そんな三津の背中に入江がそっと手を置いた。
「その土方も松子をしつこく追いかけ回す輩の一人です。それと松子は一度長州との繋がりを疑われて土方に拷問を受けてます。」
「ご……拷問……。」
栄太がごくりと唾を飲み込んだ。竜太郎は信じられないと言う顔で三津を見下ろしていた。そして生きているのだから大した事はないだろうとも思っていた。連帽衛衣
「えぇ,私は妻に二度とそんな怖い目に遭わせたくない。なのでどうか三津の存在は口外しないようにお願いします。」
入江も三津と同じぐらい頭を下げて懇願した。
「河島様!松子さん!どうぞ顔をお上げください!
松子さん,よう耐えはったんですね……。」
栄太の言葉に二人はゆっくり顔を上げた。入江はまっすぐ前を向いたが三津は俯いたままでいた。
「どの程度の拷問やったんですか。」
「こら!竜!」
失礼な言い方に栄太は竜太郎の後頭部を拳骨で殴った。
「酷いものですよ。肋骨を数本折り,顔面は腫れ上がるまで殴られて腕や足も痣だらけ。左腕なんかしばらく上手く動かないぐらいに痛めつけられて。
あちらに送り込んだ間者からの報告にあの木戸さんですら報復を企てたぐらいですから。」
その内容に栄太は顔を引き攣らせ,入江は思い出すだけで腹立たしいと渋い顔をした。
「よ……よくぞご無事で……。」
栄太が生きてて良かった良かったと三津に声を掛ける横で竜太郎は呆然と三津を見ていた。そしてぽろっと言葉をこぼした。
「ホンマによく生きてましたね……。」
「えぇ……でも一度死にかけた時より回復は早かったので……。」
「えっ二度目?一度死に損なった?」
「このど阿呆!!」
竜太郎の失礼な発言にまたも栄太の拳骨が後頭部に放たれた。
『竜太郎さんもちょっとクセのある人やな……。』
三津は苦笑いで死に損ないだからお気になさらずと言っといた。
「竜太郎さんにとっては言い訳に聞こえるかもしれませんが……その一度死に損なった時に私は大切な人を失いました。弥一さんから求婚を受けたのはその後なんです。
その時の私は失った彼の後を追う事ばかり考えていて……他の方と結婚やなんて考えられんかったんです。」
それを聞いた竜太郎は黙り込んでしまった。三津はそんな竜太郎をまっすぐ見つめた。
「竜太郎さん,きっと弥一さんから色々聞いてはるとは思います。私をどんな目で見ようと私は構いません。ですが,小太郎さんの足を引っ張りたくありません。
私の存在は置いておいて長州の為にこれからもよろしくお願い致します。」
そして頭を下げるのが三津に出来る事だった。「松子さん!松子さん!ホンマにもうよろしおす!絶対長州の皆さんが不利になるような事は致しません!
竜!お前が謝らんかっ!失礼な事ばっかいいよって!!」
栄太は竜太郎の頭を押さえつけるから今度は入江がそちらを止めた。
「大丈夫です,私らに不利な事は薫堂さんにも不利に働くのは承知してますから私もヘマはしないよう気を付けます。
松子,帰ろうか。」
入江の優しい声と背中を撫でてくれる手に安心感をもらい,三津はゆっくりと顔を上げた。
「松子さん,いつでも顔を見せに来て下さい。」
栄太が待ってますと微笑んでくれたので三津も分かりましたとやんわり笑みを浮かべてその日はお暇した。
外に出て少し店から離れた所で三津は盛大な溜息と共に崩れ落ちた。
「お疲れ様。何か色々と誤算が起きたな。」
だがかなり面白いと入江は他人事のように笑った。
「もう頭真っ白です……。帰ってからゆっくり整理したい……。」