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未来組

宝塚の舞台、DVD、SKYSTAGEを観た感想と、最近はカメラに凝ってます。

95年花組 「哀しみのコルドバ」

2009年03月06日 | DVD、スカイ・ステージ(花組他)
作・演出:柴田宥宏/主演:安寿ミラ、森奈みはる他
スペイン一の花形闘牛士エリオ(安寿ミラ)はマドリッドの実業家リカルド・ロメロ(真矢みき)の邸宅で開かれる晩餐会に招待され、闘牛士の仲間たち、婚約者アンフェリータ(純名里沙)を伴ってやってくる。アンフェリータとは数日後に故郷コルドバでの結婚式を控えている。しかしそこで、驚くべきことに元恋人のエバ(森奈みはる)と再会。2人は8年前に恋に落ちたが、エバが突然姿を消し、その後行方がつかめなくなっていた。人目を忍んだ束の間の会話。エバは、家族が急に引っ越すことになったため、ついて行くしかなかったと説明。その後、結婚するも若くして未亡人となり、今はリカルドの愛人として庇護を受ける身。
エリオの親友ビセント(愛華みれ)が法務長官の奥方と道ならぬ恋に落ち、決闘騒ぎを起こす。エリオは決闘に立ち合い、ビセントに理性的に行動するように諭しつつも、エバの面影が脳裏をかすめる。
試合のために故郷に帰ってきたエリオをエバが追い掛けてくる。変わらぬ愛を確かめあい、何もかも捨てて結婚しようと誓う二人。しかしエバの行動を不審に思ったリカルドが追い掛けてきて鉢合わせ。二人は決闘をすることになる。決闘場にエリオの母親、エバの母親が駆け付けて、必死に止めるが……
誰も運命の悪戯をとめることはできず、若い恋人たちは悲劇に向かって突き進んでいく…いいですね。こういう純粋な悲恋ものって、時々どっぷりと浸かりたくなります。
プロローグでは舞台を埋め尽くす数の闘牛士とフラメンコダンサーの踊りがあり、華やかで壮大。舞踏会あり、カーニバルあり、輪っかのドレスに加えて闘牛士や軍服など、使われた布とレースの量は半端じゃありません。贅沢です。

安寿ミラは大柄ではないけれど存在感と演技力があり、苦悩や悲哀が色濃く刻まれた男の表情に説得力があります。最後の闘牛のシーン、歓声渦巻くコロシアムの中心に立ち、一人で最後の戦いに挑む姿は、赤と黒の照明を効果的に使ったスマートな演出もあって緊張感がクライマックスに達します。

1986年に峰さを理主演で上演された作品の再演ということもあったのでしょう、真矢みきにはリカルドの役は物足りなかったかもしれません。
純名里沙演じるアンフェリータは清純な娘。エリオに身勝手な理由で一方的に婚約を破棄されても、彼の心中を思いやる健気さが涙を誘います。
ロメロの甥、フェリーペに紫吹淳。その他にも匠ひびき初風緑伊織直加など目を見張る程豪華な顔触れ。下級生の頃の朝海ひかるの顔が見えるのも楽しい。

09年に花組全国ツアーで再演されることになり、楽しみです。

La Esperanza(ラ・エスぺランサ)-いつか叶う

2009年01月03日 | DVD、スカイ・ステージ(花組他)
花組大劇場公演2004年
脚本・演出:正塚晴彦/主演:春野寿美礼、ふづき美世他

舞台はアルゼンチン。タンゴダンサー志望のカルロスと画家の卵ミルバ、そして2人を取り巻く人間味あふれる人々。挫折を繰り返しながら希望を捨てず前向きに生きていく姿を描いた青春群像。それほどの大事件や悲劇が起こるわけではありませんが、偶然が重なり、アンラッキーがハッピーに転ずるところは、現実にはなかなかないことで(ないのよね)、頑張れば夢は叶うと信じたい大人のためのお伽話という感じで、温かな気持ちになります。

タンゴダンサー志望のカルロスを春野寿美礼。ミルバや友達との何気ないやりとり、持病をかくしていて倒れたフアンを、涙を浮かべて叱るところなどは、春野寿美礼本人の持つ温かさ、人の良さが表れていているようです。正塚晴彦は役者に合わせた宛て書きが巧みな脚本家ですが、この作品は主人公がテロリストや金庫破りでもなく、劇中でクーデターも抗争もなく、日常の延長にあるようなほんわかしたお話で、春野寿美礼のキャラクターにあっていて嬉しくなります。
ミルバとの何気ない会話は演出家自身が若い頃体験したのか、あるいは喫茶店で実際に見聞きしたのかと思えるほど自然。南極にペンギンを見に行きたいという夢で意気投合したカップルは、(整髪料のCMにイワトビペンギンが使われて大流行したので)当時日本中にいたのではないでしょうか? (今ほど唐突な感じはしなかったと思います)
辛い経験もしたけれど、恋人も友情も裏切らず、自然体で生きることでささやかな幸せを手に入れられたカルロスはすてきな人です。カルロスと友達3人が銀橋で戯れるシーンがありますが、男役3人が銀橋を渡るシーンは、どうしてこんなにわくわくさせるのでしょう。
ミルバを演じたふづき美世は庶民派といった感じの持ち味、くったくのない笑顔、ナチュラルな演技に引き込まれます。春野寿美礼のパートナーをつとめた3人の娘役の中で、一番合っていたと思います。
クラブのオーナー、ファビエルを月組からの特別出演、霧矢大夢。テカテカしたオールバックに髭、光沢のあるダブルのスーツ、低音の中年男性。うら若い女性が演じているとは思えない、どっしりとした重厚感があります。カルロスのダンス・パートナー、フラスキータ(遠野あすか)だけが気が付いていませんが、最初から彼女への大きな愛が伝わってきます。不器用だけれど豪速球のプロポーズは、銀橋だからでしょうか、まるで自分が言われているみたいで、じんと心に響きます。あのプロポーズは正直うらやましいです。

カルロスの親友で、ダンス上のライバルでもあるベニートを宙組から特別出演の水夏希。気のいい友人というのははまり役。じれったさに耐えかねたイネス(桜一花)の逆プロポーズがおかしい。
ホテルのボーイでカルロスやベニートを慕うフアンを彩吹真央。子分役が似合ってかわいい。ダンスのコンペティションでは確かなテクニックを披露。
コンペでフアン、カルロスのダンスのパートナーを演じるのは鈴懸美由岐。切れがあって華麗な大人の雰囲気のダンスは、かなり彼女の表現力によるところが大きい。
遊園地の社長で、笑ってしまうほど明るいムードメーカーのギジェルモを矢吹翔。スランプに苦しむ画家ゴメスを夏美よう。ゴメスの妻で、身寄りのないミルバを育ててあげたんだから、ゴメスの代わりに下絵を描けと迫る自分勝手なアリーネを梨花ますみ。フアンが倒れて興奮しすぎのとぼけた母親(絵莉千晶)、それを適当にいなすドクター(未涼亜希)など、みんなキャラにあっています。

さて、このお話は往年の映画俳優マイケル・ゴールドバーグ(未沙のえる)の元を、ドキュメンタリー映画のディレクター、トム(蘭寿とむ)とレポーター、トレーシー(華城季帆)が取材に訪れたところから始まっています。ゴールドバーグ氏がアルゼンチンで出会った若者たちをヒントに映画にしようと考えていて、ストーリーを語っているシーンが挟まれ、ますます寓話らしさが強調されます。
隙あらばトレーシーの肩を抱こうとするゴールドバーク氏。さほど嫌そうでもないトレーシー。トレーシー以上にむっとした顔で手を払い除けるトムの三角関係がおもしろい。ダンスの得意な蘭寿とむが、聞き役なのでタンゴを踊れなかったのが少し可愛そうであり、皮肉でもあります。
特別ゲストを迎えた豪華なキャスティングとはいえ、瀬奈じゅんは月組に出演しているので出ていません。瀬奈じゅんが出ていたら配役は違ったのか? 一体ファビエルさんを誰がやるのか?と思うと、まさに適材適所だったと思います。

La Esperanzaはスペイン語で “夢”“希望”といった意味だそうで、まさにこの作品のコンセプトそのものです。

ロミオとジュリエット ’99

2008年06月11日 | DVD、スカイ・ステージ(花組他)
1999年花組バウホール公演。原作・ウィリアム・シェイクスピア/脚本・演出:植田景子
出演:水夏希、彩乃かなみ、彩吹真央他

