お気楽ご夫婦日記

ええかげんなダンナと天然のカミサンの心温まる?日々の記録です。

ぎふ2

2007-11-24 | Weblog
まさかこんなに一気に寒くなるとは思わなかった。

でも雪にはまだ少し早いので、じゃあ岐阜的には今がベストなのかも?
と思ったら、
コレがほんまにベストで、天気はいいわ、大気は澄んでるわ、紅葉はキレーだわでサイコーですた!

岐阜
ってところが実はボクもほとんど初めてで、例によってなんにも調べてないのでとりあえず岐阜城、と

あと
来る途中夜の高速で見つけた観覧車のあるハイウェイオアシスもいいなー、とこんくらいで、
例によって時間がないので夜行で出立、
でも四日市からだと早いんだね~、1時間で各務原インターに着いちゃう。

ほえ?もー着いた?
くらい早い。

そして、何時もはマヨイに迷って着くはずのホテルも、走ってて偶然カミサンが
「ここちゃう?!」「おおっ!ここやんけ!」
と奇跡的にドンピシャで到着。

チェックインが9時半。
いつもこんくらいだと腰も楽なんだけどな~、と受付へ。

このホテル、名前はビジネスホテル○○館なのでしが、どこをどーみても、、、
旅館、であります。
●●館ってゆーくらいでホントに一昔前のお宿。

受付の愛想笑いのすてきなオジヤンが「お部屋はソコです」「そこ?」
受付からそのまんま廊下がのびてるその先の扉のところの

『特別和室』

ドアを開けて入ると鍵の手の通路、曲がって正面にお風呂、その右手に洗面所。
アパートっぽい。

部屋はどこや??と思ったら曲がったところの扉から二間続きの和室。
8畳と10畳くらい。

天井には蛍光灯。なぜかお布団が3組敷いてある。

うちみたーーい^^

この年代モノのビジネス旅館は、これが結構落ち着く。

例によってビールとチューハイで乾杯しこの日は早く休みますた。

・・・・・・

あけて翌朝
さぁ朝飯!

食堂はどこやどこや?と思ったら1階の喫茶店、
ここを契約してるのですね、よくあるパターン。

だがてっきりバイキングだと思い込んでたダンナ
『和洋の朝食付き』って書いてあったんだ。

当然喫茶店は『和』or『洋』なんだが納得しないダンナ
「和食と洋食、どちらになさいますか?」←うえーとれすのオネーチャン
「両方」
「へ?」
「だから両方」

カミサンは、また言うとる、てなアキレ顔。
「両方、だめ?」
「ちょっと両方は…」

トーゼンである。
「じゃご飯のお代わりできる?」
「…ちょっと聞いてきます、、、」

かわいそーなウエートレスさん^^;






ぎふ

2007-11-24 | Weblog
この前の木曜日は岐阜。

サイキン休む間もない、しんどい。
でも行く。

今回も仕事半分遊び半分、まっいつもそう。

仕事だけにすればそんなに疲れないのに遊ぶのでしんどい、
でも遊ぶ。

おかげで床屋にいけない。

来週は何とか髪をきりたい、のでカミサンに一応話すと

「じゃあ行かしたるわ」( ̄^ ̄*)エッヘン

なにさまやぁぁぁぁ

さいきんワタシがなんかヘマをすると
「もー遊んだらへんよ」( ̄^ ̄*)エッヘン

だからナニさまやぁぁぁぁ

クソッp(T◇Tメ))))ゼイゼイ

なんか疲れたので
以下
次回に








nazeka伊賀上野5

2007-11-24 | Weblog
どーしても思い出せん。
調べてもワカラン。

その池ですが、、、

なんか昔、
なんか大蛇だか河童だかが出たので、どっかの誰かがナンカして、そこでなんとかなって、、

んでその池は「なんとか池」と呼ばれている、という

まっそんなことで^^;)☆\(-_-;)お、おい!


