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「唯一無二の味方──」

2024-07-23 20:26:37 | 日記
「唯一無二の味方──」

夫が言った言葉を呟きながら、濃姫は返された短刀を胸の上でギュッと抱いた。

心の中が春の陽のような温もりに溢れ、唇の両端が自然と持ち上がった。

姫はそのまま、布団の上で胎児の如く背を丸め、身を縮めた。

全身から仄かに愛しい夫の香りが漂ってくる。植髮失敗

「ええ…お相手致しまする、殿。このように面白き戦ならば、幾らでも」

独りごちる姫の顔に、明日を夢見る少女のような屈託のない微笑が浮かんでいた。

同日の朝五つ刻(午前8時頃)。

朝餉を済ませた信長は、勝三郎ら側近たちを連れて、大急ぎで馬小屋に駆け込むと

「皆急げ!もたもたしている暇はないぞ!」

叫びながら自身の愛馬に跨がり、城門へと向かった。


「開門じゃ!開門ーッ!」

信長らが馬に乗って駆けて来るのを見て、門番たちが慌てて門を開けにかかる。

すると横からサッと政秀が飛び出して来て、両の手足を大の字に広げながら、城門の前に立ちはだかった。

信長は「あっ」となり、瞬時に手綱を引いた。


「爺!!急に飛び出すでない!危ないではないか!」

遺憾そうに眉根を寄せる信長に、政秀は険しい表情で叫んだ。

「殿!またこのような朝早くから、いずこへ参られまするッ!?」

「百姓らの田畑じゃ!昨夜の嵐で作物に被害が出なかったかどうか見て参る」

「なりませぬ!そのような事は家臣たちお任せになり、殿は城での御公務に専念なさって下さりませ」
「百姓らの田畑を見回り、被害に合っていれば手助けを致すのも立派な城主の仕事じゃ!行って何が悪い」

