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落語読本 らくごの一文 [落語]『高津の富』桂枝雀〔text〕前編

2023-05-17 21:00:00 | 出来事/備忘録

 「金は天下の回りもの」てなことを申しますが、無いところには皆目無い。
 かわり、有るところにはもぉ嫌といぅほど有るのが、このお金といぅもんや そぉでございます。

●あぁ主(あるじ)さんかい、こっち入っとぉくれ、しばらく厄介になりますで

■ありがとさんでございまして、どぉぞごゆくりご逗留を

●あぁ、しばら く厄介になります。こんな恰好をしてますで、お前さんわたしのこと「何じゃ 知らん」と思てやろが。わしゃ因州鳥取の在のもんでな、これでも土地では 物持ちとか金持ちてなことをな……、嘘じゃありゃせん、ホンマじゃで。

●今度も二万両ばかりの取引じゃ。わずか二万両ばかりで、わしがわざわざ 出て来ることもないのじゃが、番頭が「久しぶりに、大阪見物兼ねてお越し になったらどぉでおます」こんなこと言ぅもんじゃで、うかうかと出て来ま したよぉなこってな。
 旅するときは、わざとこんなみすぼらしぃ恰好してま すのじゃ。
 お金だけはたんとありますでな。
●こないだもそぉじゃった。
 夜中に若いもんが大勢寄ってわぁわぁ言ぅてる 「どぉしたんじゃ?」「旦さん寝てなはるどころやござりません、表に賊が まいっとります」「賊? 賊ちゅうたら盗人はんじゃないかい? どっちみ ちお金が欲しゅ~て来なさったんじゃろ、大戸を開けて入れてやんなされ。
 うちゃ今、お金が有り余って困ってるところじゃないかいな、少ぉし持って 帰ってもろたら助かるで」ちゅうてな。
●大戸を開けてやると、ドカドカッと入ってきた賊が二十人あまりじゃ。
 金 蔵へ案内してやるっちゅうと、担げよるやつ、抱えよるやつ、運びよった運 びよった。
 そのうちに東がじぃ~んわり白いできた「さて、賊は金をどれぐ らい持って帰ってくれたかいなぁ?」と金蔵へ行て調べて見たら、あかんも んじゃなぁ、千両箱がたったの八十六しか減ったないねやで。わたしゃガッ カリしましたで、ヒャ~ッハッハッハッハッ……、嘘じゃありゃせん、ホン マじゃで。
●千両箱だけはたんとありますのじゃ。この頃は使い道に困ってな、漬けも んの重石(おもし)に使こてるてなこって。こないだも女中が「旦さん、漬け もんの重石が丸るぅて持ちにくございます。もっと持ち易いもんを」「そぉ かい、四角て重とかったらえぇのかい? 千両箱出しといたらえぇじゃない か」ちゅうてな、十(とぉ)ほど出さしといたんじゃ。
●しばらくすると「旦さん、漬けもんの重石無いよぉなってしまいました」 「そぉか、ほなまた十ほど出しときなはれ……」「旦さん、無いよぉなって しまいました」「十出しときなはれ……」「無いよぉなってしまいました」 「十出しときなはれ……」何ぼ出しても無いよぉなってしまう。おかしな具 合じゃなぁと思てると、近所でも漬けもん漬けるかして、みなが一つずつ担 げて去(い)による、ヒャ~ッハッハッハッハッ……、嘘じゃありゃせん、ホ ンマじゃで。
●何じゃて言ぃなさる「屋敷が広いか?」と聞きなさるのかい? 広いか狭 いか知らんが、門入って玄関に着きますまで、カゴに乗って四日かかります でな……。
 何じゃっちぃなさる「あいだの三日は泊まらんならんのか?」そぉ じゃ。そこでうちの屋敷には表の宿、中の宿、奥の宿ちゅうて宿場町が三つ ありますのじゃ、ヒャ~ッハッハッハッハッ……、嘘じゃありゃせん、ホン マじゃで。
●書生、掛人(かかりゅ~ど)、男衆(おとこし)、女衆(おなごし)、何じゃか んじゃで八百人からおりましょ~なぁ。
 ご飯炊くときが大変じゃで、いち時 に炊きますでな。大きな釜で大勢の人間がお手繰りで、米運ぶ水運ぶ、用意 のでけたところへ大きな男が釜の周りに五、六人も立ちよってドボ~ンと飛 び込んで、抜き手切って水加減いたしますのじゃ。
 こないだも一人溺れよっ てな、慌ててイカダ組んで助けに行たてな、ヒャ~ッハッハッハッハッ……、 嘘じゃありゃせん、ホンマじゃで。