その池のほとりに一軒の工房がある。

なんかよさそーなので入る。

そこは谷本洋、あけみ夫妻のギャラリーでありますた。

伊賀焼のぐい飲みやお皿なんかがごろごろあって、見てるとほしくなる。

しかし我慢する。

お茶まで出していただいて、ちょっと気が引けましたが良い時間をいただきましたアリガトー、とお暇する。

出てからカミサン
「おとーさん買えへんか思ってひやひやしたヨ」などと言う。

こゆとこでよくダンナは“知ったか”をするのであります。

(━_━)ゝウーム

 と、いかにもワタシャ陶芸にはチョッチうるさい、などという顔をする^^;

んで、いきなし

「これください!」

んで
あとで後悔する。

谷本さんは、おか○横丁でお世話になった陶芸家で同い年でもあり、なんかソユので本音はイッコくらい作品がほしーのだが(お金もないし)、

一応カミサンに谷本さんの伊賀焼きはウンタラカンタラなどと、出鱈目の薀蓄を披露して「へーーそーなん」と感心させといて

「うっそぴょーーん!」と言うことで^^;ギャラリーの巻き完結!

そして以上で
伊賀上野も完結!

次回は岐阜


nazeka伊賀上野4

2007-11-18 | Weblog
寺町を横目に一本東の通りを広小路方面に歩ってゆきますと、ちょっと鍵の手のようになった道の脇に一歩下がって、なにやら怪しげな建屋が。

倉庫のような、商店街のようなソコは公設市場。
イカにも鄙びた、タコにも萎びた雰囲気。

ガラス扉を手でぎゅっと押して進入。

15~20軒くらいのこじんまりとしたお店スペースに、開店してるのがその四分の一くらい。
ボクラの前、一人のおばあちゃんが一軒の乾物屋さんでナニカ買っている。

そんだけ

ちょっと進むとスグ左に折れる。すぐ出口。さっきの鍵の手の向こうの道にでる。

かつては大勢の人で賑わったのであろーか。

なんとも言えない昭和の匂い。
しかし、

入ってる人たちは厳しいだろう。

「はいーエコデスさん都合により立退き!明日から上野の公設市場に移転してくださ~い」とかモシなったら、、、

ヽ( ゜□ ゜;)ノ がびーーん!(T◇T;)チョットマッテクレェェェ!
ってなるもんなぁマチガイナク。


少々シンミリした気分で外に出る。

ここを右に折れれば広小路の駅があった!(見たかったo(≧◇≦)o悔しー!)

後で気づいた道の角には鬱蒼とした神社。

どうやら天満宮、なぜなら牛がいる。
菅原神社、でありますた。

カミサンに
「この牛を撫でるとなー、、、」
「なになに??」
「賢こなるんやに」
「ほんと?」すりすりすりすり
「うっそぴょーーん!」

……
ボカボカボカボカ"/"/(×。x)いたたた

で^^;

駅が見れなかったので線路

しっかり単線。


こっから行き来た道の一本東を登って帰路に。

しかし
帰り道でマタ不気味な池を発見。

その名も、、、

忘れた^^;

次回までに調べときますです。
(やはり完結せんやったか)





nazeka伊賀上野3

2007-11-17 | Weblog
この城の石垣はナンセ高っかい。

内堀に沿ってくるっと歩ってると所々紅葉も見られます。


そのあと俳聖殿から忍者屋敷

当然入館せず、
で、
この一体はそこそこにして、本日のメイン、上野のまちの散策に繰り出す。

今思えば写真ポイントは結構あったのに町の写真は撮ってない。非常に悔やまれる。

いやいい町だったんだって、今思うと。


公園から南に下り近鉄の線路を越えてマズ上野市駅。

ん?なんだなんだ??

、と思ったら忍者がへばり付いとる^^;

