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ディープインパクト@まこっさん

まこっさんの心の叫び(ハーツクライ)をどうぞ。

新年の旗開き

2006-01-06 | 色々な行事
労働組合の一年のスタートは
「旗開き」で始まります。

いわゆる新年会のようなものです。

「旗閉じ」や「旗片付け」をしないのに
「開く」ほうだけやるのは不思議な感じ。

想定外の時間外労働(残業)で遅れて参加。

着いてすぐビンゴ大会でした。

今回のビンゴは
最初に揃った人から良い物をもらうのではなく
揃った人から順番にくじを引き
商品をもらうというルールでした。

最後の方の人でも良い賞品が残っているので
結構盛り上がりました。

まこっさんは結構はやくビンゴが揃い
キャンディーポットをゲット。

帰り際にIさんから「お祝いも兼ねて」と
電気鍋(すき焼きとかできるやつ)をいただきました。
ありがとうございました。

その後場所を移して2次会・3次会と。

久し振りに会ったマチコさんたちと
よく飲み、よく飲んだ宴会でした。

帰ったのは夜中。
静かにしたつもりが奥さまを起こしてしまったよう。

ごめんなさい。

会社の忘年会

2005-12-28 | 色々な行事
今年の忘年会は祇園NEXUSというお店へ。

系列会社の忘年会には
HGとゴリエが登場した模様。

うちの方は…。

HG登場しました!
なんと衣装は奥さんが買って来たそう。
やるな。
チャイナドレスの女装もいました。

全員参加のゲーム大会などもあり
例年以上に盛り上がった。
楽しかったです。

幹事の皆様ご苦労さまでした。

例年ならお開きのあと
2次会・3次会と6次会くらいまで
夜の街を(始発が走るまで)さまようのですが
今年はいつものメンバーのテンションが上がらず
一次会のあとは自由行動。

今年はおとなしく帰りました。
といっても、奥さまは実家に帰ってるので
(おせちを作る or 教えてもらうらしい)
家に帰っても一人ぼっち。

さらりとした梅酒を
チビチビ飲んでるうちに寝てしまった。

さぁ1週間の正月休み。
今年は(来年は)あいさつ回りばかりになりそう。

秋の1泊討論学習集会

2005-10-16 | 色々な行事
うちの単産の京都と大阪と合同で
行っている恒例の学習討論集会に参加。
日曜と月曜で1泊2日です。

今回は笑工房の小林社長の講演がありました。
お笑い文化論に始まり
大阪の釜ヶ崎のドヤ街で生活する日雇い労働者の話、
そして労働組合の存在意義まで多岐にわたり
興味深いお話を約2時間聞きました。

お昼ごはん直後の講演にもかかわらず
寝てる人が一人もいなかったのは快挙かもしれません。
すばらしいお話でした。
ぜひHPをご覧になってください。

初日の分散会は「35歳以下の部」で
座長をしました。

参加者に「喜怒哀楽」の簡単なアンケートをし、
それを使ってフリートークを展開する
という初の試みをしました。
しかも組合活動に一切関係のない話ばかり。

人となりをエピソードなどからつかんでもらい
夕食時やその後の交流会で
大いに盛り上がってもらおう
というのが狙い。

進行のイメージとしては
「さんま御殿」や「空騒ぎ」といった感じ。

これが司会をしてみるとホンマ難しい。
参加者はしゃべりのプロではないし
司会者も当然素人。
しかもアンケートを受け取ってすぐ始まる。

分散会は2時間強。
息も絶え絶えに何とか完走といったところ。

まぁいい経験をさせてもらいました。

夕食交流会では今年も司会の大役を。
「KANEMOTO」兄貴のユニフォームで
なかば酔っ払いながら進める。

まわりも酔っ払いばかりなので
この司会は楽チン♪

その後も深夜まで飲んだくれる。
でも6時半ごろいつもどおり目覚め
朝風呂に行くと満員だ。

みんな元気やなぁと。

乙訓平和のつどい

2005-08-26 | 色々な行事
僕の住んでいる街は2市1町あわせて
乙訓(おとくに)と呼ばれ
独特の文化圏を形成しています。
乙訓の人口はあわせて15万人強で
面積は城陽市とほぼ同じだそうです。

それぞれの街が独立意識が強く
今流行りの市町村合併もされる気配すらありません。
それでも「乙訓は1つ」という意識も強いのが不思議なところです。

古くは784年から794年まで
わずか10年間ですが『長岡京』という
都が存在していたまさにその場所です。
ちょうど奈良の平城京と京都の平安京の間の時期です。
当時、疫病が流行したり都の造営責任者が暗殺されたりで
平安京へ遷都されたそうです。

