goo blog サービス終了のお知らせ 

探し物は何ですか?見つけにくい物ですか♪

2008-04-22 16:15:36 | こんなンで委員会
人気ブログランキング木戸銭のかわりにポチッと!
↑私の居場所をお探しの方。4、50番近辺でお茶をひいてます


(赤い木と黄の連翹)

あまりにも遅ればせながら、「パイレーツ・オブ・カリビアン」の
ビデオを、見ました。

以前に、娘たちがはまっていた映画である。なんだぁ、海賊の話かぁ?
と、馬鹿にして見なかったのだが、(心境の変化か)ふと、娘に知ら
れると恥ずかしいので、内密に覗いてみましたの。えへっ。

ほとんどが「ジョニー・デップ」の、魅力あふれまくる演技力で、
ひぃーーっぱられる。・・何なのサ、この男。

基本は、クネクネ”脱力系”。しかし、いざとなると頭脳明晰・勇猛
果敢・優なる人情家。

男は、強くなければ生きられない。優しくなければ、生きている価値
がない。(・・でしたか、ひよどりさん。間違っていたら訂正を
お願いします♪)

まぁ、過酷な状況の中で生きてゆく、一匹狼スタイルのカッコよさ、
がウケたのかしら。

「ジョニー・デップ」にキャーキャーいう人の気持ちも、分からないで
はない、かなかなかな。

本日の写真は、げ、あの木なんの木赤い花?というわけで、車で通り
すがりに見かけた「赤い木」です。

しばらく走って、でもやっぱり気になり、Uターンしてまで戻る、
しつこさ感満載人。おぉ~、これは、花じゃないデスヨ。モミジの
新芽が、真っ赤に開いてきているのでした。

      

また、脈絡なく話変わりますが、今朝、新聞で見かけた記事にて。
「悲しみに寄り添う」ボランティアの会発足、というお話が。

家族を突然襲う、事件や事故や病気などの死。死を受け入れる心の
準備もなく、身近な人を失ったとき、残されたものの衝撃はより
大きく、悲しみも深い。

ショックや怒り、抑うつ、そして現実の受容。こうした「悲嘆の
プロセス」を経て、残された人は、吹き荒れた心の嵐から起ち直る
とされています。と、この会をサポートする精神科医は語る。

さらに「悲嘆から立ち直るプロセスには、残された人々が悲しみや
怒りの感情を言葉にし、受け入れてくれる相手が必要なのです」と。
少しでも話を聴ける、ボランティアの存在はたいへんに重要とされて
いるらしい。

話を聴くボランティアの人たちは、なかなか言い出せない人の、会話
を促す「ファシリテーター(促進者)」の研修を受けているのだという。

「今まで、身内にも、親しい知人にも話せなかった。こういう場が
できて良かった、と言ってくださる方が居る。ボランティアは、
特別なことはしません。遺族の話に耳を傾け、専門家を求められたら、
すぐに引き継げるようなお手伝いを、したいと思っています」と、
事務局長さんは語っている。

つい先日、芽を出したばかりの会のようだが、「私は焦らずに、
息長い活動をと考えているのです」とおっしゃっている。

モミジの新芽が、驚くほど真っ赤に萌え出て、その存在を主張して
いるように、この(身内の自死などにより、とり残された遺族たち)
をサポートする、「悲しみに寄り添う」会も、鮮やかな新芽を萌え
立たせているようではないか、と強く感じたのです。

固まった組織が嫌い?な変人の、長い間の探し物は、もしかしたら、
このあたりに見つかるのでしょうか。。。



(鮮やかに生まれたばかりの葉っぱ)


(春らしい一陣の風が吹きぬけた)
コメント (4)    この記事についてブログを書く
« 踏みとどまった桜、神さま!... | トップ | 残された家族に、癒される日... »

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
鮮明な赤い葉! (ひよどり)
2008-04-22 18:32:05
トーコさん、今晩は。
取り上げていただいた言葉は、ほぼ同じ意味ですが、
「優しくなければ、生きる資格がない」です。

他人様の話を聞くのは難しいですね。
つい、「いや、それは・・・」などと、自分の気持ちを言ってしまったりする。
そうなると黙ってしまう人もいるので、相づちの打ち方一つ、考えなければなりませんね。
話をしている相手の気持ちを十分に斟酌し、話を続けやすいように配慮しながら聞くべきなのでしょう。
「心理を読む勉強」より、「話を聞く辛抱」が必要だと、つくづく思っております。
なかなか思うようには参りませんが。

そこから「心と心」のふれあいが始まるのでしょう。
返信する
ひよどりさんへ (トーコ)
2008-04-23 00:29:42
ひよどりさん、ありがとう~

「生きる資格がない」でしたか。価値か資格か、どっちだったかな、なんて。角川映画で高倉健、でしたか?小説も読んだ気がするけど、忘れちゃったわ~、あはっ!

