21世紀 脱原発 市民ウォーク in 滋賀

<脱原発 市民ウォーク in 滋賀> の 活動報告、お知らせなど を掲載 ♪
ときどき、トピックも ~☆

脱原発 市民ウォーク in 滋賀 8月の予定

2022-07-18 10:22:13 | 記事
老朽原発このまま廃炉!
 
◆ 第106回 脱原発 市民ウォーク in 滋賀 ◆


法律で決められている40年超え運転禁止の老朽原発・美浜3号機の再稼働は
絶対に許されません。
10月下旬再稼働予定を8月上旬に前倒しする関西電力の横暴はさらに許せません。
大阪地裁は一日も早い運転停止の仮処分決定を出すべきです。
近江八幡では乳母車で、そして大人に手を引かれて可愛いデモ参加もいただいています。
1450万人の生命の水源:びわ湖を、そして未来を守るのは私たち大人の責務です!

1450万人の近畿の水源=びわ湖と私たちの未来=子どもたちを守りましょう!
参加無料! 予約不要!


<とき・ところ> 
2022年 8月6日(土)13:30  JR・京阪膳所駅前集合  

★コース = ときめき坂 ~ 元西武大津ショッピングセンター前 ~ 関電滋賀支社前~
       ~ びわ湖畔

☆主 催=21世紀 脱原発市民ウォーク in 滋賀 実行委員会
☆呼びかけ人・・・池田進(原発を知る滋賀連絡会 電話077-522-5415)
         岡田 啓子(ふぇみん@滋賀 電話077-524-5743)
         稲村 守(9条ネット・滋賀 電話080-5713-8629)



老朽美浜3号、高浜1,2号機再稼働NO!

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7.4大阪地裁仮処分 最終審尋 入廷行進、



6.25近江八幡駅前 デモ出発前、にしむらしずえさん発言、



6.25近江八幡デモに 可愛い参加、



2100人が参加した5.29老朽原発このまま廃炉!大集会inおおさか・大阪市立うつぼ公園



福井県美浜町にかけつけよう!


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「脱原発 市民ウォーク in 滋賀」 チラシのダウンロードは ⇒ コチラ

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福島第一原発の事故は ほんとうに 防げなかったのか?

2022-07-13 14:04:22 | 記事
《第105回 脱原発市民ウォーク in 滋賀のご案内》

暑い日々が続きますが105回目の脱原発市民ウィーク・イン・滋賀を
来る7月16日(土)におこないます(午後1時半JR膳所駅前集合)。
誰でも自分のスタイルで自由に参加できます。
ご都合のつく方はぜひ足をお運びください。


■■福島第一原発の事故はほんとうに防げなかったのか?■■
■■原発事故賠償請求訴訟において国の責任を認めなかった最高裁判決について考える■■
■■「予防原則」の立場を明確にして「国に責任がある」とした異例の反対意見■■


みなさんもご存知のように、去る6月17日に、福島原発事故の損害賠償をめぐる4件の集団訴訟で、最高裁第二小法廷(裁判長:菅野博之)は最高裁としての初の判断を示し、国の責任を認めないとする判決を下しました。現在、賠償に関する国の責任を問う裁判が全国で約30件起こされたおり、現時点において1・2審判決は12件が国の責任を認めている一方、11件では国の責任を認めておらず、国の責任に関する地裁・高裁レベルでの判決結果は拮抗しているのですが、後続の損害賠償請求訴訟では、このたびの初の最高裁判決を受けて国の責任が否定されていくのではないか懸念されます。しかしながら、この最高裁判決は裁判官4人のうち3人の多数意見によるものであり、1人(三浦守裁判官:検察官出身)は国に責任があるとする反対意見を表明しています。

公害などを対象とした裁判では既に被害が表面化した後の国の規制権限に関して責任が問われていたのですが、このたびの裁判は被害が未だ起きていない段階における規制の在り方が問われるという異例のものであり、そのため双方の主張も、事故が防げたか否かに関する多分に仮定に基づく判断を交えたものとなっていました。

