こんにちは。
折角大陸に居るのだし、とこちらに来てからというもの、
折にふれてネットで古書など漁ったりしているのですが。
先日、私の研究とも関係ある「奉天私立回教文化学院」の後身、
「瀋陽市回民中学」校史(董洪澤・韓晶主編『多彩的樂章‐瀋陽回中史話』2004年)が売られているのを見つけ、どんなものかと買ってみました。
同書の内容は「解放」以後の事象に関する記述が殆どで、
これまで專ら戦前戦中のことを調べて来た当方にとっては、勉強にはなるものの、
目下取り組んでいるあれこれに使えそうなモノがあるかというと、ちと微妙。
ただ、日本の敗戦以後も当地に残った日本人の子弟が、
回民中学に入学・在籍した、という記述は少し気になりました。
該当箇所によると、「満洲国」崩壊以後もその特殊技能(医療技術等)によって、
中国側から当地に留まることを請われた日本人の子弟たちの中には、
当時の伊光中学(54年回民中学と改称)に通う者も少なくなかったそうで。
そもそも同校校舎が日本人経営の女子校(鍋島女子高等学校)の校舎を使用していたこともあり、慣れ親しんでいた人が多かったというのもあるのでしょう。
最大時で在籍者は50余名だったとのこと。
党も日本人学生が不都合なく勉強出来るよう、中国人学生たちに色々「指導」したのだとか。
53年5月以降、同校所属日本人学生の多くが帰国の途に就きますが、
彼らはその後も同窓会や大陸の恩師との交流を通して、
母校で学んだ思い出を懐かしみ、温めてきたとのこと。
日本人卒業生による回民中学への訪問も、年号が昭和から平成に変わった後も続いたそうです。
(「在回中讀書的日本學生」pp.122-124.)
で。
私、正直なところ、「日中友好美談」的なモノは余り受け付けないタチなので、
彼らの「日中交流」等には左程興味ないのですが。
回民中学で学ばれた方々が在籍時に感じた「時代の空気」とか、
或は当時の回民子弟の印象とか、そんなのはちょっと興味あるのですよね。
文献だけからはわからないコトもありますし。
また予定が立てば、遼寧は2・3回行くつもりでしたので、
回中にも一度お邪魔する機会が持てないか、図ってみてもよいのかも。
であわよくば日本のOB・OGの方々の連絡先なども…というのは厚かましいか。
何にせよ「清真学校」の問題は今書いているモノには入ってくるので、
今後も出来るだけ調べてみることにしますか。
しかし、今回に限らず、当時の東北回民絡みで調べていくと、
戦後になっても、日本との繋がりが見つかることが多々あります。
よくも悪くも、縁浅からぬ地域だから、当然と言えば当然なのかもしれませんが。
それでは。