「ええ、邪道とは思います。武士たるもの、剣においては正々堂々と向かわねばなりませんから。そうでないと、北辰一刀流の開祖に面目が立ちません」
ハッキリと言ってのけるそれには自信が込められており、言い分が正しいと信じている目をしていた。思えば、伊東のの全てには確信や自信が含まれている。それが土方の鼻に付くのだろう。
庭へ視線を戻した桜司郎の脳裏には、家族辦公室香港 斎藤と共に立ち聞きをした時の山南の言葉が浮かんだ。
『……幹部の。総長の私が、局中法度に従って切腹したとなれば』
『もう誰も、法度を すことは出来ない。…新撰組の結束はより強固な物になります』
"もう誰も法度を覆すことは出来ない"と云うのは、恐らく伊東が隊士を庇って法度逃れをさせたことを指すのだろう。
蚊帳の外の平隊士である桜司郎からすると、誰も間違っていないのだ。入隊したばかりで時代錯誤に近い法度の重みを知らぬが故に己の考えを貫いた伊東、並々ならぬ覚悟と共に新撰組とその隊士の命を背負う土方。
ただ、"真っ直ぐな正義は時にして諸刃の剣となる"。山南は を救うのと同時に、伊東にそう伝えたかったのではないか。そう桜司郎は思った。
やはり、土方と伊東は根本的なところで噛み合っていない。これでは同じ悲劇を繰り返していくだけだ。 自然と視線を落とした桜司郎に気付いた伊東は、思案顔になると口を開く。
「藤堂君、申し訳ないが母屋から の荷を一式持ってきて貰えませんか。此処の勝手を知っているでしょう」
元々門弟だった藤堂は嫌な顔一つせずに快諾すると、母屋へ足を向ける。まるで藤堂をこの場から遠ざけるようなそれだが、桜司郎は気付いていなかった。
「鈴木桜司郎君。何か思うところがある様な顔をしてますね。当てて差し上げましょうか。……そうですね、土方副長か山南君……といった辺りですか」
その的確な指摘に桜司郎は伊東の顔を見る。やはり、と伊東は笑った。
「貴殿は誠に素直でおられる。全く、好ましいですよ。さて、藤堂君が戻るまでの間ですが……先程の話の続きを話しましょうか」
そう言うと、伊東は空を見上げた。
「この日ノ本は広い。様々な考え方の侍がいるでしょう。を形作った世界が"こう"だっただけですから、土方副長の考えを否定することは出来ません。……これは、りを命を持って諌めてくれた友人から学んだ事です」
伊東はそう言うと、薄く笑う。それを聞いた桜司郎はその横顔を盗み見た。何処か寂しげで、憑き物が取れたかのように穏やかなそれに見惚れる。
恐らく、土方が嫌うほどに伊東甲子太郎は嫌な男ではないのだ。だが、藤堂や取り巻きが云う程に清廉ではない。
ただ、あまりにも先を急ぎすぎていた。思わぬ形で頼みの山南を失い、土方からの信用を失い、本人も気付かないうちに自身の立ち位置を見誤っているのだろう。
苦労をせずに、血を見ずに功だけを攫うことは出来ないということがこの世の理だ。
もしも、それを山南の死をもって悟ったというのなら。少しは浮かばれるだろうか、と桜司郎は柔らかい表情で空を見上げる。
それを見た伊東は面白そうに不敵に口角を上げた。
「……あらあら、これが"正解"でしたか」
「正解って……。伊東先生、今のは嘘だったのですか」
「いえ。心からの言葉ですよ。