粗茶淡飯

中国・台湾・日本のお茶に関する色々。執筆者・徳田志保。

テイスティング(拝見)の意味③

2016-09-10 06:00:25 | お茶のテイスティング


茶農家さんで作られた紅茶をテイスティング


②「品質」は資本主義の国においては、ものやサービスによって生じるコスト(損失)のこと。

品質が良いお茶とはどんなお茶なのでしょうか?お茶を生業とするのであるならば、作りの良し悪しを見るだけでは不十分です。それに生じるコストが高ければ、生業として成り立たないからです。

例えば、煎茶を作っていた生産者が、紅茶を作って自販したとします。仮に共に同じ単価で全量販売出来たとして、煎茶のコスト(人件費、機材、肥料、設備投資等)が紅茶より高かったとすれば、品質が良いのは生産者にとっても、消費者にとっても紅茶となります。

流通も含めて、作る者、売る者、買う者相互がハッピーになれる商品が、品質の良いものです。

それであって、作りの良いもの、美味しいと思うファンが多いもの、それが良茶です。

品質の云々、美味しい不味い、好き嫌い、これらの言葉をごちゃ混ぜにして一線上で考えてはいけないのです。

小難しい話になりましたが、では、上記のセオリー通りのみがパーフェクトな正解なのかと言えば、それは違うでしょう。人には情というものがあり、たとえ物であっても、自分の理想を求め、そこに加点していくという選択肢があります。

近年の中国での高級茶の高騰は、個人ユーザーの個々の思いの強さがあって、旺盛な買い意欲となって表れたものでした。ただし、そこに深く入り込みすぎると経済活動そのものは、いずれはお茶も例外なく破綻してしまうことも忘れてはいけないと思います。そこを弁えて行動できるかが、プロか否かの違いではないでしょうか。

以上少しくどくなりましたが、テイスティング(拝見)は「内在」「品質」…この2つを念頭において行わなければなりません。ですから、好みかどうか、美味しいか不味いか、好きか嫌いかの意見は不要です。

余談になりますが、実は今になってみると、私が当時中国でしょっちゅう質問していた「审评」とは何ですか?という問いかけは、私自身も盲点に気づいていなかったと反省しています。というのも中国では過去の政治的な思想や経済運営から急速に、かつ劇的に変化した歴史があるため、上記のような考え方が定着しているとは言い難く、つい最近までは品質に対する考え方が使用感や質感、人の道徳観など、人間の感覚や概念に頼った判断が主流だったからです。経済の元々の成り立ちや背景が全く違うので、漢字で書くと同じだから…とやると、中国での勉強はとんでもないことになります。

以上、最後はとりとめのないお話になりましたが、このお話はまたしばらくしたらブラッシュアップして、また書き直したいと思います。


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