まるで宝物を触るように丁寧なそれに、桜司郎はくすぐったさを感じながらふわりと微笑んだ。
「労を、ねぎらいなさいと。私がまだ下働きだと思ってのことですよ。沖田先生、来て下さって有難うございます」
「あの人は手癖が悪いから…。腺肌症 困ったものですね…。私が必ず守りますから、遠慮なく呼んでください」
沖田は優しい笑みを浮かべる。すると、奥から近藤が近付いてきた。その後ろには土方もいる。
「おおい、総司。いきなり走り出してどうしたってんだい」
「近藤局長。お帰りなさいませ」
桜司郎は慌てて頭を下げた。すると近藤は厳つい顔を緩める。
「やあ。歳と総司から聞いたよ。入隊したという話しじゃないか。とても嬉しいよ」
弾んだ声が頭上から聞こえた。それを聞いて、桜司郎は口角を上げる。
「名も改めたそうじゃないか。桜司郎君、だったかな」
「はい。沖田先生に名付けて頂きました」
桜司郎の言葉に近藤は腕を組むと、うんうんと頷きながら微笑んだ。身内よりも大切にしている一番弟子が名付け親になることが、余程嬉しかったのだろう。
当の沖田は気恥ずかしそうに耳を赤くしている。
「桜司郎…。まるで総司の幼名と似ていて懐かしいよ」
「こ、近藤先生…!それは…」
沖田はギョッとして近藤の口を手で塞いだ。その事実を桜司郎へ伝えるにはあまりにも恥ずかしかったのである。
そして自分の幼名に似た名前を付けられるなんて、不快ではないか。そう思いながら、沖田はちらりと桜司郎の顔を盗み見た。
すると、桜司郎はほんのりと頬を染め恥ずかしそうに、はにかんでいる。
それにつられるように、沖田も更に顔を赤く染めた。
「沖田先生の御幼名…なんと言うのですか?」
「え…っと…。宗次郎、です」
その睦まじいやり取りを近藤は微笑ましそうに見ていたが、土方は苦笑いを浮かべる。
「おだ?そう言うのは他所でやってくれよ」
「な…ッ、め、夫婦なんて!」
「な反応が返ってきたことに土方は面食らった。
「ははは、そりゃあ良いな。鈴木君が女子であれば、総司の──」
「近藤先生ッ、お疲れでしょうから早く着替えましょう!ねっ!?」
それに便乗しようとすれば、沖田は食い気味に近藤の背中を押して前川邸の母屋へ誘う。
「分かった、押すなよ総司」
近藤は声を上げて笑いながら、それに身を任せて向かっていった。
桜司郎はポカンと呆けながら、その背を見送る。そしてじわじわと熱くなる頬に片手を当てた。
そこへ足音が近付いてくる。土方と桜司郎はそれに反応してそちらへ顔を向けた。
「やあ、初めまして。取り込み中失礼しますよ。貴殿が副長の土方殿ですかな。は伊東甲子太郎と申します。どうぞ良しなに」
そこには品のある笑みを浮かべ、伊東が立っていた。後ろには興味の無さそうにそっぽを向く三木の姿もある。
「…如何にも。副長の土方だ。後ろの弟君は宜しくする気が無さそうですな」
土方は涼し気な笑みを浮かべた。何処か挑戦的なそれに桜司郎は冷や汗を流す。
「これは…失礼。まだ世間知らずの子どもで申し訳無い。学はある故、御役には立てるかと思いますよ。では、我々も装束を解いて参ります」
それを軽く流した伊東は用意された離れの部屋へ、三木を連れて向かっていった。
土方の、燃え盛る重い炎のような重厚感とピリッとした緊張感を感じさせる印象を持つとしたら。
伊東はしなやかに棚引く青柳のような柔らかさを感じさせる一方で、友好的な笑みの奥に冷酷さを秘めた印象である。
二人はまさに対称的だと桜司郎は思った。
土方は小さく舌打ちをすると、桜司郎の方を見遣る。そしてこう発言した。
「…鈴木、伊東さんが使う