西側)には渡り廊下で祓殿と繋がっていました。


摂末社もいくつかありますが、特に目を引いたのは岩楠社と夫婦大楠。

樹齢約900年というこの大楠は、元は2本の木がいつしか合体して1株に育ったというもので、御神霊が宿るご神木として祀られています。御利益は当然、夫婦円満・安産子授・縁結びなど。

岩楠社の北側にはこんなものも。「頭髪感謝之碑」

石碑に書かれた説明によると、
「髪はカミと訓じ、“神”や“上”に通づる語意で、大古から生命存在の象徴として霊魂の宿るものとして神聖視してきた。~中略~ここに髪に宿る生命の尊さを伝えてきた日本特有の精神文化を継承し、生命誕生を司る大祖神を祀る最古の神域に、頭髪に関わる業界の繁栄と平安を祈念する碑を建立し頭髪感謝の赤誠を捧げる」
・・・ちょっと説明に無理があるような。日時計のように参道脇にあるならともかく、社殿にも比較的近いこの場所にわざわざ置く程のものでもないような気も・・・。

淡路島というロケーションや神社の歴史や由緒等は文句無し・・・なんですが、新しめのモニュメント等についてはう~んという感じ。ちなみに、盆休みに巡った神社でここが一番人が多かったです。観光バスも来てました。

御朱印と御朱印帳。神門入って右手の授与所で頂きました。
 
御朱印帳はちょっと色がくすんで見えますが、実物は綺麗な薄緑です。神社によくある小サイズ。

H25.8.18 大麻比古神社

2013-10-01 23:15:54 | 神社(四国)
盆休み最終日は再び徳島へ。
と言ってもほとんど通り抜けただけですが、せっかくなので一番有名と思われる神社へ。

大麻比古神社
徳島県鳴門市大麻町板東字広塚13
<主祭神> 大麻比古神
<社格等> 式内社(名神大社)・阿波国一宮・旧国幣中社・別表神社


参道入口の大鳥居。近年に修繕されたのか朱色が鮮やか。

鳥居の右脇にはひっそりと末社の天神社が鎮座してます。
尚、駐車場はまだ先ですので、車の場合は車に乗ったまま鳥居を抜けて先へ。

狛犬も新しめな感じ。


大鳥居を抜けると約1km程の楠並木の参道が続く。


しばらく参道を進んでようやく到着。

橋(祓川橋)の先のエリアが駐車場。ちなみに、ここ以外にも第一から第三駐車場まで在ります。
正月とか以外であればよっぽどの事が無ければここで大丈夫かと。

駐車場に車を置いて先へ進むと、正面にご神木が登場。樹齢約1,000年余りの大楠。


ご神木の辺りにあったフクロウの彫刻。最初は何の像かよく分からんかった…。

氏子の彫刻家の方がが奉納したものらしい。

ご神木の裏にまたまた注連縄を張った標柱が見え、奥には社殿が。


拝殿。


本殿の裏側(北東側)から。


本殿裏側には末社がいくつか。

右側の見切れている所に豊受社(御祭神:豊受大神)があり、中央に山神社(大山祇神が在り、

一番左側には中宮社。正面には鳥居と更に奥へ続く通路が。

それぞれの御祭神は、豊受社:豊受大神、山神社:大山祇神、中宮社:?(中宮社だけ御祭神が未記載でした)。

鳥居の右側には奥宮遥拝所が。

奥宮(奥宮峯神社、猿田彦大神が御祭神)は神社後方の大麻山(標高538m)の山頂に鎮座。
1~2時間で登れるとの事でしたが、今回は時間の都合で残念ながら断念・・・。

更に奥へ進むと“ドイツ橋”と呼ばれる石橋が掛かっています。

ドイツ橋については下記を参照。由緒書によると、
第一次世界大戦当時、近隣の板東俘虜収容所で捕虜生活を過ごしたドイツ兵士が、地域との自由な交流の中で地元への感謝の気持ちを込め、母国の優れた土木技術を生かし、大正六年六月から大正八年六月までに十の橋を造った。
木橋が六橋、石橋が四橋で、現存するドイツ橋は同八年六月に神社境内の丸山公園に造った最後の石橋である。
今では日独両国の友情の架け橋とされています。


尚、先程の奥宮遥拝所の脇にもドイツ兵捕虜が造成した池(心願鏡の池)があり、こちらにも石橋が掛けられています。

こちらは“メガネ橋”と呼ばれるもので、完成はドイツ橋より少し前の大正八年四月との事。
ドイツ橋は保存の為、通行不可となっていますが、メガネ橋は通行可能。

ドイツ橋の先には鳥居と階段が見え、階段を上った先には丸山社と丸山稲荷社があります。


御朱印。

拝殿向かって左手の授与所で頂きました。

奥宮へ登らなかったのが唯一の心残りですが、近くに住んでいたらちょくちょく来たい感じの良い雰囲気の神社でした。