お気楽ご夫婦日記

ええかげんなダンナと天然のカミサンの心温まる?日々の記録です。

秋旅3

2008-11-23 | Weblog
このあたりは都のアダシノ、すなわち葬送の地だそうであります。

それがいつのまにか、ヒトビトが寄り付き家を作り田畑を起こし、山に分け入り薪や炭焼きの為の道をこしらえ、

おそらく昭和の中ごろには、絵に描いたような里山の景色がここにはあったはずです。

同時に野辺おくりされた魂を鎮めるべく、いくつかの寺院が興され、
遠方の山々に古よりおわす神々のための社が設けられ、

また、その山のはるか向こうからは
日本海から、都人のために数限りない干し魚を運ぶ人たちの道が続いていました。

京の西のはずれには(ざっと辿っただけでも)このような事々があり、それらの一つ一つが幾重にも折り重なり、この地の景色の向こう側に、目に見えぬ値打ちをつけたしてくれております。

思えば、わかりやすい“古都の風景”というよーな場所の事じゃなくても、そんな奥行きはあるはずで、
きちんと勉強をすれば、日々の暮らしのなかには本当はもっと価値あるものが満ちているのですから、

勉強
というのは、本来そういう楽しいものであります。


んで、
勉強をしないので道を間違えたこのふーふ

たどり着いたのはどうやら清滝というところらしーと、

これは後になって判ったのですが。


新しい、車の走れる道路を嵐山の手前からずーっと北に上って行くと、
徐々に道は細くなり

やがてぽっかりとトンネルが現われます。

もとは嵐山から愛宕山に続く鉄道の単線のトンネルのようであります。

一方通行の長い信号待ちを経て、徒歩で行かれる方もあり慎重に抜けると、
小さい広場、バス停のようで

そこから山肌と清流の間を車一台がやっとの道を「ここは通ってもいいのかしらん?」と不安な気持ちで走っていくと、下った先には見事な京の山里の風景が待っていました。


橋の袂に観光客用に設えた広い土の駐車場、
そこにひとまず車を置いて、

そのときは、いったいここはどこじゃろ?となんにも知らないまま、

帰ってようやくこのあたりが紅葉狩りの山歩きのメッカであると、
また
かつては、清滝遊園地、愛宕遊園、愛宕山ホテル、愛宕スキー場など

一大観光地として整備され、それがいまではすべてが元に戻ってしまっていることなどをしりましたが、

そのときは
ぼくらにすれば、あたりまえの山間の田舎のとびきりステキな風景と、
そこに集結したハイキング仕様のおっちゃんおばちゃんの群れがひしめく異様な光景に

ただただ目を丸くしていたのであります。












秋旅2

2008-11-18 | Weblog
さて、
その嵯峨野ですが、

ミナサンは知ってはりますか?サガノを?

ダンナは「あ~サガノねサガノ」、という程度にしか知らない。
つまり
なんにも知らん、と言うことでし。

そこで前日にヤフー地図をスクロって、道だけは調べておいた。

つまり東のインターを出て、南禅寺から白川通りに出るいつものコースの
どこ(1)
を左折して、それからどんどん西に進んで次に
どこ(2)
を右に曲がったらよいか、と。

それさえ間違えなけりゃ、その辺がなんか嵯峨野だろうということで、
なぜなら
その辺には、大覚寺とか二尊院とか常寂光寺とか化野念仏寺とかが

あるのであるからしてそれはもぅサガノだろうと、そゆことです。

んなエエカゲンな、とお思いの方も見えるかもしれんが、ダンナとすればこれくらいの調査で出かけるのは、十分高精度の“しっかり”感があるのですねコレで。


んで、予定通りの道を、すなわち白川通りが太くなるところを曲がって西進、

そのままずんずんずんと、京都の町を東から西に横切って、

花園から少し郊外っぽくなって嵐山か?という山並みが見えてくるといよいよその方面か、
というあたりで、ここいらじゃろ!と右折の北進、

でずりずり車のまま走らせておりますが、

右手に「大覚寺」の看板、
でも
「なんかまだ住宅地っぽいしもすこしかな?」とさらに進んで

そろそろどっか駐車場がないかいな?とぶろぶろまた走らせておりますと、、、

嵯峨野のチュウシンチを通り過ぎておりましたとさ^^;