さすが上野であります。

こっからさらに南に細い商店街を抜けて歩いてく、間口の狭い小さな喫茶店やら洋服屋さんやら、昭和の時代を思わせるような風情がここかしこに。

のーんびりする。

特に整備されたような町並みでもなんでもなく、かえってコユところはもうドコの駅前にも残ってないような貴重な町並みでしたが、

実は
駅前の再開発が計画されてて、

確かにここに住んで生活してる人たちにしたらもぅ少しコンビニエンスな要望が出るのは当然なのでしょうが、、、
惜しいキワメテ

気まぐれな風来坊が楽しめるところがどんどん減っていきますね~


一渡り歩いて、東のほうに転じると、お寺が山盛り連なってる町があります。

その名も寺町

歩いてて思い出したのですが、この界隈は以前来た事があって、ある和菓子屋さんに仕入交渉に来たときの話。

着色料無添加で和菓子の製造をお願いに来たんだタシカ。

しかし和菓子といえば季節季節の風情をモチーフにした色彩が命。
職人さんにしたらソコは譲れない。

じゃあせめて合成着色料を止して、天然の着色剤に変えられないか、とお願いしたところ、
天然でもできるが良い色合いを出すには、合成の何倍も使わないといけない
と言う事で、

この屋の主は
「はたしてそれで安全といえるんでしょうか?」とボクに言いました。

天然着色料の中には本来食品でないものから薬品によって抽出されるもの等も多くあります。

一旦商品になってしまったら、お客さまに判るのは、品質表示ラベルのところに書かれた
「合成着色料」と「天然着色料」の文字だけ

なので、
そりゃあ「天然」と書いとけばアピールはできる。

でも使用料の多少なんて判らないし、天然でもホントに安心できるかのデータにも乏しい。

やめとこう、と
当時のボクラはこの商材の導入を断念する事にしますた。

なぜなら、

当時ボクラの安全に対する意識は、販売促進に利用するという考え方じゃナシに、
自分の家族に食べさせたいか?という一点を拠り所にしたものであったからなのです。



さりげなく自己主張を述べて^^;

次回いよいよ伊賀上野完結でし!(たぶん)













nazeka伊賀上野2

2007-11-12 | Weblog
今回はもう、きっと簡潔にいきますので夜露死苦!



上野城でし。

しかし
上野市、というのがもぅない、と

さびしい限りであります。


さて、今回ですが、

テーマは「町を歩こう」
まぁ今回に限った事じゃゼンゼンないっちゃない。いつも○○をあるこー!おー!
が、
うちのテーマ。

なぜなら
これが一番金がかからん。

しかも運動不足解消、気持ちがいい。
いいことだらけ。

そんなわけで、

まずは、上野城の公園駐車場に車を止めて“観光地のベタ”からスタートでし。


上野城は2回ほど来てるはず。子供連れて忍者屋敷も行ったはず、

なのに風景にあんまし覚えがない。
だいぶん間が開いてるのですね。

ただそんだけじゃない。

サイキン二人でぶーらぶら歩くことを始めて、たぶん一回来たとこでも景色の見え方が違うんだと思います。

これは『進化』と呼んで差し支えなかろう!
その証拠にこんなものを発見!まえ来た時こんなのあったかなー


お城の周りをとっとこ歩いてますと、所々紅葉もチラホラ綺麗で、なんと言っても天気が良い。
なにより、であります。

このお城は天守が高いとこにある。
名阪からでも見える。

石垣が高い。ソコからの風景が上の写真でありまして、かの横光利一もこの風景を見ていたのであります。

文学少年くずれのダンナの好きな作家の一人。

文庫の短編集を読みふけっておったアノころの記憶がヨミガエル。

ナポレオンと田虫
たしかそんな妙な題名の短編があった。

「御身」「蝿」「春は馬車に乗つて」「機械」

みんな読んで感動した事は覚えておるのですが、、、
内容はさっぱり覚えていないという、このなんというか^^;

ぜひモイチド読みたくなりますた。

トーゼンながらカミサンは知らない、横光のヨの字も。

そこで
せっかくなので横光利一とカミサン^^;


遠めの逆光で見るとかわいいでしょ?^^;

そーいえばカワイイで思い出したんですが、、

このまえお店でカミサンを始めてみて、
「20代に見えるよー」といってくれた方があって、

本人のいない時だったので伝えてあげたところ、

「えーほんまにぃーー!」
も~喜んだ喜んだ^^

アキラカニお世辞やっちゅうのんなもんわからんか



















nazeka伊賀上野

2007-11-10 | Weblog
今回、「なぜか」のとこを何故かアルファベットにしてみますた。

特に意味はございません。

で、
なぜ上野か?とゆいますと、
「今度の木曜どこいこ♪」

というカミサンに、

この日は津で仕事なので、そのあとはまぁ北か、西か、どっちかやと思案の末、

久々に伊賀方面は、、、と考えたときフト浮かんできたのですある歌が。

 くわまち かやまちぃ~い ひろーこぉぉおじー もすこし揺られてぇー 上~野ぉまちぃ~♪          

そう西岡たかし氏の上野市(ウエノマチ)、であります。

しらんだろーなー^^;