「でしたら、せめて身形くらいはきちんとなさって下さいませ!また左様なだらしのない格好をなされて…。

それでは那古屋城主、織田家ご嫡男としての威厳と品格が損なわれまする!お改め下さいませ!」

「毎度毎度、ほんに爺は口うるさいのう。着物が仕事をしてくれる訳でもあるまいに」

「殿ッ!」

「あー、分かった分かった。話ならば後で聞く故、取り敢えずそこを退け!」

信長はそのまま馬を走らせ、無理やり政秀の横を通り過ぎていった。

その後には側近たちの馬も続き、舞い上がった大量の砂ぼこりが政秀を一気に包み込んだ。

信長を引き止める最後の一声を張ることも叶わないまま、政秀はゴホゴホと咳き込みながら、遠退いてゆく主の背を悄然と見送った。。

その口から、まるで鉛を吐き出すかのような重い溜め息が漏れる。
『 何と情けない…。殿はいつまで、あのような粗暴なお振る舞いを続けられるつもりなのか… 』

額に手を当てながら、政秀はとぼとぼと御殿の方に向かって歩いて行く。


ちゃんと分かってはいるのだ。

信長のやる事にはそれなりの意味があり、日々の外出とて、ただ遊び回っている訳ではないと──。

ただ、政秀は不安だった。

誰もが承知のように、今の信長を理解してくれる者はあまりにも少ない。

美濃と同盟を結んでから暫く経つが、弟・信勝を織田家の後継者に推す声は、減るどころか増える一方である。

このままの状況が延々と続くようでは、織田の家督どころか、一城主としての立場も危ぶまれると、政秀は頭を痛めていた。


「左様に額を押さえられて──つむりでも痛うございますか?平手殿」

政秀は、不意にかけられたその声に足を止め、静かに前を見据えた。

すると、三保野やお菜津を背に従えた濃姫が、御殿の渡り廊下の上からこちらの様子を窺っていた。

『 これならば短時間で何発もの

2024-07-22 20:51:20 | 日記
『 これならば短時間で何発もの弾を撃つことが出来る──。殿…やはり只者ではない 』


最初のやり方にも驚いた濃姫だったが、こちらの方法にはもっと驚かされた。

これほど優れた才能を持つ信長が、皆には大うつけに見えていようとは…。

濃姫は、一つのことに熱中し過ぎる自分の性分を、これまで何度となく母や侍女たちに注意されて来たが、

今度ほど、このような性分に生まれて来たことに感謝したことはなかった。

おかげで、賢き夫を見た目だけで判断するような、本当のうつけにならずに済んだのである。

やはり自分の目で確かめないことには、真実など見えてこないのだと、濃姫は改めて実感させられていた。植髮



その後 信長は、野駆けをしたり川で泳いだり、森や林で狩りをするなど、いつも通りの行動をとっていたが、

そんな、ただ遊んでいるように見える光景を目にしても、濃姫は少しも表情を歪めなかった。

これらの行動が、戦への備えだと考えれば全て納得がいくからだ。
「三保野。我が夫はそこらの大名たちよりも、随分と仕事熱心なお方のようじゃぞ」

「え…?」

「殿がなさっている毎日の野駆けは、尾張の地形調べを兼ねた馬の訓練。

川遊びは、戦の際に敵、またはこちらが川を渡る時に備えて、川の長さや深さを事前に知っておく為だったようじゃ」

「…まさかそんな…」

三保野は思わず、森の中で兎を追いかけている信長に目をやった。

「くそ!ちょこまかと動きおって!今に見ておれ、この信長が必ずやぬしを射抜いてみせるぞっ」

弓を構える信長は、必死ながらも、どこか愉しげな微笑を湛えながら森を駆け抜けてゆく。

三保野にはどう見ても“かぶき者”と言わんばかりの形(なり)をした若者が、無邪気に小動物を追い駆け回しているようにしか見えない。

「…あれも、戦への備えだと言われるのですか?」

三保野は、思わず指をさして訊ねた。
「そうじゃ。戦場(いくさば)で正確に敵を射るためのな」

「されど姫様、弓の稽古ならば、わざわざ森などに来なくとも出来ましょうに。
的(まと)を使っての稽古ならば、城内で幾らでも──」

三保野の言葉を聞いて、濃姫はふふっと上品に笑った。

「そなた、戦場で闘う武士たちが、弓矢の的のようにジッとしていると思うのか?」

「あ…」

「兎も猪も、森の生き物たちは皆、殿の前では戦場の敵となるのじゃ。少なくとも訓練中はな」

濃姫はどこか得意になって言うと、やおら踵を返し、元来た道を戻り始めた。

「姫様、いずこへ !?」

「寺へ戻る。これだけ見ればもう十分です」

そう言って如何(いか)にも満足気な表情を浮かべると

「それに何やら雲行きが怪しい…。天気が崩れる前に帰らねば」

濃姫は天候を気にしつつ、三保野とお菜津を連れて、速やかに萬松寺へ戻っていった。

濃姫一行が那古屋城に帰って来た頃には、時刻は夕七つ刻(16時)をとっくに過ぎていた。

朝の五つ半に城を出たのだから、普通の参詣ならば、正午には城に戻って来ていてもおかしくないはずである。

