クリスマス四句
母と児といたみ分かちて聖誕祭
児は神、天からヒトとなってこの世界に来られた。神が人間に堕して、という「いたみ」を負って。母は処女、世界でだれも経験したことがない「処女受胎」をした。だれからの祝福もないと思えるいたみを負って。母と児は、いたみを知り、そのいたみを分かち合ってこの世に親と子となったのだ。
キリストの恵みは、富んだ人・力ある人・己に自信をもっている人・勝ち組のところにでなく、苦しんでいる人・病んでいる人・負い目を負っている人・自分を負け組と思い込んでしまっているひとたちのところに及ぶのだという、「祝福のメッセージ」。それが、いたみから生まれ出た「福音(ふくいん)」なのだ。
クリスマス飼葉のなかに神光る
生まれた子どもを寝かせる宿屋はなかった。「宿屋には彼らのいる場所がなかったのである」(新約聖書「ルカによる福音書」2章7節)。家畜の糞尿(ふんにょう)とともに飼い葉おけに寝かされた赤ちゃん。しかし、その赤子こそが世を救う光、暗いさみしい世に灯る希望の明かりなのだ。
ヒトなる赤ちゃんは、同時に神なる赤子であるという、この不可思議。最も弱い存在であるヒトなる赤ちゃんが、同時に最も強い神なる赤子であるという、この不可思議。
みどり児の声の響きや聖誕祭
赤ちゃんのイエスは、完全なるヒトなので、激しく泣き声をあげただろう。その泣き声は、世界中に響き渡った。
待ち望まれた児が、ちちははのもとにやってきたとき、父と母は、吾子の声が世界全部に響き渡れと願うに違いない。―聞いてください、わたしたちの子どもが今この世に生まれ出たんです。聞こえますか、このすばらしいイノチの声が!
明日へ継ぐ今日の命やクリスマス
生まれ出た命は、生へと出発するが、それは同時に死へのカウントダウンの始まりでもある。
けれどひとたびこの世に誕生した尊い命である。今日をいとおしみつつ明日へ希望を抱き続けるのだ。「神の愛」という大きく温かく優しい布にくるまれて。
けれどひとたびこの世に誕生した尊い命である。今日をいとおしみつつ明日へ希望を抱き続けるのだ。「神の愛」という大きく温かく優しい布にくるまれて。
*新約聖書「ルカによる福音書」2章6節~7節―彼ら(ヨセフとマリア)がそこ(ベツレヘム)にいる間に、マリアは月が満ちて、男子の初子(ういご)を産んだ。そして、その子(イエス・キリスト)を布にくるんで飼葉桶に寝かせた。
●ご訪問ありがとうございます。
イルミネーションが各地に輝き、子どもたちへのプレゼントが店にあふれてきました。キリスト信仰の初めが、イエス・キリストのご誕生であるこのクリスマス。
毎年、わたしも信仰の再点検を迫られながら、かつて、孤独に過ごしたクリスマス、妻や子どもらと過ごしたクリスマス、労働に追われながら迎えたクリスマス、臨終の床にある家族とともに過ごしたクリスマスなどなどを思い出します。
今年は、病を負った妻と、まことの平和と平安を祈り求めつつ迎えたいと思います。