カミサンに歌ってあげますた。

 くわまち かやまちぃ~い♪(以下略)
しらん そりゃしらんだろーなー^^;
「市内を電車がはしっとる古いええとこやに」
「そこ!」

で、上野まちへ。
















伊賀上野行き

2007-11-08 | Weblog
今日は津によったあと、なぜか伊賀上野に行ってきますた。

んで、

久々に写真撮ってきますた。

自宅のPCから写真取り込みができないので明日から新連載

『なぜか伊賀上野』スタートでし!


たぶん…

迷惑メール近況

2007-11-07 | Weblog
こんなのが来ますサイキン


タイトル:
 『ルーマニアの色白巫女』

ギャハハハ(≧∇≦)ノ彡☆バンバン!


内容:
 ルーマニアのオルテニア地方に存在する世界遺産に登録されたホレズ修道院。
 18世紀からその修道院で夜な夜な繰り返された●交の儀式を遂に映像化!

ギャハハハ(≧∇≦)ノ彡☆バンバン!


すごいっしょ?^^;

おもわずうけてしまいますた。


・・・・・・

m(_ _)mごめんなさい _(__;)ゞ 反省~


でもこんなのショウバイになってるんやろか?

ウチもちょっと考えてみるか?( ̄へ ̄)ウーム\( ̄◇ ̄;) おい!



曽爾高原3

2007-11-06 | Weblog
今回すでに

『3』

ですが、よく考えるとマダ出発もしてない。

これはいかん。

ので、
簡潔にイッキに行きます!


もういつだったかすっかり忘れてしまったある日、
(御在所や奈良の前ですねタシカ)

青蓮寺湖に行こう、と

といってもぶどう狩りと言う訳ではなく、最近ダム付いているこのふーふ

青蓮寺ダム辺りの散策を目的に出発したので、曽爾高原のソの字も最初はなかったのであります。

安濃ダム、宮川ダム、三瀬谷ダム、ふるくは蓮ダム、君ケ野ダムなどなどを制覇し
これは青蓮寺も行っとかな、と、なぜならば貯水量、高さともこのダムは三重ダムのベスト3に名を連ねているわけでありますウーム。

んで行きますた。

キレー!ですた。

まだ紅葉には早かったのですがキレー。

スケッチなどする暇もなくうんと歩いて(T∀T;)ハァハァ、

帰りは折角なので香落渓にでも寄って、美杉へ抜けて帰ろうということになりますた。


ダム行きには2つのパターンがあって、奥山の源流近くにあるダムではもうそれ以上川上にはいけない、(車では)行く道がない

しかしこの青蓮寺ダムから続く青蓮寺川は、ダム湖が途切れ普通の川になっても山間を縫って、香落渓谷を形成しつつ南へ南へさかのぼれ、、

その先はナント高見山地まで達しているのであります。

分水嶺を越えると櫛田川水系、ボクの故郷じゃあないか。

そのマタ南に、もひとつ山を越えると今度は宮川水系。

一方ダムを越えて北に下る流れは、やがてなばり川と合流し、木津川へ
そして最後にたどり着くのは大阪湾(たぶん)。

気が遠くなる

と、

青蓮寺川沿い、車を走らせながらコンナ思いに耽っている横でカミサンはすでに

こゆバヤイ「きれーなトコあったら起こしてな」と常々言うので、起こしてあげますた。

見上げればそそり立つ岩の壁、絶景!