いずれにしても、男性はたいへんですね。男性に生まれなくて、良かったのかもしれません(笑)

聴く事は、私はすごく苦手です。ツマラナイ話のときはです。

でも、真剣な話のときは、全身全霊で聴きたいと思います。通常時の今は、自分の意見を言いますが、トラウマを持っている人の場合には、アイヅチ程度がよいのかもしれません。

とにかく、一生懸命な聴く姿勢が、必要ではないかと思うのです。心が開放されていないと、どんな言葉も届かない気もして

ひよどりさんのブログは拝見していますが、コメント数が多いので、失礼してばかりです。今度、毒々しいのをひとつ、お届けしますネ。え?それならいらないって?(笑)
返信する
教えてください (ぶちょうほう)
2008-04-23 11:44:37
トーコ様 こんにちは
のっけから恐縮ですが一つ教えてください。
それは御ブログに掲載されている画はすべて拡大表示することが出来るのかどうかということです。
画の上にマウスポインタを持ってくるとヒトサシユビのマークに変りますので、クリックすると「アドレスが有効ではありません」と表示されてしまいます。
これが毎回のことですので、小生側の設定チョンボなのかどうか確認したく思います。

「様」呼びを変えて欲しいとのご依頼ですが、小生は皆さんすべてを「様」呼びで通してきて、ネットのお付き合いは7年間例外なく「様」の方とばかりです。
試しに週一程度のお付き合いですが、香川の「燦様」、あれは犬です。
ダルメシアンという種類の大型犬ですが、そのお方も「様」呼びです。
よって、「さん」呼びについてはこれを却下するものでありますが、ソレガナニカ?(笑)

「悲しみに寄り添う」ボランティアの会・・・趣旨の気貴さに敬意を表します。
かかる崇高な行いに対して、我が身が積極的になれるかどうかといいますと、疑問符付きですが・・・・。
ボランティアは一番身近の家族の間から行えるかどうか、家族を蔑ろにして、外に向かう「ボランティア」(鈎カッコつきの)を沢山見て来ており、辛いものがありました。
返信する
ぶちょうほうさんへ (トーコ)
2008-04-23 12:59:43
ぶちょうほうさん、こんにちは~

私のブログの画像は、携帯カメラなので、後にも先にもこのサイズしかありえませ~ん。

むろん、もっと大きいサイズでも撮れますが、199万画素では、そんなバカな!です(笑)

少し前に、デジカメの画像を入れていたことがありましたが、その時も縮小してからUPしていたので、大きくなりませんんでしたよん。

もともとのスタート、記事に写真は入れていませんでした。というか、入れ方も分からなかったです。その後、ほんの気まぐれで、彩りに入れてみよっかな?、という程度ですので、(アホですから)あまり相手にしない方がよろしいかと存じます。

ほほぅ、お犬様も「様」ですか。ならば、よしなに

私のほうは、若輩者ですが、「さん」か「ちゃん」で呼ばせていただきましょう。ぐふふ。

家族同士が何事も分かり合えれば、それが一番です。けど、家族には心配をかけられなくて、なかなか言い出せない人もおります。

そんな時、縁もゆかりもない人に、単純に聞いてもらうというのは、アリだと思いますよ。

あ、ぶちょうほうさんが仰っているのは、家を放り出してまで、ボランティアに没頭する人のことでしょうか?スミマセン、早とちりでした。

それほどのことは、まず体力的にも出来ません、私では。その点は、心底?大丈夫です、どうぞご心配なくデス。

山の花粉でシドイ目にあわれたご様子ですが、どうぞすみやかに健やかならんことを、祈念いたしております
返信する

コメントを投稿

こんなンで委員会」カテゴリの最新記事