今は京都や大阪のベッドタウンで
人口密度はかなり高いですね。
僕の住む向日市は人口5万4千人。
面積はわずか7.67平方キロメートル。
原付があれば十分です。

そんな小さな街に小学校が6つ、中学校が3つ
高校が公立と私立が1つずつあります。
JRの駅が1つ、阪急の駅が2つ半あります。
洛西口駅はホームの半分が京都市です。
京都市内へは約15分、大阪市内へは約40分です。

幹線道路は国道171号線が走っており
1号線や9号線もすぐそばで、名神高速も近くです。
とまぁ、こんな便利なところだと
言いたいだけなんですが…。


さて本題に。

夕方から長岡京市の産業文化会館ホールで
第3回「乙訓平和のつどい」を行いました。
「世界の平和運動と憲法9条」がサブタイトル。

私の所属する乙訓平和委員会も実行委員会から参加し
企画・運営のお手伝いをさせてもらいました。

最初に『憲法』というビデオを上映し
次に、原水爆禁止世界大会に参加した青年からの報告
そして(まこっさんも行った)N.Yでの
NPT再検討会議の報告がありました。

そしてメインの企画は、地元乙訓在住の
同志社大学名誉教授 望田幸男さんの講演でした。

戦後60年:ドイツと日本―「靖国」をめぐって―

「靖国」をめぐる5つの論点整理から始まり
ドイツの戦後補償と戦没者追悼施設の現状に触れ
ドイツから何を学ぶのか、日本の未来はどうあるべきかを提起されました。
東アジアの平和が今後ますます重要であり、
今こそ憲法9条の値打ちが輝く時代になっていることなど
予定の1時間を超えるほど熱っぽく語っていただきました。

ただ注意が必要なのは、靖国推進派・憲法改正論者の中にも
東アジアの安定を唱える勢力があり(座長は中曽根元首相)
彼らの頭には 大東亜共栄圏 の思想が根深くあり
今まさに、その主張を全面的に押し出し始めていることです。

個人的に興味深かったのは ノイエヴァッフェ といわれる
戦没者追悼施設のお話でした。
いつかドイツに行く機会があれば
ぜひ訪れてみたいものです。

つどいの最後には幻の国民歌といわれる
われら愛す をみんなで合唱しました。

まこっさんは実行委員会を代表して
閉会の挨拶をさせていただきました。

望田先生のお話にちなんで
「第2次世界大戦前のドイツではナチスが
比例代表制の選挙制度のもとで圧勝し
独裁の道を許した」ことを紹介し
今の日本も「戦前」の雰囲気が漂い始めているなかで
「郵政」としか叫ばない首相に対し
白紙の委任状を絶対与えてはいけないこと
憲法を守り、アジアの平和への確かな道を示す
確かな野党 の勢力をのばさなければ
「いつかきた道」に戻りかねないと訴え、
9月11日の総選挙の投票を呼びかけました。

最後に、
顔の見えるピースメッセージを貸してくれた
マヤノTOPくん、おっちぃ、
憲法9条タペストリーを貸してくれた
ねぎプロジェクトのみなさん
ありがとうございました。
どちらも、凄く目立っていて絶賛されていましたよ。

60回目の広島原爆の日

2005-08-06 | 色々な行事
朝から近所のお寺で
「非核・平和の鐘を打つ集い」があり
僕も参加してきた。
全体では50人を越える人が来ていて
おそらく過去最高の人数ではないだろうか。

僕も精一杯の思いを込めて鐘を撞いた。

今年5月に行ったN.Y.でのNPT会議の報告も
少しさせていただいた。

昼前からは立命館大学国際平和ミュージアムで行われている
「第25回平和のための京都の戦争展」の見学に行ってきた。

僕の勤める会社では、全社員に見学を呼びかけている。
もちろん自由参加だ。8割ぐらいの人が参加していた。
戦争展期間中は地下の常設展示も見学無料だ。
リニューアルされた展示内容は以前より良くなっている。
より平和を願い、加害の事実からも目をそむけない展示になっている。
コーナーの片隅に著名人からのメッセージもある。
立命館大学卒業生の女優小林綾子さん(おしんの人)のものはあったが
この春卒業された倉木麻衣さんのはなかった。残念。
今からでも書きに来てくださいね。

うちの会社の有志で作る
ねぎプロジェクト (憲法9条を守る会)は
コーナーを作り展示をし、ミニ人形劇までされていた。
そのパワーに脱帽。準備された皆さんご苦労さまでした。
僕ももう少し積極的に手伝わないといけないなと反省。

ところで気になる記事を発見。
黙とう:甲子園で広島代表校が提案、高野連が制止
皆さんはどう思われますか?