■……、伺いましても、もぉ夢のよぉなお話でございます。
 そんなお話聞か してもらいましたところで、こんなこと申しますと、何じゃ足元へ付け込む よぉで恐れ入りますが、実は手前ども宿屋だけでは食いかねてる始末、あち らの周旋こちらのお世話などさしてもろとります。
 今度久しぶりに高津さん に富が許(ゆ)れましてな、この札を売らしてもろとりますよぉなこってござ ります。
■明日が当日でございまして、たった一枚だけ残りましてございます。
 ほか はみな売れたんでござりますけど「子の千三百六十五番」なかなかえぇ番号 でございます。
 旦さんのよぉな勢いのえぇお方、ひょっとして当たるやも知 れまへんので、この札を一枚買ぉて頂きますわけにはまいらんもんだっしゃ ろか?
●何じゃ、そら?
■富、富札でございます
●「富」ちゅうたら、どんなもん じゃ?■旦さん、ご存知やおませんので? これと同じ番号を書いた札が高 津さんにございます。
 明日それを突きますので。一番に当たりますと千両、 二番なら五百両、三番なら三百両と、こぉいぅことになっとりますので。
●すると何かいな、ひょっと一番ちゅうやつに当たっても千両さえ出しゃそ れでえぇのかえ?
■……、何でござります?
●運悪ぅ一番ちゅうやつに当たっ ても、千両さえ出しゃ堪忍してもらえるわけじゃろ
■えらい話が間違ごぉと ります。千両向こぉからくれますので
●くれる? くれるんやったら、そん なこと置いとこか。そんなややこしぃことは置いとこ。当たったところで千 両じゃろ、千両箱が一つじゃ。漬けもんの重石はうちにたんとありますで置 いとこ。
■旦さんにとりましては目腐れ金かも知れまへんけど、手前ども生涯かかっ ても見ることのでけん大金でございます。どぉでございまっしゃろ、お遊び にでもお買いになったら
●何じゃ言ぃなさる、遊びで買いますかえ、テゴで、 そら面白かろ。何ぼ上げたらえぇのじゃ?
■一分でござります。一分と申し ますと手前ども大変でございますけど、旦さん方にとりまして一分なぞ……
●一分といぅと、どんなもんじゃ?
■どぉいぅよぉなもん?
●わたしゃ小判 よりほか、使こたことがない……。あぁ、ひょっとしたら小ぃちゃな額が一 枚、あれでえぇのかい……。賽銭の残りがあったのじゃないかな、めったに 持たんのじゃが、ひょっとしたら有るかも分からん……、こんなもんでえぇ のかい?
■へ、結構さんにござります。ありがとぉさんでござります。どぉぞこの札を
●いやいや、そらそっちでえぇよぉにしてもらいたい
■そぉいぅわけにま いりません。お買い上げ願ごたんでございますから
●そぉか、ほなとりあえ ずもろとこか。何なに「子ぇの千三百六十五番」か……、なぁご亭主
■へっ
●何が当たっても、お前さんに半分上げると、こないしとこか。
■半分とおっしゃいますと?
●さぁ、みな上げてもかまやせんが、わたしも 運試しじゃ、テゴじゃでな、半分上げるとしとこか
■半分と申されますと?
●一番の千両が当たりゃ五百両、二番の五百両なら二百五十、三百両なら百 五十じゃ
■……、そんな大金をわたくしが、頂戴いたしますので……、あり がとぉございます。
●当たってからの話じゃで、ヒャ~ッハッハッハッハッ……、面白い人じゃ なぁ。まぁ、とにかくお腹が空いてますで御膳の支度をしとぉくれ。お酒の えぇのがあったら二本ばかり、ちょっと熱い目にしてもろて
■へっ……
●こ れご亭主、ちょっと熱い目にしとくれや、えぇお酒頼んますぞ……
●い、行ってしもた……、ヤマコもえぇ加減に張っとかないかんなぁ、あの 男、何を言ぅても本気にするもんやさかい、調子に乗ってしゃべってたら、 大事にしてた虎の子の一分、取られてしもた……。とぉとぉ一文無しの空っ 穴や……、まぁ、あれだけ言ぅときゃ、やいやい催促もしょまい。えぇ加減 呑み倒し、食い倒してスキ見て逃げたれ。

 (前編 終了〕
情報元:《【世紀末亭】http://kamigata.fan.coocan.jp/index.htm 》


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