【判決内容】

判決の骨子と結論は以下のとおりです。
・福島第一原発の事故以前における津波対策は防潮堤の設置が基本だった。
・国の地震予測「長期評価」に基づく東電の津波予測(注1)には合理性があった。
・だが、実際の地震・津波は長期評価に基づく想定よりもはるかに大規模だった(注2)。
・国が長期評価を前提に東電に防潮堤を設置させていたとしても、海水の侵入は防げず、実際の事故と同じ事故が起きていた可能性が相当にあり、仮に国が規制権限を行使していても事故は防げなかた。
・したがって国に国家賠償法上の違法性はない。
(注1:2002年に国が公表した「長期評価」に基づき東電の子会社が2008年に計算した最大15.7メートルという数値のこと。判決では、「この数値に基づき国が東電に対策を命じていた場合は「試算された津波に対応する防波堤が設置されたと考えられる」としています。
(注2:事故以前における福島第一原発の防潮堤は5.7メートルの高さの津波しか想定しておらず、そのため津波はやすやすと防潮堤を乗り越え、発電所全域が浸水に見舞われました。事故後に東電が公表したところによれば事故当時の津波の高さは14~15メートルであったとされています(福島第一、第二原発津波の高さ14-15メートル | Science Portal - 科学技術の最新情報サイト「サイエンスポータル」 (jst.go.jp)より)。最高裁は、実際の津波は規模や押し寄せる方向が予想とは大きく異なっていたとしています。)

【判決の特徴:「事故以前の常識」を重視した最高裁判決】

損害賠償請求訴訟において国の責任を認めた高裁判決において、(防潮堤の設置に加えて)各種設備の浸水対策(設備の内部にまで海水が入り込み、設備の機能が失われることを防ぐための対策:注参照)も併せれば事故は防げたとする判断もあったため、原告側は事故の防止策として防潮堤に加えて重要設備の浸水対策も検討できたはずと主張していましたが、最高裁は「(浸水対策云々は)事故後に進展した現在の知見に基づく議論に過ぎす、事故以前には浸水対策を定めた法令や知見はなかった」とする「事故以前の常識」を重視した判断を下し、原告側の主張を退けました。

(注:福島第一原発が破局的な大事故に至ったことの主な原因は、単に発電所内が津波による海水に浸されてしまったことではなく、重要設備の内部にまで海水が浸透して設備の機能が失われてしまったことであるとされています)

【多数意見に対する三浦守裁判官の反対意見】

一方、最高裁の多数意見に対して、検察官出身の三浦守裁判官は「国が東電に規制権限を行使しなかったのは国家賠償法1条1項の適用違反である」として、国に責任があったとする反対意見を表明しました。この反対意見は判決文に含まれる形で全文30ページに及ぶものであり、原告側の馬奈木厳太郎弁護士は「反対意見が判決の形で書かれているのは極めて異例のこと。これが最高裁判決だという思いを感じる」としています(東京新聞2022年6月23日デジタル版)。三浦裁判官の反対意見の要旨は以下のとおりです。

・国の規制権限は原発による危害を防止することが主な目的である。したがって、できる限り速やかに最新の科学的・技術的知見に基づき、きわめて稀な災害をも未然に防ぐために必要な措置が講じられるよう適時かつ適切に規制権限が行使されるべきである。
・津波の長期評価の公表後2003年7月頃までに、原発の施設が津波により損傷を受けるおそれがあること、ならびに東電に対して改善を命じる必要があることを認識できたはずである。
・津波は予測困難な自然現象であり、最新の知見に基づいて想定された津波であっても、それを超える津波が発生する可能性を否定することは難しい。
・講ずべき措置としては単に想定される津波を前提とした防潮堤の設置だけでは足りない。きわめて稀な可能性であっても、津波により敷地や設備類への浸水に備えて多重的防護を検討すべき状況であった。
・津波の長期評価は今回のような超巨大地震を想定していなかった。だが「想定外」という言葉によってすべての想定がなかったことにはならない。長期評価を前提とする事態に即応し、保安院(当時の原子力規制機関)や東電が法令に従い真摯に検討していれば、事故を回避できた可能性は高い。地震や津波の規模にとらわれて問題は見失ってはならない。
・国は2003年7月頃には原子炉施設が津波により損傷を受ける恐れがあるとして、東電に「技術基準適合命令」を発すべきだった。国が規制権限を行使しなかったことは著しく合理性に欠き、国家賠償法上、違法である。
(以上の要旨は朝日新聞2022年6月18日朝刊第二面の記事に基づく)

