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未来組

宝塚の舞台、DVD、SKYSTAGEを観た感想と、最近はカメラに凝ってます。

Appartement Cinema アパルトマン シネマ

2007年12月16日 | DVD、スカイ・ステージ(花組他)
「Appartement Cinemaアパルトマン シネマ」
2006年花組名古屋特別公演/作・演出:稲葉太地/春野寿美礼、桜乃彩音、彩吹真央、真飛聖ほか。


(アンナ)「赤ちゃんができたの!」
(ウルフ)「…マジで?!
(アンナ)「…マジよ!!
…歩み寄って抱擁…

脚本家・稲葉太地のデビュー作は、こんな会話に代表されるように、登場人物同士の等身大のやりとりを織り混ぜて疾走感があり、これまでの宝塚にはなかった手触りの作風。決して目新しい設定ではなく、むしろどこかで見たような既視感に襲われますが、リバイバルブームを若い人たちが新しいものとして受け取ることはよくある話で、彼の中では新しい題材なのでしょう。(デビュー作ですから当然でしょうか)「Hallelujah(ハレルヤ) GO! GO!」もそうでした。このまま育ってほしい脚本家です。

訳ありな人々が集まっている古いホテル。滞在客たちはお互いを必要以上に干渉せず、支えあい、女主人の温かさも心地よい。
このホテルに2か月ほど前から滞在している謎の男性、ウルフ(春野寿美礼)。ある組織に雇われた殺し屋ですが、重病で余命いくばくもないと知ったとき、最期を静かに迎えようと身を隠すことにしたのです。滞在客の一人、落ちぶれたアイドル女優のアンナ(桜乃彩音)にぞっこんですが、お金のないウルフのことはまったく相手にしてくれません。
ウルフの弟分のオーランド(真飛聖)は、不始末は組織に詫びを入れれば許してもらえるし、それより入院して治療を受ければ延命できるかもしれないと必死に説得しますが、ウルフは耳を貸さない。病院や警察には行けない訳があるからです。
ある日、ホテルに倒れこむように入ってきた男性を見てオーランドもウルフも驚愕します。その男性こそ、ウルフの最後の仕事の標的となるはずだったスタン(彩吹真央)。ウルフはスタンを仕留める直前に、姿を消したのです。さらに驚くべきことに、スタンはレオナードと名乗り、記憶がまったくないと言うのです。

生で観たわけではないので、舞台全体を観ることは当然ながらできません。群衆芝居が多く、台詞のない時もいたるところで小芝居をしているようで(特に千秋楽だったし)、笑うところじゃないのに客席からは笑いが起こっていました。舞台上でも時々お互いのアドリブに噴き出すのをこらえているのがわかり、チームワークが良くて芸達者で思い切りのいい花組らしい。

暗闇の中でマッチを擦って煙草に火をつけるとアンニュイなウルフが浮かび上がるという洒落たプロローグ。スーツが似合うこと。哀愁を帯びた春野寿美礼の魅力を存分に引き出していました。賑やかに笑いさざめく人々の中に迷い込み、束の間のふれあいの中に初めて小さな幸せを見つけたけれど、やがては去っていく宿命にある異邦人(エトランジェ)。気さくで人情味や情熱を感じさせながらも、このまま消えてしまいそうなほど儚げな微笑み。力んでいないと泣き顔ですものね。
絶対に帰って来られないとわかっているからこそ、愛する人に告げる「ずっと君のそばにいるよ」という男の約束。こういう設定には弱いです。

最近読んだ機関紙のインタビューで、最初は正統派と言われることに抵抗があった、自分は“個性派”と呼ばれる人たちに比べて個性がないということなのかと悩んだ、あえて自分にはない色を出そうとした時期もあった、というようなことを答えていました。(それでも“正統派”という形容詞はついてまわったそうですが)そうした試行錯誤の中で自分のものにしたさまざまカラーを、自然に包み込む大きなキャパシティを身につけてきたのでしょう。いや、元々あったのかな?

桜乃彩音が演じるのは、プライドだけは高い落ちぶれた元アイドル女優アンナ。ハンドバックで付き人をバシバシ叩いたり、携帯電話を蹴とばしたり、毎晩大酔っ払いの午前様という第一幕のはじけぶりを好演していました。「くらわんか」もそうでしたが、意外にコメディセンスに長けていて乗りがいいので、はまると華がある。清純派とか、古臭いお嬢様っぽい枠に押し込めないで、演出家がうまく持ち味を引き出してくれるといいのですが。

レオナード(スタン)を演じる彩吹真央。清潔感があり、春野寿美礼とは違う方向性ながらスーツが似合う。手前勝手な男の設定ながら、きっと彼にも事情があったのだろう、さぞかし苦悩したのだろう、と共感を誘います。何一つ派手なことはしていないのに(行き倒れや、酔っ払って倒れるのは派手だけど)、セリフや表情で十分に魅了してくれました。繊細な雰囲気なのにアドリブがうまいのも憎いです。

ウルフの弟分のオーランドを真飛聖。組織が血眼になって探しているウルフの居場所も、ウルフの病気のことも知っている唯一の人物。どんなに説得しても病院に行ってくれず、自分のできることは薬をもらってくるだけ。姿を消そうとしているのがわかるからウルフのことが心配でたまらず、焦って怒って泣いて、暑苦しくなっているところがとてもよかったです。「俺の子分なら生き延びろ」という春野寿美礼の言葉に、目を赤くして何度もうなずく真飛聖。現実の関係をつい重ね合わせてしまいます。

春野寿美礼、彩吹真央、真飛聖の3人が歌うシーンは見栄えもよく、とてもゴージャス。

組織のボス、ゴーチェを夏美よう。ようやく見つけ出したウルフに怒り心頭ながら、ホテルのロビーという場所柄、人目を気にして、声高に友好的な話し方を続けるところがおかしい。人殺しの任務遂行の期限を区切りながらも紳士を自称するごゴーチェ。
ウルフの「いつまでこんな話し方を続けるおつもりで?」が笑えます。

ホテルの女主人シモーヌ、千雅てるこがシュナイダーとタンゴを踊るシーンには涙がボロボロこぼれました。待っていた甲斐があったね、きっと今は幸せだよね?

登場人物の中で、喜ばしい成功や結末を迎えられたのは少数。小説の映画化が決まり、復縁した作家コンスタンチン(華形ひかる)と妻メリッサ(鈴懸三由岐)、ネットビジネスを軌道に乗せたアドルフ(望月理世)。若いツバメと結婚の決まったアマンダ(梨花ますみ)はもともと悩みがないし。
その他の人はそれぞれが問題を解決できたわけでもなく、新たなる厄介な日常に乗り出していく。それでも観劇後にほのぼのとした幸福感に包まれるのは、このタンゴの印象が強い気がします。

そして「ファントム」のエリックの台詞を思い出しました。

「そんな一瞬なら生きるに値する」

この作品の感想を書きだしたときにはこんなクソ真面目な締めくくりをするつもりはなかったのですが、作品のテーマは、そんなところにあるのではないでしょうか。


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