日本アジア親善協会会長
何十年前になるのか、ある慰霊祭の直会で咆哮してる男がいた。「東京で俺に飯でも食わせようと思うのが一人位いないのか」と。隣の阿部勉師範に「あやつは誰」と問うたら岐阜の花房東洋だと云う。当時人様に飯を食わせるのが趣味だった小生は、早速師範に通訳を頼み、一夕から一朝迄共にしたのが始まりである。
創造力、実行力、統率力、また自己破壊力と彼のすさまじい男の生き様に時々とばっちりを受けながらも、なおその魅力に引き付けられて止まないのは小生だけではあるまい。
大場俊賢兄との三人の交流、伊藤好雄さんの事、また高尚なる我が師範の下半身ヒストリーに立ち入りもて遊ぶ男でもある。
二人でのアジア旅行、国内での会食等も数えきれないが、なぜか必ず「事件」が伴うのも忘れられぬ楽しい想い出である。
時々小生を〝兄〟扱いをしてくれたが、一度たりとも〝兄〟としての振舞いのなかった慙愧の思いを引き摺りながら、花房東洋が如何なる生き様で楽しませてくれるのか覗き見するのが楽しみである。
何十年前になるのか、ある慰霊祭の直会で咆哮してる男がいた。「東京で俺に飯でも食わせようと思うのが一人位いないのか」と。隣の阿部勉師範に「あやつは誰」と問うたら岐阜の花房東洋だと云う。当時人様に飯を食わせるのが趣味だった小生は、早速師範に通訳を頼み、一夕から一朝迄共にしたのが始まりである。
創造力、実行力、統率力、また自己破壊力と彼のすさまじい男の生き様に時々とばっちりを受けながらも、なおその魅力に引き付けられて止まないのは小生だけではあるまい。
大場俊賢兄との三人の交流、伊藤好雄さんの事、また高尚なる我が師範の下半身ヒストリーに立ち入りもて遊ぶ男でもある。
二人でのアジア旅行、国内での会食等も数えきれないが、なぜか必ず「事件」が伴うのも忘れられぬ楽しい想い出である。
時々小生を〝兄〟扱いをしてくれたが、一度たりとも〝兄〟としての振舞いのなかった慙愧の思いを引き摺りながら、花房東洋が如何なる生き様で楽しませてくれるのか覗き見するのが楽しみである。