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第60話 「衰える」


何年か前から食べたものが、飲みこみにくくなり、そのうち
なにかの拍子に飲み物までが気管にはいってむせて、いつまでも咳こむようになった。
そういえば父親は、「誤嚥(ごえん)」がもとで亡くなったんだよな。

 「なんかさー。食べたものが気管に入って、いつまでも出ないんだよな」と、仲間がせき込みながら言っている。
もう、おなじ年齢の仲間の体はおなじような故障がおきるのだ。
べつに焦っているわけではないのに、ものを食べたり酒を飲んでいてむせるわたしに、いろいろと調べた女房は
「歯科医院で改善の指導をしてくれるようだよ」と。
どうやら、ときどき母親のところへ来る介護師さんに聞いたらしいのだ。
というのも10年前に亡くなった父親は、好物のアロエヨーグルトのアロエが気管に入り、数日のあいだ集中治療室で生死をさまよい、いっとき意識を取りもどし家族と数時間会話をしたものの、肺炎を併発。家族が交代で付き添った一週間ごの、女房がつく深夜亡くなったのだ。

個人タクシーをしていた父親は、大方三どの食事は自宅でとっていて、よくむせていた。また食べながらぼろぼろとごはんを下に落とし、当時飼っていた犬がそのことをわかっていて、知らない間に父親のご飯どきになると足もとにちょこんと座り、食べこぼすのを待っていた。
家事すべてを仕切ってそんなことをみていた女房は、私がせき込むたびに「父親と同じ症状だ」と、いろいろと調べたらしいのだ。
地域包括支援センターというところの専門員が来て、何点か質問をして
「いいですか。十数の問のうち三問以上当てはまれば、無料で指導を受けることができますから…」と。
聞くと、いま指導を受けているひとのほとんどが後期高齢者のようで、なおかつ脳梗塞などの病気で体の機能のどこかに障害を持ち、そのために満足な食事ができない。“飲み込みがわるい”だけで、あたま以外はほかに悪いところのないわたしのような者はまれなのだ。
なんとか三問当てはまるようにして、指導を受ける歯医者さんを決めたのである。
月に一回四か月のコースで、歯医者さんへ行くと
「口を大きく開けて、あーと大きな声をだしてください」と
先生
「馬鹿にしないで、もっともっとおおきな声をだしてください―」
<まるで小学低学年か幼稚園じゃないか>と、おもっているわたしのこころのうちを、当てたようだ。
そして
「口やのどの筋肉も他とおなじで、年齢とともに衰えるのです。だから鍛えもどしてやらなければならないのですよ」と、
なるほど

「先生―ということは死ぬまでこの訓練はつづけなければ…」と、わたし
「そうです」と、先生はこともなげにいう。

仕事をしながら思い出したように口を動かし、舌を出し、だれもいないのを見計らって声をだしながらふっとおもった。
もしかして「心(精神)」も同じく鍛えていかないと衰えるのかな!?
かつての生きるために必死になった時代と違い、物質面ではすべてが満たされる現代。
“心を強くする”って極めて難しい問題だなー、と考えるきょうこのごろだ。

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