【原子力災害に対処するために「予防原則」の必要性を主張していた反対意見】

また、反対意見を表明した三浦守裁判官は、ひとたび事故が起きた際の被害の大きさに触れて、津波のリスクは「保守的に(安全側に)考慮すべき」と言及しています。「保守的」の意味は少し漠然としているのですが、おそらく津波のリスクとその対策について検討する際は、単にリスクの大小に重きを置いて考えるのではなく、「安全の確保」という視点を最優先して慎重に対策を考えるべきであるということを意味しているものと考えられます。すなわち、事故に際して被害がどの程度の規模のものになるかは定かではなくても、常に被害は甚大なものとなる可能性を有しているということを念頭において、事故が起きないようにすること、すなわち安全確保という点を最優先して考え、有効な対策を予め講じることが大切であるということを意味しているものと考えられます。

この三浦守裁判官の言及を捉えて、朝日新聞は記事中で、「(事故に関する)確実な予測ができなくても安全確保を最優先する「予防原則」の立場を明確にした」と指摘しています。上記の三浦裁判官の言及の内容は確かに「予防原則」の考え方と軌を一にするものであり、その意味で朝日の指摘は的を得たものであると言えます(朝日はこの点を重要視して《津波、想定外/ 国は免責 / 最高裁「事故以前の常識」を重視、反対意見は「予防原則を重視」》という見出しをつけて報じています)。

【予防原則とは】

「予防原則」(Precautional Principle)という用語は必ずしも日常的に定着しているとは言え難いため、ここで「予防原則」という用語の一般的な意味について少し説明を記しておきます。

この用語は新しい科学技術などにより生み出されて物質や科学的手段や人間の様々な活動などが人体・環境・生物に何らかの危険で深刻な被害を広範にもたらすのではないかと危惧される場合に、特にいったん被害が生じたら取り返しのつかない回復が極めて困難となる事態が大規模に生じることになりかねないと危惧される場合に、因果関係が科学的に明確に証明されていない段階であっても、深刻な被害が生じないようにすることを意図して予め対策を講じるという原則を意味しています。

予防原則というのは、それほど新しい概念ではなく、1982年に国連総会で採択された「世界自然憲章」で初めて認知され、その後、国連環境開発会議や環境分野の国際条約、世界貿易機構などを通じて広まりました。すなわち、人体や環境に対して広範に危険をもたらすことが懸念され、その危険が現実のものとなってしまったならば被害は甚大なものになり手の打ちようがない事態に至りかねないと懸念されるものの、その因果関係が未だ科学的に立証されていない場合は、危険が実際に生じるのを回避するために予防的に対策を講じるべきであるという考え方が世界的に定着しつつあるのです。

予防原則が実際に適用されている例として、地球温暖化対策、遺伝子組み換え作物・食品、電磁波問題などを挙げることができます。たとえば地球温暖化問題の場合、人間の活動などにより放出される二酸化炭素(CO2)が地球温暖化の原因となっている可能性が大きいと考えられるため、二酸化炭素の排出量を抑える対策が各国で採られていますが、二酸化炭素が温暖化の原因となっていることがすでに科学的に証明されているというわけではありません。この科学的証明を行うことは容易ではなく、このため二酸化炭素が原因であることが科学的に証明されてから対策を講じていたのでは被害は甚大なものとなり対処が極めて困難になり、手遅れで解決は不可能という事態に陥るかもしれません。このような事態に至るのを避けるために、因果関係は証明されていないものの予防的に二酸化炭素の排出量の削減を図るという対策が現在広く国際的に講じられつつあるのです(二酸化炭素が原因であることが未だ科学的に明確に立証されていないため、二酸化炭素は温暖化の原因ではないと主張したり、二酸化炭素が原因でないことが明らかになったならば今講じられている地球温暖化対策はただちに中止すべきだとする関係者もまったくいないわけではありません)。

また、遺伝子組み換え食品の場合も、人体への有害性が科学的に立証されているわけではないのですが、場合によっては人体に何らかの悪い作用をもたらすのではないかと懸念されており、このため予防原則に則った様々な法的規制が課せられています。また、様々な電気器具・装置が発する電磁波の人体への影響に関しても科学的に未解明な部分が多く、人体への影響が懸念されるため、その因果関係が科学的に立証されているわけではないものの、場合によっては広範に深刻な悪影響を及ぼすのではないかと考えられ、このため予防的に電磁波の発生量や強度などに関して規制値などを設けるなどの対策が講じられています。