 シェイクスピア悲劇を現代風にアレンジした作品。14世紀のヴェローナが近未来の背徳の都市に変貌。人々は残酷な本能をむき出しにして殺戮を繰り返し、街は無法地帯と化している。中でもキャピレット家とモンタギュー家の抗争は壮絶。サーチライト、響き渡るサイレン、銃声と阿鼻叫喚、轟く大公の裁きの声、見え隠れする死神―こんな大げさな終末観が、20世紀末の風潮にあっていたのかもしれません。
 中世のコスチュームを着た人がいるかと思えば、パンク風の若者、コンサバティブなスーツを着た女性など、人々は時代考証をごちゃまぜにした衣裳で登場します。いかがなものかと最初は思いましたが、2回目に観た時に、ファッションが実に巧みにキャラクターを引き立てていることに気付きました。もちろん衣装を着ればその人物になれる訳ではなく、役者の内面から出るオーラが人物を完成させるのですが。
 会話は詩。聴くだけでむずむずするほどロマンティックで格調高い原作の台詞(おそらく!)を勢いよくたたみかけます。(慣れない言葉遣いに役者達はさぞかし苦労したことでしょう)ゆっくり喋ったら平安時代になってしまいますが、役者の若さも手伝い、叫んで、泣いて、スピード感あり、テンションが高い舞台です。
 ロミオを演じる水夏希は何着も着替えますが印象に残ってるのはラフなプルオーバーとコットンパンツに白いライダージャケット。パーカーを羽織っているときもあります。ジャニーズ系?周囲が濃いので、さりげなさが目立ちます。芯はまっしぐらに突き進む、恋する青年。ジュリエットの頭をいとおしそうに長い指でなでます。単に白い王子様という役に留まらず、情熱的で野性的。
 マーキューシオの仇をとるためにティボルトに切りかかるところなど、体が利くのでアクションは迫力があります。只者ではない眼力の強さも見られました。これが発展してアオセトナ、バラク、ランブルーズになって行ったんでしょうね。番手から言って止むを得ないことでしたが、しばらく恋愛とはあまり関係ない役が多かった。スポーティで男らしく異次元を感じさせるキャラばかりが目立ちますが、大恋愛、とくに悲劇を演じる水夏希を見てみたいと思います。長い四肢を活かした伸びやかな創作バレエのようなダンスもすてきでした。
 ジュリエットを演じる彩乃かなみは文句無しにかわいい。美しい大人の女性に成長した彩乃かなみですが、当時はまだ入団3年目。健康的で、ふっくら、ぽっちゃり。汚れを知らぬ14才の少女にぴったり。世間知らずでウブで初めての恋に無我夢中になります。薬を手にした時のためらいと不安、堅い決意の表情など、演技派のポテンシャルを見せていました。鈴の鳴るような声が美しく、昔から歌唱力は確かでした。 
 脇役は個性的で意外に男くさい。ロミオの親友マーキューシオを演じるのは彩吹真央。友達思いだけど気が短くて無鉄砲。ストリートキッズよろしく、髪はくしゃくしゃで緑のメッシュが入っています。アーミールックを着くずした重ね着で、いつも酔っ払ってハイな状態でへらへらおどけて、芝居がかった大げさな仕草と台詞。台詞回しの確かさが求められます。軽やかなブレイクダンスもよし、仮面舞踏会の登場シーンでは海賊の帽子をかぶり、達者な歌で妖しげな雰囲気を盛り上げます。最後の最後まで彼らしく、あの一言が切ない。静、渋いイメージの強い彩吹真央ですが、やはり若い頃からなんでもこなしていたんですね。
 ジュリエットの従兄弟ティボルトを演じるのは貴月あゆむ。仮面舞踏会ではナチスの軍服で登場しました。黒い革にエナメル、パイソン、スタッズ、フリンジ、チェーンベルトと意匠過剰な装いは男子フィギュアスケートの選手も顔負け。髪はウェットで肌色も濃くダーティなイメージ。不敵で挑発的な笑みをたたえています。
 ジュリエットに求婚するパリス伯爵は眉月凰。髪をリーゼントにまとめ、第一幕では白い衣装に黒マントをはおり、ドラキュラ博士みたいでした。二幕でも気取った貴族のよう。クールな仮面の下に激しい嫉妬を秘めていて、意外に共感できるキャラでした。
 ロミオの従者バルサザー壮一帆。最後に悪い知らせもってくる役です。トレンチコートの襟を立てた立ち姿が浮き世離れした首の長さを引き立てます。(本人は気にしているみたいですが、これが色っぽいんです)
 キャピレット夫人貴柳みどり。旦那に従うしかない当時の女性の生き方がリアル。貴婦人も娼婦も、低音で中国の役人も、何でもできる人です。絶望の絶叫が見事に響いていました。
 ジュリエットの乳母幸美杏奈。この人は毎回何をやってくれるか、目が離せない存在でしたね。肉襦袢で太らせて目の下に隈を描いて、悪い人ではないが現金な乳母です。パリスと結婚したら「そうやすやすと休ませてはくださらないでしょうからね~」等下ネタも担当してます。
 修道僧ロレンスを汝鳥怜汝鳥怜。僧侶の服装の上に、薬草を育てている時は園芸風エプロンをしているのがかわいい。
 アンジェロという羽をつけてしゃべれない天使を花央レミ。かわいいし、それなりの効果は出ていたと思いますが、若干微妙。

 最初に観た時は水夏希のアイドル性に頼った子供騙しと思ったのですが、見直してみると、実はよくできた作品だと気付きました。現在大活躍中の役者達の若い頃の姿が新鮮で、退団した方の姿が懐かしい。あの時代にタイムスリップしたみたいです。

カナリア

2008年05月24日 | DVD、スカイ・ステージ(花組他)
2001年花組シアター・ドラマシティ公演
脚本・演出:正塚晴彦/主演:匠ひびき、大鳥れい、春野寿美礼、瀬奈じゅん他

 地獄の悪魔学校では、一人前の悪魔になるには卒業試験に合格しなくてはなりません。その課題は人間界に降りて、最初に出会った人間を不幸のどん底に突き落とすこと。人間界に悪の種を撒き、死後の魂譲渡契約にサインをさせること。 学長(矢代鴻)の期待を一身に背負ったエリート、ヴィム(匠ひびき)。ウカ(瀬奈じゅん)を助手に、社会的地位のある人を不幸にしようと、意気揚々と地上に降りてきます。ティアロッサミ(未沙のえる)というホームレスが飼っていたカナリアが頭にとまったので口に入れて以来(糞をしたので吐き出しましたが)、なんだか調子が狂ってしまいます。
 最初に出会った人間すなわちヴィムの標的は、スリをなりわいとするホームレスの女性アジャーニ(大鳥れい)。生まれも育ちも、手癖も口も悪い。彼女に付きまとって向かった先は教会の無料宿泊施設。(普通の悪魔は教会に入れませんが、悪徳を積んだエリートだから教会に入れます) しかし神父の祈りのことばに悶絶し、賛美歌で気を失う。ティアロッサミに変な薬を飲まされ、ますます朦朧とします。
 現実社会では、教科書に書いてあったことが役に立たないというのはよくある話。アジャーニに悪事に手を染めさせ、お尋ね者にして安らぎを奪い去り、不幸を実感させようとしますが計画どおり行きません。アジャーニはどんな状況になっても、昔に比べたら今は幸せと言うし…。ヴィムはアジャーニをもっと不幸にしようとして、悪魔にあるまじき、開校以来の大失態を犯してしまいます。
 匠ひびきは小洒落た美少年。大きな瞳がよく動いて表情豊か。黒づくめの服装、ロングコートの着こなしも様になっている。題名の「カナリア」は多少象徴的な意味があるようですが、それほど深い意味はありません。匠ひびきが小鳥のように繊細に見えるからでしょうか?
 大鳥れいが演じたアジャーニは、悲惨な環境で生まれ育ち、下品でずるくて抜け目ない。ヴィムの指導もあり見事に銀行強盗を重ね、盗んだお金で生活ぶりは激変。作り話とねつ造した身分証明書で警察をだましている最中にヴィムにⅤサインを送ってくるところや、ヴィムに女として絡むところ、お婆ちゃんのふり、驚いて後ろにぶっ倒れる時も潔く、見事です。すばらしい舞台女優ですね。大鳥れいがいなかったら成立しなかった作品だと思います。
 春野寿美礼が演じるのは、能天気なほど浮世離れした、とぼけたラブロー神父。シスター・ヴィノッシュとのとんちんかんなコンビが笑えます。投獄されたアジャーニを慰問し、最初はスリだったけど今では立派に銀行強盗までできるようになったと慰めたり。頼りないかと思えば、目的が正しければ手段は二の次、人助けのためと罪をかぶって腹を括ってしまうところは、いい味を出しています。
 瀬奈じゅんはヴィムに心酔する助手兼連絡係、ウカ。かわいい名前ですが、AKU→UKAというのは知られた話。小悪魔っぽい蠱惑的な表情がいいです。側転しながら台詞をいうところは可愛らしくてまいります。
 遠野あすかはラブロー神父を慕うシスター・ヴィノッシュ。信仰とラブロー神父への思いが一緒になって時に恍惚としてしまいす。
カナリアを飼う謎のホームレスを未沙のえる、ヴィムをえこひいきする悪魔学校の学長を八代鴻、スリ仲間を貴柳みどり、鈴懸三由岐、集金係で乱暴者のディジョンを蘭寿とむが演じています。正塚作品によくでてくる刑事のコンビを彩吹真央桐生園加。小悪魔の舞風りら、ブティックのマヌカン他の幸美杏奈など達者な役者が勢揃いしています。
 天使と悪魔と人間の三つ巴。年末公演らしく、ありえないことが起きるファンタジック・ラブ・コメディ。大人が楽しめる良質の作品。再演したらいいのにな。