8月6日と9日、15日とでは
持つ意味合いが違うと思う。
ましてバックスクリーンには日の丸がなびき
開会式では「国歌」斉唱だ。
高校生の思いのほうが純粋なのではないのだろうか?
戦後60年。
まがりなりにも「戦争」という名で
日本人は一人も殺し、殺されなかった。
その重みを考え、受け止めよう。

広島や長崎の被爆者の方に
話を聞く機会が何度かあった。
彼ら彼女らの口から出てくる言葉は
凄いメッセージがこめられている。

「原爆を作った人も、落とせと命令した人も、
落とした人も、最初は憎んだけどみんな許す。
二度とこんな苦しみを、
自分達以外の人に味わさないと誓うのなら。」

「報復」からは、さらなる憎しみしか生まない。
許すことから始める。すばらしいことだと思う。

今日はそういう人たちのこと、
過去に起こした色々なことについて
加害も被害も考える日なのではないか?

高校生の発言に少し明るい未来を見た気がする。
一度や二度でめげるなよ。
来年も平和な中で高校野球ができることを願ってますぞ。

祝!?青年部卒業

2005-07-24 | 色々な行事
今日、京都総評青年部第3回定期大会を行った。
2年間させてもらった事務局次長を退任した。

青年部結成準備会から参加してきたので
感慨もひとしおだ。
色々忙しかったり大変なこともあったが
貴重な経験ができたと思う。
今後に生かして生きたい。

退任の理由は「定年」です。
厚生労働省が定める「青年」というのは
34歳までらしく、誕生日が来ると国から
「あなたは、もう青年じゃないよ」って
お墨付きをいただく年齢になってしまうんですよ。

これからは 立派なおっさん めざして日々精進です。

平和行進&団体交渉

2005-06-24 | 色々な行事
昨夜は結局1時過ぎに仕事が終わった。
ともやんに会社まで迎えに来てもらい天一へ。
夜中にラーメンと餃子とキムチとビール。
最賃生活終了で開放感いっぱい。(ともやんは飲めない)
でも、本当に最賃生活していたらと考えると複雑な気分。
ともやんも、最賃について色々考えてくれてるみたい。

今朝は乙訓コースの平和行進に参加。
同じ単産の仲間やOBの方。
小さい頃から知っている人、仕事のお得意様。
色んな方に出会う。
ミニ集会の後行進に。憲法9条Tシャツで参加。
前にも書いたけど団体の旗が翻るのには違和感がある。
やっぱ、ピースメッセージでしょ。

午後は八幡コースに参加。
若い人のシュプレヒコールと
そうでない人のコールとではリズム感まで違う。
21世紀と20世紀と言う感じ。失礼。

その後、うちの単産の分会の団体交渉に参加。
今後、僕も団交の中心に入ることに。
今のところ穏やかであるが予断は許さない。

その後京阪で三条まで戻り、
食事をしながら今後のことを話し合う。
課題は多い。ここ2,3年のふんばり次第で未来が変わる。
そんな気がした。

ボーリング大会

2005-04-23 | 色々な行事
なんと僕が始球式をすることに。
ワイワイやってたらあっと言う間に終わっちゃいました。
うちのチームが優勝!でも僕はあまり貢献できてない(^^;)

ボーリング大会へ移動

2005-04-23 | 色々な行事
説明会のあと、N.Yへ行く青年の交流会があり
30代から大学生まで8人位で色々しゃべったりしました。
出発までに少しでも仲良くなれたらいいなぁという思いからの企画でしたが
十分目的は果たせたと思います。
この後は春闘共闘会議のボーリング大会へ移動しようとしたら、乗りたいバスが目の前を通り過ぎていく。
バス停まで超ダッシュで__( -_-)__セーフ!
準備運動にしては激し過ぎるなぁ。

創立記念レセプション

2005-04-22 | 色々な行事
今日の夕方、うちの会社の創立54周年記念レセプションが行われた。
勤続表彰で5年刻みの節目の年を迎えた人には賞状と金一封が授与される。
今年は僕ももらった。

途中入社なのでまだ丸5年の表彰だ。
わずかの小遣いと2日間の表彰休暇をもらった。
♪(⌒ー⌒)o∠☆<*'  おめでとぉ♪

唯一の自慢は入社以来、無遅刻無欠勤を続けて
一度も「会社に行きたくない」と思ったことがないことくらいかな。

今日一日くらいは自分に「ご苦労さん」て言ってやりたい気分だ。