しかしもう既に夕方──。


「姫様、如何致すおつもりです? 御老女の千代山様に、こんな時刻になるまで戻らなかった理由を訊ねられたら」

三保野は奥御殿の廊下を歩きながら、不安そうな面持ちで姫に訊ねた。

「その時はその時じゃ。和尚様との話が思いの外(ほか)長引いて…とか何とか言えば良い」

ふいの告白に、三保野は吐息を漏ら

2024-07-22 20:48:36 | 日記
ふいの告白に、三保野は吐息を漏らすような軽い驚きの反応を見せる。

「今のこの心持ちならば、例え訃報が届いたとしても、甘んじて受け入れることが出来そうじゃ」

「そんなっ、姫様がそのようなことを申されては」

「無論、父上様には生き延びていただきたいと思うておる。生きて、母上様の元へ笑顔で赴き、胸を張って勝利宣言をしていただきたいと」

「……」BOTOX 美容

「なれど、戦況を伺う限りでは、それも難しかろうのう。少なくとも我が殿が、何らかの奇跡でも起こしてくれぬ限りは」

「姫様─」

「今の私に出来ることは、父上様の御為に祈ることと、殿を信じること………そして覚悟を決めることだけじゃ。いつものようにな」

物憂げな面持ちで、しんみりと呟く濃姫。

そんな彼女の視線の先では、橙色(ときいろ)の羽を持つ鮮やかな立羽蝶が二匹、

仲睦まじき様子で、花壇の花々の上を共にひらひらと浮遊していた。

蝶の世界にも婚姻制度が存在するならば、きっとこの二匹は夫婦なのだろう。

蝶たちは花壇の上を大きく二週ほど飛び回ると、天空から降り注ぐ白い光の源を目指すように、高く高く空へと舞い上がっていった。

濃姫は、上へ昇ってゆく蝶たちを目で追いかけながら、道三の文を握っているその手にギュッと力を込めた。



《 ──…此度送りし国譲りの書状が、いつか婿殿にとって有意義に働くことを切に願ごうておる。

その時は、帰蝶、必ずそなたも婿殿と共に美濃の地へ戻って参るのだ。

そなたを“帰蝶”と名付けた、この父の想いに報いる為にもな 》



文にしたためられた一文を思い返しつつ、濃姫は緊迫の面持ちで、舞い上がってゆく蝶たちを眺めていた。

自分と信長の姿を、目の前の蝶たちに重ねながら。


義龍が長良川の南岸に向かって軍勢を出したとの報を受けた道三が、それに応じて鶴山を下りたのは翌二十日の辰の刻(午前8時頃)であった。

そのまま長良川へと進軍した道三勢は、北岸に移り、義龍勢と対峙した。

緒戦は、義龍側の竹腰道鎮率いる一隊六百名ほどが円陣を組む形で長良川を押し渡り、道三の本陣へ迫り来て、旗本に斬りかかった。

両勢は入り乱れながら戦ったが、ここでは道三の的確な指揮が功を奏し、敵勢は敗走。

見事 道鎮を討ち取ったのである。


この折、道三は道鎮を討ち取って満足したらしく、床几(しょうぎ)にドンと腰を据え、母衣(ほろ)を揺すって得意になっていたという。


「大殿、この勢いであちらの軍勢を一隊一隊蹴散らして参りましょうぞ!」

「戦場(いくさば)においては日々の鍛練と実績がもの言うのだということを、数ばかりが頼りのあの謀反者らにとくと見せつけてやりまする!」

「使者の話が確かならば、程なく信長殿が手勢を率いてこちらへ参上あそばされるはず!それまで何とか我らだけで凌ぎましょうぞ!」

重臣たちは期待に胸を張って言ったが、信長云々に関しては道三も頑なだった。

「いいや、婿殿の助けは不要じゃ。この戦、儂は尾張の者共らを一人(いちにん)足りとも入れるつもりはない」

皆々の当惑の視線が、一点に道三へと注がれる。

「信長殿にお文とは

2024-07-22 20:44:48 | 日記
「信長殿にお文とは、やはり援軍をお頼みになられるのですか!?」

丹後が訊くと、道三は首を横に振りつつ、意味有りげに微笑んだ。

「いいや。万一に備えて、婿殿にとびきり大きな贈物をしてやるだけじゃ」

その頃、清洲城の信長の元にも、美濃からの使者によって義龍挙兵の一報が届けられていた。

既に予期していた事だったが、道三・義龍両軍の兵力の差が想像以上に開いていた為、easycorp

さすがの美濃の蝮も、僅か二千の手勢で六倍もの軍勢を食い止めることは不可能であろうと判断したのか

「鶴山の親父殿に伝えよ!この信長、出来るだけ多くの手勢を引き連れて、親父殿に加勢致すべく美濃へ参ると!」

信長は胸を張って使者に伝えると、大急ぎで仕度を整えた後、濃姫の居る奥御殿の座所を訪ねた。

既に侍女から報告を受けていた姫は、御居間の出入口近くに控え、厳めしい甲冑姿の夫を一礼の姿勢で出迎えた。

「お濃。そなたとの約束、今果たして参るぞ」

「……殿。お願いでございますから、ご無理だけはなされませぬよう。何かあれば、殿だけでも、ご無事にお戻り下さいませ」
「案ずるな、儂は必ずそなたの元へ戻って参る。吉報を土産としてな」