あさきゆめみし Ⅱ

2008年05月18日 | DVD、スカイ・ステージ(花組他)
2007年花組梅田芸術劇場
原作:大和和紀・講談社/脚本・演出:草野旦/主演:春野寿美礼、桜乃彩音他

 紫式部の「源氏物語」をほぼ忠実に漫画化した「あさきゆめみし」が原作。光源氏は日本文学、いや日本が誇る永遠の貴公子と言えるでしょう。
 光源氏春野寿美礼)は桐壺帝と、桐壺帝が寵愛した桐壺の宮の間に生まれた子で、類まれなる美貌と教養と才能の持ち主。幼いときに亡くした母の面影を義母に当たる藤壺の宮(桜乃彩音)に求め、いつしか狂おしい恋心に苛まれるようになります。憂いを帯びた美青年。子供の頃や少年の頃の回想シーンを挟むことで、秘め続けた思いの一途さ、それ故にいつも“心ここにあらず”といった感じがよく出ていました。美しいと評判の女性を次々に落としていく色気むんむんのプレイボーイというより、純愛を一途に捧げるべき相手を求め続けた存在として描かれています。その孤独と純粋さは「ファントム」の「エリック」にも通じる気がします。
 春野寿美礼は男役なのに、時に見事なソプラノで歌っていました。後半、柏木(真野すがた)が自分の正妻、女三の宮(桜一花)と通じていたと知った時の憤慨と嫉妬を歌う時の迫力はさすが。夏祭りの踊りの熱狂とリエゾンさせる演出もよかった。
 真飛聖が演じるのは刻の霊(ときのすだま)。宝塚オリジナルキャラクターで、ストーリーテラー。一人だけ金色のパンツスーツで銀色の長髪をなびかせ、精霊のような手下を四人引き連れています。数千年前から時間すなわち人の命を支配してきた精霊ですが、なぜか光源氏にだけまとわりつきます。「エリザベート」の「トート」と「ルキーニ」を足して2で割ったような存在? ただしトートのように死後の世界に誘ったり、ルキーニみたいにおどけたりはしませんが。真飛聖は声量豊かに歌い上げて、春野寿美礼と堂々とわたりあっていました。
 愛華みれが光源氏を演じた「あさきゆめみし」では、2番手の匠ひびきが頭の中将(とうのちゅうじょう)、3番手春野寿美礼が刻の霊を演じています。「あさきゆめみし Ⅱ」で2番手真飛聖が刻の霊を演じるにあたって、かなり出演シーンが増やされたのだろうと思います。壮一帆は「スサノオ」「霧のミラノ」でもストーリーテラーを演じていたので刻の霊は容易に想像できます。ダブルキャストにしたら面白かったのに。
 頭の中将壮一帆)は源氏の親友でライバル。葵の上の兄で、源氏の義兄となります。さばさばした性格で親分肌。源氏をいつも気にかけている。須磨まで訪ねていって「もう少しうまくやればよかった…」というところなど、大人です。源氏に向けた、こぼれるような温かな笑顔には、演技を超えた普段の人間関係を感じてしまいました。源氏が天皇の位を授かり自分との差が開いてしまった時の複雑な気持ちを、目を伏せるという表情だけで演じていました。その後の独白シーンは、間、流し眼と去り際の肩のラインが、悪役をこなしてきた壮一帆ならでは。また、壮一帆はダンサーという訳ではないけれど、剣道をやっていたからか、ポーズがピシッと決まっています。
 源氏が憧れつづけた藤壺、藤壺の姪で容貌が似ているために妻にした紫の上桜乃彩音が一人二役で演じています。声がよく通ってきれい。罪と知っていながら義理の息子の情熱に負けてしまう藤壺もよかたし、どんなに源氏に尽くしても、自分の中に自分以外の人を見ているのではないかと報われぬ思いに苦しむ紫の上もよかった。紫の上は絹の牢獄というか、恵まれているのに欲しいものに手が届かない中で、じっと耐えて健気に生きています。明石の上と対面するシーンは、当時の女性の生き方の選択肢が限られていたことを思うと涙が出ました。

 原典の源氏物語は個性的な登場人物が多く、舞台化にあたり、絞ってはいますがそれでもユニークな面々が多数登場します。
 最愛の桐壺の宮を亡くし、(当時、男性は子育てをしなかったので稀な設定だそうですが)光君を引き取って育てた桐壺帝夏美よう。藤壺との間に生まれた子が、実は藤壺と源氏の不義の子だと知っていたのか。知っていたのでしょうね。
 光源氏の腹違いの兄、朱雀帝高翔みず希。体が弱く、后が光源氏と密通するというスキャンダルを起こしても、それでも后を案じています。
 その后、朧月夜鈴懸美由岐。型にはまった生き方を潔しとせず、ハイリスクハイリターンな道を選びます。でも結局は…。そうですよね。
 朧月夜とのスキャンダルを政敵に利用され、しばらく須磨に退去させられていた源氏を慰めたのが明石の上絵莉千昌)。実の娘ちい姫(花蝶ちほ)を育てることができず、ちい姫の入内が決まり、女房として同行することになった明石の上。何も知らず、何も覚えていない娘に「あなたも須磨の人なの?わたしも小さな頃須磨にいたのよ」と言われるシーンは泣けます。
 誉れ高き才媛で源氏の恋人となりますが、源氏の愛を失った後に執念から生霊、死後は死霊となって源氏の思い人にとりつく六条の御息所京三紗。緑色の照明とドライアイスの中に浮かび上がる姿には鳥肌がたちます。
 朱雀帝の娘、女三の宮桜一花。源氏の正妻としてむかえられますが、幼く、忍んできた柏木を拒み切れず、逢瀬を重ねてついに柏木の子を身籠ってしまいます。
 女三の宮の翁を悠真倫。原作にあったか人物かどうか、わかりませんが、♪嬉しやの~♪は笑える貴重なシーンです。

 ほぼ千年前に宮中に仕えるひとりの女性、紫式部が書いたとされる源氏物語。壮大なスケールの長編小説で、虚構と筋立て、心理描写の秀逸さと美意識は日本文学史上最高傑作と言われています(受け売り)。読んでみようと思っては挫折を繰り返してきたのですが、まずコミックから入ってみようかな。

冬物語

2008年05月08日 | DVD、スカイ・ステージ(花組他)
バウ・シェイクスピア江戸狂言
1999年花組公演/原作:ウィリアム・シェイクスピア/監修:酒井澄夫
スーパーアドバイザー:小田島雄志/脚本・演出:児玉明子
主演:春野寿美礼、瀬奈じゅん、沢樹くるみ他