秋旅

2008-11-17 | Weblog
このまえまたまたまたまた京都にいってきますた。

とはいえ、ずいぶん久しぶりなのだコレでも。

実は
カミサンが、京都に行くという知り合いの子に頼まれて、秋の京都お勧めコースを作れと言うので、夜な夜ないっしょにコース設定をしていたのですね
するとウチのカミサンはもぅ、自分が行きたくて行きたくて京都に、
それで、こっちは最近腰痛が大変なのに連れてってくれないと離婚しちゃうぞくらいの勢いで迫ってくるので^^;

しょうーがなしに連れてったのです。


実はこれ以前、数回の休みの日に行く先のあても定めず、新名神でそっち方面にでて、カミサンが例によってグースカ寝てるうちに、

琵琶湖のウエのほうまで連れてって、ダンナの道楽のフナ寿司を買うだけ買って、丸一日走りっぱなしのさっさかさのすーいすい^^;と言うことが、

一度ならず二度もありーの、で
(この顛末も書きたいと思いますがいずれ)

この日ばかりは、明日はきっとキョートと、

硬く硬く念を押されていたと言う日なのであります。


さてさて当日は秋晴れのいい天気で、
朝9時に出る。久々の早出これでも。

で、
行く先ですが、これも実に久方ぶりに決めてあった。

嵯峨野
であります。

なんせ紅葉、ですからこれはもー今の時季ならば100%当然でしょう。

ただ、これも今の時季の京都なので、

紅葉を見に行ったのか、
人ごみ、を見に行ったのか

わからんかったーー!ということが心配ではありましたが、アエテ強行しますた。






固い決意

2008-11-16 | Weblog
今日は固い決意をしますた。

そりはなにかと申しますと、

「毎月更新するのだ」(炎∇炎)ドーン!!

ということ、であります。


昨日一昨日、一ヶ月ぶりにぽろっっと更新したならば、
そりまで一日十人二十人であったギャラリーさまが、いっきにスウ千人^^;
(炎∇炎)ドーン!!

と。

こりはエコデス終結後とはいえ、放って置くわけにはいきゃん!と、皆様のありがたさが身にしみたからであります(ρ_; )頑張る・・・

というわけで、今日はこのお知らせと言うか決意表明と言うか、でしつれーします



(゜∀゜ )\(--;) 内容はないのか!おい!





詩仙堂4

2008-11-15 | Weblog
なんせ夏のことですからねーモハヤ、
覚えてるほうがおかしー、のでありますが

でも

覚えてることは覚えてるものだなぁ、と

逆にそんなことに気がつく、人の感覚というものにオドロク

そー
実は、そのために敢てこんだけ間を空けたのであるアエテ ← うそ


小さな門をくぐって、境内へ。

詩仙の間、
というのははて?どれじゃろ、と思ってたら、これが入って直ぐの小部屋、ほんの三畳か四畳半の続きの間みたいなとこで、

どーということもない。
いやウチらは、ってーことで、これがおおっ!という方々も多いのであろう(たぶん)

でも“詩仙堂”って言う響きがすごい。

ここは元来、江戸時代初期の文人石川丈山の山荘跡で、現在は曹洞宗永平寺派の寺でもあり丈山寺という。

でもやはり“しせんどぅ”って言う響きがすごい
だから「詩仙堂」になった、といわれりゃ納得してしまう。

なおかつ、
このあと行った曼殊院(まんじゅいん・まんしゅいん)も綺麗、響きが。

この“詩仙堂”と“曼殊院”という、見事なネーミングの両寺がならびあってこの一乗寺の山麓に有る、というのが偶然だとは到底思えない
から、

きっとなんかあるのかしれん。


若い学生風の男子二人連れと一緒に、お庭を見晴らすお座敷に座り込んでしばし

ぼーーっとする。(・∇・)~゜ぼー…


向こうのほうで、かっこーーん、と鹿おどしの音。

釣られて庭に出てみると、ここはさらにもう一つ別称があり、その「凹凸窠(おうとつか)」の名のとおり築山のような凸凹(でこぼこ)を越えて下ってゆくと、それはあったのですが、