【原発の安全性に関する問題に対処するには「予防原則」という考え方が極めて大切です】

以上、予防原則が適用されている例を示しましたが、原発の事故、原発における安全性確保という問題を考える際は、事故が起きれば必ず破局的な大事故に至るというわけではないものの、いったん事故が起きたならば被害が極めて短時間のうちに広範囲に及ぶ可能性が大きいため、地球温暖化、遺伝子組み換え食品、電磁波など他の問題にも増して、事故が起きないようにするための安全確保を最優先して有効と考えられる対策を予め講じておくこと、すなわち予防原則という考え方を念頭に置いて対処することが大切であることを、関係者が十分に認識しておくことが必要ではないかと考えられます。

2002年に公表された国の地震予測「長期評価」に基づき東電の子会社が2008年に計算して予想される津波の高さは最大15.7メートルという数値を割り出した段階で、原子力保安院(当時の原子力規制機関)が「予防原則」に則って、必要と考えられる対策を講じることを予め東電に対して求めていたならば、たとえ津波が想定外の大規模なものであったとしても、地震・津波による福島第一原発の事故があれほどの破局的な事態に至ってはいなかったのではないでしょうか。

このたびの最高裁判決を受け、原子力規制委員会の更田豊志委員長は「従前の原子力規制に対する深い反省のもと、事故の教訓を規制に生かすための取り組みを行ってきた。新たな知見の収集怠らず、規制の不断の見直しに努めたい」とコメントしています。福島原発事故後に新たに設置された、独立性が高いとされる原子力規制委員会は安全対策に関する新たな規制基準において、地震や津波対策を強化し、火山や竜巻なども考慮しており、たとえば津波に関しては、これまでの最大の津波を上回る「基準津波」を設定して防潮堤の設置などの対策を求めており、最高裁判決が「想定を超える」とした津波に襲われても、建物を水密化する(建物内に海水が浸透しないようにするための防水対策)ことで重要施設が壊れないようにすることを求めているとされています。このため規制基準は福島原発事故以前よりも大幅に厳しいものとなっていることは事実であり、規制委の関係者は「リスクをゼロにはできない。あらたな厳しくなった基準に基づいて審査を続けることが安全につながる」としています(朝日2022年6月16日)。しかしながら、以上に述べたような「予防原則」の重要性を考えるならば、原子力規制委員会は今後、原発の安全性に関する審査を行うにあたっては、単に規制基準をより厳しいものにするだけではなく、予防原則に則った安全確保のための具体的な対策が講じられているか否か、あらたな規制基準は予防原則に十分に則ったものであるかという点を意識的に検討対象とすべきではないかと考えられます。

【政府・規制機関の不作為を不問にした最高裁判決に対する疑問】

このたびの最高裁判決で一番問題なのは、実際に起きた地震・津波は2003年に公表された長期評価を基づく想定よりもはるかに大規模であり、このため長期評価を前提に国が東電に防潮堤を設置させていたとしても事故は避けられなかった、したがって国に責任はないとしていたことです。

この判決内容は二つの問題点を含んでいます。ひとつは、長期評価の結果に基づき東電の子会社が算出した津波の高さは事故以前に設けられていた防潮堤が想定していた5.7メートルを遥かに上回る15.7メートルの高さであったため(長期評価に基づく予測では、敷地南東で最大15.7メートルの津波を予測していました)、長期評価に基づく高さの津波に襲われた場合は福島第一原発の敷地全域に海水が浸入し、発電設備が危険にさらされることは容易に想像し得たにもかかわらず、規制当局(当時の原子力保安院)はその後何度も機会があったにもかかわらず改善命令を東電に対して出していなかったという事実を最高裁が何ら問題にしていないということです。

この点に関して、最高裁は「15.7メートルという津波予測は合理性を有している試算であり、国が東電に対策を命じた場合は試算された津波の高さに対応する防潮堤が設置されたものと考えられる」と指摘してはいるものの、国が命令を出さなかったことが妥当であったか、すなわち国が実際に命令を出さなかったという行為が不作為に相当するのではないかという点については、論じることを避けています。しかし、国が改善命令を出し、東電が福島第一原発の海側全域に予測値の15.7メートルを上回る高さの防潮堤を建設していたならば、津波による被害を完全に防ぐことはできなかったとしても、少なくとも被害の程度は福島原発事故におけるよりもかなりの程度軽減されていた可能性があったのではないかと考えられます。したがって、国が何も命令を出さなかった行為が被害の防止・軽減という観点から不作為に相当するものであったことは明らかであり、不作為がもたらした結果に関して国に責任があると言わざるを得ません。何度も機会があったにもかかわらず国が改善命令を出さなかったことが不作為に相当するか否かという重要な争点について論じることを避けた最高裁判決は公正さに欠ける判決といわざるを得ません。