 時代は江戸時代後期。歌舞伎界のプリンス、江戸の中村富三郎(春野寿美礼)と上方の藤川伊左衛門(瀬奈じゅん)は親友で幼い頃より芸を磨きあった仲。富三郎は初の座頭公演が大入りで千秋楽を迎え、何もかも順風満帆と思っていたのだが、ふとしたことで妻、おさん(沢樹くるみ)と、敵役を演じて舞台を支えてくれた伊左衛門との仲を疑いだす。嫉妬に狂い、上演中の「仮名手本忠臣蔵」の「松の廊下」の場面に乗じて本物の短刀で伊左衛門に切り掛かる。富三郎は取り押さえられ、かすり傷ですんだ伊左衛門は上方へ逃げ帰る。強烈な嫉妬に苛まれた富三郎はおさんを衣装蔵に閉じ込めただけでなく、一人息子の十郎太(ふづき美世)が実子であるかどうかまで疑い始め、十郎太に必要以上に辛くあたる。実はおさんは富三郎の子を身籠っていたのだが、今の富三郎に冷静な判断ができるか危ぶんだ彦三郎(磯野千尋)とその娘お袖(貴柳みどり)はそのことを秘密にしていた。ついに赤子が生まれ、目鼻立ちのよく似た娘の顔をみれば正気に戻るだろうと期待した二人は富三郎を衣装蔵に呼んだ。ところが事態は最悪の結果を迎えてしまう……。
 初主演とは思えない、春野寿美礼の計り知れないポテンシャルには圧倒されます。初々しい中に隙のない完璧な演技。スケールが違います。富三郎はもともと芸の道に精進し、妻を愛し、友を信じる無邪気な好青年。公演の延長が決まったのに伊左衛門が浮かない顔で上方に帰ると言い張る理由がわかりません。おさんが見事に彼を説き伏せたと聞いて喜びますが、ふと、何故あれほど頑なだった伊左衛門をおさんが説得できたのか、何故おさんは伊左衛門を「伊左さん」と親しげに呼ぶのか、疑念が生じます。舞台上で伊左衛門が演じる高師直(こうの・もろなお/赤穂浪士の吉良上野介がモデル)がしきりにくどく女の顔がおさんに見え、彼の考えは間違った方向へ突き進んでいきます。
 「松の廊下」は伊左衛門の演じる高師直が、富三郎の演じる塩冶判官高貞(えんや・はんがん・たかさだ/赤穂浪士の浅野内匠頭がモデル)を無調法、田舎者、妻に頭が上がらない男といたぶるシーン。熱演する瀬奈じゅんの見事な悪役ぶりに、観客の緊張感が高まります。富三郎には高師直の台詞がいちいち伊左衛門の本音に思え、胸をかきむしられ、ついに乱心。4人の男に抑えつけられ、荒々しく肩で息をする富三郎。心情が奔流のように激しく変化する様を春野寿美礼はダイナミックに演じきっています。
 一幕の最後、一度に妻、息子、生まれたばかりの娘まで失った富三郎。一人の男を襲う地獄のような孤独と、長い長い悔恨の日々。自分の愚かさを嘲りながらの絶唱はシェイクスピア悲劇の真髄と言えるかもしれません。
 瀬奈じゅん演じる伊左衛門は、妻を亡くした直後ながら、親友の座頭公演に出演するために上方に一人息子を残して江戸に来ていました。かつて恋心を抱いたおさんを目の前にすると、一層孤独が身に染みます。当のおさんに本心を打ち明け、理解しあえたのは不思議な男女の機微です。あぁ、でもあれは、単純な?富三郎が誤解しても仕方ないんだなあ。二幕の舞台は島原。放蕩息子の廓通いに手を焼く伊左衛門の秘策が描かれます。
 富三郎の使用人で伊左衛門と一緒に上方に逃げてきた吉次を麻路さき似の麻園みき。伊左衛門の息子、秀之助を彩吹真央、秀之助が入れ揚げる遊女、十六夜をなんと春野寿美礼が演じています。
 随所に出てくる歌舞伎風のシーンはたいしたもの。一幕の劇中劇だけでなく、二幕では物語の進行にも歌舞伎の所作が取り入れられています。まず男役として基礎を作り、そのうえに歌舞伎の所作や台詞回しを積みあげているのでしょう。難易度の高い演出を、高いレベルでこなす役者たちのセンスと努力には脱帽です。春野寿美礼が演じる十六夜の、この世の者ならざる妖艶さは不思議と中性的、抽象的で女形のようです。

 この作品はシェイクスピアの「冬物語」を江戸歌舞伎の世界に置き換えたもの。
   シチリア王リオンティーズ→富三郎
   ボヘミア王ポリクシニーズ→伊佐衛門
   妃ハーマイオニ→おさん
解説を読むと、シチリア王が妻とボヘミア王の浮気を疑い、毒殺しようとする、王妃を牢獄に閉じ込め、王妃が獄中で産み落とした赤子を異国の地に捨てさせる、その子は数奇な運命を辿り、やがて…というストーリーらしい。バウ作品はほぼ原形に近いのではないでしょうか。
 「冬物語」はシェイクスピア晩年の作品で、悲劇とも喜劇とも言えず、その中間でロマンス劇と言われるそうです。確かに、前編は「オセロ」を思わせる悲劇。後編は一転してコミカルな展開。数々の悲劇を生み出してきたシェイクスピアですが、「冬物語」では悲劇の“その後”を描きたかったのかもしれません。
 富三郎と十六夜を同じ役者が演じるのはいいアイデアだけれど、二人を同時に舞台に並べるのは物理的に不可能で、事情はわかるけれど、感動的な場面を後日談だけで済ませるのはいかがなものか?!と思ったのですが、原作でも16年後の再会は説明だけですまされているようです。若干食い足りなさを感じる部分はありますが、嫉妬に狂った愚かな人間が招いた比類無き悲劇を力強く描いた一幕の迫力には圧倒されます。一幕最後の春野寿美礼の絶唱だけでも、観る価値があると思います。二幕の十六夜ももちろん必見。DVDには春野寿美礼のインタビューも収録されていて、素顔のあどけなさに驚かされます。

天の鼓

2008年03月30日 | DVD、スカイ・ステージ(花組他)
天の鼓―夢幻とこそなりにけれ―
2005年 花組東京特別公演(日本青年館)
作・演出:児玉明子/主演:春野寿美礼、ふづき美世他

 平安時代初期、天河弁財天社の宮司、井頭伊織〔いずのいおり〕(萬あきら)が天川のほとりで一人の捨て子と鼓を拾います。虹人〔にじひと〕(春野寿美礼)と名づけられ、愛情を受けてすくすくと育ったその子は、長じて鼓の名手となります。人々は虹人の演奏を愛し、その鼓を「天の鼓」と評し、その噂は都にまで聞こえるようになります。虹人の幼なじみ、多 樹〔おおの たつる〕(未涼亜希)は由緒正しい鼓の名家、多家〔おおのけ〕の跡取り息子ですが、腕前は虹人にかないません。
 ある夜、虹人はどこからともなく聞こえる美しい笛の音に惹かれ、鼓を打ち、束の間のセッションを楽しみます。お互いの素姓を知らぬまま、心を通わせた姫君は、実は樹の許婚、照葉〔てるは〕(ふづき美世)でした。
 その頃、管弦をこよなく愛する帝(彩吹真央)は天の鼓の噂を聞き、なんとしてもその鼓を手に入れようと思います。そして勝者に破格の待遇を約束する管弦の立ち合い(勝負)を開き、出場者を募ります。樹と虹人はそれぞれが、勝者となって照葉の前に帰ろうと心に誓い、勝負に臨みます。しかし、帝は樹にある取引を‥‥。

 雅楽の立ち合いのシーン。最初に彩吹真央演じる帝による舞が披露され、次いで管楽器、弦楽器、最後に打楽器の対決があります。実際に雅楽が演奏されているわけではありませんが、雰囲気は出ているし、ストーリー性と緊張感があり、見応えがあります。この間、彩吹真央が歌う、日本物独特の節回しの歌は見事です。
 春野寿美礼は目もと涼やかな貴公子。少年時代の虹人(珠まゆら)が鼓を打ち、音楽の精が舞い踊り、大人になった虹人が入れ替わって登場するシーンが好きです。大人になっても少年のような無邪気さ、音楽を奏でる純粋な喜びに満ちています。対決の場面でも実に楽しそうでした。「I GOT MUSIC」でも実に楽しそうにパーカッションを演奏していたし、演出家も腕前を褒めていましたが、本当に歌心のある人ですね。言うまでもなく歌唱力は見事。オペラ歌手のように見事な歌声に、万感の思いが込められているのがわかります。千秋楽だということもあるのでしょう、涙が頬を伝っていました。
 照葉を演じるふづき美世は、歌や踊りがとりたてて上手いわけではないけれど、いかにも宝塚の娘役らしいおっとりとした魅力があります。笑顔ははかなげですが、セリフを言う時の体当たり感ゆえでしょうか、不思議と進歩的で芯の強い女性像を感じさせます。帝に虹人の唯一の形見である鼓を返してくれと嘆願するところが泣けます。
 彩吹真央演じる帝は唯我独尊。常に周囲を罵倒し、高笑い。アニメかSF映画にでも出てきそうなわかりやすい悪役で、観ていて気持ち良いくらい。エピローグでの演技も見事です。
 未涼亜希演じる幼馴染の樹。自分は実の父に居残りを命じられたことはないのに、厳しい居残り稽古を受けている虹人に嫉妬と敗北感を感じています。常に抑えた演技ですが、表情がとてもいい。虹人との鼓の対決の場面もいい。そして帝に自分には「天の鼓」は打てないから首をはねてくれと崩れるように訴えるところは涙を誘います。
 遠野あすか演じる伊吹は宮司の娘で、虹人とは兄妹のように育てられました。自分の方を振り向いてくれない虹人に体当たりでぶつかります。「あなたなんて鼓がなかったらただの捨て子なんだから!」と口の悪いことを言うのも、「わたしは違うわ」という気持ちがあるからですよね。好きな人に「妹としてしか見ていない」と言われる役は、遠野あすかのはまり役かも。照葉を「都に行きましょう!」と誘う潔さがいいです。
 桐生園加演じる源博雅は、陰陽師にも出てくる、あの実在の人物のことでしょうか。演奏の名人で帝の音楽仲間であるがゆえに、帝に唯一言いたいことを言える立場(帝に逆らえるわけではありませんが)。実直な好青年でいい役です。
 宮廷内の派閥争いを感じさせる人物群像の演じ方が、それぞれちょっとしたところで上手い。悠真倫はいつものことながら達者な怪演ぶり。