途中川原に下りられる場所があって、岩肌の川原で一服。

その後、道行には小さな集落が現れては過ぎ去り、いまどの辺りを走ってるのかまったく判らず。

その途中、

【←曽爾高原】

ってのを見つけたのですね。


お恥ずかしい話「曽爾高原?なにそれ?」まったく知らんかった。

まだ時間に余裕もあるので、なんせ知らん道を行くのが大好きなダンナ、

いけ! とカミサンが寝てるのをいい事に踏み込む。


うねうねと登る道路、
視界には見慣れた風な山々が連なる景色が続く。

櫛田川の中流域で育ったダンナは、ダイタイ、奈良和歌山あたりの山は「見たらわかる!」などと言う。

岐阜飛騨、あるいは木曽信州の山と、この紀伊半島の山地では木々の相、川の相、そのバランス、あるいは山々の連なり、「これがちがう!」

そう豪語しておりますが、多分気のせいです^^;


やがてモイッカイ道標【←曽爾高原】

当然曲がる。

でも時間は帰る頃合い。

細い道を登っていくと駐車場があって、少し車も止まってる。

反対側の山に踏み込んでいく体の細道の所で中年の夫婦がトレッキングのイデタチでいます。

ここでカミサンもむにゃむにゃと起きてきたので一応聞いてみる。

いく?

しかし寝ぼけている^^;

なに~?

どーせタイシタこたなかろーと、時間も時間だしそのまま引き返すことにしたのがウンノツキ!


帰って検索してみたら案の定、、、

しもたー!

んで、
その何日後かに、

「おとーさんでとるでとる!」
「なにが?}
「そにコーゲン!」
「なにいぃぃ!!」

という例のくだりへ・・・


アナタが今一番行きたいトコロは何処ですか?
「はい!」
「はい、ダンナ」
「そにこーげん!でし!!」

以上おわり















御在所再び2

2007-11-05 | Weblog
今年二度目の御在所。
もう1ヶ月ほど前かな?

先回の御在所からそんなに期間が開いてない。

ので、

ロープウェイに対してもさほど感動ナシ^^;

なにしろ只券の有効期間内にいかなならん!と、
そんだけですから。

しか~し
そこは抜かりのないダンナ

今回新たなオプションを追加しております。

す け っ ち ぶ っ くぅ~(ドラえもん風)

であります。


実は少し前、
せっかくあちゃらこちゃらに行くのであるから、ただ歩っててもつまらん、と

アーティスティックにスケッチなど良かろう、と思い立ったダンナがホームセンターで買って持ち歩いてはいたものの、

一方カミサンのほうはとゆーと、、、

コノヒトどこに行っても決して立ち止まらんのでありますチットモ。

「ちょっとこの辺で休んで画こか」ヽ(-_-; ツカレタ

と言っても
「えぇ~~!」
と露骨にヤナ顔をするもんだから頭にきて「じゃあいい!」とまた歩く

でもすぐ
「ちょっと休んで画こうよー」(T∇T*)ハァハァ
「えぇ~~!」「じゃあいい!」o(`へ´)o プンスカ

またすぐ
「なぁ休んで・・・」フラフラ((((゜o。)))フラフラ「えぇ~~!」以下略

てな具合でね。

今日こそは画くぞエエナ!
うん、ええよーー

と言っておったのですが、いざ画き出すと
「できたー!」

わずか5分^^;

なんやとー!

こっちはまだやっとラフ、全体の構図が決まったくらい。
「早すぎるわ!見せてみぃ!」



「・・・・・・」
「あっはっはっはあーー」


まぁこんなもんかなぁ~うちは。

いずれ機会を見て、この御在所山上絵図カミサン作はお見せいたしましょう。


以上、御在所の巻おしまい!










曽爾高原2

2007-11-04 | Weblog
ほーらね♪

ちゃんと進んでるでしょ?
奈良の巻きも無事終わったし、曽爾も始まるし

このまえ

 ワカランカ ( `_´)┌ 
 
とか言ってたヒト

みたか!(`ー´)エッヘン!


と、ゆーわけで^^;

引き続き曽爾高原


詳細は次回に!( ̄▽ ̄)ヾ( ̄  ̄;)おいおい




奈良6

2007-11-04 | Weblog
新薬師寺の“新”

薬師寺のあたらしーバージョンなのか??
と思ってたら、

「新」はあたらしーじゃなくて
(霊験)新たかの「新」

今知った^^;

まーこんなもんやってオレなんか_ρ(σ_σ、)イジイジ・・

んで、

さー白豪寺であります

んが、
先回、前フリありましたよね気づいてます?

