沖田の脳裏には隊の策士である土方が浮かんだ。彼であれば悪いようにはしないだろう。
「はい」
「…次からは自分を犠牲にしないで下さい。貴女は、貴女がしたいことをすれば良い。少し私は離れますが、此処に居てくださいね」
桜司郎は小さく頷いた。子宮內膜異位症 沖田はその頭を撫でると、土方にそれを渡すべく部屋を出ていく。
元の大部屋に戻ると、沖田は土方を手招きした。
「どうした、総司」
「土方さん、これを。貴方なら上手く使えるでしょう。桜司郎君と馬越君の戦果です」
沖田はそう言うと証文をそっと手渡す。土方はそれを読むと、口角を上げた。
「それで、桜司郎君を今夜一日休ませたいのですが。宜しいでしょうか」
「ああ、アレだけの大技を魅せられちゃあな。良いだろう、ちゃんと"連れて帰って来いよ"」
沖田は頷くと桜司郎の待つ部屋へ戻ろうとする。そこへ土方が声を掛けた。
「おい、総司」
「はい。何ですか?」
沖田は首だけ振り向く。土方は声を顰めると、こう言った。
「…まさかとは思うが。お前ら…念友、じゃないだろうな」
その言葉に沖田は頬を赤らめて狼狽する。土方はギョッとして沖田を凝視した。
「ち、違いますッ!全く、土方さんはいつも頭の中が色事で詰まってんですか!?」
念友とは、男色関係にあることを指す。全否定を聞いた土方はホッと胸を撫で下ろした。
女が嫌いな沖田が男へ走っても可笑しくはないと思っていたのである。沖田はついでに、部屋から飲みやすそうな酒とつまみをいくつか見繕うと持ち出した。
そして桜司郎の待つ部屋へ戻る。
両手が塞がっているため、襖が開けられないことに気付いた。
「あの、沖田です。済みませんが、襖を開けて頂いても宜しいでしょうか」
そう声を掛けると、すぐに襖の前に気配を感じる。そしてスッと襖が小さく開けられた。
桜司郎は襖の縁に手を当て、沖田を見上げるように顔を半分だけ出す。
目元を少しだけ腫らし、未だ目を潤ませているためか上目遣いのそれはいじらしく見えた。
思わず手にしていた物を落としそうになりながら、沖田は上擦った声を上げる。
「あ、あのッ、入っても、良いですかッ」
「どうぞ。済みません、開けますね」
桜司郎はそう言うと襖を開き、沖田を招き入れた。
沖田は手に持っていた物を畳の上に置くと、改めて桜司郎の格好を見る。
鮮やかな着物と妖艶な化粧は、幼く見えていた桜司郎の顔を一気に大人の女性へと変化させていた。
あの日以来、女という女とまともに会話をしたことが無い沖田は、桜司郎をそれと意識するなり瞳を伏せる。
「…やはり、似合わないですよね」
桜司郎の呟きに沖田は顔を上げた。すると、桜司郎は悲しげに顔を少し歪めている。
「そんなことは無いです…。とても、き、き…綺麗、ですよ」
緊張しながらも沖田は何とか本音を口にした。だが、桜司郎は首を横に振った。
「だって、沖田先生…先程も今も目を逸らしましたよ。見ていられないと思われたんですよね。大丈夫ですよ、本当の事を言って頂いても」
「それは……違うんです。私の事情があって…」
沖田はそう言うと、腿の上に置いた拳を握る。そして意を決したように桜司郎の目を見た。
「あの、もし不快で無ければ…。手に触れて良いですか」
その申し出に桜司郎は驚きの表情になる。そしてコクンと頷いた。
先程までは背も頭も触っていたというのに、改めて桜司郎を女と意識すると、手が震えそうになる。
今までは男の格好をしていたから触れられたのかもしれない。もし、これで身体が桜司郎を拒否したらどうしようと不安にもなった。
「し、失礼します…」
沖田はそう言うと握った拳を開き、そっと桜司郎の白い手に触れようとそれを伸ばす。
ちょん、と沖田の冷たい指が桜司郎の手の甲に触れた。
それが擽ったかったのか、冷たかったのか。ひゃあと