うている男女は、すべからくそういうものにございます。……私も、かつてはそうでしたから」
胡蝶は沁々として呟きながら、庭石の上で寄り添い合う、二匹の小さなを見つめた。
信忠はそんな妹の心情を察し、優しく頭をぽんぽんとでた。
「…今でも、蘭丸をうておるのだな」
胡蝶は静かな表情で兄と目を見合わせると、小さく笑んで、こっくりと頷いた。
「私は、蘭丸様とになりとうございました」
万感の思いを込めて胡蝶は言った。植髮失敗
「籠の鳥のままでも構わない、子を持てなくても良い、ただ……蘭丸様の妻となり、あのお方とずっと、寄り添い合って生きていきたかったのです」
胡蝶の目には、庭石の上の蝸牛と、かつての蘭丸と自分の姿が重なって見えた。
「私、実のことを申すと、兄上様が生きていると分かった時、に期待で胸を膨らませていたのです。
もしかしたら、父上様に母上様、そして蘭丸様が、本当はどこかで生きていて、いつか私の前に姿を現してくれるのではないかと」
「……」
「…だけど……どんなに待っても、父上様も母上様も、蘭丸様も……現れてはくれませぬ。…こんなに、…こんなに会いとうて仕方がないのに」
胡蝶の瞳に、じわりと熱い涙が浮かんだ。
「兄上様が生きていてくれたこと、それだけでも奇跡のような出来事だと、重々 頭では理解しているのです。
…でも…心が、心がどうしても、求めてしまうのです。一度だけで十分であったはずの奇跡を。…どうかまた起きて下さいませ、と」
大粒の涙がすっと胡蝶の瞳かられ、口元をっている掛け布を濡らした。
信忠は真摯な面持ちで妹を見つめ、法衣の袖で、彼女の涙を黙ってってやる。
胡蝶はそんな兄を見上げ、気丈にもってみせた。
「…分かっているのです。奇跡など、二度三度と続けて起きるものではないと」
「──」
「ただ、何かになるような物があれば、もう少し心丈夫であったのにと、そう思ってしまうのです」
「縁?」
「父上様や母上様は、多くの形見の品をして下さいました故、心細い時にそれらを見れば、まされることも多いのですが……蘭丸様のお品は、えの折の絵姿以外は何も残っておりませぬ故」
「大半の物は、安土の城に置いてきたのであったな?」
「ええ…。混乱のでした故、蘭丸様の為に縫っていた婚礼のお衣装や何かも、全て置いてきてしまって」
「取りに戻ろうにも、安土の城は既に焼失してしまった故な…」
何と難儀なことかと、信忠が口惜しそうに呟いていると
「──ご無礼つかまつります」
お菜津が小走りにやって来て、二人の前で小腰をめた。
「大方様、只今ご到着にございます。どうぞ中へお戻り下さいませ」
胡蝶は残った涙を指でい、静かに首肯した。
「相分かった。すぐに参ります」
──同日の夕八つ半刻(午後4時頃)。
妙心寺の門前では、腕組みをした一人の男が、悩ましげな表情を浮かべながら、その前を右往左往していた。
先程 本能寺の前で、佐吉が “ 旦那 ” と呼んでいた、あの派手なの主人である。
主人はやや苛立ちをきかけている西の方角を見つめた。
やがて、開け放たれている寺門の奥から、ぞろぞろと輿の行列がやって来るのが見え、主人はサッと物陰に身をめた。
輿を担ぐ屈強な男たち、その周囲を守る武士や腰元たちは、何故か門の前で進行を停めると、
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