 この世の出来事は夢幻のように儚いけれど、確かなものが必ずある、それは目に見えず、手で触ることもできないけれど、自分にとって大切なものを信じよう、という純真なメッセージがテーマになっています。虹人はさしずめ人の心にかかる希望の虹の意味でしょうか。そんな心洗われるピュアな思いが、雅楽風の音楽とあいまって、観る者を幸せな気分にしてくれます。多少疑問の残る演出上の稚拙さを帳消しにしてくれました。
 同じ演出家、児玉明子の「想夫恋」も、育ての親の息子の許婚を、そうとは知らずに愛してしまう青年のお話で、切なさは倍増していました。主演の北翔海莉が実際に笛を吹いたというのも話題になりました。鼓の場合は、妙なる響きと言われても、音の善し悪しが私にはわかりにくく、春野寿美礼の表情が頼りでした。

トム・ジョーンズの華麗なる冒険

2008年03月21日 | DVD、スカイ・ステージ(花組他)
2000年花組・宝塚バウホール公演
原作:ヘンリー・フィールディング
脚本・演出:太田哲則/主演:匠ひびき(専科)、瀬奈じゅん、舞風りら他。

 18世紀イギリスの小説「捨て子トム・ジョーンズ」を原作にしたミュージカル・コメディ。大地主のオールワジィに拾われて養子となったトム・ジョーンズは天真爛漫でモテモテで、無節操な青年に成長。オールワジィの妹ブリジットの一人息子ブリフィルにとって、相続権のあるトムは邪魔な存在。トムがソフィ・ウエスタンという娘と惹かれあっていることも気に入らず、あの手この手で彼を追い払おうとします。
 少ない情報を手掛かりに本当の親を探しにロンドンに出かけるトム・ジョーンズ。様々な思惑を持った人たちがトム・ジョーンズを追ってロンドンへ。あちらでもこちらでも、彼らは最も会いたくない人と鉢合わせして、人間関係はもつれにもつれます。トム・ジョーンズはついにブリフィルの計略にはまり、強盗の汚名を着せられ、絞首刑に?!
 ソフィの父チャールズを演じる箙(えびら)かおるがストーリーテラーを務めます。オープニングで「……そんな二人の甘く、切なく、騒がしい恋の物語~」と言う通り、セットはオレンジ、黄色、黄緑、青など、積木の部屋のようにカラフルで抽象的。その上で不釣り合いなほど本格的なコスチュームを着た役者たちが元気いっぱい歌い踊り、大げさにコミカルな演技をする。最初はびっくりしましたが、二転三転する筋と、達者な役者陣に乗せられ、物語の世界に引き込まれました。
 トム・ジョーンズを匠ひびき。やんちゃな青年なので、19世紀のコスチュームを着ていながら頭にねじり鉢巻き。ソフィを好きなのですが、女からの誘惑にはめっぽう弱く、あちらにもこちらにも手を出してしまう。コミカルに、破廉恥にふるまうほどに彼の孤独が浮かび上がるのは、匠ひびきの持前の“泣き顔”故でしょうか。
 ソフィを舞風りら。美しいソプラノ、娘役たち(雪組に移ってからかな?)が、“足音がしない”“今、妖精が通ったよね”と言いあったというほど、軽やかと言うもおろか、体重を感じさせないダンス。表情、仕種の一つ一つが幸せな少女のようで観る者をハッピーな気分にしてくれます。
 トムの親友のジョージを瀬奈じゅん。ソフィの小間使いでジョージの恋人オナーを彩乃かなみ。彩乃かなみは今と比べるとかなりふっくらしていますが、伸びやかで表現力に富んだ歌声は変わりません。
 トム・ジョーンズを貶めようとするブリフィルを麻園みき。家庭教師のスワッカムを沙加美怜。村の司法書士ドーリングを彩吹真央。すぐにシェイクスピアの悲劇俳優のような大げさな長台詞になる。いろいろ考えているくせにいつも間抜けなトリオです。でも、あれはいけませんね!
 役のキャラクターと自分の個性をミックスさせて、ベテランになればなるほどいい味を出しています。ソフィの父チャールズを演じる箙かおる。彼?の表情を見ているだけで笑いがこみあげてくる。矢吹翔の“塩辛声”をからかうところがおかしい。
 女たらしで気の短いアイルランド人フィッツ・パトリックを矢吹翔。妻ハリエット(沢樹くるみ)に他の男が言い寄ると切れるくせに、自分はしっかりお楽しみ……。時々出る今っぽい、バカっぽい抑揚が役に合っています。
 トムを育ててくれた情け深いオールワジィを 磯野千尋。チャールズとお茶を飲んでいるシーンは和みます。
 トム・ジョーンズやフィッツ・パトリックが旅の途中で出会うジェニィ・ウォーターズを貴柳みどり。結いあげた赤毛や口元の大きなほくろ、沈み込むように腰をくねらせながら、顔を上げてねっとり話す姿が、典型的な妖婦。しかし彼女がある秘密を知っていたとは……。
 ロンドンのマダム・ベラを幸美杏奈。か弱いふりをして男性を次々に手玉にとる、とくに人のもの(男)に目がなく、ひっかき回して喜ぶ姿が、なんだか真に迫ってました。 
 トムに色仕掛けで迫るモリー役の百花沙里、レースのハンカチをひらひらさせた軟弱なロンドンの貴族、フェラマー卿役の高翔みず希もいい味を出していました。
 
 宝塚に限らず、オリジナリティを出そうというのか、あえて時代設定を無視した衣装や抽象的な空間というのは、底が浅い気がして好きではないのですが、文学通と言われる太田哲則の場合は、ザッツ・コメディというお膳立てなんだということがわかります(「フィガロ!」もそうでした。重いか、弾けているか、両極端?)。ロンドンに出かけたトムを追った面々が、なぜか同じ宿屋で全員鉢合わせ。誰が誰を追っかけて、誰から逃げているのかもわからなくなるほどドタバタした追いかけっこ。チャールズがぶっぱなすピストルを、トム・ジョーンズとジョージが片足をあげて避けたり、芸達者な役者たちが全力でバカっぽく演じる“ミュージカル”と“コメディ”。軽々とやってのけているけど、かなり難しい組み合わせです。
 澄み渡る空に雲雀の鳴き声が響くかのようなさわやかなテーマ曲が大好き。舞風りら、彩乃かなみ、幸美杏奈、沢樹くるみ、夢路ほのか、娘役5人のコーラスはとても迫力がありました。
 ドレスは本当にかわいらしくて豪華。仮面舞踏会では19世紀の格好をした男役がサングラスをし、ゴーゴーを踊るところも面白いです。
 そして、皆あんなに足を上げて激しく踊りまくっているのに、常に笑顔。直後にセリフを言う時に息が切れていないんですから、すごいです。

ブルー・スワン

2008年03月08日 | DVD、スカイ・ステージ(花組他)
97年花組バウホール公演
作・演出:小池修一郎/主演:真矢みき、千ほさち他

一番好きな台詞。
「王女様は宝石以外にも盗まれたものがおありのようだ」……城の衛兵隊長ジュリアン(朝海ひかる)

 世界的ファッションフォトグラファー、アレックス(真矢みき)は宝石泥棒「ブルー・スワン」という裏の顔を持っている。最高級の宝石や美術品だけを狙った鮮やかな仕事ぶり。宝石があったはずの場所には青い白鳥の羽根だけが残される。
 だがついにインターポールにしっぽをつかまれた。前科ファイルを抹消する交換条件として、モンテヴェッキ公国に伝わるティアラを盗むように指示される。フォトグラファーとして同国王女サンドラ(千ほさち)の結婚式を演出すると見せかけて、この仕事に臨むことに。王宮で出会ったサンディという観光客が実はサンドラ王女だと知って驚くアレックス。可憐な美しさと、王族とは思えない奔放さに惹かれていく。
 しかし公国の財政状態は破たん寸前。サンドラ王女とベリーニ財閥の御曹司ベルナルド(春野寿美礼)の結婚はロマンスのかけらもない政略結婚。サンドラは結婚式を3日後に控えながら、まだ決断がつかないでいた。
 さて「ブルー・スワン」以外にもティアラを狙う人たちがいた。ティアラさえなければ結婚式は行われない? ティアラを偽物とすり替えて本物を売りさばけば借金を返済できる? さまざまな思惑と計略の象徴となり、人々の運命を左右するティアラ。果たして?