“(前略)のどかな田園と里山の風景がはじまるその付近にこのお寺はありました、昔は。”
そー「昔は」←ここね

新薬師寺界隈のイメージはそんなに変わってなくって、南の方面が開け、田園と遥か生駒の山並み(たぶん)が見通せる気持ちのよい古の万葉の風景が広がっておりますたのでありますね。

ここから白豪寺に行こうという観光客も多いのですが、その東に向かうみちゆきも田畑や水路や小さな集落の世古をウネウネと山のほうに向かっていくわかり難い道程なので、あちこちに道標が設えてあって、

しかし
行けども行けども景色がそれ以上広がらない

逆に閉塞感が増してくる。

古い土塀やお寺や農家の昔風情の家並みのところどころに、ヤケに新しい家が多い。

そしてさぁそろそろというあたり、、、

白豪寺に登る一角はものの見事に新興住宅地(〇◇〇;)ガチョーン!!と化しておりますた。

がっびーーんびーんびーんびーん

このへんが一番すきやったのに(/ _ ; )シクシク

まさにここから石段を登ってゆく、というそのすぐ脇のあたらしーぃ家の庭ではハゲのおっさんが大あくびをしてる

けったろか^^;

思わず足元の手ごろな石ころを拾い上げよーとしたその時、カミサンに窘められ(これはウソ)

おまけに『見晴らしの良いお寺 白豪寺』なる看板が。これはアキラカにお寺のもの。

はぁ?(。ヘ°)??

なにそれ?白豪寺っちゅーたら“閻魔さん”やんけ。

ヤナ予感漂いまくりで、それでも小高い山に登っていく石段とその古びた小さな山門は昔のままでありますた。

みなさんにはぜひともこの界隈『白豪寺』をネットで検索していただきたい。
写真だけじゃなくスケッチのサイトが結構あってステキです。

ここは萩の寺として、また五色椿も有名です。

しかしボクの印象に残っているのは急な石段と山門、本堂そして閻魔さま。

たどり着いたら確かに景色は良い。

でも「こんなに絶景やったっけ?」

ということはヤハリ“山門、本堂そして閻魔さま”がすごかったのでしょう当時のボクには。


ヒトは他にはだーれもいませんでした。

本堂にお邪魔して(-人-)ナムー

宝蔵で閻魔様に(-人-)ナムー

多宝塔跡で(-人-)ナムー

でもいいお寺でした。
ただ一点

あちらこちらにご住職のものらしき書き物やら道しるべがあるのだけれど
これが大層個性的な字で(オレのが上手いな)

もすこし書のほうも探求されよ(-人-)ナムー


こーして、

歩きに歩いた(帰りは例によって道に迷った)奈良行もおしまし。

翌日のてんちょーは内太ももの筋肉痛に悩まされたそーでし(-人-)ナムー




















奈良5

2007-11-04 | Weblog
奈良といえば、

 Ψ・エ・Ψ 

そう、鹿でし!鹿煎餅やりまくり!^^;

よく考えてみるとこれは大したものだと思われますね

放し飼い、てか野生の鹿

が、うようよいる県都。

すっすごい!

市役所の前庭にも鹿がウロウロいるのは住民票の交付を申請しているのじゃないか、と思われるほどスゴイ。

なかで、
時季はずれの交尾をしてるやつを遠くに見つけ
「コウビコウビ」とカミサンに教えてやる^^
「え~~」

アンガイ興味津々^^;

しばらく二人で見てますた(なにやってるんだか)@(-ヘ-)はぁぁぁぁぁ~


正倉院から二月堂三月堂、春日大社あたりまでくると学生や観光客も随分減ってきます。

実はここまでは付録であります、こっからが本編。

この先の新薬師寺と白豪寺

今日の目的地はこっち。

さかのぼる事ウン十年前、大学一年のときサークルに入っておりまして、

そんときに来たのがこの二つのお寺。

全然そんな気もなかったのですが、下宿の連れが入れ入れと言うもんだから入ったそのサークルが

古美術研究会
略してコビケン

新歓ツアーで奈良にきて、お寺を回って駅ビルのビアガーデンで酒をシコタマ飲んで、その1週間後には退部してしまった部員がワタシ^^;