姫は不安の濃く浮かぶ顔に小さな笑みを作ると、ゆっくりと頭を垂れた。

「どうぞお気をつけて。…父上様のこと、お願い申しまする」

「分かっておる。──お濃、留守を頼んだぞ」

信長は笑顔を一つ残して、その場から去っていった。

遠ざかってゆく夫の背中に目を向けることもなく、濃姫はひたすら頭を下げ続けた。

これが、無力な今の姫に出来る精一杯のことであった。






信長が清洲城を発った翌十九日の巳の刻。


「不垢不浄不増不減   是故空中無色無受想行識        無眼耳鼻舌身意無色声香味触法 無眼界……」

奥御殿の仏間にこもり、信長と道三の無事を願ってひたすら読経を捧げる濃姫の元へ

「御免つかまつります。……お方様、暫しよろしゅうございましょうか?」

二通の文を携えた老女の千代山が、遠慮がちに顔を出した。

千代山が声をかけるなり、濃姫は読経をやめ、伏せていた双眼を薄く開くと

「何用じゃ」

視線を前に向けたまま静かな声色で訊ねた。

「それが、美濃のお父上様よりお文が届いているのでございます」

「…父上」

濃姫はわっと目を広げると、素早く膝を千代山の方に向け直し、彼女が手にしている文を睨(ね)め付けるが如く眺めた。

「二通届いておりまする。一通は殿に。そしてもう一通は、お方様に」

言いつつ千代山は、文を二通重ねて姫の手に預けてゆく。

道三の字で『婿殿へ』『帰蝶へ』と記された二通の文を、濃姫が難しそうな表情で眺めていると

「畏れながらお方様、そのお文、早々にお検めになられた方が良いのではございませぬか?」

「…え」

「このような状況にございます故、何か急ぎの用やも知れませぬ。せめてお方様のお文だけでも、先に開封なされてみては如何でしょう?」

「この度は御婚礼の儀

2024-06-27 20:15:20 | 日記
「この度は御婚礼の儀、恙無のう相済みましたる由、心よりお喜び申し上げます。
この同盟によって、織田家の繁栄もますますもって揺るぎなく──」


翌日の昼四つ(午前10時頃)。

婚礼三日目のこの日、那古屋城・表御殿の大広間では「御披露目の儀」が執り行われていた。脫髮先兆

親族や一門が主だった昨日とは打って変わり、広間の下段には織田家の家臣たちがズラッと居並んでいる。

新郎新婦たる信長と濃姫を上段に迎えて相対し、家臣一同から婚姻の祝いを夫妻に申し上げるのである。


濃姫は、桐と鳳凰が刺繍された美しい萌黄色の打掛を纏って、上段の左側に控えていたが、

右側の信長の席は、いつものことながら空いていた。

婚礼最後の儀式も見事にすっぽかされたのである。


幸い儀式の間、家臣たちは顔を上げることが許されない為、昨日ほど大きな騒ぎにはならなかったが、

濃姫や信秀、政秀を始めとする家老たちは、『またしてもか…』と、皆呆れ切った顔で儀式に臨んでいた。
この日をもって長々しい婚礼の儀は一通り終わり、濃姫は名実共に信長の妻となった。

三保野などは相変わらず濃姫を“姫様”と呼んだが、他の者たちは通例に従って『お方様』と呼称を改め、

まだ十五歳の若き姫を、那古屋城の奥向きを一手に束ねる女主人として、更にも増して重んじたのである。

濃姫自身も奥方となった自覚が湧いて来たのか、以後は皆々同様に信長のことを“殿”と呼び、

美濃に送る手紙にも自分の名を“帰蝶”ではなく、必ず“濃”と署名するように心掛けた。

これは単に自覚だけの問題ではなく、自分はもはや美濃にいた頃の幼き姫ではなくなり、

今や立派な大人の女性になったのだという、自身の成長ぶりを道三や小見の方に伝える為の、密かな見栄であった。






「姫様、この衣など如何でございましょう?お色も華やかで上品にございます」

「いや、もっと地味な色の方が良い。出来る限り質素な物が」

「地味で質素にございますか?」
「そうじゃ。…三保野、そっちの反物も見せてたもれ」

「は、はい」


婚儀から数日後のある麗らかな日。

濃姫は御座所の居間に大量の反物を運び込ませて、三保野と共にそれらを一つ一つ広げて眺めていた。

しかしどうも姫が気に入るような物は見当たらないようである。


「これも駄目じゃ。どれもこれも美し過ぎる」

「当たり前でございます。ここにある反物は全て、お輿入れに際して美濃のお方様が持たせて下された物ですから」

嫁入りの持参品に質素な物など選ぶはずはないと、三保野は真面目顔で言った。

「それもそうよのう…。やはり新たに用意させるしかないか」

「あの──失礼ながら姫様」

「何じゃ?」

「急に反物など広げて、いったい何をなされたいのでございます?私には皆目検討が付かぬのですが」

三保野が当惑しているのを見て、濃姫はやれやれと首を横に振った。