 スカイ・ステージでラブコメディ特集をしてくれているのでうれしい限り。真矢みきは、長身という訳でも男っぽい訳でもないけれど、稀代のエンターティナーぶりで独自の男役像を見せてくれました。男役の長髪もユニークでしたが、「ダンディズム」の頃はオールバックに撫でつけて、かなり濃いメイクで、彫りの深い白人男性のようでした。このバウホール公演では、衣装も普段着に近く、ナチュラルに近いメイクでした(アイラインはしっかりはいっていますが)。観客も目が慣れているし、真矢みきだからという暗黙の了解があるのでしょうが、初めて観た人には絶対男性には見えない役作りながら、男役として成立している要因は“眼力”でしょうか。そして豪快というかざっくばらんな立ち居振る舞い、キザなラブシーン、娘役にはない愛嬌のある仕草や間の良さでしょうかね。
 千ほさちはきれいで声もかわいい。ルックスも声も男性的とは言えない真矢みきの相手役にはぴったりだったのでは。真矢みきのずっこけぶりを強調した演技も平然と受け止めていました。(退団公演の千秋楽で「バイバイ!」ですからね、確かに宇宙人)
 ベリーニ財閥の御曹司ベルナルド役の春野寿美礼。この作品について書いておきたいと思ったのも彼女故。堂に入った三枚目ぶり。やはりものすごく才能とセンスのある人でしたね。3枚目ができなくて2枚目ができるか!?と言ったかどうかは知りませんが、そんな花組の伝統を感じます。
 城の衛兵隊長ジュリアン役の朝海ひかる。いくら観光立国とはいえ、衛兵隊がバンドを組んでライブをするという設定は唐突だとは思いますが、ま、かわいいからいいか。春野寿美礼と朝海ひかるが下級生の頃、同じ舞台に立っている姿も、研3の私には新鮮でした。
 侍女でジュリアンの恋人ジジを大鳥れい。主演娘役就任後、「琥珀色の雨に濡れて」のシャロンや「エリザべート」のエリザベートなどを貫録で演じた彼女が、下級生の頃はなんと健康的だったことか。こちらもとても新鮮でした。
 ファッションデザイナーでアレックスの育ての親、そして恋人でもあるイザベラを邦なつき。女性として現役で、アレックスを必死で自分のもとにつなぎ止めておきたいという女心が痛いほど伝わってきました。ベリーニ財閥の社長、カルロ(星原美沙緒)と再会し、焼け木杭に火がついて……よかった、よかった。
 ベルナルドの秘書、元KGBのスパイ、ナターシャを鈴懸三由岐。美脚に目が釘付けになりました。
 モンテヴェッキ公国の皇太后を幸美杏奈。登場シーンから何か鍵を握っていそうな雰囲気を出していました。(この方はいい意味でお局っぽく、味のある役者さんでしたね。「不滅の棘」の掃除婦が印象に残っています。)

 現実にはありえない設定が目白押しで、突っ込みどころ満載ですが、それはそれで楽しめる作品です。

うたかたの恋

2008年02月18日 | DVD、スカイ・ステージ(花組他)
原作/クロード・アネ
脚本・演出/柴田侑宏

19世紀末オーストラリア、実際に起こったハプスブルク家の皇太子ルドルフと男爵令嬢マリー・ヴェッツェラの心中事件を描いた作品。

オープニング、ドイツ大使館での華やかな舞踏会で踊るルドルフとマリー。
 「マリー、来週の火曜、旅に出よう」
 「はい、あなたとご一緒なら、どこへでも」
……若い恋人達はこんな何気ない会話を交わしながら、死の決意を弾むような気持ちで確認しあっていたのでした、というストーリーテラーによるナレーションがあり、二人が出会った6カ月前に時計の針を戻して物語が始まります。

宝塚の名作。禁断の恋と宿命的な悲劇、華やかさの裏に権謀術数渦巻く宮廷、軍服のオンパレード、メリハリの利いた登場人物等、宝塚ファンにはこたえられません。男役の格好良さ、娘役の可憐さが満載。悲劇的結末だというのがまた日本人好み。衣裳は豪華ですが舞台はシンプルなので全国ツアーにはうってつけ。初めて観る方も、こんな華やかな夢のような世界があったのかと満足なさるのではないでしょうか。

1993年の雪組大劇場版(麻実れいと遥くらら)、同年の星組大劇場版(麻路さきと白城あやか〈大劇場〉)はまだ観ていないのですが、全国ツアーの99年月組(真琴つばさと壇れい)、00年宙組(和央ようかと花總まり)、06年花組(春野寿美礼と桜乃彩音)を観ました。それぞれの良さがありますが、わたしの独断によるお気に入りを書きました。

●ルドルフ
真琴つばさ(月組)は個性的な役作りをするタイプですが、正統派の役ももちろんこなします。マイヤーリンクでマリーと鬼ごっこの後の遊びは「狼男ごっこ」。真琴つばさ主演の「ローンウルフ」を受けた遊びで、ここはアドリブが入って面白い個所。
和央ようか(宙組)の軍服姿の凛々しさ、清々しさはさすがです。鬼ごっこの後は「ジギルとハイドごっこ」でした。原作はこれなのでしょうか?
春野寿美礼(花組)は、あまり冒険のできない古典の中でも、春野寿美礼ならではの味を出していました。歌がうまいということがどれだけ説得力があるか、改めて実感。また、きりっとした軍服姿と、少年のような、今にも泣き出しそうな笑顔のミスマッチが、ルドルフの孤独を浮き彫りにしていました。マリーとは最初から最後までラブラブであてられっぱなしです。
マイヤーリンクでマリーと鬼ごっこで遊ぶシーン。
 「もういいかい?」
 「まだでございますわ」
月・宙公演では普通の台詞でしたが、花組では、日本人なら誰でも知っているも~、い~いか~い?ま~だ~だよ~の節をつけて歌うアイデアがかわいい。もちろん、マリーは男言葉は使えませんから「ま~だ…でございますよ!」「も~う…よろしゅうございますよ!」と字余りになるところがまたかわいい。
鬼ごっこの後は「ファントムごっこ」。また唐突な遊びですが、大劇場公演の後ですからね。逃げ惑うクリスティーヌ、あ、いや、マリーを「懐かしいな~」と言って追いかける春野寿美礼は楽しそう。
そして最後の心中シーン。うら若きマリーの命を奪うことに罪悪感を覚えて躊躇しつつもピストルの引き金を引く場面。そんなとき人間はどんな行動をとるのか? 決められた秒数の中で決められた以上のものを表現しようとする春野寿美礼のルドルフが私は大好きです。

●マリー・ヴェッツェラ
「なんという青春の輝き・・・」
密会先であるルドルフの私室で鉢合わせしたエリザベート皇后が、ひざまずくマリーにかける言葉。この言葉にどれだけリアリティを持たせられるかが勝敗の分かれ目。
壇れい(月組)は間違いなく可憐であどけない。
花總まり(宙組)は、若い時からエリザベートやカルメン、遡ればメルトゥイユ公爵夫人(仮面のロマネスク)といった強い女性をこそリアリティを持って演じられるタイプ。しかしドレスの裾を持ってパタパタと走り、若々しく、初々しく見せていました。
桜乃彩音(花組)の若さと純朴な雰囲気は作りこまなくてもマリーに合っていました。声が若くてかわいらしいのが強みです。

ルドルフのいとこで自由主義者、平民の娘と結婚するジャン・サルヴァドル大公彩吹真央(花組)は語り部としてはさすがに上手いけれど、わたしは湖月わたる(宙組)の男らしさが好きです。恋をしているというルドルフの告白を聞いて大声で笑う時の豪快さ。わけても舞踏会でマリーを侮辱するために近づこうとするステファニー王女を、ワルツに見せかけて行く手を遮り、腕を引っ張って自由を奪う力強さ。彩吹真央だと、腕をとられたステファニーは作法として醜態はさらせないからマリーに近づけないように見えますが、湖月わたるに引っ張られたら、物理的に無理でしょう。