そのときのこの二つのお寺の印象がスゴク残っていたので、まぁカミサンにも見せてやろうと、コユわけです。


なら公園の一角から南に外れていくと住宅地が広がり、のどかな田園と里山の風景がはじまるその付近にこのお寺はありました、昔は。

まずは新薬師寺

ここは十二神将で有名です。バサラたいしょーとか。

門をくぐるとこじんまりとした境内に本堂がこちらを向いて建っています。

調べてみるとこのお寺、もとはもっと巨大な寺院だったようで、この本堂も『創建当初は食堂であったと思われる』だそーです。

高くもない棟がまっすぐ、前面の白壁が印象的

お客は3人ほど

本堂の中は薄暗く、ご本尊の薬師如来さまをぐるり囲った12人の精鋭がすっくといで立つさまは、ため息が漏れるほど簡潔かつ理詰め、そして豪華であります。

これが『造立された当時は群青,緑,青,朱,金箔などで彩られ実に華麗なものであったろう』ということだそうですが、

仏像はほとんどそーだよね。もとは色つき。しかも極彩色。

でも今見ると木肌のがチョー渋い


万葉の時代、世界は大抵土の色、木の色、緑の色、空の色、水の色

この配色で成り立っていたはずですから、そのなかで仏教建造物は明治維新の欧米文化の如くに異質である必要があったのだと思います。

仏教=政治

浅はかなボクが、仏教を理屈だけで少々毛嫌いしてるのはこのポイントゆえであり、
かみさま、神道をそれと対比させ、自然のなかから湧いてきたもの的な肯定をする傾向であるのは、おそらくは

ボクがこの方面の探求に熱心でなく、これまでに刷り込まれた浅薄な知識に絡めとられているからなのでしょーし、
仏教に希望を託したこの時代の偉人達には、日本を良い国にしようという大志があったからだとも聞いていますから、

この仏様に色を塗りたくった仏師の気持ちを想って見ても、それは裏から見るボク自信の精神構造の留めなおしに過ぎないことなのですが、

まー聞いて、ちょっと奥さん (ノ"o")へ

実は、
こんなもなースグ剥げる、そう思って塗ってたんやないか?と

延々と残るであろう木造の肉体に心ならずも塗りこめた極色は、時間とともに劣化し、人々の時代の狂乱がやがて風化しても

やがて曝け出されるであろう真実に

個人の意志よ魂よのこれよ、と

そんな声が聞こえるよーな気がしますた。










奈良4

2007-11-03 | Weblog
今回も写真はないのか写真は( ̄o ̄) !

<(_ _)>ごめんなさい ないです。

紅葉もマダやったしいいじゃんべつにーンナモン。


とゆーわけで、

修学旅行生に導かれ大仏殿から正倉院へ。

この日は見れる!とのことらしく、
どーやらいつ行っても見れるもんではないらしー、

ので、これは見ないかんと

「こんどはショウソウインだよ」という小学生グループに付いていった訳です。
そお、あの(教科書で)見慣れた正倉院があってちょっとカンドー

ここでかの小学生5人グループが課題に取り組みだしました。

男の子が「奈良時代は何年からでしょうかぁ?」

んで、「1、○○年 2、○△年 3、△◇年!」

なんかミンナちょっと恥ずかしそう^^;

先生もいないんすよ、それでちゃんとやってるのは感心であります。

なので、

「3番 さんばーん サンバン!」とどーやら回答が出揃ったのですが、ちがうね(* ̄ー ̄)"b" チッチッチ
「いちばん

なんだなんだ?と(゜▽゜;)振り向く小学生。

すかさずリーダーが、
「正解は・・・1番です・・・」(キミィええ間やでぇ^^)

おしっ!おもわずガッツポーズ。
小学生の尊敬の眼差し、、、などは当然なく、なんやこのオッサンみたいな^^;

修学旅行生の喧騒にもめげず、
ジョウキョウを受け入れて、楽しむ

これですヨおとなは^^

なんちて、と

つづく