Paul Celan (14)

2016年11月11日 | Paul Celan




FLÜGELNACHT



Flügelnacht,weither gekommen und nun
für immer gespannt
über Kreide und Kalk.
Kiesel, abgrundhin rollend.
Schnee. Und mehr noch des Weißen.

Unsichtbar,
was braun schien,
gedankenfarben und wild
überwuchert von Worten.

Kalk ist und Kreide.
Und Kiesel.
Schnee. Und mehr noch des Wießen.

Du, du selbst:
in das fremde
Auge gebettet, das dies
uberblickt.







翼の夜



翼の夜が 遠くからやってきた そして今度は
永遠に翼を拡げた
チョークと石灰の上に。
小石が 奈落へ転がってゆく。
雪。そしてふたたび白の。

見えない
褐色に見えたものは
思想の色そして荒々しく
言葉が繁茂している。

石灰が存在しチョークも存在する。
そして小石も、
雪。そしてふたたび白の。

おまえ おまえ自身が
他人の眼の中へ祈った その眼は
すべてを見ぬいている。





■この詩は、最終ブロックのdies(これ)がなにを指すのか、すこし迷いました。はじめ、duかとも思いましたが、それなら、4格dichでないとつじつまが合いません。幸い、このテクストは、ツェランのフランス語訳がついています。それで確認すると、embrasse tout ça d'un regard「このすべてを一目で見て取る」、となっていました。tout(すべて)を入れてメリハリをつけているのですね。そこで、日本語でも、そのニュアンスを生かすことにしたわけです。

この詩は、おそらく、ツェランの収容所体験が反映されているのでしょう。色に注目すると、チョークや石灰、小石、雪、褐色の思想の色といった白とグレーと褐色で統一されていることがわかります。きびしく悲惨な冬の収容所の風景を色でも表現していると言えるのではないでしょうか。






Paul Celan (13)

2016年05月08日 | Paul Celan






EIN AUGE, OFFEN



Stunden, maifarben, kühl,
Das nicht mehr zu Nennende, heiß,
hörbar im Mund.

Niemandes Stimme, wieder.

Schmerzende Augapfeltiefe:
das Lid
steht nicht im Wege, die Wimper
zählt nicht, was eintritt.

Die Träne, halb,
die schärfere Linse, beweglich,
holt dir die Bilder.






ひとつの目は開いたまま




時また時、5月の色をして、冷ややかに
もはや名づけようもないものが、激しく
口の中で聞こえる

ふたたび、だれでもない者の聲

痛む瞳の奥
まぶたは
邪魔だてをしない まつげは
入ってくるものを数えない

涙は二分の一
鋭くなった水晶体がよく動き
おまえにその像をもたらす







■俳句のように、無駄のない文体。sein動詞が入ると力が弱まるため、そして、リズムのために省略されている。最後のdie Bilderには定冠詞がついている。さらに複数形である。「その(さまざまな)像」とはなにか。ツェランの戦争体験に関係することが想像されるが、ツェラン個人の体験を超えた多様な戦争体験というニュアンスも感じられる。




Die Gedichte: Kommentierte Gesamtausgabe
クリエーター情報なし
Suhrkamp Verlag Gmbh









Paul Celanを読む(12)

2013年05月10日 | Paul Celan






Gut

Paul Celan

Gut, daß ich über dich hinflog.
Gut, daß auch ich mir erklang, als der Himmel dir quoll aus den Augen.
Gut, daß ich sah, wessen Stern darin glomm-
Gut, daß ich dennoch nicht aufschrie.

Denn nun gelt dir die Stimme im Ohr,
die mich wild vor sich herstieß.
Und der mich peitschte, der Regen,
meißelt dir jetzt einen Mund,
der spricht, wenn die Sterne schrumpfen,
der schwillt, wenn die Himmel verebben.






よきかな

                          パウル・ツェラン

よきかな わたしがおまえを飛び越していったのは
よきかな 空がおまえの目からあふれ出たときにわたしも鳴りだしたのは
よきかな そこで暗く輝く星がだれの星なのかわかったのは
よきかな それでも叫び出さなかったのは

そう 声がいまおまえの耳の中で響いているのだから
わたしを耳のまえで乱暴に突き飛ばした声が
そして雨がわたしを激しく打った 雨が
いまおまえに一つの口を彫っている
星また星が縮むとき口が語る
空また空がしづまるとき口がふくらむ







Paul Celanを読む(11)

2013年01月07日 | Paul Celan

AUCH HEUTE ABEND

Paul Celan

Voller,
da Schnee auch auf dieses
sonnendurchschwommene Meer fiel,
blüht das Eis in den Körben,
die du zur Stadt trägst.

Sand
heischst du dafür,
denn die letzte
Rose daheim
will auch heute abend gespeist sein
aus rieselnder Stunde.




今宵も
パウル・ツェラン

雪が
光の渡って行ったこの海にも降ったので
おまえが街へ運んでゆく籠の中は
氷が花と咲き乱れている

だから
おまえには砂が必要だ
家では最後の薔薇が
今宵も
流れ落ちる時を養分にしている



初出『Coal Sack』74号




Paul Celanを読む(10)

2012年09月04日 | Paul Celan






ANDENKEN

PAUL CELAN




Feigengenährt sei das Herz,  
darin sich die Stunde besinnt
auf das Mandelauge des Toten.
Feigengenährt.

Schroff, im Anhauch des Meers,
die gescheiterte
Stirne,
die Klippenschwester.

Und um dein Weißhaar vermehrt
das Vlies
der sömmernden Wolke.



思い出

パウル・ツェラン




無花果の栄養よ 心臓に行きわたれ
その中で時が思い出すのは
死者の切れ長の眼だ
無花果の栄養よ 行きわたれ

切り立って、かすかな海の気配
難破した

岩礁の姉

そしておまえの白髪の周りで
羊毛が
作付けする雲を増やしている







Paul Celanを読む(9)

2012年04月09日 | Paul Celan






MIT WECHSELNDEM SCHLÜSSEL

Paul Celan



Mit wechselndem Schlüssel
schließt du das Haus auf, darin
der Schnee des Verschwiegenen treibt.
Je nach dem Blut, das dir quillt
aus Aug oder Mund oder Ohr,
wechselt dein Schlüssel.

Wechselt dein Schlüssel, wechselt das Wort,
das treiben darf mit den Flocken.
Je nach dem Wind, der dich fortstößt,
ballt um das Wort sich der Schnee.




取り替る鍵で


取り替る鍵で
おまえは
語られることのなかったものが
吹雪いている家を開ける
おまえの眼から口から耳から
流れ出た血で
おまえの鍵は取り替る

鍵が替ると 言葉も替る
それは雪といっしょに
吹き飛ばされていい言葉
おまえを突き飛ばす風で
言葉のまわりの雪が塊になる






Paul Celanを読む(8)

2012年04月09日 | Paul Celan





AUGE DER ZEIT


Paul Celan





Dies ist das Auge der Zeit:
es blickt scheel
unter siebenfarbener Braue.
Sein Lid wird von Feuern gewaschen,
seine Träne ist Dampf.

Der blinde Stern fliegt es an
und zerschmilzt an der heißeren Wimper:
es wird warm in der Welt,
und die Toten
knospen und blühen.



時の目

              パウル・ツェラン




これは時の目だ
七色の眉の下から
横目で睨む
瞼は火に洗われ
涙は水蒸気になる

盲目の星がその目に飛び込むが
熱いまつげに触れて溶けてしまう
世界は暖かくなる
そして死者たちは
芽吹き 花開くのだ