ただ、あまりにもあっけなく山肌の草むらの脇手に、
ちょうど去年設えました、

みたいに置いてあるよーな在りように、少々度肝を抜かれる。

これ
実は、丈山自らしつらえたと言うから、そのさりげないセンスに舌を巻く。( ̄" ̄)ウーム

しばし散策。


やがてお暇。すかさずこんどは曼殊院へ。

比叡を望む北白川一乗寺の長閑な畑道。
いやふつーの民家やふつーの畑ですから。

ただ、先回の“風情の公式”にあてはめるならば、かなりの高得点をたたき出していたわけであります。


この日二つ目のお寺さんは結構大振りで、もうかなり忘れてますから印象に残っているのは、襖絵と、

あとこのお寺、中心になる仏堂がなくご本尊が大書院の一角に安置されている
ので、
なんか田舎のでっかい家のよう。

こういう感想を持つ人におそらく通人はいない、
のであって
だから(なんか判った風なことを書いてますが^^;)うちは二人とも凡人の凡人なのでありますねやはり。


帰り道、ここまででかなりハラホロ(((。o)))ヒレハレ
だったのでしが、がんばって探し当てたのが一乗寺下り松

いわずと知れた宮元武蔵が大暴れしたその地で、住宅地のまんまん中イチオウ武蔵のポーズで記念写真を撮ってもらって^^;

季節を跨いだ詩仙堂の巻き、おしまいになります。




詩仙堂3

2008-11-14 | Weblog
詩仙の間

というそのちっちゃな部屋より、その前のお庭の奥のどこから響いてくるのかしらん、ときょろきょろ探していた鹿おどし

が、印象的だった詩仙堂に行く前に、もう一つのお楽しみ、

それはエイデンの「いちじょうじ」から、そのお寺の向かう途中にキットあるはずの史跡。

そうきっとあるはず、なのですが
ぽくぽく歩いていったら通り過ごしてしまったので後に書きます^^;


いきなしたどり着いてしまった詩仙堂、でしがカミサン曰く「あーあの竹の門が綺麗やったとこ」という

いきなしクライマックスなんですこのお寺。

“「小有洞」という門をくぐり、竹林の中の道を行くと、石段の上に「老梅関」という門があり、その先に詩仙堂の玄関が”(Wikipedia)ありますが、ここが一等ステキでした。


夏の京都は暑い暑いにもかかわらず、バカンスを当て込んで人の入りが多いこと、
で、
外人さんも多いし日本人も多い。

このまえの龍安寺などはキット英語のパンフレット最上位に載ってるに違いなく、外人さんが多かったのですが、このお寺はまだ比較的通好み系なんでしょーな、

おじさんおばさん、一人旅の方、若い同姓の二人連れのお客、といったところ。

ぼくらのまえに数組のこんな先客が、庭を眺める座敷とお庭のほうに散らばっておりました。


そんなに大人数じゃないのだが、うざい^^;

まー、ひとんちにお邪魔してるのだから文句は言えんのだが、
シーズンオフに人気の薄いコースばかり選んでると、こーゆー風に感じちゃうので。

その場の風景、景観から得られる風情など、この“他人”の存在と、その向こうに広がる借りる景色と書いて、借景、そしてその日の天気、気温、風の按配などなど

ありとあらゆるものに大いに影響を受ける。

したがって、その観照は一期一会のもの、良いときもワリー時もそれはそれで

結構だ
と、こー思えるようになれば、毎回が楽しみに終わるのであります。