ヨーゼフ皇帝は立ともみ(月)、大嶺麻友(宙)、夏美よう(花)。立ともみはルドルフへの愛情深い父親、夏美ようは厳格な皇帝という感じでした。

エリザベートは夏河ゆら(月)、陵あきの(宙)、梨花ますみ(花)。原作がどうかはわかりませんが、通説とは逆の解釈で母性的なエリザベートを演出するところが柴田侑宏らしい。実際のエリザベートは、娘の結婚式のときに娘よりも美しかったといいますから、若狭と美貌の点では陵あきのが好きです。

政略結婚でベルギーからやってきたステファニーを西條三恵(月)、彩苑ゆき(宙)、舞城のどか(花)。実際、気の強い女性だったらしい。ルドルフをどれほど愛していたかはわかりませんが、単にわがままというのではなく、本当はルドルフに愛されたいという女心がよく出ている西條三恵のステファニーが印象に残りました。

マリーの乳母ジェシカは3作品とも鈴鹿照。いつもかわいらしいおばあちゃんです。

ルドルフの執事ロシェックと使い走りブラッドフィッシュ少年を光樹すばると大和悠河(月)、未沙のえると朝比奈慶(宙)、悠真倫と華形ひかる(花)。ロシェックはよたよたのお爺さん。秘密の抜け道を使ってマリーをルドルフの私室へ案内するのに階段を下りて客席を通るのですが、ラリッシュ夫人の突っ込んだ質問をかわすためにどんなアドリブで客をいじるか、はたまたご当地ネタを盛り込むか、センスの見せ所です。
ブラッドフィッシュは「がってんだい!」「へい、お待ち!」ときっぷのいいところをみせるし、男女の機微に通じた、ませた少年。二人の絡みは劇中で笑えるところ。ロシェックは甲乙つけがたく、ブラッドフィッシュは大和悠河が好きです。

そほのかにも、副官としてルドルフにつき従うモーリス、サルヴァドル大公の妻ミリーはいい人、皇位継承者フェルディナンド大公は気の弱い感じ。歌姫マリンカや、マリーを手引きするラリッシュ夫人は大人部門担当。フリードリヒ公爵、ツェヴェッカ伯爵夫人他、わかりやすい悪人が登場します。

気が付いたらきれいに5組1周しました。全国ツアーに順番は関係ないのかもしれませんが、雪組に戻ってくるのでしょうか? それとも次期トップ用にとっておくのかしら?

Appartement Cinema アパルトマン シネマ

2007年12月16日 | DVD、スカイ・ステージ(花組他)
「Appartement Cinemaアパルトマン シネマ」
2006年花組名古屋特別公演/作・演出:稲葉太地/春野寿美礼、桜乃彩音、彩吹真央、真飛聖ほか。


(アンナ)「赤ちゃんができたの!」
(ウルフ)「…マジで?!
(アンナ)「…マジよ!!
…歩み寄って抱擁…

脚本家・稲葉太地のデビュー作は、こんな会話に代表されるように、登場人物同士の等身大のやりとりを織り混ぜて疾走感があり、これまでの宝塚にはなかった手触りの作風。決して目新しい設定ではなく、むしろどこかで見たような既視感に襲われますが、リバイバルブームを若い人たちが新しいものとして受け取ることはよくある話で、彼の中では新しい題材なのでしょう。(デビュー作ですから当然でしょうか)「Hallelujah(ハレルヤ) GO! GO!」もそうでした。このまま育ってほしい脚本家です。

訳ありな人々が集まっている古いホテル。滞在客たちはお互いを必要以上に干渉せず、支えあい、女主人の温かさも心地よい。
このホテルに2か月ほど前から滞在している謎の男性、ウルフ(春野寿美礼)。ある組織に雇われた殺し屋ですが、重病で余命いくばくもないと知ったとき、最期を静かに迎えようと身を隠すことにしたのです。滞在客の一人、落ちぶれたアイドル女優のアンナ(桜乃彩音)にぞっこんですが、お金のないウルフのことはまったく相手にしてくれません。
ウルフの弟分のオーランド(真飛聖)は、不始末は組織に詫びを入れれば許してもらえるし、それより入院して治療を受ければ延命できるかもしれないと必死に説得しますが、ウルフは耳を貸さない。病院や警察には行けない訳があるからです。
ある日、ホテルに倒れこむように入ってきた男性を見てオーランドもウルフも驚愕します。その男性こそ、ウルフの最後の仕事の標的となるはずだったスタン(彩吹真央)。ウルフはスタンを仕留める直前に、姿を消したのです。さらに驚くべきことに、スタンはレオナードと名乗り、記憶がまったくないと言うのです。

生で観たわけではないので、舞台全体を観ることは当然ながらできません。群衆芝居が多く、台詞のない時もいたるところで小芝居をしているようで(特に千秋楽だったし)、笑うところじゃないのに客席からは笑いが起こっていました。舞台上でも時々お互いのアドリブに噴き出すのをこらえているのがわかり、チームワークが良くて芸達者で思い切りのいい花組らしい。

暗闇の中でマッチを擦って煙草に火をつけるとアンニュイなウルフが浮かび上がるという洒落たプロローグ。スーツが似合うこと。哀愁を帯びた春野寿美礼の魅力を存分に引き出していました。賑やかに笑いさざめく人々の中に迷い込み、束の間のふれあいの中に初めて小さな幸せを見つけたけれど、やがては去っていく宿命にある異邦人(エトランジェ)。気さくで人情味や情熱を感じさせながらも、このまま消えてしまいそうなほど儚げな微笑み。力んでいないと泣き顔ですものね。
絶対に帰って来られないとわかっているからこそ、愛する人に告げる「ずっと君のそばにいるよ」という男の約束。こういう設定には弱いです。

最近読んだ機関紙のインタビューで、最初は正統派と言われることに抵抗があった、自分は“個性派”と呼ばれる人たちに比べて個性がないということなのかと悩んだ、あえて自分にはない色を出そうとした時期もあった、というようなことを答えていました。(それでも“正統派”という形容詞はついてまわったそうですが)そうした試行錯誤の中で自分のものにしたさまざまカラーを、自然に包み込む大きなキャパシティを身につけてきたのでしょう。いや、元々あったのかな?

桜乃彩音が演じるのは、プライドだけは高い落ちぶれた元アイドル女優アンナ。ハンドバックで付き人をバシバシ叩いたり、携帯電話を蹴とばしたり、毎晩大酔っ払いの午前様という第一幕のはじけぶりを好演していました。「くらわんか」もそうでしたが、意外にコメディセンスに長けていて乗りがいいので、はまると華がある。清純派とか、古臭いお嬢様っぽい枠に押し込めないで、演出家がうまく持ち味を引き出してくれるといいのですが。

レオナード(スタン)を演じる彩吹真央。清潔感があり、春野寿美礼とは違う方向性ながらスーツが似合う。手前勝手な男の設定ながら、きっと彼にも事情があったのだろう、さぞかし苦悩したのだろう、と共感を誘います。何一つ派手なことはしていないのに(行き倒れや、酔っ払って倒れるのは派手だけど)、セリフや表情で十分に魅了してくれました。繊細な雰囲気なのにアドリブがうまいのも憎いです。

ウルフの弟分のオーランドを真飛聖。組織が血眼になって探しているウルフの居場所も、ウルフの病気のことも知っている唯一の人物。どんなに説得しても病院に行ってくれず、自分のできることは薬をもらってくるだけ。姿を消そうとしているのがわかるからウルフのことが心配でたまらず、焦って怒って泣いて、暑苦しくなっているところがとてもよかったです。「俺の子分なら生き延びろ」という春野寿美礼の言葉に、目を赤くして何度もうなずく真飛聖。現実の関係をつい重ね合わせてしまいます。

春野寿美礼、彩吹真央、真飛聖の3人が歌うシーンは見栄えもよく、とてもゴージャス。

組織のボス、ゴーチェを夏美よう。ようやく見つけ出したウルフに怒り心頭ながら、ホテルのロビーという場所柄、人目を気にして、声高に友好的な話し方を続けるところがおかしい。人殺しの任務遂行の期限を区切りながらも紳士を自称するごゴーチェ。
ウルフの「いつまでこんな話し方を続けるおつもりで?」が笑えます。

ホテルの女主人シモーヌ、千雅てるこがシュナイダーとタンゴを踊るシーンには涙がボロボロこぼれました。待っていた甲斐があったね、きっと今は幸せだよね?

