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大愚記 花房東洋 

大 愚 言 ・古典落語に学ぶ馬鹿の作法  大愚叢林庵主 大愚東洋

2017年09月14日 17時22分11秒 | 大愚言
今年の五月に「なぜ与太郎は頭のいい人よりうまくいくのか」(日本実業出版社刊)という長たらしい題名の本が上梓された。
立川談慶という咄家が書いている。
わが大愚叢林の諸兄には是非とも読んでほしい本である。
古典落語に出てくる馬鹿から人生の作法を学ぼうというものだが、手本が古典落語だけあって、僕の「大愚言」よりはるかに面白い。
理屈っぽいのが玉に瑕だが、それは師匠談志ゆずりだからしょうがない。大体、弟子というものは師匠の悪いところが似るものだ。僕も師・三上卓の悪いところばかりが似ていると、古い先輩達に言われたものだが、たとえ悪いところであっても、師に似ていると言われれば、それはそれで嬉しいものだ。
その本の中で「紺屋高尾」という咄が紹介されている。

神田の紺屋に働く真面目な染物職人・久蔵が、吉原の花魁道中で、初めて見た高尾太夫に恋わずらいをしてしまう。見かねた親方に「太夫は売り物・買い物。金を貯めろ。金が出来たら俺が会わせてやる」となだめられた。久蔵はそれから三年、一心不乱に働いて十五両の金を貯めた。いざ、高尾のいる三浦屋へと繰り出すことになるのだが、親方などの発案で「いくら金を積んでも紺屋職人では高尾が相手にしまい。ここは久蔵をお大尽という触れ込みで一芝居打とう」ということになった。そのせいか、高尾に気に入られて久蔵の想いが叶う。その翌朝「今度はいつ逢えるのか」と問う高尾に、久蔵はバカ正直に素性をバラし「ここに来るのに三年、今度と言ったらまた三年。その間に、あなたが身請けでもされしまったら、もう逢えません」と打ち明けてしまう。高尾は、その言葉に涙ぐみ「三年も想い詰めてくれたとは、何と情けのあるお方。来年の三月に年季が明けるから女房にしておくんなまし」ということになる。

吉原の人気太夫・高尾が朴訥な紺屋職人・久蔵の純情にほだされたという人情咄である。

この咄を、談慶は「紺屋の職人という分際で三年で十五両以上こしらえてしまうタフネス力(マッチョな精神)に高尾太夫は惚れたのだ」と解釈し「女を口説くための話」としている。

談慶が言うように、三年で十五両も貯めた久蔵のタフネス力もさることながら、僕は、それを見抜いた高尾の洞察力に軍配を上げたい。
さすが、男女の手練手管を知り尽くした世界の女ならではの「真心」である。
故に、高尾は「嘘をつけない(つかないのではなく)」愚直な久蔵を選択したのだ。その点で、高尾は久蔵より一枚も二枚も上の馬鹿といえる。
この「女を口説くための話」、どの女にも通用するものではない。
世の中、高尾のような上質の馬鹿はそうザラにいない。

(平成二十九年九月十五日認)