最高裁判決のもうひとつの、最も重要な問題点は、「実際の地震・津波は長期評価に基づく想定よりもはるかに大規模なものであったため、国が長期評価を前提に東電に防潮堤を設置させていたとしても海水の侵入を防げず、実際の事故と同じ事故が起きた可能性が相当にある。したがって国に責任はない」としていた点です。「実際の事故と同じ事故が起きた可能性が相当にある」とする最高裁の判断は果たして正しいのでしょうか?その科学的根拠は存在しているのでしょうか?福島第一原発の事故はほんとうに防ぐことができなかったのでしょうか?この問題点については、以下に論じるものとします。

【福島第一原発の事故はほんとうに防げなかったのでしょうか?】

事故を未然に防ぐことが可能であったか否という点を判断するには巨大津波の「予見可能性」という観点と対策を講じれば防げたかという「結果回避可能性」という観点が重要になりますが、最高裁は結果回避可能性だけで判断を下し、長期評価では南東からの津波が問題にされていたが実際には予測と異なり東側からも大量の海水が浸入したという事実を取りあげ、「仮に防潮堤が設置されていたとしても、電源を失って同様の事故が起きていた可能性は相当にある」として、「対策が講じられていれば事故は防げた」とする主張を否定しました。これに対して原告側は事故の防止策として、防潮堤に加え、重要設備の浸水対策を検討できたはずだと主張しました(国の責任を認めた高松高裁は設備の浸水対策も併せれば事故は防げたと判断していました)。しかし、最高裁は「事故以前には浸水対策を定めた法令や知見はない。(浸水対策は)事故後に進展した現在の知見に基づく議論と追わざるを得ない」として原告の主張を退けています。原告の主張はいわば「後知恵」というわけです。しかし、事故前には浸水対策に関する知見はなかったとする最高裁の主張は果たして正しいのか、事実に照らして考えると、大いに疑問であると言わざるを得ません。というのは、以下に述べるように、同じく東日本大震災に起因した津波に襲われたものの予め重要設備の浸水対策を内容とした津波対策を講じていたために大事故に至るのを免れることができた原発が実際に存在しているからです。以下にその実例について説明を記します

《津波に襲われたものの浸水対策を講じていたために大事故に至るのを免れた日本原電の東海第二原発》

茨城県東海村に設置されている東海第二原発(日本原電)は日本で初の100万キロワット級の原子炉を擁する原子力発電所であり、この発電所も東日本大震災に際して津波に襲われました。しかし、あらかじめ津波対策として防護壁を強化することにより重要設備に対する浸水対策を講じていたため、電源喪失を免れ、その結果原子炉を停止させることができ、大事には至りませんでした。津波の際の対応について東海第二原発は「東海第二原発の震災時の状況」と題して以下のように公表しています(東海第二発電所の震災時の状況 | 日本原子力発電株式会社 (japc.co.jp)より)。

『東海第二原発では、茨城県の津波評価(注参照)を参考に、震災前から津波対策の強化として非常用ディーゼル発電機の冷却に必要な海水ポンプを設置しているエリアに防護壁(標高6.11m)を2009年9月に設置し、引き続き防水工事を行っていました。地震後、約5.4mの津波が襲来しましたが、一部防水工事が完了直前であったため、海水ポンプ3台のうち北側の1台は海水に浸かり使用不能となりました。しかし、工事が終了していた南側の2台の海水ポンプを使って非常用ディーゼル発電機2台を運転し、安定した冷却を継続しました。このように非常用電源を確保できたのは、津波対策の強化として高い防護壁を設置した対策が功を奏したものと考えています。』
(注:茨城県が2007年10月に公表した「本県沿岸における津波浸水想定区域図等」において想定最高潮位5.72mとされていました)。

また、東北電力の女川発電所(宮城県石巻市女川)も、福島第一原発と同程度の高さの津波に襲われたものの、福島第一原発のようは大きな被害は被っておらず、危機的な状況に陥ることはなかったという事実も存在しています(asahi.com(朝日新聞社):なぜ女川原発は無事だった 津波の高さは福島と同程度 - 東日本大震災)。

