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ダビデの素人写真

夕焼け3

2007年10月16日 | Weblog
ずいぶん秋らしくなってきました。
家の近所からの撮影です。

沖縄の集団自決が軍の強制によって行われたとする記述を教科書から削除した検定に対する抗議集会の件ですが、直後の新聞記事やテレビニュースではわからなかったことがだんだん明らかになってきました。

集会の主張は「軍命令による集団自決があった」というものではなく「軍の関与の下に集団自決が起こった」というものであったようです。

「軍の関与」というのは…軍隊が沖縄に居たから集団自決が起こったというもので、もし軍隊が沖縄に居なかったら集団自決はなかったという主張のようです。
敵の上陸作戦にあたって迎え撃つ軍隊が居ないことは考えられません。守備隊を送らない方がよっぽど無責任です。

「軍隊が居たから集団自決があった」というのは「医者が居たから医療過誤があった」というようなものです。
怪我や病気があったから医者が治療をするわけで、戦争だったのだから軍隊が居たのは当たり前です。
戦争の真っ最中に軍隊の存在を問題視するのはどう考えても無理筋です。
やっぱり「従軍慰安婦」とよく似ている構造です。

一方、教科書の検定が(認定された事実のいかんにかかわらず)反対運動によって左右されるのは好ましくないとの考え方はもっともだと思いますが、この件については宮沢内閣のときに作られた近隣諸国条項の流れに沿っています。
「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がなされていること」とのことですが、近隣諸国に配慮するぐらいなら自国民に配慮するのは当然です。

近隣諸国条項を認めるなら(事実はどうあれ)沖縄の主張にも配慮した検定がなされても変ではないし、沖縄の主張が(事実を反映していないという理由で)ダメなら近隣諸国条項もいらないというのが筋だと思います。

集会に参加した人数も、新聞テレビのニュース等では11万人余とのことでした。
(新聞記事には「主催者側発表」と但し書きが書いてありました。)
その後の情報では、4万3千人とか3万5千人とかそれ以下とかだんだん数が少なくなってきています。どの数字が確かなのかはわかりませんが…。

昔、呉智英さんの書いた文章の中で「デモや集会の人数は主催者側発表と警察発表との間にはおおむね2.5倍の開きがある」と書いてあったのを思い出しました。
4万3千人が警察発表ならなるほどほぼ2.5倍だなぁと感心していたら、3万5千人で3倍、1万4千人という数字にいたっては8倍ですか…。

もう少し時間が経てばだんだん実態が明らかになってくると思います。