登場人物の中で、喜ばしい成功や結末を迎えられたのは少数。小説の映画化が決まり、復縁した作家コンスタンチン(華形ひかる)と妻メリッサ(鈴懸三由岐)、ネットビジネスを軌道に乗せたアドルフ(望月理世)。若いツバメと結婚の決まったアマンダ(梨花ますみ)はもともと悩みがないし。
その他の人はそれぞれが問題を解決できたわけでもなく、新たなる厄介な日常に乗り出していく。それでも観劇後にほのぼのとした幸福感に包まれるのは、このタンゴの印象が強い気がします。

そして「ファントム」のエリックの台詞を思い出しました。

「そんな一瞬なら生きるに値する」

この作品の感想を書きだしたときにはこんなクソ真面目な締めくくりをするつもりはなかったのですが、作品のテーマは、そんなところにあるのではないでしょうか。


ファントム

2007年11月29日 | DVD、スカイ・ステージ(花組他)
春野寿美礼の退団までカウントダウン状態。スカイ・ステージでも特集番組がたくさん放送されます。代表作の一つ「ファントム」DVDをもう一度見直しました。
改めて、わたしは一体今まで何を見ていたのだろう?と思いました。

春野寿美礼の最大の魅力は歌。心を揺さぶられたことは書いたし、作品の完成度が高いことも書いた。春野寿美礼と彩吹真央(キャリエール)にも泣かされたことも書いた。付け加えることなどなさそうなのに、再認識したこと。それは、春野寿美礼のエリックは歌っていないときもすばらしいということ。

せり上がり、せり下がり、ダンスの時の表情……目を見開き、何かを訴えかけるような表情はエリックの孤独を際立たせている。微笑むときも、困ったときの笑顔も、仮面をつけているからこそ垂れ目が目立ってかわいらしい。

クリスティーヌが主役の座を射止めた夜、フィリップと成功を祝おうとパリの街をそぞろ歩く2人。その後ろ姿を見送るときの淋しそうな表情。

クリスティーヌに去られて絶望するエリック。うつむき、肩を落とし、呆然と立ちつくす姿は、叱られた少年のようにいたいけです。

ひたすらに愛を求める孤独で純真な青年。これまで演じてきたいくつものクール、ニヒル、ダンディ、パッショネイトな男性像とはまったく異なる次元の人物造詣が必要だったと思いますが、それは気障なポーズで格好付けることに比べたら、さぞかし難しかったことでしょう。

「ファントム」は本当~にいい作品だと思います。生で舞台を観られて幸せでした。春野寿美礼には退団後もぜひ舞台に立ってほしいです。トートではなく「エリザベート」が観てみたいです。

メランコリック・ジゴロ

2007年11月16日 | DVD、スカイ・ステージ(花組他)
1993年花組大劇場公演。正塚晴彦のロマンティック・コメディ。ヤンミキとよばれた男役トップの安寿ミラと、ナンバー2の真矢みきが、息の合った名コンビぶりで笑わせてくれます。娘役トップは人気の高かった森奈みはる
個性的で憎めない登場人物たちが繰り広げるドタバタ劇。痛快でいて含蓄に富んだ台詞には勇気づけられ、登場人物たちのピュアな心にほろりとさせられる。正塚晴彦らしい、安心して楽しめる珠玉作です。
若手も充実。愛華みれ、真琴つばさ、下級生時代の匠ひびき、姿月あさと、初風緑も出演しています。未沙のえるも若い。磯野千尋も若い、あまり印象は変わらないけど。

ジゴロ稼業で楽をして生活していたダニエル(安寿ミラ)は、パトロンである愛人にアパートを追い出されて文無し、宿無しに。つい、あぶない儲け話に話に乗ってしまう。でも本当は心根のやさしいナイスガイで困っている人を放っておけないタイプ。

ダニエルの親友で詐欺師のスタン(真矢みき)。広告を見て、長いこと現われないある銀行口座の相続人アントワンにダニエルが似ているのに目をつけ、ダニエルをアントワンに仕立てあげて口座の中身を着服しようという儲け話を持ちかける。
作戦は成功したけれど、口座の残高は雀の涙。落ち込んでいるところへアントワンの妹フェリシア(森奈みはる)が訪ねてくる。本当の事が言いだせなくて対応に四苦八苦。追い打ちをかけるようにファミリーだという怪しげな男フォンダリ(未沙のえる)に多額の借金を返せと迫られる。絶体絶命のピンチ?

銀行から帰ってきて、金額の少なさにやけになって溜り場のカフェでランキチ騒ぎをしているところにフェリシアが「お兄ちゃん!」と飛び込んでくるところが笑えます。

あまりに純真で人を疑うことを知らず、兄に再会できたと喜ぶフェリシア。最初は嘘だったのに次第に本当に妹のように思えてきて、ダニエルは健気なフェリシアが心配で仕方ない。ダニエルのやさしさに触れたフェリシアも、兄妹ではなかった、だまされていたと知った後も恨む気にはなれない。むしろ、兄妹のように振る舞い続けることにためらいを感じつつも本心を言えない二人……いいですね、こんな展開。エンディングは何度みても胸がキュンと温かくなります。

スタンはどうしようもないのに憎めないやつ。自分で仕掛けておいて、やばくなったから自分だけ逃げ出そうとする。
ダニエルの顔に残った手形を見て、フェリシアを襲おうとして拒絶されたのだと勘違いするところもおかしい。
一人だけ逃げるのは汚い、フェリシアを一人だけ残すわけにいかないとダニエルが必死で訴えても、自己本位で聞く耳をもたなかったくせに、フェリシアのスーツケースにはたんまり現金が詰まっていたと聞いたとたん「見たのか?」髪をなでつけながら「よし、急ごう」と、態度をコロッとかえるところもおかしくてたまらない。 宝塚にはなかなかいないキャラです。

この作品が次回の新生花組の中日劇場公演の演目。真飛聖壮一帆のコンビがどれだけ笑わせてくれるのか、期待してます。真飛聖はなんたって「雨に唄えば」でリナを演じているので大丈夫でしょう。壮一帆は、コミカルな役どころは「ホップ・スコッチ」くらいしかなかった気がしますが、素が面白いので大丈夫かな。真矢みきみたいに派手にずっこけてくれるでしょうか? ドリフターズみたいでしたからね。

しかし、ズンチャチャッチャチャララ~というお気楽な音楽とか、カーニバルのばかみたいなかぶりものとか(愛華みれがかぶっていた)、同じ演出なんでしょうかね?(期待してます!)

LAST DANCE

2007年10月18日 | DVD、スカイ・ステージ(花組他)
スカイ・ステージで録画しておいた作品を観ました。
LAST DANCE」 95年花組バウホール作品。作・演出:正塚晴彦/安寿ミラ森奈みはるの最後のバウ公演。

シリアスで舞台照明も暗い。渦巻く欲望と野望、密輸、裏切り、罠、中東の政情不安など、正塚晴彦のうたい文句に違わず、確かにハードボイルドな世界。

ギャンブラーとして成功したジュリアーノ(安寿ミラ)が故郷に戻ってくる。兄の死を知り、不審な点に疑問を持ち、真相解明にのりだす。
鍵を握るのは海運会社社長マリオス(海峡ひろき)。マリオスの婚約者で、かつて兄の婚約者だったクラウディア(純名里沙)。マリオスの秘書で、ジュリアーノをリゾート開発プロジェクトのパートナーに抜擢したアルディラ(森奈みはる)。二人も真実を知ろうと動きだすが、善良な人たちは単純なところでボロをだしてしまい、どんどん追い詰められていく。

まるで二時間のサスペンスドラマのような展開。犯人は比較的容易に見当がつくけど、事態をどう収拾させるのか最後まではらはらさせます。
男性登場人物の中で「ギャンブラー」は品のいいほう。マフィアとつながりのある海運会社社員、組合に入っていないような船員、チンピラがごろごろ出てきます。

安寿ミラは溌剌とした青年らしさをもっていながら、反骨精神や悲劇を感じさせるときもあり、多面的な魅力があります。ことさらキザにつくらなくても、台詞の言い回しや所作が自然体で男らしい。
カジノのディーラー、ニキ(愛華みれ)が重要なパートを担っている。
バーテン、ルッチーノ未沙のえる。当時からいい味出してました。軽快さやコミカルな部分はあまりない中で、唯一笑いを担当。
当時まだ若手だった匠ひびき、初風緑をはじめ下級生も思い切りがよく、マフィアの下っぱや船員の役が様になってる。
キャリアに生きる森奈みはるとお嬢様の純名里沙。二人がお互いをちくちく言いながらも協力しあうところ、いや、協力しながらもちくちく言い合うところが面白い。

たまには、こんな世界に浸ってみるのもいいのではないでしょうか?