先に示したように、原告側が事故の防止策として、防潮堤に加え重要設備の浸水対策を検討できたと主張したのに対して、最高裁は「事故以前には浸水対策を定めた法令や知見はない。(浸水対策は)事故後に進展した現在の知見に基づく現在の知見に基づく議論と追わざるを得ない」として原告の主張を否定していましたが、上記の東日本大震災以前に東海第二原発が講じていた対策とその結果をお読みなって、みなさんは最高裁の判断についてどうお考えになるでしょうか。

東海第二原発が津波対策として福島事故以前に行っていたことは、重要設備を守るための防水(浸水)対策だったのです(福島第二原発の報告では「防護壁」と記されており、これは防潮堤の意味も有しているものと考えられますが、その狙いは重要設備への浸水対策でした)。この事実を考えるならば、「浸水対策は事故後に進展した現在の知見に基づく議論と言わざるを得ない」とした最高裁の判断は事実にまったく反するものであることは誰の目にも明らかです。電気により機能する機器や装置や設備などの内部に水が入り込んだならば、その機能が失われたり損なわれたりする危険性があることは「未知の知見」などではなく、高度の科学的知識を要しない、きわめて常識的な知見に過ぎません。このため電気技術者ならば誰もが容易に原発の重要設備への浸水を防ぐための対策を講じることが必要であると判断するものと考えられます。したがって「浸水対策は事故以前の常識ではなかった」とする最高裁の判断はまったく根拠に欠ける事実に反するものであることは経験的にも明らかでると言えます。このため、津波対策を考える際に、防潮堤の設置と同時に重要設備の浸水対策を考えつくことは福島原発事故以前においても十分に可能であったということができます。

東海第二原発における津波対策の実態とその結果を考えるならば、「長期評価」に基づいて福島第一原発を襲う津波は最高15メートルに達するとされた時点において、この高さの津波を防ぐための防潮堤の建設に加えて同時に重要設備の浸水対策を講じることを国が東電に命じていたならば、福島第一原発の大事故を完全に防ぐことはできなかったとしても、その被害の程度をかなりの程度低減させることが可能であったものと考えることができます。これらの点を考慮するならば「津波は想定外の規模であり、そのため防潮堤を設定させても事故は避けられなかった。したがって国に責任はない」とした最高裁の判断は事実を無視した著しく根拠に欠ける不公正なものであると言わざるを得ません。

【最後に】

以上に記したように、福島第一原発の事故が起きたことの直接的な原因は津波対策がまったく不十分であったことにあることは明らかです。しかしながら、津波対策が不十分であったことの背景には政府機関による原子力規制制度における欠陥、電力会社における安全意識と技術水準の低さという要因が存在しているものと考えられます。

しかし、萩生田光一経済産業省は判決を受けて「原子力政策に大きな変更はない。とにかく安全第一で、地元の理解を得られた原発の再稼動を進めたい」としています。経産省の幹部も「これまでやってきたことが否定されなかった」として原子力政策に変更がないことを強調しています。岸田政権が6月7日に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)には、福島原発事故後に政権の方針とされてきた「可能な限り原発への依存度を低減する」という文言は示されていない代わりに、再生エネルギーとともに原発を「最大限に活用する」という文言が盛り込まれており、原発推進の姿勢が鮮明になっていますが、このたびの福島第一原発の事故に関して国に責任はなしとした判決は、このような国の方針を「忖度」した政府による欠陥だらけの原発推進の姿勢を後押しするものであると言わざるを得ません。今後、火力発電の休廃止により生じているとされている「電力不足」と電気料金の上昇、ウクライナ紛争に端を発した燃料の価格の高騰などを要因に、発電コストを下げる意味においても、政府・与党は原発推進に力を注ぐものと考えられます。このたび、国に責任はないとする判決を最高裁が判決を下しました。しかし、まるで福島第一原発の事故を忘れたかのような国による原発推進の姿勢を許すわけにはいきません。市民は力をあわせて原発推進という国の姿勢に今後も粘り強く反対の姿勢を貫いていかなければなりません。

☆この一文は主に2022年6月18日付け朝日・毎日・東京の各紙の記事に基づきました。

2022年7月11日

《脱原発市民ウォーク in 滋賀》呼びかけ人のひとり:池田 進
 大津市木下町17-41 
 TEL:077-522-5415 
 メールアドレス:ssmcatch@nifty.ne.jp

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